警視庁内にある食堂で、一身に視線を浴びるのも構わず箸を動かし昼食を摂っているのは、最近捜査一課の横に作られた特殊派遣係の噂の美丈夫、隼雀雅。
「ねぇ、めっちゃ見られてて食べ辛くない?」
「ん? 何が?」
「お前のそういうところホント嫌い」
「何で急にdisられたの俺」
向かいに座る爆処組の言葉に眉根を寄せながら、隼雀はようやく周りの視線を眺めるように首を回したあと、にこりと愛想のいい笑みを浮かべた。周りにいた女性たちから黄色い悲鳴が漏れる。
「うーわぁ……これだからイケメンは……」
「いやー、おもしろいよなぁ」
「お前ホントに性格悪いな」
「失礼だなぁ。お前らだってイケメンだろ」
「ミヤビの顔面偏差値規格外過ぎて庁内で既にファンクラブ出来てたんだけど。どう思いますか松田さん」
「重罪だよなぁ、萩原さん。ただでさえ少ない女性陣の票を総取りとか隼雀爆発しろ」
「死因が爆死とか嫌過ぎるから爆発物解体してくんね?」
「「お断りだ」」
そこへ突然、一人の壮年の男が隼雀の隣に座る。目を丸くする爆処二人と、涼しい顔をしたままの隼雀。
「やぁこんにちは。へぇ、君が噂の隼雀君かぁ。噂通りのイケメンだねぇ。でも前の職場、女性関係でクビになったんでしょ? よく警察官になれたよねぇ? 持つべきものはコネのある幼馴染みってやつ? いやぁ、羨ましいなぁ」
名乗りもせずにベラベラと話し出した男に、向かいの席の二人がいきりたつが、隼雀はそれを視線で制すると、横に座ったどことなくヘビに似た男の顔を見た。
「へぇ、よく知ってんな。それで? そんな俺に何か用かぁ?」
「いやぁ、どうしたらこんなに堂々と他の人と接せるんだろうと思ってさ。少し顔がいいからって余裕ぶってるのかもしれないけど、厚顔無恥も甚だしいと思わないのかなぁ。俺だったら恥ずかしくてコネで作ってもらった部屋から出てこれないけどなぁ」
ネチネチと嫌味を並べる男の話を、隼雀は薄く笑みを敷いたまま聞いている。男が大声で話すものだから、周りの人間はヒヤヒヤしながら聞き耳を立てていた。
その中に、捜査一課の高木と佐藤も居た。二人はどうしたものかと顔を見合わせる。
「どうしましょう、助け舟を出した方がいいんでしょうか」
「松田くんたちが一緒に居るから大丈夫だとは思うけど……あまり騒ぎになるようだったら手を貸さないといけないわね」
その間にも、男は喋るのをやめない。隼雀は反論もせずにそれをただ聞いていた。
「……で、隼雀君は自分が警察官という誇りある職務に泥を塗る存在だって思わないのかなぁ? 一緒の幼馴染みの女もさぁ」
その途端、爆処の二人は音を立てて椅子から立ち上がった。が、隼雀はやんわりと掌を向けて二人を宥め座らせる。
「つまり、俺たちに仕事をやめろって、そう言いたいんだよな?」
「なんだ、よくわかってるじゃないか」
勝ち誇った顔をした男に、隼雀はとてもいい笑顔を返す。
「……へぇ? でもさぁ、たぶん俺たちより先に警察辞めるのはアンタなんだよなぁ。経理のタナカさん?」
その言葉に、男の顔が引きつる。
「な、んで……名乗ってないのに……」
「さてなんでだろーな? そりゃあ確かに、他の人から見たら俺はコネに見えたりすんのかも知れないけど……だからと言って、誰かさんみたいに経費ちょろまかしたりする小物なんかじゃないんだよなぁ」
「んなっ!? そ、そんな事、この俺がするわけないだろう!! とんだ言いがかりだ!! 名誉毀損で訴えてやる!!」
「へぇ。そんなに慌てるって事は、心当たりあるんだな? ありゃぁ、カマかけたつもりだったんだけど、墓穴掘っちゃったなぁ? 訴訟間に合うといいな。まぁもう無理だろーけど」
隼雀が言い終わると同時に、田中の背後に屈強な男が二人。
