※幸村が嘘を見抜ける力持ってます









「嘘を吐く者の顔は、ひたすら醜くなっていくのでござる」


ある日いきなり、旦那がこんなことを言い出した。
まだ幼い旦那の事だから、凄いねと流せれば良かったんだけど、その瞳が見たこともないくらい澄んでいたから、俺様もらしくなく、真面目に応えてしまった。



「俺様の顔は醜い?」
「…」


旦那は眉を下げて困ったような顔をしていた。
だから深くは追及しなかったけど、つまりはそういうことなんだろう。


「…俺は、佐助が好きだ」
「うん」
「だからどうでも良いのだ」
「うん」
「俺はどんな佐助でも綺麗で強いと思っている」
「…そっか」


幼い旦那はその精一杯で俺様を受け止めてくれていた。
嘘つきで汚い俺様の絶対の。





「嘘を吐かぬ人間等見たこともなかった」


あれから大きく成長した旦那は、やはり嘘が見えるらしい。
証拠に今まで旦那に嘘が通じたことは一度もない。
旦那が言うには、嘘を吐く人間は顔が歪むらしい。
俺様には微塵も解らないし、だから興味もわかないんだけど、性格の全てを見えると言っても過言ではない旦那はそうも言っていられないようで。
人の本性とは、思いの外に醜いそうだ。


「いきなりどうしたの」
「居たのだ」


嬉しそうに微笑む旦那は、いつまでも無垢で、真っ白だ。
そのまま変わらないでいてほしいと思う。


「居たって…」
「某にも周りにも、ただの一度も嘘を吐かぬ武人が居ったのだ」
「一度も?例の目のやつ?」
「ただの、一度もだ」


旦那がそう言うならそうなのだろう、だって旦那は俺様に嘘を吐かないから。
それに俺様はこんな嬉しそうな旦那を見たことがない。


嫌な予感がする。
忍の勘とやらだろうか。
当たりませんようになんて祈ってみるも、俺様の勘が外れないことは俺様が一番よく知っている。



「佐助っ、俺は三成殿に恋をした!」


言ったあとにかーっと顔を紅くさせ小さく「破廉恥だが」と呟いた旦那はやっぱり俺様の知らない顔をしていて。
体の芯から冷えていって、指先まで凍ってしまうような錯覚。
どくり、心臓の音が大きく聞こえた。


「へー。まさか旦那の初恋の相手が石田の旦那とはねぇ」
「一番最初に言うのはお前と決めていたのだ!」
「信頼されてんね、俺様」


残酷なくらいに。


「佐助は、俺を思ってくれているのを知っているからな!」
「ふーん。解ってんじゃん」


旦那が思うものと、俺様の気持ちには大きな差があるのだけど。


「応援してあげるよ」
「感謝致すっ!!」
「何をしている、真田」
「ひゃっ!!?」


噂をすればなんとやら、響いた声に振り向けば石田の旦那が真っ直ぐに旦那を見据えていた。
石田の旦那の気配は、余計なものが混じっていないから分かりやすい。


「みみみみ三成殿ォっ!!」
「そろそろ飯を食え。用意させてある」
「あ、あ、かか感謝致しまするぅぅっ!!!」


石田の旦那の後をついていく旦那の足はぎこちない。
先が思いやられる。



(あーあ、紅くなっちゃって)


すっかり遠くになってしまった背中を見たら、心臓辺りがぎゅっと締まった。
自分の醜さとやらをなんとなく自覚してしまう。
応援なんて出来る筈もないのだから、きっと旦那が今の顔を見たらまた昔のように酷く困った顔をするのだろう。
嘘つきは相変わらず。



何も知らない子供のままでいてほしかった。
俺様が知らない旦那の顔があることがもう許せないと思う。汚い独占欲。真っ白な旦那の隣には立てない。俺様は随分と醜い顔をしているはずだ。



(あー…あ、)



酷い仕打ちだ。
俺様は今から、心から旦那を応援しなくちゃいけない。
自分に嘘を吐いて言葉を並べるだけじゃ足りない。旦那は全部見通してしまう。
俺様のもてる全てで旦那を応援して、石田の旦那と仲睦まじく歩んで行く背中を見つめなければならない。
忍としてはそれでも十分過ぎるだろうに、この胸の穴は。
この悲しみと表現しても良いのかさえ解らない胸の穴は。


こんな汚い俺様をアンタは知らないんだ。
もういっそぐっちゃぐちゃにしてやりたいなんて考えている俺様の心をアンタは知らないでしょ?
嘘すら駄目だなんて、さ。
狡いったら!



もう、いいよ。
側にいてやるから。
今、封印して、この痛みも言葉も全て。
それで、たとえ全世界の人間、人間以外がアンタの敵でもずっと側にいてやるから、だから。
どうか。




(アンタの一番に信頼する人が、)

(これからもずっと俺様であるように)



汚い俺様の最後のお願い。




text by 偽りの愛でもいいから