交錯する日常



 今日は久しぶりに、シェリーの研究所に来ている。

「聞いたわよ。アナタ、ウイスキートリオの教育係してるんですって?」
「おー、さすがシェリー、耳が早い」
「で、どうなの? 上手くいってる?」
「どうだろね? とりあえずゴーグル外したらガクブルされたけど」
「まぁ、そうでしょうね。私だって最初は怖かったもの」
「だろうね。まぁ、ゴーグル関係ないってのはシェリーしか知らないし」
「ホントよ。それ聞いた時は心底呆れたわ。でもまぁ、私だけ特別な秘密を知っているのは悪い気はしないわね」
「ふふ、内緒だよ、志保ちゃん?」
「ええ、わかっているわ」

 シェリーが満足そうににっこりと笑った。今日もかわいい。

「そういえば、明美ちゃんはライと上手くやってんの? スナイプ以外てんでポンコツだから、この前もバーボンがブチ切れてたけど」
「あぁ、アイツね……ホント、いけすかない……お姉ちゃんもお姉ちゃんよ、見る目がないわ!」
「それなぁ、バーボンも同じこと言ってたよ。あと髪切れって。排水溝の掃除が大変らしいよぉ」
「本当、傍迷惑な奴ね。バーボンとは会ったことが無いけれど、気が合いそうだわ」
「あー、ちょっと言動が胡散臭いけど、いい子だよ。スコッチも。今度連れてこようか?」
「……いえ、結構よ」
「そう? ボクが来れない時とか、シェリーの話し相手にいいかと思ったんだけどなぁ。バーボンの料理美味しいし、コーヒーも紅茶も淹れるの上手だよぉ?」
「まさか他人が作ったもの食べてるの?」
「あれぇ、ボク毒耐性あるってシェリーに言わなかったっけ?」
「待って、初耳だわ」
「ありゃ、ごめんごめん。えっとねー、致死量くらいなら余裕で大丈夫」
「はぁ!? どんな身体してるのよ!?」
「えぇー、こんな身体だけどぉ」
「ちょっと採血させて! 今すぐ!」
「熱烈だぁ。でもだめ。企業秘密だから」
「ハァ……全く……」
「まぁ成分解析しても何も出ないのは調査済みなんだけどねぇ」
「だったらいいじゃない。私にも分析させてよ」
「んー、じゃあさ、バーボンとスコッチと友達になろうよぉ。そしたら採血していいよ」
「……友達になるかは別として、会うだけなら、その……まぁ、いいわ」
「よっしゃ、今度連れてくるね! お土産何がいい? ケーキ?」
「この前駅前に出来たユニコーンのケーキショップ」
「おっけーりょうかい! やくそくだよぉ!」
「ええ。約束よ?」

 一週間後。約束通りユニコーンのケーキショップでレインボーケーキというアメリカンな色彩のケーキを携え、バーボンとスコッチを連れてシェリーの元へと向かう。
 ジンが何かぐちぐち言ってたけどボク知らなーい。

「やっほーシェリー! あっ、明美ちゃんも居る!」
「スピちゃん久しぶり! 相変わらず元気そうね」
「元気だよぉ。はいシェリー、例のブツ!」
「言い方が気に入らないけれど、わざわざありがとう」
「いいんだよぉ、あ、紹介するね。金髪がバーボン、猫目がスコッチ!」
「バーボンです。本日はお招きありがとうございます」
「俺はスコッチ。よろしくなぁ」
「宮野明美です。こっちは妹の志保」
「もう、お姉ちゃん! ……シェリーよ」

 明美ちゃんたちが自己紹介すると、バーボンとスコッチが少し驚いたように互いに目配せをしていた。ふむ。

「みんなの分のケーキあるから、お茶淹れるねぇ」
「あ、スピちゃん、私がやるわ」
「そーお? ありがと明美ちゃん」

 明美ちゃんが人数分の紅茶を用意してくれて、みんなで揃ってケーキを食べる。見た目の割に繊細な味で、シェリーたちも気に入ってくれたみたい。よかった。
 最初はぎこちなかった会話も、バーボンが巧みな話術で話を広げてくれている。シェリーも紅茶の話題で珍しく盛り上がっている。その光景を微笑ましく眺めていると、スコッチが不思議そうにこちらを見ていた。