「田中二郎。我々と一緒に来て貰おうか」
その展開に目を白黒させたのは田中だけではなく、目の前で見ていた二人を始め、ことの成り行きを見ていた周りの人間も、何がなんだか分からない。
連れて行かれる田中の背中に、軽い調子でひらひらと手を振った隼雀は、何事もなかったかのように食事を再開している。
「……は? え? ねぇ、今の何?」
「さぁ? なんだろーな」
「お前……何したんだ?」
「俺は何もしてないんだけど。何かしたのはタナカさんなんじゃね?」
ザワザワと周囲から漏れ聞こえるのは、隼雀の行動に対する疑問の声。それと同時に、田中への侮蔑と今までの悪評。段々と広がったそれは、最終的には後者が勝った。
「……珍しく昼飯に誘ったかと思ったら……何だよこれ」
「俺は頼まれただけな? 今日この時間にここで飯食えってさぁ」
「あー、そういう……それで? その発案者はどこ行ったの」
「今日は古巣でお仕事中」
「お前らホントわけわかんねぇな……」
「それなぁ」
けらけらと隼雀が笑うと、周りもよくわからないが事が収拾したのだと無理やり納得し、まだ隼雀を見ていた懐疑の目も、ようやく彼から視線を逸らした。
*
隼雀を囮に田中の確保をしている間、田中の机の引き出しの隅のゴミに至るまで徹底的に押収し終えた風見はため息を吐いた。
経理の田中は、横領はしていない。
していないが、表向きはそういう事にしておかなければならない。
田中は、元は警視庁公安の捜査員だった。準エリートとして公務に当たっていたが、例の査問会の時に、当時交際していた女性と繁華街で揉め、被害届まで出されそうになっている事が露呈し、そしてあろう事かそれをもみ消そうとしていた。そして何とかクビにはならなかったものの、経理へ飛ばされて今に至る。
ここまででも充分アレなのだが、本当の問題はここから。この男が現在交際中の女性がまずかった。
今度の一斉摘発予定の会社の一つ、それも傭兵上がりの用心棒に給与名目で金を渡していた会社の女社長。その女が行きつけのバーで、安室の皮を被った降谷が近付き、根掘り葉掘り話を聞いてみれば、田中もその事を知っていると言う。アウトもアウトである。
しかしそんな理由でしょっぴくのは警察内部では体裁が悪い。あくまでも内密に、不安要素を排除して行かなければ摘発の成功率に関わる。
そこで白羽の矢が立ったのが、『特殊派遣係』の二人。
降谷が事の次第を話すと、彼らは二つ返事で承諾し、警察内部での田中の評判を調べ上げ、五分で計画を練り、今日の昼に実行した。
元エリートでもあった田中は大変にプライドが高く、今や逆玉の輿を目前に箍が外れたのかは分からないが。経理部でもよくマウントを取りたがり、少しでも弱みを握れば鬼の首を取ったように上司だろうといびり倒す、よくある鼻つまみものになっていた。
そこで二人が目をつけたのは、雨音がわざと流布させた新部署に配属された二人の噂話。無いこと無いことばかりのそれを逆手にとって、田中の歪んだ正義感に火を付ける。
そして、隼雀が昼に食堂に出没したと誰かが言えば、田中は自分の机で食べていたコンビニ弁当を放り出して、わざわざ嫌味を言いに飛んで行った。
自分は誰よりも正しい、他の誰も指摘できないなら、この自分がそれを指摘するのが正義だと思い込んで。
今頃は隼雀によって、経費を横領した大悪党として噂になっていることだろう。
本来の目的はそれなのだが、風見の元上司でもあった頃の田中は、そんな卑屈な人間ではなかったはず。その男の末路は、実に呆気ないものだった。
「……こちらの作業は終わりました」
少しだけしょっぱい感慨に耽りながら、風見は現上司に電話を掛ける。
『わかった、田中の確保も終わったようだ。撤収してくれ』
「了解しました」
本当に、鮮やかな手腕だ。
