それからの私たち(2)悪意の矛先






 ミヤを秘密基地に送り届けたついでに泊まって行こうと思い、ヒロに連絡をする。この時間だから電話よりメールの方がいいか。リビングでぽちぽちと文面を作っていると、わんころが二階から降りて来た。

「ありゃ、妹ちゃんは今日こっちに泊まるんスかぁ?」
「うん。明日の朝帰るよ」
「ふぅん? 珍しいッスね。カレシとケンカでもしたッスか?」
「いや、してないよ。月夜とタナトスは島の方?」
「ロキは島の管理ッスけど、姐さんはどこ行ったかわかんないッス〜」
「そっか。お茶淹れるけどわんころも何か飲む?」
「同じのお願いするッス!」

 ヒロにメールを送信してからキッチンで二人分のハーブティーを淹れて再びリビングテーブルに座り直すと、わんころが私をじっと見た。どうした。

「……妹ちゃん、お悩み事ッスね?」
「えっ。もしかしてミヤから聞いた?」
「まぁ、ちょびっと聞いたッスけど、警察キャリアも大変なんスねぇ。それで、妹ちゃんはちゃんと怒ったんスか?」
「怒る? 何を?」
「だからぁ〜、身分上断れない縁談だとしても、フツー恋人が見合いなんかしたら怒るのが当たり前じゃないッスか。その様子だと怒らなかったんスね?」
「まぁ……だってそれは仕方ないし、ヒロもちゃんと謝ってくれたし。ヒロには怒らないよ。でも……相手がなぁ」
「お? 修羅場ッスか!? 聞きたいッス〜!」

 ワクワクと目を輝かせるわんころが、少し身を乗り出した。わぉ……楽しそうだな愉快犯。まぁでもどうせ兄から話は伝わるだろう。観念した私はわんころに経緯を説明した。

「……へぇ〜、とんだ勘違い女ッスね! そういうのは親のコネが無いと威張れないんスよ! 絶対ギャフンと言わせてやりたいッス〜!」
「うーん、出来れば穏便に手を引いて貰いたいんだけどね。私はどうでもいいけどヒロに迷惑掛けるのダメ、絶対」

 ハーブティーを一口飲んで、気持ちを落ち着ける。明日帰ったらマンションの前で待ってたり……あの剣幕だとしそうだな。人使って私を探ろうとした判断の速さも気になる。

「……妹ちゃん、とりあえず今日あった事はカレシにはちゃんと伝えた方がいいと思うッスよ。相手を大切に思うからこそ言いたくないのはわかるッス。でも、言って貰えなかったら自分はそんなに頼りにならないのかって凹むのが男心ッス! さぁさぁ、今からでもちゃんと伝えるんスよ? オレはそろそろ寝ることにするッス〜」

 *

 私も寝る支度をして、秘密基地の自室のベッドに腰掛ける。リコは島で自分よりも小さい子たちの面倒を見ると宣言して、ジンと因幡と一緒に頑張ってくれている。

(……私の問題は、私が片を付けるべきなんだけど……ダメだなぁ。また頼ってばっかりだ)

 ポスッとベッドに身体を預ける。天井の照明を見上げながら、先ほどわんころに言われた言葉を思い出す。

(……ヒロに言ったら……きっとヒロは自分のせいだって思うだろうな。それで……私に悟られないように、ひとりで何とかしようとするんじゃないかな)

 きっと私はまた蚊帳の外になる。

(守られているばかりの『隼雀ヒナ』は嫌だ。私に出来ることを……やらなくちゃ)

 * * *

 朝目が覚めると、廊下にまで朝ごはんのいいにおいが漂っていたので思わずお腹の虫が一声鳴いた。

「……おはよ、ミヤ。今日はパン?」
「おー、マフィンと食パンあるけどどっちだ? 何か乗っけるかぁ?」
「マフィンがいい。久しぶりにクロックマダム食べたい」
「りょーかい。顔洗ってこいよー」
「やった! おなかすいた」

