春の爛漫、華飾の朱の如し | ナノ

  とある審神者の長期遠征


 審神者の朝は早い。

「たーいしょー、朝だぜ」
「んむ……あと五時間……」
「はっは、昼になっちまうぞ?」

 そんなやりとりをしていると、聞こえてくるのはヤツの足音。思わず布団を被り直し、ギュッと端を握る。

「主! いつまで寝ているんだい! 君が朝餉を食べ終わらないと何時迄も片付かないんだ、早く起きてくれないか!」

 バッサァ! 意図も容易く布団が剥ぎ取られる。藤色の癖毛の初期刀が、呆れ半分、苛立ち半分で私を見下ろしていた。

「そんな起こし方、雅じゃないよママン……」
「僕は君の御母堂じゃないと言っているだろう! とにかく早く起きてくれるかい!」
「ふぁい……」

 あくびまじりに返事をすると、歌仙は「雅じゃない!」と言い残し足音荒く厨に戻って行った。今日も機嫌が悪い。まぁ、理由はわかっているんだけど。

「大将も起きた事だし、俺は内番に行くぞ」
「うん……ありがと、薬研」

 まだ眠い目を擦りながら、顔を洗いに自室を出た。

 * * *

 私の管理するこの本丸は、政府直轄の特殊な本丸だ。通称『(つい)の床』。所謂ブラック本丸や、そこから救出された刀剣の浄化を担って居るのだが、滅多に此処から出て行く刀剣はいない。だからって少しでも障のある気配がする刀剣に対して『終流しになるぞ』と脅し文句代わりにするのはどうなんだ。お前の事だよ時の政府職員!!

「……聞いたよ主、今日も閉鎖本丸浄化に駆り出されるんだって?」
「うん、午後からね。刀剣男士で蠱毒の真似事してたみたい」
「なるほどね……道理で歌仙君の機嫌が悪い訳だ」

 燭台切が私の食器を下げながら、得心した様に頷いた。

「それにしても蠱毒の真似事なんて悪趣味だね。僕の元主も加虐的な性格だったけど、そこまではしなかったな」

 いやー、君の元主、刀剣男士を用いた時の政府への内乱罪で極刑になったからね? まぁ、そこは覚えてないか。

「また新しい仲間が増えるかな?」
「どうだろうね。残った刀剣も見当たらないらしいし、本丸の浄化したら帰れると思うよ」

 * * *


 無事閉鎖本丸の浄化を終え、政府施設に戻り本丸に繋がるゲートへと向かっていると、廊下で呼び止められた。

「夜、丁度いいところに」
「お久しぶりです。どうしました?」

 夜とは私の審神者名だ。まぁそれはどうでもいいか。私を呼び止めたのは政府の歴史調査班の主任で、時間遡行軍の出没地点の確率調査とかの部門……だったような? 壮年の主任は満面の笑みで私に政府の認印が捺された封書を手渡した。

「……なんですか、これ」
「いやぁ、とある時間軸で犯罪率が狂ってる場所があってね、そこの調査と必要があれば浄化を頼みたいんだよ」
「はぁ、でも私の管轄じゃ無いですよね?」
「そうでも無いよ。犯罪率が高いという事は、それだけ死者が多いという事だ。人の命が落ちれば土地は穢れる。土地に穢れが有ればそこに住む生者にも影響が出る。つまり心が荒んで遡行軍が唆すのにぴったりな心理状況になると言うわけだ」

 なんだその屁理屈。とにかく私の仕事じゃ無いのはわかった。無言で封書を突き返すと、たちまち主任はスッと笑顔を消した。その鬼気迫る表情に思わず後ずさると、私の背後に立ってた大倶利伽羅にぶつかる。

「……とにかく、頼んだよ」

 主任はひっくい声でそう言い残し、足早に去って行った。茫然と手の中に残された封書に視線を落としていると、背中を支えていた大倶利伽羅が小さくため息をついたのが聞こえる。

「また厄介事を押し付けられて……はっきり断らないからそういう事になる」
「うっ、返す言葉も御座らん……」
「それより、それはどうするつもりだ。受けるのか」
「いやぁ……丁重にお断りしたいんだけど無理だな、あの人政府の重役のご子息なんだよ」