なぜあの年代にその類稀なる能力を持った人間(一部に疑問符が付く)が集中しているのか、未だに風見は不思議でならない。
* *
「居た! 隼雀さん!!!」
自分のデスクでコーヒーを飲んでいると、とても元気な声で名前を呼ばれる。
「おー、どした?」
顔を向けると、少し困ったような表情で開けっ放しのドアの所へ立つ……えーと、ダテくんの後輩刑事のタカギ、だったか。その後ろに居るのは、確かタカギの彼女のサトウ。
「あっ、あの! さっき自分たちも食堂に居たんですけど……」
「へぇ。そりゃうるさくして悪ぃな」
「いえっ、そんな事より、大丈夫でしたか? 何だか揉めていたようでしたが……?」
「あんなの揉めてるうちに入んないって。ああいう手合いには慣れてるから……あぁ、もしかして俺のコト、心配してくれたのか?」
わざと含みのある言い方で笑みを向けると、途端に二人は頬を染める。わかりやすくて大変よろしい。
「あ、の……! どうして、きちんと否定しないんですか!? まだ日は浅いですが、隼雀さんは噂のような人じゃないと我々は思ってます!」
「はっは、嬉しい事を言ってくれるなぁ」
真っ直ぐなんだな、このタカギってやつは。ダテくんの言ってた通り。ホント、眩しいくらいに。
「……でもさぁ、俺がもしあそこで否定しても、信じる奴なんてどれくらい居たと思う?」
「そ、それは……でも……」
「さっきも言ったろ? 慣れてるって。だから俺は、本当に心から信じてくれる奴が居るって事を知ってるから、今更そんな雑音なんか気にもならないんだよ」
俺の言葉に、二人が目を見開いた。
「心配してくれてありがとな、タカギくん、サトウさん」
意図して柔らかい笑みを向ける。
笑顔には、様々な種類がある。小学生の頃、小難しい論文を片手に学術的な考察を淡々と述べていた幼馴染みは、今日は古巣に呼び出されて不在。
「あ、いえ……大丈夫でしたら、いいんですが……」
言い淀み引き下がったタカギくんに、後ろにいたサトウさんがこわい顔をする。
「ちょっと高木君! そんなにすぐ絆されてどうするのよ!」
「えぇ、でも……」
古今東西、女は強し。こりゃあ尻に敷かれるタイプだと苦笑を漏らすと、サトウさんはずいと一歩前に出る。
「余計なお世話かも知れませんが、根拠のない噂は払拭するべきだと思います。初めはその……お恥ずかしい話、私たちもその噂を信じてしまっていましたが、お二人が有能なことは、共に事件に当たった私たちも充分理解できました」
「はっは、そりゃどーも?」
「とにかく! お二人の事をよく知らない人たちが噂を真に受けて、先ほどのような騒ぎを起こすのは、見ている私たちも気が気ではないんです。例え慣れているからと言って、気を悪くしないはずないじゃないですか! あの噂を払拭するために、私たちも何かお手伝いできませんか?」
おっと、これは予想外。まさか自分たちがその噂をわざと広めてるとか言ったら、相当怒られそうだな。
「気持ちはありがたくもらっとくよ。二人とも心配してくれてありがとな。でもさぁ、ホントに俺も千影も、心底気にしてねぇんだわ」
「でも……納得できませんよ、あんな酷い噂なのに。ねぇ、高木君」
「そうですよ! さっきみたいにまた絡まれるかも知れないですよ!?」
あれはわざと釣ったんだよなぁ。とは言えないので、困ったふりをして苦笑を漏らす。
「わかりやすくていんじゃね? コソコソされるよりはさ」
「もう……とにかく、本当に困った時は言ってください。私たちも力になりますから!」
「こりゃ心強い味方だな。そうだな、もしもの時は全力で頼るから、覚悟しとけよ? サトウさんとタカギくん」
茶化してウインクして見せれば、二人は揃って真っ赤になる。え、ウブ過ぎない? 大丈夫?
