天下二分の関ヶ原で、西軍が勝利を治めて幾日かたった。
毛利が大阪城に入り浸ってることを聞いたのは、丁度その頃。



その花は泣かない



「毛利ぃ!!」


ばん、と思いきり襖を開けたことを直ぐに後悔した。
机に顔を伏せて眠っていたらしい毛利がゆっくり顔をあげる。


「……大谷か?」
「っ!」


まだ完全には目覚めていない毛利が俺を大谷と間違えたが、そんなことはどうでもいい。


うっすら開いた瞳の下に、濃い隈が浮かんでいた。
そして、もとより細かったその体は以前より一回り程細くなった。


「……、長曽我部?貴様、こんなところで何をしておる?」
「…っそれはこっちの台詞だ!」



ぐい、と抱き寄せてみればなんだこいつは。
腕の中で必死に押し返す力の弱さが、今の毛利の衰弱した様子を嫌というほど表していた。



「きっ…さま…、離せ!」
「何してんだてめぇは…何で…こんななってまで……!」
「我に触るな…!!」



細い声が必死さを増して、ようやく解放してやれば俺には見向きもせずに部屋を出た。



「おいっ、毛利!!どこ行くんだよ!!」
「我にはやるべき事がある!我の邪魔をするでないわ!!」



邪魔をするなと言われても、あんなにやつれた毛利は今まで一度も見たことがない。
仕方なく黙って毛利についていくことにした。


一体、何が起きている?

あれほど中国を大切にしていた毛利が、何故大阪城に入り浸る?
中国の安泰だけを望んでいたアイツが、何故ここにいる?
何が、そこまでして毛利を縛っている?


毛利は途中部屋に入り、すぐに食膳を持って出てきた。
持ってきたということは自分で食べるものではないという事だ。
それから長い廊下を歩き、見慣れた部屋の前で立ち止まる。まさか。



「毛利、お前、それっ…」
「石田」
「石田っ!?」
「…入るぞ」



名を呼んでも返答のない石田に小さくため息を吐いた毛利は、諦めたように部屋に入った。
驚いたのは、それから。



「な……んだ、おまえ、い、しだ……」
「………家康、何故、私……」



毛利と並ぶか、またはそれ以上の細さの男だった。
透き通るように白い肌の男だった。

確かにそうだった、けど。



「毛利…、こりゃあ、一体…」
「見ての通りよ」



細い、なんてもんじゃない。
先刻毛利の細さに驚いたばかりだったけれど、それとは比にならないくらい。
この細さでは、刀を持つことはおろか走ることさえ儘ならない。
そして、目の下の濃い隈と生きている者とは思えない程の白さ。




「石田は、死を求めている」



あの無欲の塊だった男が、だ。
我はそれがどうしても許せぬ。


毛利の細い指が、石田の痩せこけた頬に触れる。
それは見ていて酷く痛々しくて、酷く脆かった。



「…てめぇは、ここで」
「そうよ。石田を生かしておる。…こうでもしないと飯は食わぬし、睡眠もとらぬのだ」



食膳を口に含み石田に口移し。
喉がなったのを確認して、また口移し。
石田の瞳は何も見てはいない。



「てめぇは、飯は?」
「石田の残りがある」
「…っ、それ、今は代わってやるから自分の飯を食え!」



毛利も石田も、骨と皮しかないような細さだ。
いっそ哀れにすら思う。


毛利の持っていた箸を取り、食膳を口に含むと。




「……!!?」




石田の口に触れる前に、柔らかい感触が触れた。
それが毛利の口だと気付いたのは口内に入れていた具材がなくなってからだ。



「なっ、何しやがる毛利!?」
「貴様が石田に口移しなど認めぬわ」



まだ柔らかい感触が残っていて、心臓がうるさいくらいに暴れている。
――ただ、毛利の真っ直ぐな瞳は俺を見ているわけではない。




「石田の瞳に映るのは我だけで良い。貴様が石田の瞳に映ろうなどと…」
「ちがっ、俺はまずてめぇに飯を食ってもら…」
「何も違わぬ!石田は、我だけを見れば…」



ああ、本当に。
痛い程に石田を想っている。
そうだ、石田だけを。



「……許しを請う許可を……家康、……立て家康……」
「っ…貴様はいつになったら我を見るのだ石田…!!何故…徳川を見、我をみない…!!」
「毛利…」




家康だけを想う石田、
石田だけを想う毛利、
――毛利だけを想う俺。



「報われねぇな、本当…」



それでも毛利は最後まで涙は流さなかった。





(余りにも気高くて高貴で、)
(それでも何処か寂しい花)






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