春のあらし


 警視庁で働く警察官たちの間では、ここ最近ある噂で持ちきりだった。

 警視庁捜査一課に、妙な係ができた。

 まだ誰も在籍していないのに、捜査一課の物置と化していた一室が、わざわざ改装された上であてがわれ、二人分の机やら備品やらが揃えられた。

 そして、その入り口の横に掲げられた文字。

【特殊派遣係】

 特殊事件捜査係は既にあるが、派遣係とは? 

 他の刑事たちは、首を捻るばかりである。

 * * *

 春。

 街道や公園には、もう桜が綻んでいる麗かな日差しの朝。

 例の【特殊派遣係】の席には、一部の刑事たちには忘れられない、と言うより一度見たら忘れない程の美丈夫が座っていた。

 すらりとした体躯を仕立ての良いスーツで包み、色素の薄いふわふわの癖毛と鳶色の瞳。その華やかな顔立ちに黒縁の眼鏡を掛けた男が、その長い両足を組み優雅に頬杖をつきながら、物憂げに窓の外を眺める様は、まるで一枚の絵画のよう。

 他部署からも集まってきたのであろう女性陣たちが、そのあまりの美しさにため息を漏らす中、愛妻弁当を大事に抱えて出勤してきた伊達は、荷物を置きながらチベスナ顔でそれを見た。

 そしてその美丈夫──隼雀雅に話掛けるべく、一歩踏み出した。

 *

「よぉ、久しぶりじゃねぇか」

 伊達が声を掛けると、隼雀は窓の方を向いていた顔だけを動かして伊達の姿を見留めると、にこりと人好きのする笑顔を浮かべた。後ろの方から女性陣の黄色い悲鳴が漏れる。

「久しぶりだな、ダテくん。元気そうで何より」

 相変わらず妙に色気のある声でそう言うと、背後から益々悲鳴が上がったので、伊達は苦笑を漏らしながら扉を閉めた。

「マトリがこんなとこで何やってんだ?」
「あー、なんか俺さぁ、いつの間にか警察官にジョブチェンジしたみたい」
「は??」

 は? である。意味がわからない。

「みたい……ってお前、どう言う事だ?」
「よくわからんけど、急にフルヤくんたちに呼ばれて、筆記と体力テストさせられて、今日からここに出勤しろって言われた」
「何だそりゃ……」
「古巣に問い合わせたら、話は通ってるから言われた通りにしろってさ、酷くない?」
「滅茶苦茶だな。しかし降谷たちが関わってるなら公安のあの部署関係なんじゃないのか? 警察手帳とかは?」
「あー、なんか後で持ってくって言われたから待ってんだけど、アイツ全然こねぇのな。俺と一緒に今日からここで勤務らしいけど」
「アイツって、誰だ?」
「誰って、澪だけど」
「〜〜〜〜〜ッ、ハァー!?」

 伊達の叫びが捜査一課に響き渡った。

 *

 集まった野次馬たちを各部署に帰らせ、やっといつもの顔ぶれだけになった捜査一課だが、先程から皆がチラチラと視線を遣るのは、扉を閉め捜査一課と部屋の間にあるガラス張りを内側からブラインドで遮断した元物置部屋。

 現【特殊派遣係】の要塞と化したそこには、先ほど女性が一人入って行ったはずだ。

 強行犯捜査係が一番近いため、どうしても視界に入る。

 見慣れぬ地味な様相の女に思わず声を掛けた目暮警部に軽く会釈して、そのまま扉の中に入って行ったものだから、あの美丈夫の部下なのだろうか。と伊達以外の刑事たちは興味津々でそちらを見つめていたわけだ。

「伊達先輩、あのものすごいイケメンって、前のゾンビ事件でマトリから来てましたよね? それにあの女性、どこかでみた気がするんですけど……」

 後輩刑事である高木にヒソヒソと声を掛けられた伊達は苦笑を返す。

 あの『パラサイト・イド』事件の時に両方とも会っているのだが、雨音はあの時は前髪をサイドに流し長い髪をアップにして眼鏡を外し、少し華やかだけども品のある化粧をしていたし、その整い過ぎた顔をこれでもかと晒していたのだから、先ほどやってきた女性と同一人物であるとわからないのも無理はない。