* * *
──警察庁の公安は、狐面の『化物』を飼っている。
先日の合同訓練からそんな噂が流れ始め、風見からそれを聞いた降谷は口角を上げた。
「御庭番≠ゥ。なかなか面白いネーミングだな」
一方の当人は、実に複雑な心境だ。
「また妙な渾名を……何でみんなそうすぐ私に渾名を付けたがるんだ」
「いいじゃないか、御庭番。前の渾名より全然いい」
「それ日本語だからって理由だろ」
「よくわかってるじゃないか。御庭番……御庭番、か。うん、いいな。採用」
「えぇ……『怪物』の次は『化物』になれと?」
「そう言う事だ。さて、衣装を考えなければな」
「そこまでするのか……はぁ。そういうのはミヤが大得意だけど?」
久々に例の電波暗室に集まったかと思えば、先日の合同訓練の際の映像鑑賞と言う公開処刑を受けた雨音は、ぺたりと机に伸ばした腕に頭を乗せたまま、少しむくれた様子で言った。
「俺たちで考えるから構わない」
「えぇ……頑なだな……」
「カッコいいの考えるから、楽しみにしてろよ」
「は? 可愛いデザインの方がいいだろ」
「え? そうなのか、澪?」
「可愛いのは年齢的にキツいかな……」
「雨音の見た目ならイケるだろ」
「精神的な意味なんだがな……」
本当に任せて大丈夫なんだろうか、と雨音は考えて、やめた。格好はどうでもいい。問題は内容だ。
「さっき見た通り単騎特攻は得意だが……どう言う場面で私が投入されるんだ? 今度の女傭兵以外に使い道ある?」
「あるに決まってるだろ。生身で一騎当千とかお前、本当に能力使ってないんだよな?」
「使ってないよ。バーボンの時に見たでしょ」
「……確かに。そうだった、あれ? あの時、刀持ってなかったか?」
「はっ? 刀……?」
「あー、あれか、目が金色になった時に研究所行った時の」
降谷が問い、風見が驚き、諸伏が納得する。
そんな三人に、雨音はようやく身を起こすと、何もない空間に右手を伸ばし──そこから刀を取り出した。
「これのこと?」
無骨な鈍色に光る鞘には不釣り合いなほど繊細に装飾された朱色の彼岸花。黄金色に縁取られた鍔にも同じ彼岸花が施され。幾重にも巻かれた柄糸が幾何学模様を描く持ち手の、誰がどう見ても日本刀。
「えっ、今どこから出した??」
「八次元」
「出た、八次元。便利すぎるだろ……」
「はちじげん……」
唐突に披露された異能に、風見がとうとう固まる。降谷と諸伏はもうさすがに慣れてきたのでまだ固まりはしないが、突然そんな事をされたら誰だって驚く。
「見せてもらっていいか?」
「いいよ? はい」
手渡された日本刀を、降谷は両手で受け取り目を見張った。
「……何でこんなに軽いんだ?」
「あぁ、ちょっと重量補正したから質量より軽いんだよ」
「物理法則無視か」
「無視じゃないよ。補正消去しただけ」
「消去……」
本当に無茶苦茶な能力だな、と思いながら刀身を抜くと、これまた半透明という奇天烈さに唖然とする。
「この刀身……何でできてるんだ?」
「
「うるつぁいとちっかほうそ」
諸伏が宇宙ネコになる。降谷はまだ平気なあたりが豪胆というか、何というか。
「例えば、これを御庭番で使うのは、例の会の規則に反したりするのか?」
「いや? 個人の所持品になるから特に何も言われないよ?」
「そうか……申請の方はこっちで何とかするか」
「え、御庭番で
「此岸? この刀の名前か?」
「うん。これの色違いが
「彼岸花の装飾なのに此岸か、ややこしいな」
「みんなに同じ事言われる」
机に頬杖をつきながら、雨音は固まったままの二人を眺める。
「そろそろ慣れて欲しいんだけどな……」
「無理だろ。驚くくらい許してやれ」
「降谷はもう大丈夫そうだな」
「顔に出ないように必死だけどな」
「そうか。じゃあこの前覚えたのは見せられないな」
「待て、また何か習得したのか!」
「不可抗力なんだよなぁ……」
少し遠い目をした雨音に、降谷は刀を返すと、雨音は取り出した時と同じ要領でそれを仕舞う。それを見ていた降谷がある事に気付く。
「……何で両眼がその色なのに能力が使えるんだ」
「ん? あぁ、瞳が黒でも『目』以外は使えるよ」
「基準がよくわからないな……」
「私も説明するのめんどくさい」
「そうか。まぁいい。『御庭番』については後で運用提案書を作るから、添削はまた今度だな」
「わかった。だけど降谷、気を付けなよ」
「……あぁ。リスクは承知の上だ。お前は気にしなくていい」
『化物』の力を欲しがるのは、太古の昔から未来永劫続く人の業なのだから。
* * *
ちょっと意味がわかりませんね、どういう状況なんだこれは。
「……手を離していただけますか」
「何故君がこんなところに居る」
「私がここで買い物してたらダメなんですか」
「そうは言っていない」
なんだこれ! なんだこれ!
