共有した時間と在りし日の憧憬



 次の講義のために渡り廊下を歩いていると、後方から女子たちの黄色い悲鳴が上がった。あ、これ知ってる。ゼロかヒロかあるいは両方。後ろから迫ってくる気配に、嫌な予感。
 そして案の定、ガッと肩を掴まれ、強制的にくるりと方向転換させられる。目の前に現れた険しい顔のハニーフェイスが、グッとさらに距離を縮める。相変わらずトチ狂ったパーソナルスペースだな。もうちょっと周りの目を考えてくれないかな。女子たちからの視線が痛い。

「……澪」
「ふぁい」
「……俺とデートしてくれ」
「なんて??」
「俺と、明日、デートしてくれ」
「とりあえず何でそんな切羽詰まった表情でデートの申し込みをする事態になったのか理由を聞こうか」
「……わかった。説明するから来い」
「相変わらずの暴君っぷりだな」
「あ゛?」
「サーセン」

 騒然とする外野に目もくれず、ゼロは私の手首を掴んでずんずんと歩き出す。足の長さが違うのだからもう少し考慮してほしいものだが、そんな事はお構い無しに人気の無い場所へと誘導される。
 そして完全に人気がなくなると、ようやくゼロは歩みを止め辺りを見渡して、ため息をつく。うーん、割と手首が痛い。

「……ヒロが」
「うん?」
「ヒロが最近、あまり良く無い噂がある女の先輩二人にしつこく付き纏われていて、無理矢理明日三人で出掛ける事になったらしい」
「えっと、その先輩二人と、ヒロで?」
「そうだ」
「把握。食い散らかされるな」
「だろ? 絶対に阻止したい。力を貸してくれ」
「確認だけど、ヒロは嫌がってるんだな?」
「涙目になってた」
「よし任せろ全力で阻止してやる」
「助かる」
「その先輩の所属と名前は?」
「────だ」
「了解した」

 ゼロから教えられた情報を反芻しながら、ミヤに電話する。ゼロが不思議そうに私を見たが親指を立てて大丈夫の意を伝える。数コールの後に、ミヤが電話に出た。お前講義どうした。私とゼロもだけど。

「ミヤ、先輩の──と──って知ってるか?」
『知ってるけど何、なんかあったの?』
「明日まで落とせる?」
『あー、そういう……そうだなぁ、まぁ、明日の昼までなら確実に』
「充分だ。報告を待つ」
『おー、任された』

 通話を終え、ゼロにもう一度親指を立てて見せる。

「誰に電話したんだ?」
「幼馴染み。ハニトラを愛し、ハニトラに愛された男だ」
「……それってこの間、澪がデートしていた?」
「そう、そいつ」
「……大丈夫なのか?」
「ノンケをバリネコに落とす鬼畜だぞ? 獄卒も尻を押さえて逃げ出すわ」
「いや、何というか……澪からそんな単語が出て来て驚きを禁じ得ない」
「ゼロの中の私のイメージがよくわからんが、たぶん夕方には蹴りがつくな。完全勝利Sは確定事項待った無し」
「それはそれで……いや、いいんだけども……」
「? ……あぁ、わかった。そっちは私が処理する」
「は? 何を……って、澪?」

 まぁ任せておけ、と私はゼロに手を振り目的の人物を探しに行く。ヒロを食い物にしようとしたんだ、その報いはばっちり身に刻んでいただかなければ。

「…………で、結果がこれか」

 次の日の昼。ファミレスに集った四人。私の隣にミヤ、向かいにゼロとヒロ。向かいの2人は揃ってゲンドウポーズを取りながら、私とミヤが用意した顛末書及び素行調査書の資料を前に唸っている。

「両名共に退学処分。違法薬物所持及び使用で現行犯逮捕。親族と経営会社の横領罪での逮捕、周辺交流の非合法薬物使用容疑で一斉摘発」
「おや、まだ足りなかったか?」
「まじ? もうちょい突つきゃあ良かったな」
「いや、待ってくれ、俺のためにってゼロに頼まれたんだよな?」
「……俺はヒロのデートを潰してほしいと頼んだつもりだったんだが……まさかここまでやるとは……」
「いやぁ、叩けば叩くほど次から次へとホコリが出て来てさぁ。久々にテンション上がっちゃって」
「そうだな、阿呆の相手は楽でいい」
「……なぁゼロ、俺、この2人だけは絶対敵に回したく無い」
「分かるぞヒロ、俺も同意見だ」