 ……兄の作るクロックマダムは絶品だ。バターで焼き目をつけたモチモチの香ばしいマフィン、たっぷりの厚切りカリカリベーコンとトマトソース、卵白をフワッフワに泡立てたエッグインクラウドの視覚的効果。それに加えてこんがり狐色にとろけるチーズの誘惑。白胡椒と兄が配合したクレイジーソルトが香るそのハーモニー。朝からハイカロリー? 知らんがな。美味しいものはカロリーが高いのはこの世の常識だ。だが私は食べる。朝っぱらからナイフとフォークを使うのが難点だけど、とにかく、はちゃめちゃに美味しいんだ……! 前にレシピを聞いたけど、秒単位で卵の火加減を見るのは起き抜けの寝ぼけた頭には難易度が高い。でもヒロにも食べさせたいな、と思いつつ、卵白の雲から溢れたトロトロの黄身をマフィンに吸わせていると、二階からわんころが降りて来た。

「おはよッス〜……なんか、めっちゃいいにおい……」
「ポチ公も顔洗ったら先に飯食えよ、あと服着ろ」

 リビングで向かいに座り携帯端末を弄っていた兄が視線も上げずに言う。あー、うん。月夜もだけど、わんころも寝起きは上半身裸なのなんで。風邪引くぞ。洗面所に向かったわんころから兄に視線を向ける。

「……ねぇミヤ。神獣系は裸で寝るのがデフォなの?」
「アレなぁ……でもさ、よく考えてみろよ。人間以外の生物は基本的に服を着ない」
「あー……原始回帰的な? なるほど、わからん」
「まぁ、フルヤくんも寝る時はパンイチ主義らしいから、体脂肪率と筋肉量の関係じゃねぇの。知らんけど」
「……ミヤは筋肉薄いからな……ドンマイ」
「喧嘩売ってんな? 高額で買うぞ?」
「売り切れですガラピシャ!」

 閉店ガラガラ〜! の動きをしてから、お茶を一口飲む。ふぁ〜……美味しかった。

「ごちそうさまでした! 久々に食べたけどやっぱり美味しかったー!」
「そ。美味けりゃ良かった、お粗末さん」

 食器を片付けていると、自室に行っていた兄がタブレット端末を手に戻ってきた。

「ヒナ、ちょっと」
「うん? なに」
「例の女の情報。こっちは違法だから持ち出し禁止な」

 リビングテーブルの上にその端末を置いた兄がしれっと曰う。手を拭いてイスに座り画面を見ていると、向かいで朝食を摂っていたわんころも一緒にその端末を覗き込んだ。

「うわ〜、警察上層役職の孫とか、そりゃ断れないッスよねぇ〜」
「本人以外に問題ある情報は出て来なかったから、まぁ……言ってしまえば自分たちは一族の恥を厄介払いついでに将来有望株との接点ゲット、あわよくば自分が引退後も警察組織内で動かせる手駒として使いたいんだろ」
「最低過ぎる……」

 うぇ、これってもしかしなくても私さえ排除出来ればいいとこの相手の親族丸ごと思ってるんだな? だとすれば、あの女性がどんなに暴走しても止めないと。ふざけるなよ? ヒロをなんだと思ってるんだ。ヒロの気持ちを蔑ろにするなんて許さない。

「モロフシくんはいつもの通りしばらく公安で缶詰だろーが、送迎はヒナ、お前がした方がいいぞ」
「わかった。それにしても……異性との交際スパンが最長二ヶ月とかどうなってんだ。最短三日……それ付き合ってるって言うの?」
「飽きたらポイ捨てとか無いッスわ〜」
「おいポチ公、何で今俺の方見て言った? 失礼だな」

 兄の女性遍歴については私からはノーコメントだ。

「過去にも親友の彼氏奪ったり、まぁ、ある種のアクセサリー型恋愛脳だろうな。男の見た目と職業を好き勝手にランク付けして、今のランクより上がいたら乗り換えるの繰り返し」
「何だその嫌過ぎるわらしべ長者……」
「あっは! その例えウケるッス〜!」
「笑い事じゃないよ……ねぇ、この裏アカの呟きの『未来の旦那サンに寄生してる無職の粘着質オンナ』って私のこと? うそだろ」

 他にも『無職なのに男と飲みに出かける』いや、兄だし。『女なのにバイク乗るとか野蛮』別にいいだろ! 『服装が地味。オシャレに気をつかわないトカ、女として終わってる』センスの違いだ! 『無職のくせに髪染めて巻いたり金遣い荒い』これは産まれつきの地毛! とりあえずどれもこれも腹立たしいdisの数々。ぬぉー! 遺憾の意!! 

