何故、解らぬ?



い言葉一つくれてはやれなかったけど





「なっ、毛利!貴様っ、私を裏切るのか!!?」



石田の叫ぶ声が聞こえる。
我の名を、叫ぶ声が。
石田、そのような声を出したら喉が裂ける。
貴様の喉が裂けたら、その美しい声が聞けぬではないか。



石田軍の雑兵の血で紅く染まった頬を拭う。
ああ、これが貴様の血であれば良かったのに。




石田を裏切るのは、我の策の内だった。
その為に同盟を結んだのだから。


――ただ、同盟を結び、想定外の事が起こった。
自らを知将と自負する我でさえ、想定していなかったことが。



石田はあまりに美しすぎた。


壊すには惜しい、と。
手に入れたいと思ってしまった。
この、我が。
あれほどまでに他人に執着したのはなかったんじゃないかと思う。


絹糸のような白銀の髪や、琥珀色の、鋭い割には純粋で無垢な瞳。
憎悪に濡れて凶王などと呼ばれているくせに、その実酷く脆いところも。
全てに、惹かれた。





「あの男の心はまたしても殺されたのだ!」



大谷の悲痛な叫び声。


石田の心が我の為になくなるとは、なんという快楽。
思わず口角が上がる。



悪いとは思わないが…
気の毒であった、大谷。
貴様も、石田も、もしかすればどちらも裏切らずに済んだであろうに。




我のもう一つの誤算。


石田が、必要以上に、
あれに懐いた事。




「私が…、何をしたというんだ…っ」



そんなに嘆くな石田。
何故解らぬ?
貴様は、何故我ではなく、奴だったのだ?
なあ、石田。




「…長曽我部を、泳がしたとはどういうことだっ…?」
「…そのままよ。架空の敵をでっち上げたまで」
「貴様っ…、長曽我部をも騙したのかっ…!!」




ほら。
何故、長曽我部なのだ。
何故、我ではない。
そんなに悲しい目をするでない。
ああ、だが、そんな表情ですら愛しいとは。




「長曽我部を、…潰しにいくつもりかっ…?」
「貴様には関係なかろう」
「ならば私がっ…貴様を!……うぅっ、」




刀を構えた石田が、その重さに耐えきれず倒れた。
まこと残念だ。
貴様に殺されるのも、悪くはないと思ったのに。



眉を寄せ、苦しそうに瞳を閉じた石田はいよいよ動かなくなった。
手足が冷え、元より僅かしかなかったぬくもりが消えていく。
石田の青白い頬は、もう石田がここにはいないことを示している。



「残すは…一人」



そう、後は奴だけ。
石田の瞳を、声を、ぬくもりを持っていた奴を殺せば、後は何もない。




「……石田、」



これで貴様は我だけのものよ。
二度と貴様の口から、奴の名が紡がれる事はない。
その瞳が、奴を映すこともないのだ。



愛しい、愛しい、凶王。
永遠に、共に。





text by 瞑目