 呆然とする2人に、隣のミヤとアイコンタクト。もしかしてやり過ぎた? かもな。でも結果オーライじゃん? まぁな。

「……ゼロ、ヒロ、ごめん、でしゃばり過ぎたな?」
「えっ!? いや、謝らないでくれよ? 俺のためにしてくれたんだろ? むしろ感謝するのはこっちの方だ。もし知らずに出掛けてたらって考えるとゾッとした。こんなに親身になってくれるなんて……思ってもみなかった。ありがとう、澪、隼雀(じゅんじゃく)さん」
「まぁまぁ、いいってことよ。こいつが親身になるなんて相当珍しい事だから。これからも仲良くしてやってくれ、な?」
「元はと云えば俺が澪を巻き込んだからなんだが……結果的に、ヒロの身に何も起こらなくて良かった。本当に、良かった……二人ともありがとう。もしも俺だけで対処してたらと考えると肝が冷える。本当に、ありがとう」
「……ゼロもヒロも、頭を上げてくれ。助けるのは当然だろ? 友達なんだから」
「……友達、か」
「はは、そうかぁ。なぁゼロ、俺たち、良い友人を持ったな?」
「そうだな」

 やっと2人が笑ってくれて、私とミヤはこっそりテーブルの下で拳を合わせた。


 * * *


 今日の分の授業が終わった放課後。
 警察学校の廊下を歩いていると、後ろから声を掛けられた。

「あっ! 居た! 澪ー! ちょっと付き合ってくれない?」
「研二くんって容易に交際申し込んでくるよな。私かれこれ三百回くらい研二くんと分単位のお付き合いと破局を繰り返してるぞ」
「待って? 心当たりありすぎるけど」
「陣平ちゃんは多分倍以上だろうな。研二くんは悪い男だ」
「ハギ、俺とは遊びだったのか……?」
「遊びに誘う常套句だったけどさぁ!」
「やっぱり……私とは遊びだったのね!」
「待って! 澪が言うと洒落にならないからぁ!」

 言いながらも2人に連行された教室には、ゼロとヒロ、伊達アニキも揃っていた。ゼロは真剣な顔をして爆弾模型の解体をしていて、その様子をヒロと伊達アニキがじっと見ている。

「おっ、雨音も来たのか!」
「そう、研二くんに弄ばれてね」
「言い方ぁ!」
「まぁまぁ澪、ここ座れ」

 陣平ちゃんに連れられて、ゼロの向かいの席に座らされる。そして目の前にゼロが解体しているのと同じ型の爆弾模型が置かれた。

「澪、今から始めて降谷より先に解体できたらアイスおごってやる」
「おー、マジか。余裕だな」
「は?」
「ゼロ顔こわいよ? 圧がすごい」
「ゼロさっきから進んでなくてイラついてるんだよ」
「黙れヒロ。少しは進んだ」
「んーと、降谷は十五分経過かぁ」
「研二くんと陣平ちゃんは何分で出来るの?」
「俺はねぇ、六分くらいだった」
「俺五分」
「じゃあそれよりタイム縮めたら明日二人とも私の財布な」
「おー、いいぜ?」
「言ったな? 男に二言は無いんだぞ?」

 ごめんな二人とも、私この手の訓練散々やったんだよ。

「……さ、さんぷん……!?」
「うっそだろ……」
「まじかぁ。すごいな澪は」
「くっそ!」
「おぉ……すげぇなぁ……」
「明日お財布持ってこないんでよろしく」

 項垂れる面々に胸を張って見せると、心底悔しそうなゼロに睨まれた。普通にこわい。

「……澪はずるい。なんでも出来るくせに何も出来ない振りをする」
「そうかな? 実際何も出来ないけどな?」
「じゃあ今現在何カ国語読み書きできるんだ?」
「三十二カ国」
「は? マジ?」
「諸伏、澪の脳味噌スパコンだから」
「そーそー、何だっけ?瞬間記憶?」
「はぁ!? 初耳だぞ!?」
「言ってないからな」
「おー、なんか聞いた事あるな。別名カメラアイだったか?」
「伊達アニキ正解」
「やっぱり! 手を抜いてたんじゃないか!」
「落ち着けゼロー」
「私は十番おばけだからな」
「あー、懐かしーね、十番おばけ」
「苦肉の策だよな」
「何なんだよ……十番おばけって……」
「それを語るには私がいじめられてた頃の下から入らなくちゃいけないんだけど、聞きたいのか?」
「やめたげてよぉ」
「降谷表でろ」
「これは聞きたいけど聞けないやつだなあ」
「うぅ……気になる……」

 まぁ今更トラウマも無いから別に話してもいいんだけどな?