何で赤井秀一が日本に居るんだ!
そしてなぜ私の手を掴むんだやめてくれ!
「……手を離していただけない場合、鎮圧行動に移りますが覚悟はよろしいですか」
「shit! わかったからやめてくれないか」
組織壊滅作戦会議の時を思い出したのか、パッと手を離した赤井秀一を軽く睨む。
「では私は用事がありますので失礼します」
「待ってくれ、話がしたい」
「あちらに良い塩梅の壁があるのでそちらにどうぞ」
「……頼む。明日にはアメリカに戻らねばならないんだ。少し君の時間をくれないか」
「残念ですが売り切れです」
素気無く切り捨てると、長身の男は眉尻を下げ懇願するような眼差しを向けた。やめろください。ただでさえ注目を浴びてるのに、これ以上ヒソヒソされるのさすがにつらい。
「……はぁ……少しだけならいいですけど」
「そうか。では行こうか」
切り替え早っ! と思ったと同時にするりと手を取られ……ねぇなんで恋人繋ぎ??
「あのちょっとこの手の繋ぎ方はさすがに納得しかねるんですがそれは」
「何故だ? まさか照れているのか?」
「距離感おかしいですよねあなたと私はそんな親しい間柄ではないですよねやめてもらえませんかこんなの誰にもされた事ないんですけど」
「……何? 嘘だろう、恋人にも?」
「そんなの生まれてこの方いた事すら無いですしこの先も予定はないのでやめていただけますかはなしてだれかたすけておまわりさんは私とあなたですはなしてとれない」
取れない! 手が! 抜けない!!!
赤井秀一が立ち止まったので、一生懸命手を解こうと奮闘するも、一向に取れない。どうなってんだこれ!! 痛くないのに取れない!! なんでや!!!
そんな私を物珍しそうに見下ろす赤井秀一。なんだよ! 何か言いたいことがあるなら言ったらいいだろう!! その前にまず手を離してくれ!!
「……日本人は奥手だと聞いてはいたが、まさかここまでとはな……」
「そんなの個人差だと思いますけどとりあえずこの手を離してくれません??」
「離したら逃げるだろう」
「………………ソンナコトナイデス」
「なるほどな。離すつもりはないから安心したまえ」
「安心できる要素が皆無だな!!」
ぎり、と睨めば赤井秀一は楽しそうに吹き出した。は?? なにわろてんねん。
「フッ……やはり君はとても面白い女性だな。ますます気に入った。さて、あそこのカフェなんかどうだ?」
「は?? え??」
ちょっと待って思考が追いつかないなんなの?? 今なんて言った?? 気に入ったって言った?? なんで?? 誰の?? どこが??
頭の中に沢山の疑問符を浮かべていると、気がついたら小洒落たカフェに座って居た。
目の前に座った赤井秀一が店員を呼ぶ。
待てまだメニューすら開いてないぞなんで呼ぶんだマイペースが過ぎるだろう。
「俺はコーヒーを。君は?」
「カフェオレで」
かしこまりました、と店員さんは戻って行く。よし、少し落ち着いた。
「はぁ……それで、話とは何でしょうか赤井秀一捜査官」
「まずその呼び方と話し方を変えて欲しいんだが」
「えぇ……いやです」
「理由は?」
「親しくなる予定がないので」
「では今から親しくなるから予定を立ててくれ。澪?」
「いきなり名前呼びとかさすがにねぇわ」
おっとお口が。でも私は悪くないと思うけどな! 何で嬉しそうなんだよ! ドMか!!
「それが本来の口調なのか?」
「お望みでしたらドン引きするくらい悪い口利きますけど」
「フム、君のようなヤマトナデシコに悪い言葉は似合わないな」
「眼科行きます? いいお医者さんご紹介しますよ?」
あ、待ってこれデジャヴ……あっ。
「……やはり、そうか」
「何のことだか分かりかねます」
「誤魔化さなくていい。誰にも言わないと誓おう。だから、教えてくれ」
「全く話が見えませんね」
「なぁ、顔を上げてくれないか……スピリタス」
あぁもう、最悪……どうしよう、どうしたらいいんだ、私のバカヤロウ。ええい、もう、ままよ!