 するとやがて視界を遮っていたブラインドが取り払われる。中で何か会話しながら、ようやく二人は連れ立って部屋を出てきた。

 そして部屋の前に並んで立つと、女の方が口を開く。


「職務中に申し訳ありませんが、少しだけ自己紹介をさせてください」


 決して大きな声を出しているわけではないのに、よく通ったその声に皆一斉に顔を上げ、声の主を見る。


「本日付でこちらの特殊派遣係に配属となりました季月千影です。階級は警部。どうぞよろしくおねがいします」

 これに目を剥いたのは伊達。

 名前どころか階級も絶対嘘だろ、どうなってんだよお前は。

 ヒソヒソと皆囁き合う中、こんな声が聞こえて来る『季月って、季月春夜警視と同じ名字だよな?』『あの若さで警部? コネか?』と。

 それも聞こえているだろうに、まるっと無視した雨音……いや、季月は隣の男を肘で小突く。

「同じく、隼雀雅警部補です。よろしくおねがいします」

 にこりと子犬のような無辜の笑みを浮かべた隼雀に、頬を染める女性陣と一部の男性陣。その中に後輩の高木も含まれていて、伊達はもう苦笑いするしかない。

 こちらもいきなり警部補とはこれいかに。

「特殊派遣係は、基本的に皆さんが以前捜査した『パラサイト・イド事件』など、少し特殊な案件の捜査を任される部署として設立されました。基本的には捜査一課の皆様と行動を共にする事になりますので、どうぞご指導ご鞭撻ください」

 そして二人は完璧な所作で敬礼をした。

 * * *

 喫煙所で一服していると、見知った顔の二人がニヤつきながら入ってきて、両隣を占拠される。

「あれー? じんぺーちゃん、ここになーんか見たことあるヤツが居んだけどぉ、誰だっけー?」
「奇遇だなぁ、ハギ。俺もコイツどっかで見たことあんだよなぁ〜? 不審者だからとりあえずしょっぴくか?」

 誰が不審者か。自分の方が充分怪しいじゃねぇかよ。と、出会い頭にうざ絡みしてくる二人を無視していると、今度は両隣から肩を組んでくる。

「……野郎にモテても嬉しくないんだよなー。だから離してくんね? おハギ、まつっぁん」
「「やだね」」
「そんな殺生なー」

 きゃーやめてー、と棒読みしながら紫煙を吐き出すと、二人はこわい顔でぐっと近づいてきた。やめろよ近いな。

「後でちゃんと話聞かせろよ」
「澪までいるんでしょ? どゆこと?」
「ここじゃマズいから、今日終わったらどっか行けるか?」
「俺も萩原も日勤だから大丈夫だ。伊達にも聞いとく。後で連絡する」
「おー、たのむ。あ、あとアイツ今『季月千影』だから、絶対名前間違えんなよ」
「「了解」」

 * * *

 公安御用達の少しお値段の宜しいけれども密会には最適な、純和風の雰囲気がとても素敵なお店の個室に、私とミヤ、研二くんと陣平ちゃんが集まった。

 伊達アニキも来る予定だったけど、チビちゃんが夕方頃に熱が出て病院に来ているとナタリーから連絡があったらしく、それは大変だすぐに行けと送り出したのがさっき。

「本日付で特殊派遣係に配属となりました季月千影です。階級は警部。どうぞよろしくおねがいします」
「「どう言う事だよ」」

 声を揃えてツッコミが入る。仲良しかよ。仲良しだよ。

「まぁ、ちょっと色々あってさ。飛ばされた」
「その色々の部分を聞いてんだっつの!」
「えー……説明しなきゃダメなの?」
「して! わかりやすく!」

 ぱーん! と研二くんがテーブルを叩いた。

「……あのさぁ、目暮警部が上層にお呼び出しされたのは知ってる?」
「あー、なんか聞いたな」
「もしかして伊達が怒ってたヤツ?」
「うん。多分それで合ってる。で、私がお目付役になった」
「はぁ? まじ?」
「って言うのが公安向けの建前な」
「建前かよ!」

 陣平ちゃんがすぱーん! と研二くんの頭を叩いた。最近の警察官はコントできんだね。

「さてここで問題です。何故ミヤがいるのでしょうか?」
「「顔がいいから」」
「えっ、俺そんな下らない理由で抜擢されたの?」
「お前は今俺を怒らせた」
「顔がいいのがくだらないだと? そこに正座しろ!」
「もう正座してんだけど」