 * * *


 今年三度目となるミヤの元カノ襲撃事件。またまためでたく刃傷沙汰になり、懲りずに入院中のミヤを訪れていた。

「ハァ……いい加減にしろよミヤ」
「えー? 俺悪くなくね?」
「次なんかあったら宮刑だからな」
「いきなり極刑」

 顔面目掛けて着替えの入った紙袋を投げつけるが、キャッチされてしまった。くそう。

「お前に掛ける慈悲はない」
「澪が冷たい」
「帰る」
「おー、気を付けてな」

 避けられる癖に、何でわざわざこんなにブッスブッス刺されるのか。黒ひげ危機一発か。もういっそ首落ちろ。全く反省の色のないミヤに憤りながら、病院の通路を歩く。そしてふと、視界に不審な動きをする人物を捉える。

 大きな紙袋を抱えた男が、待合室のベンチに座ってソワソワしている。怪しい。気付かれないようにそっと後ろに座り、男を観察する。しきりに通路の奥を確認しているが……さて。

 ──しばらくして、男が立ち上がる。

 通路の奥に消え、手ぶらで戻って来て出口へと向かう。なるほど、そういうことか。
 私が座るベンチを横切ろうとした男に足払いを掛け、倒れ込んだ男に他の人からわからないようにボディブローで沈める。慌てた振りをして、さりげなく首元に手刀を落とし、看護師さんに頼んで処置室まで運び、持っていた手錠でベッドの柵に拘束。驚いた看護師さんに事情を話し、警察に通報してもらう。
 所持品を没収、ナースステーションで預かってもらうついでに爆発物がある可能性を伝え、避難誘導を任せる。

 先程男が消えた通路を探索していると、それは簡単に見つかった。
 慎重に紙袋を破る。いつか見たのと同じ型の爆発物。そうか、そう言えば今日だったな。鞄から工具を入れたポーチを取り出し、その中からペンチを手に取る。

 少し迷って、私は研二くんに電話を掛けた。

「……もしもし、研二くん?」
『あ、澪!? ごめん、ちょっと今忙しくて』
「爆弾、だろ?」
『えっ、何で知って……ちょっと、まさか』
「あー、そのまさかなんだよなぁ」
『えっえっ今何処居るの!?』
「米花中央病院。設置した犯人は確保済み。遠隔操作の端末も没収した」
『は!? まじ!?』
「この爆弾は解体しておく。どうせ他にもあるんだろ? とっとと解体しなよ。じゃあね」

 研二くんとの電話を切って、間髪入れずに陣平ちゃんに電話を掛ける。

『……澪? どうした?』
「爆弾と観覧車でランデヴーとか斬新だな。頂上でキスするの? お熱いどころじゃないと思うんだけど」
『なっ、んで、知って……』
「さっき研二くんに電話したら後ろの捜査の人たちが話してる声が聞こえたんだよ! 爆弾と心中とか許さないからな! 死因爆死とか草も生えんわ! 揃いも揃って! もう!!」
『ちょ、落ち着けって!』
「……陣平ちゃん、よく聞け。今私の目の前に陣平ちゃんの目の前にある爆弾と同じものがある。場所は米花中央病院。犯人は確保済み。私はこれから解体する。ヒントなんか待たなくていいから、とっとと解体してちゃんと地上に戻って来て、みんなに殴られろ」
『……! ……わかった、約束する』

 通話を終え、息を吐く。
 さて、この悪意の塊を無力化しようか。



 * * *



 一週間振りに登庁して書類の整理をしていると、夕方近くになって雨音が姿を現した。

「随分と重役出勤だな?」
「五日前から件のカルト教団に潜入中なんだよ」
「は? 聞いてないぞ?」
「今言ったからな」
「……どこからの命令だ?」
「うーん、黙秘権を施行する」
「…………」
「そんなに睨まないで欲くれるか。これ断ると君たちと同じ所に潜らされるんだが」
「そうか、わかった。頑張れよ」
「相変わらずの熱い掌返し」
「絶対こっちの案件に関わるなよ。絶対だ」
「はいはい」

 軽い調子でひらひらと手を振る澪に呆れの視線を返してから、自分の作業に戻る。雨音は持ち前の要領の良さでしょっちゅう様々な所に潜入しては功績を挙げている。上層が重宝するのも分かるが、一応彼女は名目上、俺の部下になっているのだから筋は通して欲しい。

