※さよならが痛むの続きです ※黒凶王注意です(通常運転?)
ようやく見つけ出した。 立ち上がった男を見て、思う。 ようやく、ようやくだ。 あれほどに憎かった男は、今、ようやく目前にあるのだ。
物心つく前からこの足は動かなかった。 それが何故かなんていう理由はわざわざ考えるまでもないが。
「…石田三成だ」
がたり、机を鳴らして立ち上がった男は、ただでさえ大きな瞳をさらに丸くした。 ただ呆然と私を見つめるその視線に、懐かしさを覚える。 (ああ、貴様も)(覚えているのだな)
400年余りが経った今も、私は男の全てを覚えている。 正確に言うならば、男と過ごした日々の全てを。
無知で幸福だった愛しき偽りの日々も、絶望に沈み復讐を誓った憎悪の日々も。 ――両足を、奪われた後の憎悪でも絶望でもない、強いて言うなら空虚に近いなにかが、私の胸を満たした瞬間も。 (貴様は、今も)(私の足を奪うのか) 覚えていた。
「ちょっと、気分が悪くて」
良い様だ。 驚愕に見開かれた瞳は戻ってこそいるものの、うろうろと宙をさ迷い、焦点が合っていない。 ふらり、ふらり、ゆっくりと近付いてきた男は、あの頃と何一つ変わらない、東照権現その人であった。 あの、目映いばかりの輝きはどうした。
「丁度良い、案内がてら石田も連れていけ」
目に見えて解る焦りは、こんなにもおかしいものなのかと、不思議に思った。
隣を並ぶ男は、私よりも小さな男であったから、見上げるのはきっとこれが初めてだろう。 逞しい腕が重力に従って、力無く下に垂れ下がっている。
当たり障りのない世間話をしながら、男は確実に私の足を理解していた。 この足は、男を責めるものなのだと。 別段意識しているわけではないが、男は明らかに私の足を見て表情を変える。
さも、何も覚えていないのだという素振りを見せれば、男は余計に辛くなったらしい、男の頬に、きらりと一筋。
「…何を泣いている?」 「…っ、三成…」
貴様からその名は久方振りに聞いた。
一瞬のぬくもりには覚えがあった。 そうだ、抱き締められている。
ああ、貴様は、懲りることなく私を愛するなどとほざくのか。 私にはそんなもの、憎悪を煽るものの一つでしかないのに。
悲痛や苦痛に歪む男は、何を思っているのだろう。 足を見て、後悔の念でも押し寄せているのだろうか。 否。私の知る男はそんな奴ではない筈だ。 大方、私の足を切り落とす必要がないことに安堵でもしているのではないだろうか。 次の瞬間、重なったのは男の熱い唇、噛み付くような口付け。
ああ、愉悦。 貴様は、私の言葉を聞いてどんな顔をするのだろう。 その安堵した表情を何色に変えるのだろう。 精々ぬか喜びしていれば良い。 私は貴様への復讐を果たす為だけに生まれ、そうして貴様を見つけたのだから。
そうだろう?
「ん、みつ、なり」
貴様の絶望の色は何色だ? なあ、××。
「舌は抜かなくて良いのか?」
哀歌
貴様は、 私の絶望を知らなくてはならない
text by 偽りの愛でもいいから
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