「スピリタス、何だか大人しいな?」
「んー? そぉ?」
「眠いのか?」
「いやぁ、眠くはないかなぁ」
「おーい、いつもの調子はどうした」
「うーん、やっぱりバレちゃうかぁ」

 ちょっとごめん、と断って、ボディバッグから注射器を出し、袖を巻くって二の腕に針を刺す。

「ちょっとスピリタス!? それって…」
「あー、うん、大丈夫。ただの頭痛薬」
「それを使用するという事は、だいぶ重症なのでは?」
「発作みたいなもんだから、だいじょーぶだよぉ。あ、ごめんシェリー、採血今度でいい?」
「そんなのいつだっていいわよ! 横になる? 吐き気は? とりあえずゴーグル外しなさい」
「じっとしてればだいじょーぶ……ごめんね、せっかく楽しかったのに水さして」
「おいおい、まずは自分の心配しろよ?」
「うん……ごめん、だいじょーぶ……」

 明美ちゃんが優しく背中をさすってくれる。あー、申し訳ないなぁ。何でよりによって今偏頭痛なるかなぁ。ぎゅっと目を瞑れば、まぶたの裏でチカチカと星が舞う。
 ……暫くして、少しずつ痛みが引いていく。大きく深呼吸して、目を開けた。

「うーん、だいぶ落ち着いた。みんな心配かけてごめんねぇ」
「いえ、それはいいんですが、スピリタス、その目は……」
「目?」
「アナタ、目の色が……金色よ?」
「ありゃあ、まじかぁ。困ったなぁ」
「何かあるのか?」
「あー……うーん……ここにいるみんなは信頼してるから教えるけど、絶対誰にも言わない?」
「ああ、約束するよ」
「えっとねぇ、ボク、目が金色だと、ただの人間になるんだよね」

 沈黙。

「……それは… 致命的なのでは?」
「そうだね、割と詰んでる」
「すぐ治るのか?」
「わかんない。前は三日くらいで治ったけど、その前は一ヶ月くらいかかった」
「治療法は無いの?」
「あるにはあるけど外道だからなぁ」
「日常生活に支障はあるの?」
「お命頂戴されたらすぐ死ぬくらいだよねぇ」
「仕事は、どうするんですか? ジンにバレたら秒で殺されますよ」
「それなぁ。ちょっと暫く雲隠れだなぁ」
「セーフハウスに戻るか?」
「んー、いや、ごめん。別に頼むから一緒には帰れないなぁ」
「誰に頼むの?」
「それはナイショ。あぁ、でも長い付き合いだし、ボクの能力も全部知ってるから大丈夫だよ」
「全部……ですか」
「そ。全部……って、何でみんなそんな顔するのさ」
「そんなの、ここにいるみんなアナタが心配だからに決まってるでしょ!」