「あ」
「どうした?」
「あー……ゼロ、ちょっと話があるんだが」
「重要な話か?」
「そうだな」
「場所を変えるか?」
「頼む」

 連れ立って席を離れ、資料室へと向かう。2人で盗聴器などが無いかを確認してから口を開く。

「で、何だ?」
「……その、ミヤの事なんだが」
「隼雀がどうかしたのか?」
「ゼロとヒロの潜入先で、もしミヤを見掛けても、ほっといてやってくれないか」
「は!?」
「ミヤにも事情があるんだよ。理由は言えないが」
「……俺にも、言えないのか?」
「ごめん、約束なんだ」
「……そうか」
「ミヤが君たちを見つけたら、間違いなくちょっかい掛けに行くだろうから、その時に本人から聞いてくれ」
「……わかった。ヒロにも伝えておく」
「よろしく頼む」


 そして数日後。


「あ! バーボン!」
「……どうしました、スピリタス。こんな所に居るなんて珍しいですね?」
「ちょっと用事があってさぁ。じゃなきゃこんな辛気臭いとこ来ないよぉ。廃洋館がアジトのひとつって、RPGじゃあるまいし。これがお化け屋敷だったら嬉しいんだけどねぇ」

 ころころと笑いながら、スピリタスはパーカーのポケットに両手を突っ込んだままくるりと回る。どうやら機嫌が良いらしい。

「で、用事って何なんです?」
「ん! ちょっとねー、ふふふ、面白い子見つけちゃってさぁ!」
「ホォー? それは是非とも紹介していただきたいですね?」
「いいよー、じゃあ一緒に行こ! 二階に居るって言ってたから」

 そう言って階段を上るスピリタスの後ろをついて行く。
 ……スピリタスは基本あまり他人に興味がない。スコッチ曰く、まるで野良猫。寄ってきた所を撫でようとすればするりと避け、こちらが気を引こうと躍起になっているのを見て楽しんだら、いつの間にか居なくなっている。

「たのもー!」
「おー、今日も元気だなー」
「……スピリタス、彼は?」
「ユウだよー、バーボン。仲良くしなよ?」
「よろしくー」

 豪快にドアを開けたスピリタスの向こう側で、カウチソファーに座り物凄い速さでノートパソコンのキーボードを打ち込む黒縁眼鏡の男。いや、見紛うことなく隼雀だ。ちなみに画面から一度も視線を上げていない。もしここにいるのがジンだったら、もう既に風穴が開いている。

「ネームド二人の前で、随分と豪胆ですね?」
「んー? あー、悪い、ちょっと今手が離せないもんで」
「今日は何して遊んでるの? またハッキング?」
「いや? 今日は次の仕事で使うトラップツールの構築中……っと、よし出来た」
「へぇー、どんなやつ?」
「おー、ちょっと待ってな」

 隼雀がカタカタとパソコンを操作すると、僕の携帯端末が着信を告げた。端末を取り出して──表示された名前に眉を寄せる。

「……スピリタス、あなたから着信が来ているのですが」
「えっ? あれ、ほんとだ。ボクの端末バーボンに発信中になってる」
「はっは、そういうツールだからなぁ」
「……とんでもない技術ですね」
「使い方次第でえげつない抗争とかの誘発に使えそうだねぇ」
「まぁその通り、えげつない使い方するために作ったからなぁ」
「何それ楽しそう! ボクにもちょーだい!」
「おー、いいぞー。後で送っとく」

 あっけらかんととんでもない事を宣う二人に戦慄する。この組み合わせ、もしかしなくても危険過ぎなのでは。

「あー、えっと、バーボンだっけ? 俺は(ゆう)ってんだ。よろしくなー」
「……バーボンです。こちらこそよろしく」


 握手を交わす僕たちを見ながら、スピリタスは満足そうに頷いた。


* * *

 いつものように澪とじんぺーちゃんと駄弁りながらの下校中、不意にミオが口を噤み、背後を振り返った。

「どした?」
「……いや、何か尾けられてるっぽい」
「あ? 誰もいねぇぞ?」

 澪はそのまま暫くじっと来た道を見つめ、また前に向き直り歩き出す。

「気のせいじゃね?」
「まぁ……そうかもな」
「気をつけなよミオ。女の子なんだから」
「……二人もね」
「大丈夫だろ。来たらブッ飛ばしてやらぁ」
「キャーじんぺーちゃんステキー!」
「ハギは自分で何とかしろ」
「ひどい! この中で俺が一番非力なのに!」
「よくわかってるじゃないか」
「澪までひどーい!」

