春の爛漫、華飾の朱の如し | ナノ

  犯罪都市たる謂れ




 政府から支給された拠点は、元は寮だった二階建の建造物。上から見ると四角いその建物には中庭があり、広いキッチンスペースと普通よりも倍ほどありそうなお風呂がふたつ、トイレは一階二階の角にふたつずつ。部屋数は十二、玄関横に管理人室がある。まぁその事は一旦置いておこう。
 とにかく、低血圧から産まれたんじゃ無いかと思うくらい朝が苦手な私が、まだ六時過ぎの朝っぱらに腹から声を出すのも稀である。まだ眠気を訴える身体に鞭打ちこんな事をしているのは何故なのか。理由は至ってシンプル、編成をミスった。こんな事になるとは薄々勘付いてたけど、大人しく長谷部の助言を聞き入れるべきだった。それだけ。

「……いい? 鶴さん。ぜぇっっっったいに建物壊したらダメだからね? あと度を越したサプライズ禁止! 特に朝の起こし方! 心臓止まってポックリ逝くところだった!」
「はっはっは! 驚いただろう?」
「笑い事じゃねぇですよ? とにかく、約束を守れない場合は本体勤務にするからね? わかった?」

 朝から枕元で爆竹攻撃を受けた私は、キッチンスペースに正座させた鶴丸にお説教をしていた。ちなみに本体勤務とは、顕現を解き刀剣の状態で私に使用される事である。しかし、うちの鶴は全く反省の色は無い。いつもの事だけど。

「たーいしょ、説教はその辺にして朝飯食おうぜ?」
「はいはーい! 朝ご飯出来ましたよ、主さん!」
「……わかった。準備ありがとね、薬研、堀川くん。鶴さんも、ちゃんと反省した?」
「したした! さーて、とっとと腹ごしらえして驚きを探しに行かなきゃな!」

 適当な返事をして食卓に座った鶴丸に、思わず溜息が漏れる。一部始終を見ていた大倶利伽羅が「絶対反省してないだろ……」と呟いた。それな。


 *


 びっくり爺さんを野に放つと何を仕出かすかわかったもんじゃない(実際、初日に警察沙汰になった)ので、今日も私と一緒に居るわけだ。ちなみに薬研は小学校、堀川くんは中学校、山姥切は高校、にっかりは大学に潜入して貰っている。残る大倶利伽羅は危険を察知して一人でどっか行った。薄情な奴め。

「おい君、あれ見てみろよ!」
「はいはい、見た見た」
「おっ? ありゃ何だ?」
「こら! 道路に飛び出すなってば!」

 だめだこりゃ。誰か成人男性用ハーネス買って来て。着けても引き摺られる未来しか見えないけど。もう、ホント……絶対に三歳児の方が大人しい。どうかこの約千歳児を大人しくさせる方法を教えて欲しい。

「鶴さんや。幾ら私が認知阻害の術を掛けても君らの外見は人目を引くのに、騒ぐと益々注目が集まっちゃうの。わかる?」
「あっちに面白そうな店があるぞ! 行ってみようぜ!」
「おいコラ人の話し聞けや」

 前の主さんよぉ……鶴丸鍛刀する時玉鋼じゃなくてくす玉でも使ったんか? 知り合いの審神者の鶴丸はもっと落ち着きがあったぞ。個体差か、知ってる。

「……鶴さん? そんなに本体勤務したいの?」
「それは勘弁だなぁ」
「だったらもう少し大人しくしようね? さにーとのお約束だよ!」

 そうして渋々大人しくなった(当社比)鶴丸を連れ米花町を巡る。

「これで一通り見て回れたかな。後は……遊園地とかデパート、病院辺りか」
「遊園地ってあれだろう、じぇっとこーすたーがある所だよな? 前に粟田口の短刀たちが言っていたぞ!」
「あー、うん。そうだけど……鶴さん連れてったら過労で死ぬと思う」

 想像しただけで目眩がする。かと言って大倶利伽羅と山姥切連れてっても盛り上がらなさそうではある。こっそり短刀と脇差連れて行こう。

「さて……とりあえず帰ろっか」
「もう帰るのか?」

 不満の声を上げた鶴丸が、まだ遊びたいと駄々を捏ねた。いや、だからね? 遊びに来てるんじゃねぇんだわ。任務だ任務、政府勅命の任務!