シェリーが少し大きな声を出した。あぁ、ほんとに、優しいなぁ。

「ごめん、ありがと。でも本当に大丈夫だよぉ」
「本当に本当でしょうね?」
「うん、心配してくれてありがと」


 にこりと微笑みながら、内心深い溜息をついた。


 * * *


 ジンから呼び出され、いつものBARの扉を開ける。今日の面子はジン、ウォッカ、ベルモット、バーボン。ジンの座るソファーの向かい側に座ると、皆一斉にボクの方を見た。

「えっ……何? ボク何かした?」
「……これを見ろ」

 テーブルに投げるように置かれたのは、先日始末した男の写真と、その愛人の写真。

「……これがどうしたの?まさか死んでなかった?」
「いや、間違いなく死んでたぜ? ただし、体内から微量の薬物が検出された」
「はぁ、つまり、ボクが殺す前に薬物を摂取していた、って事?」
「そうだ」
「それで? その毒を盛ったヤツを探せばいいの?」
「……何故、誰かが毒を盛ったと思った?自分で飲んだのかも知れねぇだろ?」
「あー、そういう事ね。ふぅん……どうしようかな」
「返答次第ではテメェのお気に入りを殺す」
「そんな事したらボクが怒ると思わない?」
「それでも殺す」
「相変わらず殺意が高い高いだねぇ」
「答えろ」
「はいはい。毒を盛ったのはボクだし、調合したのもボク。ちょっと人体実験に付き合って貰っただけだよ」
「その薬の材料と効能は」
「えー……黙秘」

 ダァン、とジンの銃が火を吹く。
 視界の端で、バーボンとベルモットが身を固くしたのが見えた。あぁ、そう言えば初めて見るのか。溜息をつきながら、左手でテーブルに銃弾を置く。

「あのさぁ、ボクに銃弾打ち込むのやめてっていっつも言ってるよね?」
「次はバーボンにブチ込む」
「はぁーあ。トリガーハッピーも大概にしなよ? 頭の中ハッピーセットかよ」

 悪態をつくと、ジンは躊躇いなくバーボンに銃を向けて引き金を引いた。

「……えっ……?」

 バーボンが驚きの声を上げ、ジンも眉間にシワを寄せた。
 ……先程置いた銃弾の隣に、もう一つ銃弾を並べる。

「……で、何だっけ? ジン?」

 にこりと微笑むと、ジンが舌打ちをしながら銃を懐に戻した。


 *


「はぁー! ジンのやつ! ムカつく!! ごめんねバーボン、危ない目に合わせて!!」
「いえ……ところでアレ、どうやったんですか?」

 バーボン達のセーフハウスに戻り、ソファーにダイブして悶絶していると、スコッチがコーヒーを淹れてくれた。

「……矢除けの加護」
「え?」
「だから、矢除けの加護。飛び道具無効の能力」
「まじか……羨ましいな、無敵じゃないか?」
「でも、それは自分自身だけなのでは?」
「いや、加護は分けられるんだよね」
「は?」
「キミらに一回ずつ発動するようにこっそり仕込んでたんだけど」
「えっ!? いつの間に!?」
「まぁ身体に触れるだけなんだけどね……バーボンの効果消えちゃったから、また分けとかないと」
「一回と言わず掛けて欲しいですね」
「あー、それは無理。キミ達に負担が掛かりすぎるんだよねぇ」
「そういうものですか……」
「そういうもんなんだよなぁ。キミ達が適合者だったら喜んで能力あげるのにぃ」
「あげたりできるのか?」
「そうじゃなかったら今頃ボク人間辞めてないよねぇ」
「つまり……スピリタスの能力は後天的なもの、という事ですか?」
「おっと喋りすぎちゃったな。まぁいいや。バーボン、手袋外して手ェ出してー」
「……はい、どうぞ」

 差し出されたバーボンの手を、自分もグローブを外して握手の要領でしばらく握る。でっかい手だな。

「はい、終わり。……バーボン? 離していいよ?」
「……白魚のような手ですね」
「えっ? ひ弱でひょろひょろって意味?」
「いえ別にそういう意味では……」
「どうせ成長期は終わりましたよーだ」
「えっ?」
「……えっ?」
「そういや、スピリタスって幾つなんだ?」
「あれ? 言わなかったっけ?」
「聞いた事なかったですね、そう言えば」
「待ってボク何歳だと思われてんの?」
「俺は十六歳くらいだと思ってたけどなあ」
「僕もそのくらいかな、と……」
「は? 嘘だろ? 僕もうとっくの昔に成人してるよ? 多分キミ達と同じくらいだよぉ?」
「「はぁ!?」」
「えぇ……」