 一番最初にじんぺーちゃんと別れて、澪と二人で並んで歩く。

「……狙いは陣平ちゃんか」
「えっ? まじ?」
「足音がしなくなった」
「えぇー……ってかよく分かるね? 俺さっきから気を付けてたけど全然わかんない」
「それはまぁ……慣れだな。それより、どうする?」
「どう、って?」
「ストーカーの沙汰。実害がないと通報しても意味がないから自衛するしかない」
「あー、そゆこと」
「とりあえず、陣平ちゃんをひとりにしないようにするしかないな。登下校は特に」
「休みの日は?」
「なるべく一緒に居るようにしないと。明日陣平ちゃんに伝えよう」
「りょーかい!」

 こうして、じんぺーちゃんをストーカーから守る会が発足したのである。

 次の日の朝。
 澪と合流してじんぺーちゃんちのチャイムを鳴らす。

「じんぺーちゃん、一緒に学校いこー!」
『んあ? 何でお前ら……って、あーもー、ちょっと待ってろ』
「はいよー」
「……流石に朝からストーキングしないか」
「だといいけどねぇ」

 暫くして、じんぺーちゃんがあくびをしながら玄関から出てくる。

「はよ。待たせたな」
「おはよう。勝手に来ただけだから気にしなくていい」
「じんぺーちゃんおはよー。暫く登下校は一緒にしよ?」
「あー、もしかして昨日の?」
「そう。ちなみに狙いは陣平ちゃんだから」
「は? マジかよ」
「澪が言うんだから間違いないと思う」
「うげぇ……最悪」
「休みの日も外出する時は必ず誰かと一緒に行動した方がいい」
「わかったけどよ……マジで俺?」
「九割九分九厘陣平ちゃんだな。勘だけど」
「澪の勘は当たるからなぁ」

 朝からちょっとゲンナリするじんぺーちゃんを励ましながら登校する。

 それから一月程経った日曜日の朝。
 じんぺーちゃんに呼び出されて、俺と澪はじんぺーちゃんちのリビングに居る。ご両親は仕事で不在らしい。

「……今朝、ポストにこれが入ってた」

 じんぺーちゃんがテーブルに置いたのは、何だか分厚い真っ白な封筒。
 中を見ようとしたら、ミオに止められた。

「……これを触ったのは陣平ちゃんだけ?」
「あぁ、親は朝早く仕事行ったからな」
「ごめん、何か手袋みたいなのあるか?」
「あー、確か台所に有ったはず」

 そう言ってじんぺーちゃんが台所からポリ手袋の箱を持って来て、澪が素早く手に嵌め、封筒を持ち上げる。

「宛名も消印も無し。中は見た?」
「……写真だった」
「えぇー、もしかして隠し撮りってやつ?」
「見ても大丈夫?」
「あぁ……」

 返事を聞いた澪が中の写真を取り出し、一枚ずつ確認しながらテーブルに置いていく。
じんぺーちゃんの顔色が悪い。それはそうだ。写真に写るじんぺーちゃん以外の人間の顔が、ペンか何かでぐちゃぐちゃに塗りつぶされていた。俺も鳥肌が止まらない。

 一方の澪は、全く顔色を変える事なく写真の検分を終えると、ひとまとめにして封筒へ戻し、じんぺーちゃんからビニール袋を貰ってその中にそれを入れて口を縛り、そして漸く手袋を外しながら小さく息を吐いた。

「写っていたのは主に学校と二階の陣平ちゃんの部屋。写真の写りからして望遠機能のあるそこそこ高性能なカメラだな。影の入り込みを考えると、時間帯は昼から夜に掛けて。朝方の写真は一枚もなかった。陣平ちゃんの私服の種類を見るに、盗撮を始めたのは一ヶ月以内。以上を考慮すると、犯人は割と高価な望遠カメラを所持し尚且つ現像処理が出来る道具と場所を確保出来、ほぼ毎日時間の自由があるということは仕事をしていない可能性が高い。つまるところ、無職の金持ちの線が濃厚だな」
「えぇ……澪すごすぎない?」
「やべぇな。俺気持ち悪ぃとしか思わなかったわ。冷静すぎてびっくりするんだけど」
「嫌悪感を感じるのは当事者としては当然の反応だから、陣平ちゃんは泣いていいんだぞ。ちなみに私はかなり頭にきてる」
「泣かねぇけどよ……これ、どうしたらいいんだ?」
「親御さんたちは何時ごろ帰ってくる?」
「あー、多分、昼過ぎには二人とも帰ってくるっつってたな」
「じゃあその時に、これまでの経緯話して一緒に警察署に行って被害届の提出。私はちょっと出掛けてくるから、研二くんは親御さんたちが戻るまで陣平ちゃんと一緒に居てね。あ、部屋に居るならカーテンは閉めておくこと」
「えっ、澪どこ行くの?」
「んー、ちょっと、な」

