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おでこの辺りに、なんか違和感。
というか、何かがのったような…。ひんやり冷たくて気持ち良いんだけど、ちょっと重い。

あと、近くでなんかシャッ、シャッ…って妙な音するんだけど…

そして目が徐々に覚めたあたしの視界に入ってきたのは、真っ白な天井。


「…………、へっ?!?!」


見慣れない景色に驚いて、勢いよく飛び起きたら「あ。起きた。」と、聞き覚えのある声が聞こえ、更に衝撃をうける。


「そ、総悟さん?!?!あれ…っ?!え、…うそ、え……ど、どういうこと?!?!」


すぐ近くの丸い小さなパイプ椅子に座っていたのは、街中ではぐれてしまった総悟さん。「病み上がりにしちゃあ元気そうで何よりだが、ちょっと落ち着きなせェ。」と、特に表情を変えることなく、どんどんリンゴを剥いていく。
いや、剥いているっていうか…カッターで鉛筆を削る要領で皮を削ってるといったほうが正しいけど。

まあとりあえず、未だ状況を飲み込みきれていないあたしだが、一方の総悟さんははぐれる前となんら変わらない様子で、落ち着きを払ってる。


「…あり?なんかちっさくなっちまった。ま、いっか。ほれ食いなせェ。」


と、総悟さんは剥きたてのリンゴをズイッとあたしの口元まで持ってくる。

彼はその行為に対してなんの抵抗もないのかやっぱり表情を変えることもないんだけど、こっちとしてはもの凄く恥ずかしいし、あたしは「ありがとうございます」と、ちょっと後ろに引きながらリンゴを受け取り、一口齧った。

あ。このリンゴ結構美味しい。季節違うのに…

なんて、そう思ったのはあたしだけじゃないようで、総悟さんも切っては食べ、切っては食べ…を繰り返してる。
というか、そんなことは別にどうだって良い。重要なのはここがどこかだ。

真っ白な壁に天井、テレビに、よくわからない機械とそれから今あたしがいるちょっと硬いめのベッド。雰囲気は病院そのものである。


「あの、総悟さん……ここって、どこかの病室ですよね、あたし一体どうやってここに?」

「ん。あぁ、アンタ道で急にぶっ倒れたってんで万事屋の旦那がここにアンタ担いで駆け込んだんだと。」

「よ、よろずやさん、…?」


イマイチ聞き慣れない単語に怪訝な顔をしたあたしに「そっか知らねェもんな。えーと、倒れる直前に銀髪のモジャモジャ頭と話してたんだろ、その男でさァ。ウチとは何かと縁のある人でねィ。…まァ俺も顔馴染みでさァ。」と説明してくれた。

あの銀髪の人が……
到底お役人には見えなかったし、つい攘夷の人間じゃないかなんて疑っちゃったけれどまさか総悟さんのお知り合いとは驚いた。情けないところをお見せした上、ご迷惑をお掛け
して本当に申し訳ない。
せめてお礼くらいはすぐ言わないと、と思って総悟さんに彼のことを尋ねると、「午後から仕事らしくってねィ。もう帰っちまいやした。」とのこと。

お仕事に行かれたならまあ仕方ない。
後で住所とお名前伺って改めてお礼に行こう。

と、ここでふと疑問が一つ浮かぶ。

連れてきてくれたのがあの銀髪さんなら、総悟さんは一体どのタイミングで来てくれたんだろうか。
ていうか。銀髪さんとあたしは初対面だし、勿論彼はあたしが総悟さんの妻とは知らないだろうし、どうして総悟さんはここに居るんだろう。


「あの、総悟さんはどうしてこちらに…?」と首をかしげたら、彼は「どうしてもこうしてもないでさァ。」と、相変わらずリンゴを剥いては食べながら、言葉を続けていく。


「旦那からね、屯所に電話があったんでさァ。かぶき町でデリヘルのキャッチから世間知らずの家出娘のこと保護したから身柄引き取りに来いって。」

「い、家出娘…って、あたしのことですか…?」

「勿論でさァ。で、身なりとか特徴聞いてたらアンタに似てるってんで、ザキから俺に連絡がきてねィ。病室入ったら案の定なまえさんだったってわけでィ。医者によれば、貧血と軽い熱中症が倒れた原因じゃねーかってよ。」


なるほど…そういう経緯だったのか。
真選組は確かに警察組織だし、迷子とか家出娘とか保護するか。いや、まあ別にあたしは家出娘じゃないんだけども。


「すみません、ご迷惑おかけして…、」

「箱入りお嬢にゃちょいと街中の汚ねェ空気とヒトと日差しは酷だったってだけの話でしょ、気にすんじゃねーや。で、気分はどうでィ。気持ち悪ィとかは?」

「あ、お陰様で…もう全然問題ないです。」


そう答えると、総悟さんは「そりゃ良かった。じゃ、ちょっと待ってな。」と、まだ食べきってなかったリンゴを全部口の中に放り込むと、そのまま病室を後にしてしまった。

そして病室に残されたあたしは総悟さんが再びこちらに戻ってくるまで暫く。
あの銀髪の万事屋さんへのお礼に頭を悩ませていた。



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