「……残念だけど、ボクはもう居ないんだよねぇ。だからもう二度とその名前で呼ばないでくれる? おこるよ」
「……ッ! わかった。そうか、そういう事か……フッ、なるほどな。勝利の女神は始めからそちら側に居たというわけか」
「ハァ……ボクのことそんな風に言うのキミが最初で最後だよ」
「そうか。それは光栄だな」
「……一応キミにもお別れくらいは言っておくよ。さよなら……ライ」
「あぁ……
目蓋を落とし、瞳の色を戻す。
「…………」
「…………」
しばらく無言で見つめ合っていると、店員さんがコーヒーとカフェオレを持ってきた。
「……降谷くんたちは、ずっと前から知っていたのか」
「いや……降谷たちに教えたのは去年だ」
「何? ずっと隠していたのか?」
「仕方がないだろう……怪物と友達だったなんて、本当は一生知らない方が良かったんだ……」
何で私こんなこと赤井秀一に話してんだろ。
「後悔しているのか?」
「いや、後悔はしていないよ。彼らはちゃんと受け入れてくれた。だからいいんだ」
カフェオレを一口飲む。そう、いいんだ。これでよかった。
「……そんな顔をしているのに?」
「生憎生まれつきこんな顔なもので」
「茶化すな。真面目に聞いているんだ」
「……
「…………」
「だから私は前に進めるんだ」
「……そうか。強いな、君は」
「そうでもないさ。人並み、だよ」
「人並み、か。なるほど」
そっと口を噤むと、赤井秀一は目を細めて私を見つめる。今度は何だ。
「それで、今付き合ってる男は居ないんだな?」
「どっからその話出てきた??」
頭の中どうなってんの?? 話題の引き出しボールプールみたいにごっちゃごちゃなの?? それとも自分なりに気を利かせたつもりなの??
「フッ……いや、てっきり降谷くんたちの中の誰かと付き合ってると思っていたんだが」
「それこの間も友人に言われたけどほんと何にもないからな? 失礼だぞ、降谷たちだって選ぶ権利があるだろ」
「その言い方だと誰にも言い寄られたことはないんだな? フム、勿体ない事を」
「ちょっと人の話聞いてる? マイペースが過ぎるぞ赤井秀一!」
「シュウ」
「は?」
「シュウと呼んでくれ、澪」
「は?」
「Please call me Shu」
「言い直さなくても伝わってるからな」
「だったら答えはYESだろう」
「はぁ……もういい……わかったよ、シュウ。これでいいんだろ?」
「あぁ。それで澪、俺と付き合わないか?」
「は??」
なんて言った今。は? 付き合う? 私と? 何で? あ、異能か。なるほどな。その手には乗らないからな。ふんだ。
「お断りします」
「ホォ、好きな相手でも居るのか」
「居ませんけど」
「だったら何故? 理由を聞きたい」
「私にメリットが無いので」
「フム、Advantageか……俺が君に勝るところ……そうだな、例えば……君よりは恋愛経験はあると思うが?」
「……だから?」
「だから、その面ではリード出来る」
「はぁ。それで?」
「俺と付き合わないか」
「お断りしてますよね??」
駄目だ話が噛み合わない。だれかたすけて。
「とりあえず、明日アメリカに帰る方からの交際の申し込みは受け付けておりませんので」
「ホォー? 帰らなければ受け付けてくれるのか?」
「ポジティブ発動するのやめな? 断ってるんだけどな!」
「フッ……そうか。残念だ」
はぁもう疲れた。待ってこれ降谷に報告しなきゃいけないよな、こわすぎるんだけど。
* * *
「あ゛??」
「うわこっわ携帯ミシッて言ったぞゼロ」
メールを見ていたゼロが般若になった。声ひっく! こわすぎる。
「……誰からのメールだったんだ?」
「…………雨音」
「え、雨音? また何かやらかしたのか」
図星らしい。黙り込んだゼロがこわすぎる。何やらかしたんだ、澪!
「……読んでみろ」
「あっハイ」
差し出された画面を見る。
雨音:
ごめん、なんか赤いのに怪物がバレた。
「……は!?」
え!? は!?
バレた? 赤井に?? なんで??
「ど、どうするんだ!? ゼロ」
「……話し合いが必要だな」
ちょっとこれは、やらかしたどころじゃないぞ、澪……。