「そもそもエア家事手伝いに無職を馬鹿にする権利は無いぞ。しかも私は無職じゃない! ……え、待って。何で私がバイク乗ってるの知ってるの? 引っ越してからまだ一度も乗ってないよ?」
「駐車場にバイクは?」
「置いてない。私のニンジャ、ここに置きっぱなしでしょ」
「カレシさんが言ったとか?」
「いや、性格的にモロフシくんは絶対ヒナの個人情報は漏らさない。だとすれば、祖父が公安の俺たちの資料見たとかだろーな。手札一枚ゲット」

 兄が付箋に『機密情報漏洩』と書いて祖父の名前のところに貼った。うげぇ、嫌な言葉だ。

「となると、祖父も叩けばボロが出るな。そっちは俺が調べるとして……ヒナ、この女に面と向かって口で勝てる自信あるか?」
「うっ、ミラーリング使っていいなら勝てるけど……」
「それじゃダメなのわかるよな?」
「うん……わかる」

 私が私で解決しないといけないのは、わかってる。でも……私に、“普通の人間としての私”に、それが出来るだろうか。いや、やるしかないんだけどさ。

「さて、ヒナ。俺から提示する策は二種類ある。第一に、俺たちだけで秘密裏に処理する案。第二に、ヒナとモロフシくんが一緒に解決する案。俺的には今後の事も考えて、モロフシくんと一緒に解決した方が良いと思うぞ?」
「それはオレも賛成ッス〜! 妹ちゃん、カレシにまだ連絡してないッスよね?」
「うん……」

 決まり悪く頷くと、兄が小さくため息をこぼした。

「あのなぁ、ヒナ。モロフシくんの負担にならない様にお前が思うのはわかるよ。でもな、たまにはちゃんと『助けて』って言わないと、ヒナが辛いだけだし、モロフシくんだって頼ってもらえないのかって傷付くぞ?」
「……うん。それは昨日、わんころにも言われたよ。自分が逆の立場だったらって考えたら、やっぱり頼って欲しかったって思う……けどさ、私は今までヒロを散々振り回して来たから……いい加減呆れられないかなって、こわくなるんだ」

 端末に視線を落としながら私が言うと、今度は盛大にため息を吐いた兄がタブレット端末をテーブルの上から取り上げた。顔を上げると、少し怒った表情の兄と目が合う。えっ、なんで怒ってんの? 

「……作戦変更。ヒナ、モロフシくんと喧嘩しろ。ってか、させるから。自分で解決しろよ? 俺はあとこの事について協力しないからな」

 自分の部屋に戻って行った兄を見送って、わんころに視線を向ける。

「ん〜……まぁ、今のはちょっとだけ妹ちゃんが悪かったッスねぇ」
「……そう、だよね。うーん。でもヒロと喧嘩かぁ……」

 喧嘩なぁ……そもそもヒロと言い争いとか、そんな事したくないんだけど。でも兄がさせると言ったのだから、絶対そうなる様に仕向けるんだろう。そっと息をつくと、わんころが朝食の続きを口にしながら視線を寄越した。

「……妹ちゃんは、そういうのは苦手そうッスね。絶対自分が折れて丸く収めるタイプの性格してるッス」
「うん、否定はしない。けど……ミヤのあの言い方だと『腹割って話せ』って事なんじゃないかなぁ」
「そこまでわかってるならハナシは簡単ッスよ。妹ちゃんたち二人の問題は、二人で解決するのが一番ッス。他人同士、緩急つけて、紆余曲折経て、価値観を擦り合わせるのは大切な工程ッスよ〜? これからずっと、一緒に居たいのなら尚更、ッスね」

 柔らかく言ったわんころに思わず目を見張ると、視線に気付いたわんころが困った様に微笑う。

「何スか、その顔。オレが言うのが意外? まぁ、否定はしないッス」
「あ、いや。うーん? ……その通りだね。結局私は、自分が傷付くのが怖いだけなんだ。本当のこと……心の中を見せたら嫌われるんじゃないかって。ミヤは……まぁ、双子だし、いちばん一緒にいる時間が長かったけどさ、月夜とわんころ、タナトスはまぁ、規格外だけど。私の事を(おもんばか)ってくれる人たちが側に居てくれる分、それに甘えるのに慣れてしまったんだ」
「……それは、まぁ、そうッスね」
「でもさ、大抵の人……私を含めて、自分だけでいっぱいいっぱいだから、そんな配慮が無いの、当たり前なんだけど。時々それを忘れそうになるよ。そのくらい、自分は恵まれてるんだな、って……うん、そろそろ自立しなきゃね。ごめんね、わんころ。ゆっくり食べて」