 ショックを受けた2人を見て、ボクもショックを受ける。まーじかぁ。子供扱いされてるとは思ってたけど、まさか未成年に見られていたとは……。



 * * *



 ……バーボンが任務で怪我をして帰って来た。
 致命傷は免れたものの、脇腹と肩に銃弾を受け、玄関先で意識を失った。
 組織御用達の医者をセーフハウスに呼び、処置をして帰って行ったのを見届けて、熱に浮かされ浅い呼吸を繰り返すバーボンの額に、濡らしたタオルを乗せる。

「命に別状はないと言っていたが……流石に辛そうだな」
「あぁ、まさか待ち伏せされていたとは……どこから情報が漏れたんだろうな?」
「残党は行方知れず、か」
「そう聞いてる。俺も後で調べてみるわ」

 寝室でそんな話をしていると、玄関が開く音。ここへ自由に出入りするのは、あと一人しかいない。

「あれー? みんなどこ行った? 明美ちゃんがクッキー焼いてくれたの持って来たんだけど」
「スピリタス、こっちの部屋だ」
「寝室? みんな集まってどうした……って、うわぁ、バーボンどしたの」
「任務でヘマして撃たれたそうだ」
「おい、ライ。そんな言い方しなくてもいいだろう」
「事実だ」
「ふーん、中入ってもいい?」
「あぁ、いいけど……律儀だなあ」
「ボク、リビングとトイレ以外入ってないよ? 他人の家だし」
「その良識があるのに……いや、何でもない」
「ライー? 何が言いたいのかなぁ? まぁ別にいいけどさぁ」
「そういえば確かに、シャワー使ったり泊まったりしないよな」
「おりこうさんでしょ?」

 そんな事を言いながら、スピリタスはバーボンを覗き込む。

「ありゃ、矢避け使ってこの怪我かぁ」
「やよけ……?」
「ライには教えてあげないもーんだ」
「随分と嫌われたものだな」
「いや、自業自得だろう」
「お医者さんには掛かったの?」
「あぁ。肩は貫通してたけど脇腹に残ってた銃弾取り除いて、どっちも縫合して解熱剤と痛み止め打って帰ったよ」
「ふぅん。そいつヤブだね。もう使わないほうがいいよ」
「えっ? どう言う事だ?」
「どう見ても一服盛られてるじゃん、これ」
「は?」
「今日バーボンどこ行ったんだっけ?」
「確か、宗教団体とかに武器流してる奴らの会合に行った筈だ」
「なるほどねぇ、じゃああの噂の合成麻薬かなぁ。この反応からすると、追加される前に逃げてきたんだろーね。賢明な判断」
「大丈夫なのか?」
「うーん……二人とも、五分くらい向こう行っててくれる?」
「何をする気だ?」
「ナイショ。殺しはしないから安心しなよ」

 そう言われて、ライと共にリビングに締め出される。

「……二人きりにして大丈夫なのか?」
「多分……大丈夫、だと……思いたい」
「歯切れが悪いな」
「いや、ダメって言っても聞かないだろ」
「それもそうだな」

 ライは肩を竦めてタバコに火をつけた。
 寝室の中からは何も音はしない。暫く扉を見つめていると、かちゃりとドアノブが回されて、スピリタスが出てきた。

「おっとスコッチ、ずっとそこいたの。あと大丈夫だから、入っていいよぉ」

 お水もらうねー、と冷蔵庫へ向かうスピリタスを横目に、寝室のベッドで先程と同じ姿勢で眠るバーボンに近づいた。

「あれ?」

 先程まであんなに苦しそうだった表情と呼吸はすっかり消え、どこか安心したように寝息を立てるバーボンに目を見張る。
 濡れたタオルをそっと持ち上げ、額に手を当ててみると、熱まで引いている。

