※家三前提親三
※薄暗い話






握られた手は自分よりも高い体温で、じわりじわりと浸食を始めていく。
喉に詰まっていた酸素をひゅう、と吐き出せば白く染まって空へと溶け込んだ。
奴の瞳は真っ直ぐ私を射抜く。
逃げられない、と思う。
まるで捕食者のような瞳。


「…離せ、ちょうそ」
「石田、」


遮るように溢れた声は音としてこそ小さかったが、それでも私を捕らえるには十分であり。
ぎゅう、と力を込められた手が痛い。


目を逸らさなくては、と脳内のどこかでぼんやりと考える。このままでは全て喰われてなくなってしまうのだと。
遠くで警報がなっているというのにも関わらず、奴の瞳を逸らすことなど出来ない。
隻眼の瞳が鋭い眼光を携えて、ひたすらに私を見ているのだ。
奴は私を視線だけで殺すような挑戦でもしているのだろうか。
それならばその挑戦はきっと成功に終わるだろう。


「なぁ、アンタが欲しい」


単刀直入に言われた言葉だが、理解するのに暫し時間を要した。


「…意味が、解らない」
「アンタが欲しいんだよ」
「長曽我部…」
「欲しい」


ぐいり。
いきなり引き寄せられて、長曽我部の匂い。海と同じそれ。
厚い胸板に手をやり、押し返すも体格の差は圧倒的だ。


ほしい。
その言葉の本質は一体何なのだろうか。

私の記憶に間違いがなければ、長曽我部は家康の親友だった筈だ。そして恐らくそれは間違ってはいないだろう。
ならば、何がしたい?


「ッ、離せ!」
「なぁ、石田」
「私には、家康がいる!」
「んなこたァ、百も承知だ。…アンタの気持ちが知りたい」
「私の気持ち、だと…?」


両手を絡め取られてしまえば、いよいよ抵抗の仕様がなくなってしまった。


ほんの少し、高い体温。
じわり、浸食。


ああ、この目がいけない。
逃げられるわけがないのだ。
変わらずに私を見つめる視線に熱さと言い様のないなにかが、私を掴んで離さないのだ。
だから困っている。
こうして、逃げ場を探す。


聞こえるはずもないのに、波の音がする。荒々しい音である。
まるで、この男のようだ、と。
するり、顎に絡み付いた指を見ると、いつの間にか私の両手は解放されていたらしい。
動かないのは己の意思だ。


熱い。
注がれる視線も、離された手も、間近にかかる吐息も。
全てが熱い。


「なぁ、石田」
「…………、……」
「俺のモンになれよ」
「ッ、……!」


こんな男は知らない。
誰なのだ。


触れそうな程に近付いた唇はしかし、触れることはせずただ近くで息を吹き掛けるばかりである。

脳内が痺れた。
溶けてしまいそうだと思う。
この男は当たり前のように平然と心を溶かしていく。


知らず知らずのうちに長曽我部の服を握り締めていた私の手を見て、長曽我部は、確かに笑った。


「安心しろよ、石田」
「ッ、ふ…」
「嘘を吐くのが嫌なら、黙ってりゃいい」
「ちょ、うそかべ…!!」


「黙ってりゃ嘘にはならねぇ。俺が全部背負ってやる」


何よりも甘美な鬼の毒。




その罪さえも
喰らってあげる

『アンタは何も悪くねぇ』