しょーと | ナノ






!モブ痴漢 注意



「ねぇ、ーー線さぁ、今日の朝にまた例の痴漢出たらしいよ。」

「やだぁー…まじ?早く捕まればいいのに。キモいわ。」

「ほんとソレ。名前って確かアソコの路線使ってるよね。気をつけなよー?被害者、またうちの学校の子らしいし。」

「うん、うん。気をつける。でも今それどころじゃない。ねえ問8、どの公式使う?全然わかんないんだけど」


と、5限にある数学の課題プリントで頭がいっぱいだったあたしが友達の話を適当に相槌打って、聞き流してたのが昨日の昼休みの話。
だって、痴漢とか一回もされたことないしそんなどこの誰か知らない奴より、この目の前の課題のほうがいくらかやっかいだったのだ。まだ身に降りかかってない痴漢より、普通に課題のがずっとヤバイ。てゆうか知らない痴漢より知ってるハゲのほうが個人的には怖い。ほんと、そう思ってた。ちなみに、問8は皆わかんなくて適当らしい。あたしもとりあえずそれっぽい感じで2xって書いといた。

でも実際。
自分が当事者になってみると、痴漢ヤバイ。なにをどうすれば良いのかわからない。


「……、」


7時20分発各停。

あたしが登校の時に乗るこの電車は、後からくる急行が途中で追い抜かして先に終点に着くから普段はあまり混んでいない。でも今日は2本前の電車が結構遅れたらしくて、珍しく満員御礼。普段なら座れるはずの席は優先座席までピッチリ埋まってるし、つり革も足らないほどに立ってる人も凄い。大して体が大きくないあたしがこのまま進めば多分人混みに飲み込まれて降りれなくなってしまうかもしれない。そこで、あたしはドア付近の手摺に掴まってなんとかバランスをとっていた。
勿論、乗ってすぐは別になんともなかった。
でも問題は一駅過ぎたあたりからだ。
なんとなくお尻に違和感を感じるようになって、すごく気持ち悪い。
最初は手が当たっただけかなと思った。でもその後すぐ、大して乗車してきた人は多くなかったのにも関わらず後ろから強い力で押されて股の間に男の人の脚が割り込んでくるし、お尻撫でられるし、多少鈍いあたしでも流石に背後の男の人が痴漢だと確信できた。

…多分、昨日皆が言ってた例の痴漢だろうけどまさか自分が遭遇するとは思わなかった。

「痴漢です!」っておおきな声で言ってやりたいのに喉がつっかえて声出せないし、体を捩ってなんとか逃げようとしてみるけど脚震えて上手く動けない。
前に学校に警察の人が来て、痴漢対策の護身術みたいなのも教わったけど全然覚えてないし、痴漢に狙われやすいスポットとかも聞いたはずなのに何も役に立たない。
あ、でも早紀ちゃんが昨日ドア付近は追い詰められるし抜けれないから危ないらしいよって言ってた気がする。…そこは聞いてたのに、なんで無理矢理でも奥に行かなかったのあたしのバカ!!

どうしよう、マジでどうしよう気持ち悪いし押されて痛いしなんか背中にあたるし気持ち悪いし

もう我慢の限界で目に涙が溜まってきた頃には太腿まで手が伸びてきててもう完全に詰んだ状態だった。最悪だ。
これは本当に他人からすればどうでも良い話だけど、あたしには毎朝おは朝占いを見る日課がある。
今日の占いの結果は1位だった。テンション上がって、ラッキーアイテムの水玉パンツも履いてきた。絶対ラッキーだって思ってたのに。なのにこの仕打ちって、なんなの。
超絶当たると有名なおは朝占いが思いっきり外してる。逆恨みも良いとこだけど、絶対おは朝に抗議のメール送ってやる!!と、思ったその時。


「名字さん、おはよう。今日は混んでるね。」

「っ、……はっ…、花宮、君…」

「…なんか顔色悪いね。大丈夫?」


地獄に仏とはこの事か。
声を掛けてくれたのはクラスメイトの花宮君である。全然わかんなかったというか、気づいてなかったんだけど、彼はすぐ側にいたらしい。

めっちゃくちゃ頭が良くて、親切で人当たりの良い彼は先生達からも一目おかれてて、それでもってバスケも上手いらしい花宮君。まさかこのタイミングであの彼が現れるとは。
ホッとしたあたしは間抜けな事に脚の力が抜けてガクッと倒れそうになったけど、そこは少女漫画のヒーローよろしく花宮君がサッと片手で支えてくれた。「…チッ、クソが。」と小さく舌打ちとガラの悪い言葉が聞こえてきた気がして、思わず驚いて花宮君を見上げたけど、彼は普段と変わらない様子で「大丈夫?無理は禁物だよ。危ないし嫌じゃなければ、俺に掴まってて。支えるくらいは出来るよ」と微笑んでくれたから多分あたしの気のせいだろう。どうしよう、痴漢に遭ってるとかいうのはちょっと恥ずかしいけど、彼ならなんとか助けてくれるかもしれない。「あっ、あのね花宮君…っ!」と、意を決して彼の名前を呼んだところで、背後から「いっ……?!?!」と突然なんとも野太い呻き声が聞こえてきた。

どうやら声の主は例の痴漢だったらしく、呻き声の直後にあたしの太腿から気持ち悪い感覚が途端に無くなる。
男がなんで突然痛がったのかとか何が起こったのかとかはよくわからないけど、とりあえず良かった。これでちょっと安心して電車に乗ってられる。

「ご利用のお客様には大変ご迷惑をお掛けしております。……駅、……駅、」と車内アナウンスが流れ、電車のドアが開いた。学校の最寄り駅ではまだ先だからもう少し乗車してなきゃいけない。
でも花宮君に「一旦、ここで降りようか」と背中を軽く押されてしまい、学校の最寄りの2つ手前の駅で下車してしまった。
花宮君も一緒に降りたんだけど…メガネにスーツのサラリーマン風の男の人も一緒だった。
あれ。この人、あたしの背後にいた…多分、例の痴漢だ。

花宮君に「名字さん、ちょっとだけそこで待っててくれる?俺この人、駅員さんのところに連れていくから。」と、ベンチに座るように促され彼が鞄から取り出したスポーツドリンクを渡されれば、あたしは素直にそれに従うしか出来なくて。
なんで…とは思ったけど、尋ねる間も無く、花宮君は真っ青な顔で固まっていた痴漢男に「さ、行きましょうか。」と声をかけ、男の肩を叩くと、男と一緒に駅の案内所の方へ歩いていってしまった。

……もしかして。

確証はないし真意はわからない。
でも、ひょっとして花宮君あのひとが痴漢って気づいて一緒にここで下車してくれたんだろうか。
それともやっぱりただあたしが体調悪そうだからって気遣ってくれたんだろうか。

…いやもう、どっちでもいい。
どっちにしろ紳士だ。
てゆうか抱きとめてくれた時の花宮君、ホントかっこよかった。めちゃくちゃドキドキする。

ついさっきのことを思い出せば、顔が凄く熱くなってきて、花宮君に渡されたよく冷えたドリンクのペットボトルを頬に当てて溜まった熱を必死で冷やす。


花宮君みたいな素敵な人に、あんな風に助けられてときめかないわけないよ。


…あ、ダメだ。……好き。


そして、あたしがこの一件で花宮君に恋をして。彼と付き合うようになるのは、実はその3ヶ月後の話だったりする。




誰宮?花宮です。花宮真君です。
猫かぶり?そうです被ってます。
大丈夫、次はちゃんと悪童。多分
(近々、花宮視点。)




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