 狐に摘まれた気分で布団を掛け直し、リビングに戻る。

「あれ、スピリタスは?」
「さっき出て行った」
「は? いつの間に」

 その数時間後、目が覚めたバーボンの銃痕が綺麗さっぱり消えているのに驚き、スピリタスから残党狩っといたよ、と軽い調子でメールがきて更に驚かされる事になる。


 * * *


 ベルモットから言い渡された任務で、俺とスピリタスは杯戸町へと向かう電車に揺られていた。

「ボク人混みキライなんだよねぇ。なんで電車移動なの? 現地集合でいいじゃん。わけわかんない」
「文句を言うな、そういう命令だ。それに俺も人混みは好きではない」
「はぁあ。めんどくさぁ。しかもライと二人でなんて嫌がらせじゃんね? 後でベルモットに文句言ってやろ」
「俺と一緒で悪かったな。精々早く仕事を終える事だ」
「言われなくてもそうしますぅ」

 ぶつくさと文句を垂れながら、いつものラフな服装とスポーツゴーグルの代わりに右目を医療用眼帯で隠したスピリタスと共に指定された駅で降りる。

「て言うかさ、ライのその格好めっちゃ悪目立ちし過ぎだと思うんだけど。ジンといい勝負だね」
「……ジンと比較されるとは中々に腹立たしいな」
「ライもジンもさぁ、身長高いしスタイルもいいし顔も悪くないんだけど、一般人に擬態するのド下手くそだよねぇ」
「褒めるか貶すかどちらかにしろ。それを言ったらバーボンもだろう」
「あー、バーボンはねぇ、あれはしょうがない。女の子の甘々な理想を詰め込んだ王子様顔だからねぇ。中身がアレだけど」
「そう言う君も大概だと思うが?」
「はぁー? ボクなんてどっからどう見ても物もらい出来た一般人でしょ。ボクのかわりに眼科行ってきな?」
「生憎視力は生まれつき良くてな。必要ない。それに君の顔の話はバーボンとスコッチの意見も含まれて居るのだが?」
「陰口とか陰湿じゃない? いじめなの?」
「悪い事は言ってないからいじめにはならないと思うが。君も系統的にはバーボンと同じ甘いmaskだろう」
「やっぱり三人揃って眼科行ってきなよぉ。いいお医者さん紹介するから」
「褒め言葉くらい素直に受け取ったらどうなんだ?」
「ボクのこと褒めたって何も出ないんだけどなぁ」

 呆れたようにスピリタスは言うが、先程からすれ違うティーンたちがスピリタスを見て頬を染めて居るのが見えないのだろうか。

「ところで、今君は右目を隠して居るが、左右で見え方が違ったりするのか?」
「それさぁ、その質問にボクが馬鹿正直に答えると思う?」
「いや、思わないな」
「でしょ? なんで聞いたの」
「好奇心だ」
「好奇心かぁ。じゃあしょうがないねぇ。だったらボクも質問したいんだけど、いつになったら明美ちゃんと破局するの?」
「残念ながら今のところその予定は無いな」
「あっそ。……ボクが右目隠してるのは赤より青の方が不自然じゃないからだよ」
「おや、教えてくれるのか」
「貸しを作りたくないからねぇ」
「それで、見え方は違うのか?」
「あんまり調子に乗るとおこるよ?」
「それは残念だ。さて、予定だとそろそろターゲットが此処を通るはずだな」

 駅から少し離れた先にある広場。
 商店街が見える方向に設置されたベンチに少し間を開け二人並んで腰掛けると、不自然にならないようにそれぞれ携帯端末を取り出し、画面を見ているフリをする。

「うぇ、またジンから意味不メール来てるし。何なの? 暇なの?」
「イミフメール……語呂がいいな」
「感心するんだったらジンのメール全部ライに転送されるように設定しておくけど」
「頼むからやめてくれ……」
「蝙蝠の寝ぐらを突き止めて、仲間と一緒に安眠させてやれ……って、多分この任務のこと言ってるんだろうけどさぁ、何で一々こんなまどろっこしい言い方するの? 思考が発露されるまでのニューロン間にポエム変換フィルターでも付いてんの?」
「やめろ、今笑わせるな」
「たまにバーボンとベルモットもポエマーになるけどさぁ、アレ何なの? ドヤ顔ポエム発表会なの? 現場に居合わせるとボクいっつも笑っちゃうんだけど」
「頼むスピリタス、もうやめてくれ」