 席を立つと、わんころに呼び止められる。

「妹ちゃん、これはオレからプレゼント、ッス〜」

 わんころが取り出したのは、アンティークなデザインの鍵。

「……鍵? どこの?」
「その鍵を握ってドアを開けると、どの場所からでもこの秘密基地の玄関に繋がるッス! まぁ、緊急脱出用にでも使うといいッスよ〜」

 * * *

 自分の車の運転席で、兄から貰ったペンライト型記憶処理装置とわんころから貰った鍵を眺める。うむ……どこで使うんだ? 首を傾げていると、助手席のドアが開いた。その二つをポケットにしまって、乗り込んできたヒロに笑みを向ける。

「おかえり、ヒロ。お仕事ご苦労さま」
「ああ、ただいま。迎えに来てくれるなんて珍しいな。それにその変装……何かあったのか?」
「あー、うん。その事なんだけどさ……ちょっとドライブでもしない?」

 ギアを入れて発車して、しばらく走りながらバックミラーで尾行がついてないかを確認していると、私の視線の意図に気付いたヒロの表情が曇る。

「なあ、ヒナ。そろそろ話してくれないか?」
「……うん、えっと……とりあえず、私のセーフハウスに行くね」
「……わかった」

 神妙な面持ちで頷いたヒロに小さく笑って見せてから、私はセーフハウスのひとつへと向かった。

 *

 *

 *

「……そんな事が……ごめんな、ヒナ。気が付かなくて」
「ううん。言わなかった私が悪いんだし」

 とりあえず兄との事は伏せて事の次第を報告すると、ソファーに座りコーヒーのマグカップを持ったままのヒロが眉尻を下げた。向かいのラグに座った私は、鞄からファイルを取り出してヒロに差し出す。

「これは?」
「先週から、人を使ってマンションの前で待ち伏せたり、私の尾行したりした証拠の写真とか日時とか車のナンバーとか……その、ミヤみたいに個人の特定は出来なかったんだけど……」

 尻すぼみに言うと、ファイルを眺めたヒロが苦い顔をした。

「……あのさ、ヒナ。ヒナはきっと、自分で何とかしようとしてくれたんだよな?」
「うん……でも結局、私だけじゃどうにも出来なくて……ごめんなさい」

 謝ると、ヒロは無言でマグカップをテーブルに置き、口を開く。

「恐らくヒナの事だから、俺に負担かけたくないとか、そう言う理由で黙ってたんだろ? でもさ、事の発端は俺にあるんだから、その責任は取らせて欲しかった」
「それは……ヒロのせいじゃない」
「いや。俺のせいで、ヒナを巻き込んだんだ。確かに、ちゃんと断ったのに食い下がってヒナに付き纏い行為をする相手が悪いさ。でも俺はその可能性をもっと慎重に考慮するべきだったし、実際阻止出来なかった。ごめんな、ヒナ」

 そんな事ない! と言おうとして視線を上げた私は、ヒロの背後に立った人物に思わず飛び上がった。

「ぎゃっ!? ミヤ!?」
「えっ? な、いつの間に……」

 腕を組んで仁王立ちした兄が、不機嫌そうにため息をついた。あのさぁ……心臓に悪すぎるからやめて欲しいんだけど。そんでもってまだ怒ってんな? うへぇ……良くも悪くも有言実行するのが兄だ。私とヒロを喧嘩させるためにどんな策を出して来るのか……想像しただけで恐ろしい。兄は無言のまま、ヒロにタブレット端末を手渡した。えっ、それって門外不出の機密情報満載したパンドラボックスでは? 思わず顔を引きつらせる私をよそに、ヒロは端末に指を滑らせて画面を注視して……盛大に眉根を寄せた。待って、何の情報なのそれ。しばらく固まっていると、読み終えたらしいヒロががっくりと肩を落とした。

