春の爛漫、華飾の朱の如し | ナノ

  彼女の嘘と名探偵




 丹羽と名乗った女性客が帰ったポアロの店内で、安室はカウンターを拭きつつ思考を巡らせる。

(……彼女は、何故嘘をついたのか)

 名前も職も嘘だろうという確信が、安室にはあった。表情、視線、声色、仕草。その違和感を見抜く(すべ)は、長年後ろ暗い組織に潜入を続けていると自然と身に付いた。だからこそ、気になる。

(……いや、そんな事を考えている暇はない)

 いつの間にか止まっていた手元を見つめながら、安室は頭を振って彼女の笑顔を思考から追いやった。

(僕には、為さねばならない事がある……)

 そう自分を戒めていた安室のジーンズのポケットの中で携帯端末が震える。無表情にそれを取り出し、その画面を見つめた安室は──フッ、と別人の様な表情で嗤った。


 * * *


 目の前に展開したスクリーンに表示した資料と、現代のインターネットの情報を照らし合わせる。

「えーと、この事件は来月で、こっちは半年後。それから……」

 自室で独り言を呟きながらチェックを入れていく。今のところ、特に歴史的事件の齟齬は見当たらない。

「私の管轄じゃないのに……ボーナス弾んでもらわないとやってられない。絶対ぼったくってやる!」

 頭の中で狸ジジイをボコボコにしながら息巻いていると、薬研がお茶を持って来てくれた。それを受け取りひと口飲みながら、隣に座り画面を見ている薬研を眺める。

「歴史改変の形跡は特に無し、か。でもこれから起こる事件は要確認って事でいいんだな、大将?」
「そうだね、とりあえずは。あと今出来る事と言えば、この時代の重要人物のピックアップくらいかなぁ」

 空中に浮かぶ画面を操作して、人物名が連なる資料を呼び出す。歴代の総理大臣、官僚、著名人……この中から遡行軍が狙いそうな人物の目星を付けなければならない。

「私の分野じゃないんだよ、ホントこういうの苦手。しかもこの時代の有力者ってコロコロ変わるから、砂漠の中に落としたビー玉探すより難しいんだよねー」

 頬杖をついてため息混じりに言うと、薬研は私の肩をポン、と叩いて立ち上がる。

「余り根を詰め過ぎるなよ、大将。休める時に休んどかねぇと身体壊すぞ」
「わかった、ありがと薬研」

 そう返事を返すと、薬研はヒラリと手を振り部屋を出て行った。それを見送ってから、また再び画面に視線を戻す。

(……ん?)

 名簿を流し読みしていた中に、どこかで見たことのある名前を見付ける。

(毛利小五郎……あれ? どこで見たんだっけ?)

 その名前を現代のインターネットで検索してみると、ずらっと眠りの小五郎探偵の記事が並んだ。その中の画像のひとつに、思わず「あっ!」と声が出る。

(ポアロの上の階! 道理で見た事があるわけだ。へぇ……有名人なんだな。今度会ったら挨拶してみよう)

 それにしても……探偵、か。いつも本丸に居る私には、馴染みのない職業だ。

(まぁ、でも……米花町は事件だらけだからな、必要な職業なんだろう)

 検索窓に今度は【米花町 探偵】と入力してみる。

(高校生探偵? 若いのにすごいな……ご両親は元大女優と天才小説家か……って、工藤優作って『ナイトバロン』の作者じゃん!)

 不朽のミステリとして有名な『ナイトバロン』シリーズは、元いた時代でも人気の作品だ。もちろん私も読んだし、刀剣男士たちにも大好評だった。

(マジか。わぉ……サイン欲しい)

 職権濫用? まぁそんな固い事言わずに。要は時の政府にバレなきゃいいんだ。へっへっへ。取らぬ狸の皮算用をしつつ、今日のところはこの辺にして、私は寝る支度を始めた。


 *


 次の日。
 私はひとりで工藤邸へと聖地巡礼……じゃなくて、見回りに来てみた。前に何度も通った事のある高級住宅地。その中でも一際目を惹く洋館風の大豪邸。すげぇとしか感想が湧かないのは、私が庶民階級出身だからかも知れない。

「まぁ、本丸の方が広いけど……政府支給施設だからなぁ」

 特に私の本丸は特殊なので、自費運営なんてとてもじゃないけど出来ない。暫くボケっと大豪邸を観察して居ると、不意に背後に人の気配。思わず反射的に飛び退いてしまい、心の中しまった、と泡を食う。
 背後に立っていたのは、柔らかそうな茶髪に眼鏡を掛けたすらりと背の高い男性。恐らく道の真ん中で他人の家をまじまじと見ていたのが悪かったんだろう。その男性は、少し困った様に小首を傾げた。

「……何か御用でしょうか?」
「いえ、すみません。素敵なお家でしたので、つい見惚れてしまったんです」
「ホォー、そうでしたか」

 優しく微笑んだ男性に、少し違和感を持つ。おや。何だろう、この感じは……? 内心戸惑って居ると、道の向こうから子供たちの元気な声と足音がした。男性もそちらを振り返ると、その中のひとりがこちらに駆け寄って来た。