 突っぱねたところで私の首が飛ぶ。闇が深すぎる。庶民階級出身の私は縦に頷くしかないのである。

 *

 さて。本丸に戻り、執務室で封書の中身を読み終えた私は盛大に頭を抱えて居るわけだ。

「二十一世紀遠征だと……? しかも一般人に偽装必須って、顔面偏差値も神な面子をどうやって偽装しろと? 無理無理の無理。諦メロン」

 ばたりと執務机に突っ伏すと、背後から今日の近侍である大倶利伽羅が鼻で嗤ったのが聞こえた。

「……断らないのが悪い」
「伽羅ちゃんの意地悪……みっちゃんに言いつけるぞ」
「…………」
「あと離の縁の下で野良猫にエサあげてるってママンに言いつけてやる……」
「なっ!? 何で知って……!」
「審神者にはお見通しなんだぞ。はぁ……編成どうしよう。とりあえず伽羅ちゃんは連れてくの決定ね」

 むくりと起き上がり、書類に大倶利伽羅の名を書く。背後から深いため息が聞こえてくるけど気にしない。残りは……後でみんなと相談しようそうしよう。

 * * *


 政府直轄 第□□□号本丸
 審神者 夜

 二十一世紀遠征 部隊編成

 第一部隊
・大倶利伽羅
・薬研藤四郎
・にっかり青江
・山姥切国広
・堀川国広
・鶴丸国永

 以上六振りと共に長期遠征する旨を此処に報告する。


 * * *


 遡る事約二百年。

 私が押し付けられたのは、米花町を中心とした場所の調査及び浄化。ねぇ、ちょっと待てよ? 米花町って日本史で習う日本歴代犯罪都市だよね。審神者知ってる。そりゃ犯罪率狂ってるわ。あの狸ジジイ……覚えてろよ。それはさておき、来てしまったものは仕方がない。時の政府が用意した拠点と身分で、しばらくの間暮らさなくてはならない。何が辛いって、ママンとみっちゃんのご飯をしばらく食べられないのが辛過ぎる。

「お腹空いたねぇ。何か食べようか、まんばちゃん?」
「……わかった」

 目立つ金髪をパーカーのフードで隠した山姥切がコクリと頷いた。他のみんなは別々の場所で調査して貰ってるけど……問題は鶴丸だ。私の本丸の鶴は、とにかくじっと出来ない。三歳児の方がまだ大人しくしていられると思う。一応薬研を介g……見張りに付けたけど、大丈夫だろうか。とりあえず警察沙汰だけは勘弁してほしい。
 
「あの喫茶店とかどう?」
「いいんじゃないか」

 私が指差したのは『喫茶ポアロ』と窓ガラスに店名が書かれたお店。結構歩いたし、山姥切の好きな甘い物もあるんじゃないかな。
 ドアを開けると、カランカラン、とベルが涼しい音を奏でた。店内はコーヒーのいい匂いが立ち込めている。可愛らしい女性店員に案内され、お店の真ん中ほどのテーブル席へと案内された。オーダーを通してから通信端末を取り出し、簡単に経過報告を纏める。

「この後は……駅の方に行ってみようか」
「わかった」

 それから買い物して、いったん戻って晩ご飯作って……と予定を組み立てていると、注文した品を今度は男性店員が運んできて来てくれた。「ごゆっくりどうぞ」と営業スマイルを浮かべた、褐色肌に金髪のイケメンが去って行くのを横目で見てから、山姥切と視線を合わせる。

「……あんなに背負ってる人、久々に見たね」
「あぁ……その割には元気そうだが」

 あのイケメンの背後に渦巻く黒いモヤ。あれは『穢れ』だ。しかも相当業が深い。少し考えながら運ばれて来たハムサンドを一口食べる。

「うわ、何だこれ、すっごい美味しい! まんばちゃんも食べなよ」
「……いただく」

 二人で夢中になって食べてから、イケメン店員が側を通るのを見計らって柏手を打つ。

「ごちそうさまでした!」

 我ながらナイス。これなら怪しまれないでしょ? と目の前に座る山姥切を見ると、とても微妙な顔をされた。何故だ。レジを打つイケメン店員の背後に渦巻いていた穢れは綺麗さっぱり跡形も無くなっていたので、この世界でも私の浄化能力は正常に機能するらしい。

「コーヒーとケーキも美味しかったし、今度みんなも連れてこよう」
「……そうだな」

 こうして、私たちの長い遠征は幕を開けた。





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