 * * *


 ポアロで毛利小五郎の隣に座り、コナンは窓の外を眺めながらオレンジジュースを飲んでいた。そこを最近噂になっている人物が通り過ぎたのを見留めたコナンが、思わず「あれ……」と声を上げた。

「どうしたんだい、コナン君?」
「安室さん、今お店の前を通り過ぎたあの女の人、知ってる?」

 小五郎にコーヒーをサーブした安室が、窓の外の後ろ姿を見て頷いて見せる。

「あぁ……あの女性なら、たまにここに来るよ」
「じゃあさ、いつも違う男の人と一緒に来たりする?」
「よく知ってるね。僕が見ただけでも三人かな、今一緒に居た人で四人目だ」
「そっか、やっぱり噂通りなんだね」
「噂になっているのかい?」
「うん。いっつも違うイケメンを連れてるから、蘭ねぇちゃんたち女子高生の間で噂になってるみたい。どういう関係なんだろう、って。それでね、この間蘭ねぇちゃんたちのクラスに、その中の一人の……金髪で緑色の目のイケメンが転校して来たんだって」

 コナンのその言葉に、安室は先日初来店した際に見た、ずっとパーカーのフードを被っていた青年を思い出す。
 
「彼なら確か、珍しいあだ名で呼ばれてたなぁ……そうそう、『まんばちゃん』だ」
「へぇ〜、でもその人『堀川切国』って名前らしいよ。何で『まんばちゃん』なんてあだ名なんだろう?」
「さぁ……? 何でだろうね」

 優しく微笑んだ安室は会話を切り上げ業務に戻る。それを視界の端に映しながら、コナンは窓の外を眺めたまま首を傾げた。


 * * *


 さすがは日本歴代ワーストワンの犯罪率として歴史にその名を刻んだ米花町。町中至る所に穢れが漂っている。微かなものならば、時の政府の職員に『歩く空気清浄機』と陰口を叩かれる私が通るだけで浄化出来るけど、濃い穢れは柏手を打ったり祝詞を唱えたりしなければならない。しかし白昼堂々そんな事をしていると、確実に職質案件だろう。だからこうやって、闇夜に紛れて浄化して回ってるんだけど。

「……倉庫群の一角で武器取引とか、マジでやってたんだね。映画とかドラマの世界だけだと思ってた」
「そんな呑気でいいのか、大将? 見つかったら面倒だろ?」
「そりゃね。一応防御札は持ち歩いてるけど、バカスカ撃たれたら困る」
「俺が防いでやりたい所だが……折れる可能性を考えるとそうもいかないからな」
「それはしょうがないよ。歴史修正者たちの武器とは違うんだから」

 護衛として連れていた薬研と共に積まれた資材の陰に隠れヒソヒソと小声で話している間にも、武器取引は進行して行く。武器を売る側がスーツ姿の男五人、お金を渡す側が上から下まで真っ黒な衣装の長い銀髪の男と、サングラスを掛けたスーツ姿の男の二人。いかにも、って感じ。ここまであからさまだと逆に自己主張が激しいな。

「……ん? 何か揉めてるみたいだな」
「ありゃ、交渉決裂ってヤツ? ドンパチ始まっちゃう?」
「どうする、大将」
「とりあえず、見守るしか無いんだけどね」

 薬研もわかり切った事を聞くものだ。私たちは、この時間軸の事件に自ら関わってはいけないと決められている。しかし万が一、巻き込まれた時は……不可抗力として大量の始末書地獄が待ってるんだけど。初日の鶴丸の警察沙汰でお腹いっぱいなので、是非ともそれは御免被りたい。

 視線の先で、銀髪の男が懐から銃を抜いた。

「……大将は見なくていい」

 そう言って薬研は、そっと私の両眼を片手で塞いだ。静かな夜に、重なった銃声がこだまする。暫くすると、立ち去る足音は消え辺りに錆臭い血の匂いが漂った。

「薬研、もういいよ」

 その言葉を合図に、薬研の手が離れる。武器を売る側だった男が五人、物言わぬ屍となって倒れていた。

「なるほど、これでは土地が穢れるわけだ」

 立ち上がり、資材の陰から出て屍に歩み寄る。まだまだ寒いこの季節、流れ出た血液からは微かに湯気が立ち上っていた。血を踏まないよう気を付けながら、見開かれたままの瞳の目蓋をひとりひとり閉じる。

「……『此の地に御坐す神々よ、彼の者達の御霊を援い護り給え。未練殘さず彼岸まで、畏み御頼み申します』……帰ろうか、薬研」

 外を警戒していた薬研に声を掛ければ、私の懐刀は静かに頷いた。



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