 そう言うと、俺とじんぺーちゃんを残して澪はどこかに出掛けて行った。



 * * *


「は……? 合コン?」

 午前の講義を終えた昼下がり。
 3人でベンチに座り昼食を摂りながら、昨日言われた事を話す。

「最近見知らぬ女子達に代わる代わる声を掛けられるようになって、その……ゼロとヒロ、どっちと付き合ってるんだとか言われてな、付き合ってない旨を伝えたら、じゃあ合コン行こうって誘われた」
「それって……もしかしなくても嫌がらせだよな?」
「断れ。今すぐ断れ」
「それが、連絡先も何も知らないんだよ。日にちと時間と待ち合わせ場所を一方的に告げられて逃げられた」
「何だそれ……酷いなぁ」
「絶対に行かなくていいからな」
「すっぽかすのも考えたんだが、売られた喧嘩は高値で買い取る主義なんだよ。ぎゃふんと言わせたいから協力して欲しい」
「相変わらず精神が男前だなぁ」
「策はあるのか?」
「私の幼馴染みが誰なのかをお忘れかな?」
「あー……なるほどなあ」
「敵に回したらいけない奴の地雷を踏んだな。自業自得だが」
「で、伸るか反るか?」

 問うと、2人は揃って悪い笑顔を浮かべた。

 待ち合わせ当日。
 ミヤによって頭から爪先まで入念にプロデュースされた格好で、待ち合わせ場所へと向かう。私を誘った女子に声を掛けると、三度見くらいされた後にちょー張り切ってるね、と言われた。ほんと失礼だなコイツ。覚えてろよ。

 連れ立って会場である居酒屋へ向かう。
 結構な大人数が集まるらしく、今日は貸し切りなんだそうだ。へぇ。全く興味ない。

「おまたせぇ、ウチらで最後ぉ?」
「あーやっと来た。って、隣の子誰ぇー?」
「雨音さんだよぉ、ホント誰って感じ!頑張っちゃっててマジウケるし」
「えぇー! 最早別人じゃん。笑えるー。それよりさ! 降谷君たち来てるんだけど!」
「はぁ!? マジ!? ヤバぁ! もっと気合い入れてくればよかったぁ!」
「だから早く行こ! あ、雨音さんもテキトーに座ってねー」

 手を上げなかった私を誰か褒めて欲しいな? チベスナ顔をしていると、私を見つけたミヤが近づいて来た。

「おーい澪ー、まだキレるなよー」
「大丈夫だ、私のガラスの仮面はまだ割れてない」
「その調子その調子。ほら、猫かぶれよー」

 差し出された手に手を取って、一番奥の方に居たゼロとヒロの向かいに座らされる。私とゼロが壁際、その隣がヒロとミヤ。あちこちから視線が刺さるが、四人揃ってにっこりと張り付いた笑みを浮かべる。

「お、随分と可愛いな。すごく似合ってる」
「ありがと、ヒロ。ミヤの見立てだけどな」
「へぇ、さすが……だな」
「その間は何かなー? フルヤくん」

 ガヤガヤと騒がしい店内で、幹事の男が何か言っているが誰も聞いちゃいない。全員の目の前に飲み物が運ばれて、乾杯の合図で三人とグラスを合わせ、とりあえずのビールを一気に飲み干す。ジョッキを置くと、目の前に座る二人が苦笑していた。

「そのペースで大丈夫なのか?」
「フルヤくん、ウワバミで出来たワクを舐めちゃあいけねぇぜ」
「とりあえずめちゃくちゃ強そうだなあ」
「俺はオリハルコンの肝臓と呼んでるけど。で、澪、今何アウト?」
「八人中七アウト。馬鹿なのか? 馬鹿なんだな」
「待て、何の数字だ」
「未成年飲酒及び喫煙」
「えっ、何でわかるの?」
「情報提供スポンサー、俺」
「事前にミヤから全員の顔と情報流して貰ってるからな」
「わかってたけど、想像以上の追い込み」
「まだまだ序の口だぞ?」
「さ、次の作戦行くぜー」
「よし任せろ行ってくる」