 その光景がありありと浮かんできてそろそろ笑いが堪えられない。懇願すると、スピリタスは少し拗ねたように唇を尖らせ立ち上がり、近くの自販機に向かって行った。
 そして戻ってきて、両手に持っていた缶の一つを俺に押し付ける。

「ブラックでいいよね?」
「あぁ、わざわざすまない。頂こう」
「間違って買っただけだし」
「そうか」

 まるで思春期のティーンの様な言い方に、思わず笑みが溢れる。これでバーボンとスコッチと同年代と言うのだから驚きだ。

 バーボンは言わずもがな、スコッチも髭を剃ると中々の童顔ではあるが、スピリタスは群を抜いている。少なくとも十は歳を誤魔化しても通用するだろう。

 二次性徴前だと言われても、恐らく誰も疑わない。夕方に伸びてきた髭が目立つ事も無いし、声も高めのアルトだ。体躯も少々心配になる程に線が細い。それに喉仏も……いや待て、無いのはおかしい。確かにそういう人間も居るのだろうが、何百万人に一人とかの極めてレアケースだった筈だ。

「……スピリタス、上を見てみろ」
「ん? 上? 何か飛んでる?」

 うーん? と言いながら上を向いたスピリタスの喉元に触れてみる。

「うひゃ、ちょっと! 何すんのやめなよ!」

 ライのえっち! と身を捻るスピリタスに、上辺だけの謝罪をする。

 ……成人男性ならば必ずある筈の喉仏が無い。

 それは、何を意味するか。

「……ライ、今考えてることを口に出したら、ボクはキミの記憶をごっそり消す」

 眼帯に指を掛けたスピリタスが、聞いた事の無い程冷徹に言い放った。

「OK、誓って誰にも言わない。約束する」
「約束したね? 絶対だよ」
「……あぁ。絶対にだ」

 俺の返答に、スピリタスは暫く無言でじっと目を見つめた後、ふいと顔を背けた。

「よりによってライに知られるとは……一生の不覚」
「……不便では、無いのか」
「いや? 不便だからだよ。それにボクは今までその事について否定も肯定もしてない」
「そう言えば……そうだな。君を見てたまに感じていた違和感は、そうか、妹に似ていたんだな」
「へぇ。ボクが似てる? どこらへんが?」
「とりあえず一人称が一緒だ」
「そこだけ? 別に珍しくなくない?」
「まぁ、他にもあるが……待て、ターゲットが来たようだ」

 伝えると、携帯端末に視線を落としていたスピリタスが一瞬だけ前に視線を向けてまた画面に戻す。

「先回りしよう。向かう場所はわかった」
「……了解」

 ベンチから立ち上がり歩き出すスピリタスの後を、不自然にならない程度の距離で着いていく。

 路地に入り、フェンスを乗り越え、また路地を通る。曲がり角を躊躇いなく右へ左へと曲がり、雑居ビルの中のエレベーターに乗り、店子の無い九階と最上階のボタンを押す。

「ターゲットが向かってるのはこのビルの向かい、左に四つ先のビル六階。あと五分くらいしたら来るはずだから、ライはターゲットがあのガラス張りのエレベーターに乗ったら好きなタイミングで撃っていいよ。終わったらここの二階の空きフロアから裏手に降りて駅前で合流。ボクは屋上から入ってちょっと派手に暴れとくから」
「……了解だ」
「じゃあ、作戦開始」

 エレベーターが九階に到着して、開いた扉からスピリタスを残して降りる。

 背負っていたギターケースから愛用のライフルを取り出し狙撃位置に着き、ターゲットが来るのを息を潜めて待った。




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