ホームスイートホーム | ナノ






「真選組、屯所……?」

「そっ。で、ここが今日からアンタの家でさァ。まあ正確に言えばこの奥にある建物なんですがねィ。」


目の前のなかなか立派な日本家屋。
門に掛けられた看板にはしっかりと“真選組屯所”と書かれていた。

外にはあんまり出してもらえなかったけれど、真選組の噂くらいは知ってる。
江戸でも飛び抜けて有名な武闘派軍団だ。
…荒くれ者が多くて怖いと女中さんが言ってたのを聞いたことある。

総悟さんって真選組の方だったのか…。なんか武闘派って感じじゃないし、イメージできないなぁー…

そんなことを考えながら総悟さんに着いて建物の中に入る。すると黒髪の優しそうな男の人が慌ただしくやってきた。


「あああーっ!!沖田隊長やっと帰ってきた!!今までどこ行ってたんスか?!」

「あ、山崎。」


黒髪の男性は今にも泣きそうな声でそう言う。
よくわからないけど、多分大変な事態に陥ってるんだと思う。凄く傷だらけだし泥だらけだし、ついでに埃まみれだ。

…凄く喧嘩っぱやい人達らしいから怪我はまあわからないでもないけど、なんで泥と埃……一体何があったんだろうこの人、


「つーかきったねーなァお前。どうしたんでィそれ」

「今掃除中なんですよ!!急に副長が離れの掃除と隊長の部屋の掃除しろって…しかもよくわからん段ボール運ばされるし…」

「そうかィ。まァ部下に仕事押し付けんのが上司の仕事でさァ。」

「そうかィじゃないです!!帰ってきたんだから自分の部屋くらい片付けてください!!俺、捜査から帰ってきたばっかなのにここまでは頑張ったんですからー…」


どうやらこの人がさっき話に出てた山崎様のようだ。掃除で泥や埃が付着したらしいけど、年末でもないのにどんだけ大掃除なんだ…

とりあえずあまりにもズタボロだったから気休め程度にしかならないけどあたしは彼にハンカチを渡した。


「あ、あの…大丈夫ですか?良かったらこれどうぞ。」

「あっ、すいませんありがとうございます!…え、っと…あれ?御客さんですか?今日はやめといたほうがいいですよ。副長めちゃくちゃ機嫌悪くて―…「山崎ィィィィッ!!!!!何してやがる!!!!」


突然聞こえてきた怒鳴り声。
総悟さんは相変わらず平然としてるけど、黒髪の男性改め、山崎様は顔を真っ青にしてる。

…あれ。この声…どっかで……


「げっ!!」

「オイコラ俺が見てねェと思ってサボりたァ良い度胸じゃねーか。よしそこに直れ。俺が斬ってやる。」

「ちっ、ちが…俺、隊長が見えたから呼びに来ただけで!!」


青筋を立てて、山崎様の襟元を掴んでいる男の人はあたしにとってよく見覚えのある人。
正直なんで彼がここに居るのかわからなくて、驚きを隠せなかった。


「ひっ、土方様…?!」

「…ああなまえさん、お久しぶりです。すんません見苦しいとこ見せて…」

「あ、いえ…あの…おっ、お久しぶりです。でも…なんでここに…」

「ここが職場なんですよ。…そういや言ってませんでしたね。」


てっきりいつも松平様に付き添っていらっしゃるのだと思っていたけれど、どうやら違うらしい。けど驚いているのはあたしだけじゃなくて、山崎様もまた不思議そうにあたし達を交互に見て首をかしげている。


「アレ、副長お知り合いですか…どちら様で?」

「あ?ああ総悟の嫁さん。」

「え、…?」

「なんだよ」

「だだだだって、副長がそんな冗談言うなんて珍しいからびっくりして…」

「冗談じゃねーよ。」

「そうでさァ。籍も入れたからねィ。」

「………はぁぁぁっ?!うっ、嘘!!嘘ですよね?!」


…この驚き様、総悟さんの結婚ってやっぱり意外なんだ……

山崎様は全く信じられないという表情であたしを見つめる。
まああたしだって突然の結婚だから正直どう言えば良いかわかんないけど。

とりあえず総悟さんの職場の方の以上、総悟さんに恥をかかすわけにもいかない。
あたしはとりあえず当たり障りなく挨拶をする。


「あ…えっと……沖田の妻の、なまえと申します。どうぞよろしくお願い致します。」


………言っといてなんだけど、なんかすごい恥ずかしい。確かに入籍したんだから法律上正式に妻なんだけど、それはついさっきのことだし、どうにも慣れない…。
山崎様も山崎様でまだ状況を飲み込めていない感じだ。それでも彼はきちんと挨拶を返してくれたけど。