「……またか……」

 ため息混じりに呟きながら、憂げに前髪をかき上げたヒロの仕草の尊みがしんどい……じゃなくてだ。

「あのー……何が『また』なの?」

 おずおずと尋ねると、ようやく私に視線を向けた兄が面倒くさそうに口を開く。

「……お前の事ストーキングしてた奴等、最近日本で噂になってる人身売買のブローカーと接点があった」
「えっ、ちょっ……またか! うそだろ!?」

 もうやめろって! 何回目だよもぉぉおお!! 遺憾の意!! 思わず両手で頭を抱えると、兄がキッチンでコーヒーを淹れながら説明を始める。

「モロフシくんが見合いした女は、そいつらにヒナをどうにか引き離して欲しいって頼んだみたいだが、その情報をどっからか仕入れたブローカーが男たちに接触。ストーキングくらいならモロフシくんとヒナで解決して欲しかったが……何でこう、次から次へと沸いてくるんだろーな?」

 言いながら兄は胡乱な眼差しで私を見た。そんなのこっちが知りたい……うへぇ、何でこう、次から次へと犯罪組織が沸いてくるの? どうなってんだよ。

「で、どうすんの? この事公にして縁談持ってきた上層強請るか? それとも……フルヤくんが持ってきた話の始動にするかぁ?」
「……! そうか、もうミヤビには話してあるんだな?」
「ま、聞いたのは昨日だけどな。万年人手不足も大変だよな」
「はは、本当になあ。えーと、ヒナ。公安の協力者からヒナたちが外れてるのは知ってるよな?」
「うん、ロクロの時でしょ?」
「ロクロ……?」
「黄昏の会の中で『生類連鎖研学機構(Living Chain Research Organization)』の頭文字取って『LCRO(ロクロ)』って呼んでたんだよ。碌なモンじゃねぇ、って皮肉もあるけど」
「なるほどなあ。そう、その時だな。それでその後、超常現象対策課は解体されたんだけど……最近また発足する動きがあって、俺か降谷が指揮に据えられそうなんだ。それで、また二人に協力を仰ぎたい……って話なんだけど」

 うむ……なるほど。表向きには獣人とかキメラとか、裏では異能も含めたそういったやつに対応する為のものなんだろう。それはわかる、けど。

「……でも、それとこれは関係なくない?」
「じゃあヒント。人身売買に『異形』を足したら?」
「それもう答えじゃん……なるほどな、その人身売買組織が蒐集した中に、獣人や合成生物が混ざっていると。でもそれって会の事案にならない?」
「……公安的には『黄昏の会』とのパイプも持っておきたいんだよ」
「なるほど把握。……この事、タナトスたちは?」
「承諾済み。ヒトの事はヒトに任せるってさ」

 んー……? タナトスもヒトだったはずだけど、まぁいいや。となると、窓口としての立ち位置で私と兄に協力協定を締結し直したい、って事なんだな。うへぇ……それって責任重大過ぎない? 大丈夫かなぁ。

「……ヒナ」

 悩んでいると、ヒロの柔らかい声が私を呼んだ。いつの間にかテーブルを凝視していた視線を上げて、アイスグレーの瞳を見る。

「……この提案は、ヒナたちをまた危険に巻き込む事になる」
「……あのさ、ヒロ。それは今更だよ。タナトスにも言われたけど、『黄昏の会』に居る限り、人知を超えた危険と向き合う羽目になる。それは仕方のない事だし、前にヒロに言った通り、私には私の出来ることしか出来ないんだ。だから、私は私に出来ることをしたい。大丈夫、危険なら慣れてるよ。それは誰にでも……ヒロたちと同じ。ヒロが私を大切に思ってくれるように、私も、そばにいてくれる人を大切にしたいんだ」

 言い切ると、ヒロは少し瞠目したあと小さく微笑った。

「ありがとう、ヒナ」

 * * *

 懐かしの警察庁公安部にある会議室(食堂)に来ている。わぉ……相変わらず設備が最新式……じゃなくてだ。ヒロはとんぼ返りで戻ってきた訳だけど大丈夫? いつもの事だけど働き過ぎじゃない? 協力者協定の書類にサインをしてペンを置くと、私と兄の書類を回収した風見さんが向かいに座る降谷さんとヒロへと手渡した。

「……さて、これで再び協力者になった訳だ。二人とも、また宜しく頼む。あとは……黄昏の会の代表はダンタリアンだったな。サインが欲しい書類がいくつかあるんだが、アポは取れるか?」
「俺が代理でサインするけど?」
「そうか。風見、あの書類を持ってきてくれ」
「了解です」

 頷くと、風見さんは会議室を出て行った。テーブルに頬杖をつきながら指先でペンをくるくると回している隣に座った兄の横顔を盗み見る……うむ、これ、まだ怒ってんな? 