 私だけ席を立ち、違うテーブルに居るターゲット達を順番に酔い潰していく。もちろん、発言は全て録音して。ついでに未成年組の証拠画像もゲットしておくのも忘れない。

「ただいま」
「おかえりー、どうだった?」
「六人中四アウト。要裏取り一名、ほぼ黒」
「一応聞くが、何の数字だ?」
「違法薬物使用及び所持、使用示唆」
「は? ちょっとやばすぎないか?」
「あー、今日の幹事、前からそういうので噂になってるんだよ。知り合いで泣き寝入りした子も居るし。だからこの機に乗じてまとめて潰してやんの」
「ん、ミヤ、お前の番だぞ、ほら早く行け」
「了解。フルヤくんとモロフシくん、澪の事よろしくー」

 ミヤが行ったのを横目で見ながら、テーブルの料理に手を付ける。ゼロとヒロはさっきの話が衝撃的だったらしく、意気消沈していた。

「……心配しなくても、ヤバいやつはもう潰したから今日の被害はないぞ?」
「あー、うん、そうじゃなくて、俺たちまだ何も手助け出来てないからさあ」
「澪達の手際が良すぎて、混乱している」
「おや、君たちの出番はこれからなんだけどな?」
「「えっ」」
「私たちが固まってるから、多分そろそろ痺れを切らして強制席替えが始まると思う」
「なるほどなあ」
「それで、俺たちは何をすれば?」
「君たちはとりあえず女子たちに愛想を振り撒いてくれればいい。さっき私がクズ共数人潰したから、男女比の偏りがあるのに注意」
「それでどうなるんだ?」
「あー……何となくわかった気がする」
「……まぁ、ゼロの考えた通りだと思う」
「えっ待って俺わかんないんだけど」
「頑張れよ、ヒロ」

 ぽむ、とゼロがヒロの肩を叩いていると、ミヤが戻ってきた。

「ただいまー、何の話?」
「おかえり。推移想定Gの後の話」
「あぁ、席替えしてハニトラのあと? さっさと二次会行こうぜ解散、だろうな」
「待て、待て。会話がおかしい」
「何が?」
「いや、だから何でそれで伝わるんだ」
「今のところ澪のシナリオ通りだから?」
「うわぁ……掌の上で踊らされてるんだな」
「最早ここまでくると恐怖だな」
「失礼だな。状況想定計算が上手いと言ってくれ。で、どうだった?」
「四名オールクリア」
「さすがミヤ。ハニトラの達人。もう一回遊べるドン」
「聞きたくないけど今度は何の数字だ」
「お持ち帰りされそうな子の救済」
「という名の泥沼だろ。刺されるなよ」
「待って話が見えない」
「つまりだな、ヒロ。私みたいに無理矢理参加させられた内向的な女子がお持ち帰りされないように、ミヤがデートを口実に今日は真っ直ぐ帰るように約束させたんだよ」
「まさか、この短時間で四人も口説き落としてきたのか?」
「当然だろー、フルヤくん。俺だよ?」
「何だろ、この不思議な気持ち」
「分かるぞヒロ、俺もだ」

 そして思った通り、強制席替えが始まり、バラバラに散った三人は女子たちのハートを総取り。私は幹事を潰しながら言質を取り、幹事リタイアでグダグダのまま集まりは残り時間を大幅に残して解散。

 二次会に誘う猫撫で声を「お前らと居ても楽しくない。二度と関わるな(意訳)」とすっぱりと断り、四人で仲良く立ち去った。私を誘った女子の心底口惜しそうな顔を見て胸がすいたので、勝利を祝してミヤのバイト先のBARで共犯者みんなに奢った。

 ……犯罪者の末路? いわずもがな。



 * * *



 男五人で俺のアパートに集まり、酒盛りをしていた。自然とここに居ない雨音の話題になり、数々の武勇伝が語られる。

「……いや、俺はまだ雨音と知り合って間もないから実感が湧かないんだが、全部本当の話なんだよな?」
「分かるぞ伊達。しかし残念ながら、全部ノンフィクションだ」
「えーと、セクハラ教師解雇、萩原誘拐未遂、松田のストーカー撃退、不良襲撃事件、俺の貞操危機一髪、合コン一斉摘発、この間の銃紛失事件」
「やめろ諸伏。指折り数えるな」
「一般人なのに手腕が最早プロなんだよな」
「あー、あとあれは? 澪とミヤの公開捜査三番勝負」
「何だその絶対面白い話」
「すべらない話みたいに言ってやるなよ。事実だけど」
「逆に澪が失敗した話が無いのがまた」
「「あー……」」
「松田、萩原。情報共有だからな。話せ」
「落ち着けゼロ」
「あー、でも、これ話していいのかなぁ?」
「うーん、わかんねぇ。けど、アイツだったら別に気にしないだろうからいんじゃね?」
「勿体ぶらずに早く話せよ」
「さっきから必死だなあ」