「ご、ご丁寧にどうも俺、沖田隊長の部下で真選組監察の山崎、…山崎退と言います。こちらこそよろしくお願いします。」


深々とお辞儀をするあたり彼は本当に礼儀正しい良い人なんだと思う。
真選組って野蛮な人ばっかりと聞いたことがあったからここに着いた時には焦ったけど、なんとかやっていけそうだ。

そんなことを思いながら山崎様と軽く世間話をしていると土方様に声をかけられた。


「なまえさん」

「?」

「新居についてはお聞きになりましたか?」

「はい、えっとこちらのお屋敷の離れだと…あ。あちらの建物でしょうか?」


縁側からこの屋敷の奥に建物が見えるから多分あれが新居なんだろう。あたしがその建物を指指すと土方様は頷いて「なら話が早い。オイコラ、総悟待て」と、何処かに行こうとしていた総悟さんを呼び止めた。


「なんですかィ。」

「このタイミングで何処行くつもりだテメェは。」

「近藤さん呼びに行くんでさァ。会わせなきゃいけねーでしょ。」

「あー…いい。俺が呼んできてやっから。お前らはもう離れ行け。慣れねぇとこ来て緊張もあるだろ、ちょっと休ませてやれ。」

「まあそうかも。んじゃあ、連れてきやす。てゆうかアンタ女にゃ優しいですよねィ。伊達に色男気取ってねーや。」

「煩ェバカ。…はぁ。なまえさん、そういう訳ですからとりあえず一旦ゆっくり休んで下さい。後で局長の近藤連れていきます。」


局長ということはここのトップの方だろう。
そんな方にお会いするには、慣れない振り袖で、着付けも少し崩れてるし直したいからそう言ってもらえるとありがたい。心の準備も出来るし。

あたしが小さく頷くと、土方様は山崎様を連れ、屋敷の奥へと戻っていった。
一方、総悟さんは彼らと逆方向に向きなおり、欠伸をしながら「俺らも行くぜィ」と一言言うと、歩き出した。

結構長い廊下を暫く歩き、綺麗な庭が見える渡り廊下を進んでいくと、さっきの建物とは違う建物に着いた。「ここが新居でィ」と総悟さんが言ったその建物は、さっきよりも少しこじんまりしてる印象だけど、なかなか広いようで、見た感じ部屋は沢山ある。


「大きいんですね。」

「隊士達の社宅として建てられたんでさァ。まあ今は俺らだけですがねィ。ここ2、3年間で所帯持ちの連中が皆通いになったもんで。」

「へー…それでこんなに部屋が…」

「まーそういうことでさァ。二人で暮らすにゃちょいと広すぎだが、何かと便利だからかまいやしないでしょ。とりあえず案内しやすから着いてきなせェ。」


それからあたしは総悟さんに新居を一通り案内してもらった。

確かに社宅にしては誰かが今使用しているような生活感はなかったけど、浴室もトイレもあるし、生活空間として作られたんだなというのはよく伝わってくる。埃なんかがないのは、さっき山崎様が掃除をしてたと言うのをきいたから、そのおかげだろう。

……大変だったろうなー…またお礼をきちんとしなきゃ…。お菓子とかがいいのかなー…

と、そんなことを考えながら部屋で少し休んでいると総悟さんが思い出したように口を開いた。


「あ。そうだ、台所はこっちの古くてきたねーから屯所の食堂のヤツ使えって話でさァ。まあなんかわかんなかったら山崎に聞きなせェ。つーかアイツのこたぁ別に好きに使えばいーでさァ。根っこからパシリ体質だから文句言ってても、体は動きやす。」


…そうだ。お礼のお菓子とあと、あたしが出来ることがあれば山崎様のお手伝いをしよう。

あたしは総悟さんの言葉を聞いてほんと心からそう思った。

会って数分でちょっと当たり障りなくお話しただけだから山崎様がここでどんな扱いを受けていらっしゃるのかはわからない。
ただ、少なくとも総悟さんには色々とこき使われているんだろうということはほんとこの数分でよくわかった。
気の毒な人なんだろな、山崎様…

[ 3/9 ]

|