とおりゃんせ
時の政府からの緊急回線に応じた私は頭を抱えた。
「……座標バグ、ですか。何故そのような事に?」
『こちらでも調べているんだけどねぇ、今のところサッパリなんだよ』
ノイズだらけの音声通信をしているのは、私にこの案件を押し付けた張本人、歴史調査班の主任である。呑気に『おかしいよねぇ〜』と宣う狸ジジイに、私は怒りを通り越して呆れてしまう。もうやだ。本丸に帰りたい。ママンのご飯が恋しい。
「……直るんですよね?」
『頑張ってみるけど、そっちでも原因が何なのか調査してみてくれる? その時代の事件資料──……出来……だけ送っ、おい……か………ーー』
プツン! と突然通信が切れた。
「……この世は……地獄です……」
自室に割り当てた管理人室の卓上に突っ伏す。この時代の型に合わせた特殊携帯端末を操作して、ギリギリセーフで送られていた資料を流し読む。ちょっと待って? この資料、政府の歴史的機密情報混ざってない? あンの狸ジジイ……!! バレたら私の首が飛ぶどころか内密に処理(物理)されるっての!
慌てて政府備品の端末から私的端末にその情報を吸い出し厳重にロックを掛け、政府備品の受信履歴をクリーニングする。ログも完璧にデリート。それからダミーを入れ直してもう一度。唸れ拙僧の浄化能力! ……ふぅ、これで良し。もし狸ジジイの方から送信ログが出ても「えぇ〜? 届いて無かったですぅ〜」で誤魔化そうそうしよう。
「それにしても、座標バグか……困ったな」
例えば時の政府の場所をA、私の本丸がある場所をB、私たちが今現在居るこの時代をCとすると、突然CaとかCbになった訳だ。そして一度帰ってしまうと、座標の特定をするか座標の修正をしない限り、もう二度とこの座標には戻って来れないという事。
恐らくゲートを通った際の、私の霊力を辿って緊急回線を繋いだんだと思うけど、それが切れたとなれば時の政府や本丸からの援護は望めない。ただ、私は戻る場所の座標を正しく知っているので、ありったけの霊力を使えば帰れるには帰れる。今のところの安心材料はそれだけだ。
「行きは良い良い、帰りは怖い……か。本丸と通信も出来なくなったから、長谷部とママン、相当怒るだろうな……」
もうため息しか出てこない。私の本丸には元主に置き去りにされた子たちも居るので、荒れたりしなきゃ良いんだけど。
あれこれ心配ばかりしていても仕方がないので、私的端末に入れた資料を読み直す。何しろ二百年も前の事についての資料なので、大まかな記録しか載ってない筈にも関わらず……この情報量の多さよ。
「それにしても、米花町事件起こり過ぎだろ……何この国際サミット会場爆破テロって。こっちも連続爆破事件……これも。これも爆弾事件だ。どんだけ爆発してんの? ヤバ過ぎでしょ。ポップコーンかよ」
うげぇ、と思わずカエルが潰れたみたいな声を漏らして居ると、襖の向こうから声が掛かる。
「主さーん? 晩ご飯出来ましたよ!」
「ありがと、今行くー」
みんなにも説明しなきゃなぁ。その前に、まずは腹ごしらえだ。
*
「……と言うわけで、米花町の浄化に加えて座標バグの原因調査が加わったんだ」
私が説明を終えると、当然ながら皆一様に眉を顰めた。
念のため説明しておくと、この時代の住人たちの、私たちがこの時代に居たという記憶は、私たちがこの時代から去ると段々と薄れて行く。特異点消失による記憶調整、という世界の力が働くらしい。詳しい理論は審神者講習の時に習った気がするけど忘れた。
なので、私たちがここに来たせいでバグった訳では無いのである。
「……あんたは、どう考えてるんだ」
大倶利伽羅が私に問うた。
「んー……そうだなぁ。あり得るとすれば、例えば。遡行軍が過去を変えた。或いは、現在地点で改変が起こった。まぁ、他にも色々あるけど、とりあえずこのふたつが有力かな」
「しかし君が僕たちと一緒に展開させた遡行軍探知術式には引っかかっていないだろう? それとも感度が悪いのかな。……術の話だよ?」
にっかりが首を傾げる。
「……もう一度、見回りした方がいいかもね」
そう呟けば、男士たちは力強く頷いて見せた。
* * *
すっかりお気に入りの喫茶店になったポアロで、私はひとりカウンターに腰掛け、美味しいコーヒーを飲みながら考えを巡らせる。
(……術式は問題なく機能していた。となると、やっぱり過去改変が起きたのか)
そうだとすると、この時代に居る私たちが特定するのは難しい。時の政府が早目に年代と問題を特定及び解決してくれると良いんだけど……どうなんだろう。
(……或いは、正史の定義が変わった? 可能性は少ないけど、前例もあるしな……有り得ない話じゃ無い)
焦っても仕方ない。コーヒーを飲み干し心を落ち着けると、カウンターの向こうでお皿を拭いていたイケメン店員が「おかわり、いかがですか?」と営業スマイルを向けた。
「じゃあ、もう一杯だけ頂きます」
「ありがとうございます。今お作りしますね」
アイドルタイム、と言うんだったか。平日二時過ぎの喫茶店の客は私だけだ。コーヒーを淹れるイケメン店員をじっと見つめる。エキゾチックな褐色肌に、ミルクティーみたいに滑らかな金髪。両の瞳は澄んだ水色。その整った顔立ちは、刀剣男士たちと並べても遜色は無いだろう。人間にしては珍しく神掛かった顔面偏差値。体躯も恵まれてるし、前世でどんだけ徳積んだんだろ。すごいな。
「……僕の顔に何か付いてますか?」
「見過ぎでしたね。不躾にすみません」
「いえ、謝らなくても大丈夫です。お待たせしました、ブレンドコーヒーです」
「ありがとうございます」
コーヒーを受け取ると、イケメン店員は「今日はおひとりなんですね」と微笑んだ。
「あぁ……まぁ、そういう時もあります」
「どうやら女子高生たちの噂になっているようですよ、えぇと……」
「丹羽です」
「丹羽さん、ですね。僕は安室と言います」
自己紹介をしながら、内心ため息を吐く。確かに、噂にならない訳が無いとは思ってたけど。
「……イケメンを侍らせる私の職業が何かとか、根も葉もない憶測が出てるんでしょう?」
「えぇ、まぁ。そんな所です」
「寮の管理人なんですよ、私。だから、土地勘が無いあの子たちに道を教えてたんです」
「ホォー、そうだったんですね。なるほど」
にっこりと笑った安室さんに笑顔を返す。これ、絶対信じてないな。別に嘘だからいいんだけどさ。とりあえず、カバーストーリーを展開させておこう。
「オーナーが別に居て、面食いだからイケメンしか入居させないんですよ。困ったもんです」
心底うんざり、の演技をしながらコーヒーをひと口。うん、やっぱり美味しい。安室さんはまたお皿を拭きながら会話を続けた。
「今、何人くらい寮に入っているんですか?」
「六ふ……人、ですね」
あっぶね、いつもの癖で“振”って数えるところだった。気を付けねば。
その後も他愛もない話をしてから店を出る。
(さて……別の術式も試してみるか)
帰ったら端末の資料とこの時代のインターネットで過去の事件を照らし合わせる作業もしなきゃだし。そんな事を考えながら、私は足を動かした。
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