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新婚初夜の夫婦に夜の営みは付き物。
生理が重なる等それなりの理由がない限り大半の夫婦が、そういう行為をするんだろう、そんなことは男の人とお付き合いしたことないあたしでも流石に知っている。

まあだからあたしだって総悟さんと結婚したからにはそういう事が今夜あってもおかしくないと考えている。

いや、むしろ考えざるおえないのである。

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今、この離れはあたしと現在入浴中の総悟さんの二人きりだ。

彼の入浴のほんの少し前までは土方様と局長の近藤様がいらっしゃったけれど、お二人ともまだお仕事があるそうで、部屋にお戻りになられた。
…近藤様は「新婚だし二人でごゆっくり」なんておっしゃってたし、実際のところ仕事かどうかはわからない。とりあえずへんな気使わないでほしかった。

それにしても今日しちゃうのかな…どうなんだろう、会って数時間でって…いやでも初対面で結婚するくらいだからあり得る…いやー…あり得るよね、わかんないけど…


「なまえー」

「うあっ、は、はいいっ!!」


そんなことを考えながら送られてきた衣類や小物などを片付けていると突然背後から声をかけられた。慌てて振り向くと総悟さんが寝巻き姿で髪の毛をゴシゴシ吹いている。

あ、上がったのか…


「なにそんな驚いてんでィ。風呂上がりやしたぜ。片付け終わりやした?」

「いえ、まだ後段ボールふたつほど残ってますけど…順調ではあります。」

「じゃあ、もう荷物片付けんのやめて風呂入ってきなせェ。別にそれ明日でもいいだろ。布団は敷いときやすから、さっさと寝ようぜィ。」


総悟さんはそう言うなりまだ未整理の段ボールを部屋のすみに追いやり、布団をひきはじめる。時計を見るともう10時をまわってるし、確かに片付けは明日でもいい。いいんだけども…

さらっと寝るなんて言われたら緊張が高まってついお風呂に入るのを躊躇してしまう。

……ああ、本当にヤバイ。落ち着かない。

グズグズしてると、それに気づいた総悟さんは「なにしてんでィ。早く入ってきなせェ。」と急かされてしまった。
そう言われてしまっては動かないわけにもいかないのであたしは心臓ドキドキのまま「お…お風呂頂きます」と、彼に伝えると、自分の寝巻きと下着を持ち、お風呂に向かった。


“―…チャポン……”

体を洗った後、あたしはゆっくり湯船につかり、独り言を漏らした。浴室で自分の声と水の音だけが響く。


「あああ…どっ、どうしよう…これって部屋戻ったらアレだよね、……」


多分その―…ベッドインってやつ。
いや、まあベッドじゃないけどね、敷き布団だし。

当然あたしにとって初めてのことだ。
結婚する前だし、男性とお付き合いしたこともなかったし。

…か、かなり不安だ。
ただ総悟さん、もう布団ひいてたし、結構やる気なんだろう。そうだとすればあたしもひけないというか、ひきづらい。

一応身体はいつにも増して念入りに洗ったし、ムダ毛も大丈夫だし、下着だってお気に入りのものを持ってきた。体の方は準備はほぼ出来てる。……多分。まあスタイルが大したことないのは今さらどうしようもないから、後は心の準備だけ。…でも、


「…そもそも、初交渉のときって普通どんな感じで始まるんだろう…」


寝巻き持ってきちゃったけど着ないべきなのかもしれない。てゆうかついブラまで持ってきちゃったけど、これから寝るのに着けてたら変だしつけないべきかもしれない。

実際に行為に関してだって総悟さんにお任せすればいいのか…それとも、あたしも挨拶以外になにかするべきことがあるのか…そうだとしたら…ご迷惑おかけしないようにやらないといけないし…大丈夫なんだろうか、…あたし…


あれから暫く、浴室で悶々と自問自答を繰り返したあたしはようやくお風呂から上がり、髪を乾かしてから部屋に戻ってきた。
その時には、既に布団が二組きちんと敷いてあり、総悟さんは布団の上に胡座をかいて座ってテレビを見ている。


「お布団、ありがとうございました。い、今あがりました。」

「おう、随分時間かかりやしたね。女ってなァどうも風呂が長ェや。アンタ一時間半くらい入ってやしたぜ?」

「すみません…ちょっと考え事してて…」


指摘を受けて時計を見ると、確かに11時半を過ぎている。もうそんな時間なのか…

別に長風呂したつもりじゃなかったけど、結構考え込んでたから気がつかなかった。まあ結局、考えはまとまらなかったけど覚悟は一応出来た。後は、度胸だ。…がんばれなまえ!

そんな風に自分で自分に気合いを入れ、あたしは敷かれた布団の横に正座した。
総悟さんも総悟さんでそんなあたしを見て、テレビを消してこちらに向き直った。そして彼は、「寝やすか。」と一言言うと、蛍光灯から垂れ下がっている紐に手をかける。
……きた


「あ、…あのっ!!」

「ん?」

「ふ、ふつつかものですが…どうぞよろしくお願い致します…。」


声は若干上擦っちゃったけど初夜の挨拶だ。
きちんとしなければならないと思い、あたしは三つ指をついて深々と頭を下げた。
そんなあたしに対して総悟さんは「こっちこそまあよろしく頼みまさァ。」と、相変わらずの調子で言い、電気を消した。
…ここまでは順調だ。


順調だったんだ…けど、


「んじゃあ、おやすみなせェ。」


総悟さんはそう一言告げると、すっぽり布団を被ってしまった。

あたしはと言うと、彼の予想外の行動とその展開に混乱して、暫し硬直してしまう。


「あの…総悟さん……?」

「…スー………」


恐る恐る名前を呼んでみるけど、寝息が聞こえるばかりで、駄目だ。寝てる。
慌てて総悟さんの顔を見ようと布団に近づくけど、どっちにしろチラッと見えた眉間には薄く皺が寄っていて、目は硬く閉じられていて、起きる様子はない。
まだ布団入って数分も経ってないけど、彼は完全に夢の中だ。


「えええ…ちょ、嘘…初夜なのに…?」


思わずそんな言葉が漏れてしまうけど、総悟さんは無反応。
布団越しで控えめに肩を叩いてみるけどやっぱり無反応。完全に寝てる。
あたしはどうすることも出来なくて、仕方なく総悟さんの布団の横に敷かれた布団に入り、溜め息をついた。

暫く、布団の中から総悟さんの様子を伺っていたけど、終いには寝言で「…………ひじかた…しねコノヤロー…」と聞こえてくる始末。

あたし、アウトオブ眼中。

…まあ確かにあたしに興味なんかないのかもしれないけど、初めての夜なのに…こういう落ちはありなんだろうか。なんとなく切ない。

けど、そんな気持ちは露知らず、総悟さんは相変わらず、ぐっすりお休みのようだった。


………まあ、ある意味良かったんだけど…
あたしの覚悟って一体……。

その問いに答えてくれる人は当たり前だけど誰一人居なかった。

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