「……ミヤ」
「……なに」

 不機嫌そうに答えた兄に、ヒロと降谷さんが少し驚いた顔をした。そう言えば、喧嘩中の私たちを見るのは初めてか。うぅ、いい歳した大人が兄妹喧嘩とか、お見苦しいところを……とりあえず、何と謝るべきか言葉を選んでから口を開く。

「……あのさ、この前のは私が悪かったよ。自己解決出来る技量も無いのに、我儘言ったの、反省してる」
「…………なんか違うんだよなぁ。俺が怒ってんのは、お前が未だに卑屈になって他のヤツを信じてない事。言ってる意味わかるか?」
「信じてないわけじゃないけど……そう聞こえるのか」

 コン、コン、とペン先でテーブルを叩きながら、兄が私を見る。

「甘えるのと頼るのは違う。信頼と信用も違う。でも、迷惑掛けたくないってひとりで抱え込むのはお門違いだ。お前が誰かを助けたいって思ってるのと同じくらい、周りの人間もお前の事助けてやりたいって思ってるってこと、ちゃんと自覚しろ。それを蔑ろにして、卑屈になるなってハナシ」
「うん……ごめん。反省してる」
「ちゃんと反省したなら、俺からはもう言わない」

 この話終わり、と兄がペンを置いた。

 *

 風見さんが持ってきた黄昏の会用の書類を読み終えた兄が、視線を上げて降谷さんを見る。

「条件こんだけ? 警察機関の対応が難しい場合の臨場だと遅過ぎると思うけど?」
「それは……しかし、そう気軽に呼び出すわけにもいかないだろう」
「そうだけどさぁ……うーん、ヒナ、マギ使っていいと思うか?」
「マギ? あぁ、うん。いいんじゃない? この前も暇だって言ってたし」

 最近みんな島に付きっきりなので、マギはトロピカルランドの地下でひとり(?)、獣人とキメラの遺伝子分析やタナトスたちに頼まれたなんかよくわからん計算をしている。先日掃除に行った時、延々と愚痴を聞かされたんだよなぁ。たまにノアくんが遊びに来るらしいけど、演算機関も暇なもんは暇らしい。兄たちが元ボス時代のあれやこれは封印したらしいから、まぁ、大丈夫だろう。

「マギ……初めて聞く名前だな。どんな人なんだ?」
「ん? あぁ、マギは擬似人格突っ込んだ高精能演算機関だから、ただの機械」

 しれっと言った兄に、降谷さんたちが固まる。ですよねー。

「マギが状況分析して案件振り割るなら効率的だね。とりあえずそれでいいんじゃない?」
「ま、俺とヒナでもいいけど、連絡取れない時もあるだろーから、相談役はマギにしとく」

 書類に文面を書き足したあと、兄は自分の名前をサインした。

「さて……ヒナの人身売買の件だけど」
「……は? また?」
「えぇ、またなんですよ降谷さん。どうなってんでしょうね、まったく……」

 はは、と乾いた笑みを漏らすと、降谷さんが指先でこめかみを押さえた。ほんとすみませんです。いや、私は悪くないんだけど。兄とヒロが事の次第を説明すると、苦虫を噛み潰したような表情の降谷さんが項垂れた。横に座った風見さんも困り顔をしている。

「……上層の機密情報漏洩、ヒナへのストーキングや嫌がらせ、挙げ句の果てに人身売買組織の関与……相変わらずだな」
「元はと言えば俺が原因だから、この件は俺が担当するよ」
「それは構わないが……大丈夫か? この二人の相手は骨が折れるぞ」
「失礼だなフルヤくん、その言い方だと俺たちが問題起こしてるみたいじゃん」
「起こしてるだろう、いつもいつも……全く、お前たちは昔から変わらないな」

 まぁ、長年のあれやこれを考えればぐうの音も出ないので大人しくしていると、苦笑いのヒロと視線が合った。黙り込んだ私が不安そうに見えたのか、ヒロは私に向けて優しい笑みを作る。

「大丈夫、ヒナは俺が守るよ……って、ヒナ?」
「ちょっとモロフシくん、イチャつくなら身内の居ない所でやれって。ヒナも台詞ひとつでチョロ過ぎだろ」

 両手で顔を覆って天を仰いだ私の頭を、ベシッと兄が叩いた。








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