どうも上手くいかない一日だ。
一人、机に向かいながら思わず眉を寄せた。



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今日は、戦はない。
本当は一刻も早く家康の首をとりたくて仕方ないが、あいにく刑部に止められてしまった。
戦のしすぎもよくないらしい。
だからこうして書物整理をやっているわけだが。



筆が進まない。
駄目だ。


どこが悪いわけじゃないが、何故か、違う。
足りない。
なんというか、私の心を占めているモノが、足りないのだ。



「…わけがわからん」
「何がだ」


独り言のつもりが、会話が成り立ってしまった。
振り返れば、うんざりとした表情の毛利。


「…随分疲れているな」
「フン。疲れてなどおらぬ。たかが長曽我部ごときに我が疲れる筈がないわ」
「そうか」


否定するのもめんどくさくなり軽く流す。…そういえば、今日は物凄く静かだ。


「疲れているのは貴様であろう石田」
「…何がだ?」
「今にも倒れそうな顔をしているぞ」


おかしい。
疲れる程の書物を今日はまだこなしていない。
ただ、何かが痛い。


「我はもう行く。…少しは飯を食え。細った体では何も出来ぬ」


一言、奴なりの気配りを残して毛利は部屋を出ていった。


また一人になった部屋は、空気が凍っているのかと思うほど、重くて静かだ。
ちくり、ちくり、痛みが少しずつ大きくなっていく気がする。
胸の内を占めているものなにか。
秀吉様でも半兵衛様でも家康の首でも刑部でもない。なにか。



「………痛い」
「どこがだ!?」


またしても独り言のつもりだった呟きに、大きな音が入ってくる。
ずかずかという足音と供に私の目に飛び込んで来たのは、鮮やかな紫と隻眼。


「どうした三成ィ!!」
「…ちょうそかべ」


ぐいり、肩を掴んで真っ直ぐな瞳を向ける。
…嗚呼、なんだこれは。
痛みが和らいでいく。


「どこが痛ェって!?」
「…今貴様が掴んでる肩が痛い」
「おっと、悪い悪い」


ぱっと手を離した長曽我部からは海の匂いがした。
にかっと笑った長曽我部はもう一度その騒がしい声で三成と呼ぶ。


「長曽我部、」
「おうよっ」
「…ちょうそかべ、」
「おう……うぇっ!?」


なんだか目頭が熱い。
その顔を見られたくなかったから、思いきり長曽我部に抱き着いてみた。


長曽我部は、うぉ、とかえ、とか意味のない言葉を発しながらもその大きな掌を私の背中へと回す。



「…今日は随分積極的じゃねぇか、三成」
「……貴様だったのか」
「何がだ?」
「………足りない」


もっと強くしがみつけば長曽我部の匂いが鼻腔いっぱいに広がる。
足りない、足りない。
この男が足りない。


「なんかよくわかんねぇけど…どうした?」
「貴様が放っておくからだろう」


一人の空間が嫌だったわけではなくて、その空間が重かったわけでもなくて。
多分、いつも隣にいて常に必要なものがなかったから、心に足りないものがあったから。


「三成、もしかしておまえ…」
「なんだ、」
「寂しかったのか!?」
「…………貴様が悪い」
「可愛い過ぎるぜっ!」


ぎゅうっと骨が折れるのではないかと思うほど抱き締められた。
可愛いっ可愛いっ、と騒いでる長曽我部が煩くて、だけどそれが酷く心地好い。

満たされていくのだ。





ろんりー、ろんりー、

僕には君が必要です。


君がいるから僕がいて、
君がいないと僕は成り立たないのです。


ろんりー、ろんりー、

いつだって一緒にいてよ。







text by 偽りの愛でもいいから