「昴さん、こんにちは! こっちのお姉さんは? お友達?」
「やぁコナン君。こちらの女性は、残念ながら初対面なんだよ」
「そうなんだ。こんにちは、お姉さん! ボク、江戸川コナンって言うんだ!」

 元気にそう言った少年に、また先程の様な違和感を感じる。うーん……危険は無さそうなんだけれど、このモヤモヤする感じは何なのだろう。
 とりあえずしゃがんで、コナン君と目線を合わせて微笑んでみる。利発そうな瞳が私を映した。

「こんにちは。ちゃんと挨拶が出来てえらいね。私は丹羽って言うの、よろしくね、コナン君」
「うん! よろしく! 丹羽お姉さんの丹羽って名字だよね? 下の名前は?」
「……夜、だよ」
「そうなんだ。珍しい名前だね?」
「そうでしょ、よく言われる」

 じっ、とコナン君の瞳を見つめ返す。……この違和感の正体が何なのか、軽い気持ちで彼の魂を“視”て──とても後悔した。

(……魂の年齢と、この子の外見が釣り合っていない……?)

 どちらもまだ幼いけれど、十年ほどの齟齬がある。これは、一体どういう事なのか。

「……夜お姉さん? どうかした?」
「あぁ……うん、何でもないよ」

 少し呆けてしまったんだろう、心配そうに私のコートの袖を引いたコナン君にそう言って立ち上がり、不自然にならないように挨拶をして二人と別れ、元来た道を引き返す。

(……あの子と、昴さんって呼ばれていた男性……帰ったら少し調べてみよう)

 そう考えながら帰路を急ぐ私は、自分の袖元に付けられた“お土産”に、終ぞ気が付かなかった。

 * *


「ただいまー。あれ、鶴さんと伽羅ちゃん、まだ帰ってないの?」
「お帰りなさい、主さん! 今日は一緒じゃなかったんですか?」
「うん。鶴さんがべいかデパートの物産展に行かないと死んでしまう病に罹ったから、伽羅ちゃんに診てて貰ったんだ」
「あぁ……昨日大騒ぎしてましたもんね。僕も行ってみたかったなぁ」
「そうだったの? じゃあ、今度のお休みにみんなで行ってみよっか」

 靴を脱ぎながらそんな話をして、コートを脱いでハンガーに掛けていると、堀川くんが少しだけ眉を寄せた。

「主さん、そのコートから何か変な音がしません?」
「えっ、音? …………うーん? 私には聞こえないけど……」

 中途半端にハンガーを通したコートに耳を澄ますけれど、変な音とやらは何も聞こえてこない。首を傾げていると、無言で近付いた堀川くんが、そっとコートの袖を持ち上げ、その中に指を入れて何かを摘み出した。丸いシールみたいな、少し厚みのあるそれを持った堀川くんが、私に掲げて見せる。

「……これですね。何かの機械だと思うんですけど……」
「何だそりゃ? 私のじゃないなぁ、どこでくっついたんだろ。機械? うーん……一応解析してみるか」

 手を差し出すと、堀川くんがその物体を乗せる。囲碁の石をひと回り小さくしたような、見慣れない機械。

「……着替えたら、晩ご飯作るの手伝うよ。ごめんね、いっつも任せちゃって」
「いえ! 歌仙さんたちみたいに上手に出来ないですけど、料理は楽しいので大丈夫です!」
「そう? でも、堀川くんのご飯はとっても美味しいんだから、誰かと比べたら駄目だよ。自信持って?」

 世話焼きの堀川くんと、器用な薬研は料理が出来る。大倶利伽羅と山姥切、そしてにっかりも割と出来る。問題はやっぱり鶴丸で、料理に驚きをもたらそうとする時点でお察し頂きたい。以前私は、鶴丸がデスソースでハートを描いたオムライスで死に掛けた。まぁ、その後しっかり厨の番人たちに鶴丸が絞られたのは言うまでもなく。

「今日は“はんばーぐ”を作るので、お手伝いお願いしますね、主さん!」
「了解、すぐ行くねー」

 ハンバーグかぁ。久しぶりだな、と本丸での生活を思い出す。燭台切がよく作ってくれるけど、短刀たちの大好物だから……つい自分の分もあげちゃうんだよなぁ。

(……これがホームシック? 駄目駄目、私がしっかりしないと……)

 自室で分析用シャーレに謎物体を入れて着替えながら、私は心の中で気合いを入れ直す。

(一番不安なのは、ここに連れてきた男士たち。しゃんとしろ、夜。主である私の不安まで伝播させたらどうする)

 私はただの人間だけど、あの子たちの主だ。決してその矜持を貶めてはならない。

(大丈夫、私にはみんなが居るから。そうでしょ、歌仙?)

 その凛とした姿を思い浮かべれば、今にもお小言が聞こえて来そう。そう言えば、こんなに長い間あの初期刀と離れた事は無かったな。きっと心配掛けてしまって居る事だろう。

(ちゃんと帰るから……待っててね、みんな)

 一度だけ深く瞼を閉じれば、賑やかな本丸の憧憬が鮮やかに蘇る。

「よし、がんばろ!」

 気合いを入れ直して、私はキッチンへと向かった。




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