 ヒロが笑いながら背中を叩くので少し強めに叩き返す。別にいいだろ。好奇心だ。他意はない。ないったらない。

「じゃー話すけど、一応本人には内緒ね?」
「わかった」

 ……話のあらましはこうだ。

 中学の頃から雨音は自分が美人な自覚が全く無く、でも自分の見た目が人目を引くのを理解しているという矛盾で、いつも前髪を下ろし野暮ったい伊達眼鏡を掛けていた。

 そしてある日とうとう服装指導に引っ掛かり、次の日何の迷いもなく前髪をばっさり切って登校してきたそうだ。今も昔も相変わらず行動が極端過ぎる。

 それだけでも大層驚かれたらしいが、不運なことに体育の時間中に伊達眼鏡が壊れたらしい。となれば、遮る物の無くなった雨音のかんばせはそれはもう、瞬く間に話題になり、さながら客寄せパンダの如く違う学年からも、わざわざ澪のご尊顔を拝みにやってくる始末。

 そして、このまま雨音が黙っているかと言うと、性格的に答えは絶対にNOだ。
 昼休みにとうとうブチ切れたらしい。

 職員室に乗り込み直談判して、バイク通勤の教師のフルフェイスメットを装備して戻ってきたそうだ。そしてそのまま当然のように午後の授業を受け、結局は下校時まで装着していたと言う、何とも雨音らしい話。

「それでさ、この話は後日談があるんだけど」
「そんなモンあったか?」
「忘れたの? 地獄のバレンタイン」
「あー、それな」
「バレンタインは地獄だろ」
「まぁまぁゼロ。そうだけど、そうじゃないんだろ?」
「降谷に何があったんだ?」
「聞いてやるな伊達。俺たちも割とトラウマがある」
「えーと、澪の地獄は、男女問わず知らない人から次々にチョコや何やらが押し付けられるってこと。多分全校生徒の三分の一くらいから貰ったはず」
「何だよ。同じじゃないか」
「いや、流石にそんなに貰った事ないぞ」
「降谷達は毎度お馴染みかもしれないけどさぁ、澪にとっては先週まで一切関わりの無かった他人からの贈り物は只々恐怖だったらしいよ?」
「それも結局ブチ切れて、教室全部回って一つ残らず正確に返品してきたからな」
「何だその記憶力の無駄遣い」
「さすがだなあ」

 そんな話をしながら、夜は更けていく。
 テーブルの上に隙間なく置かれた空き缶をゴミ袋に入れながらも、まだまだ話題は尽きない。

「そういえば、澪はどこに海外留学してたんだ?」
「それねぇ、いまだに謎。外国とは聞いたけど、どこで何を学んだのか知らないんだよ」
「俺らにも頑なに教えないからな」
「あっちこっち行ったとは言ってたけどね」
「何か理由があって留学したんだろ?」
「あー、理由……」
「卒業式の時のやつだろ?」
「なんて言ってたんだ?」
「「米花町は物騒だから」」
「理由が推し量れない」
「とりあえず何かしらの訓練を積んだのは間違いない。爆弾処理と射撃技術がおかしい」
「でも飛び級で大学行ったってのは聞いたよねえ」
「雨音は一体何者なんだ?」
「生態が謎過ぎて最早訳が分からない」
「卒業したらどこに配属されるんだろうな」
「公安行きそう」
「わかる」
「雨音の希望部署どこだ?」
「この前白バイ乗りたいって言ってたけど」
「交通警ら隊じゃ持て余すんじゃないか?」
「何かやばい犯罪者しょっ引いてきそう」
「ありえるから笑えない」
「澪の能力だと、公安が妥当だろうな」
「テロ対策とか絶対向いてる」
「作戦も指示も的確だし、上司だったら頼れる事この上ないけどなあ」
「でもアイツ納得できなかったら絶対上層だろうと構わず直談判しに行くよな」
「それなぁ」
「大丈夫か? 心配になってきた」
「まぁさすがに上手くやるだろうけど、万が一雅まで一緒になったらヤバそう」
「もうあの二人で全て片付きそうだな」
「雨音の幼馴染みだったか?そいつもすごいのか?」
「アイツはいろんな意味ですごい」
「特技ハニトラだし」
「……解決した事件よりスキャンダルの方が圧倒的に多そう」
「「「わかる」」」

 納得した俺たちをみて、伊達が首を傾げた。



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