 話が進まないなぁ。面白いからいいんだけど。

「ったく、えー? 隼雀が居る理由? 何だ?」
「えーと、医師免許があるから?」
「違うかなぁ」
「マトリだったから?」
「それも違うかなぁ」
「潜入捜査官だったから?」
「もう一声かなぁ」
「えー、わかんない!」

 ぶーたれながらお通しをつつく研二くんに、口元に手を添え首を傾げる陣平ちゃん。

 その時ちょうどお料理が運ばれてきたので、皆そのままだんまりを決め込む。

「……で、正解は何なんだ?」
「『季月』の幼馴染みだから」
「んー?? ん? 雨音じゃなくて?」
「私戸籍二つあるんだよな」
「「は???」」

 そうなるよね。私も最近になって養父に言われたんだよ。どうなってんだ。ゼロとヒロもびっくりしてた。公安からどうやって隠してたんだ……あ、待てよ、理由分かった。

「うちの養父がちょっとアレなの知ってるよね?」
「ひとんちの父親に『そうだな、お前んちの父さんちょっとアレだよな!』って言えんの俺くらいだと思うんだけど」
「そうか……えーと、まぁ、頭おかしいんだけど」
「そんなはっきり言われても困るんだけど」
「もう少しオブラートに包んであげなよ」

 えー、本当のことなんだがな……ダメかぁ。

「まぁその養父がな、亡くなった娘のかわりに私を引き取ったんだが、その子の戸籍が何故か生きてて、しかも誕生年月日とか学歴とか『雨音』の経歴がそっくりそのまま『季月』の分もあったんだよ」
「えぇ……どういうことだよ……」
「澪のお義父さんに対してこんなこと言うのごめんだけど、はっきりいっていい? こわい」
「だろ? さすがの私も内心震えたよ」

 ほんとあの養父頭おかしい。こわい。

「で、まぁ、今回丁度いいから使ったれと思った次第」
「何でそうなるんだよ」
「えー、あるものは使ったほうがいいかなって。それに、前の事件で『雨音』が公安に居るのは知られてるから、そいつがいきなり警察庁の公安から出向してきたら、いかにもお目付役です! ってなるでしょ? 『季月』だったら探られても痛くも痒くもないし、どうせバカシュンヤのコネだろって思われてる方が楽なんだよ」
「はぇー、それで、ミヤビが幼馴染みだからってのはどして? マトリだったの知ってる人居るでしょ?」
「俺がマトリで痴話喧嘩起こして居辛くなったから、『季月』のコネのコネを使って警察官になったって設定らしいぜ? 酷くない?」
「「ありえる」」
「失礼だなぁ、俺そんなヘマしないんだけど」
「ヘマも何もそもそもやるんじゃない。だから刺されるんだ」

 そろそろ落ち着いて特定のパートナーくらい作れとは言えない。ブーメランこわい。

「……なぁ、それで? 本当の事はまだ話してくんねぇわけ?」
「まっつぁん、ここは大人しく騙されとけよ」
「やっぱりかぁ。なーんかおかしいなぁって思ったんだよ」
「…………」

 言えない。口が裂けても言えない。
 ゼロとヒロと風見さんは、あの組織でスピリタスとの接点があったけど、この二人は真朝としてしか接触したことがない。だから言えない。よし、ごまかそう。ごめんな。

「……階級が」
「待ってこわい。ねぇじんぺーちゃん、澪たちの階級って聞いた事なかったよね? どうしよう、こわい」
「……俺も」
「私の、階級が……」
「待って? 心の準備させて? ね?」
「新手のホラーかよ」
「えー……じゃあ心の準備が出来たら教えて」

 別に階級なんて関係ないと思うけどなぁ? 

「あ、この天ぷら美味しい」
「この煮物もんまい」

 ミヤと二人で目の前のご馳走に舌鼓を打つ。

 昨日まで『ゼロ』で引き継ぎの山と格闘していたので、最近の主食は十秒ゼリーとカロリー棒、飲み物はモンスターと羽根。公安部の常識ですね。人間のご飯おいしい。

 向かいに座る二人はまだヒソヒソ相談してる。お料理冷めちゃうよ? 食べな。

「澪」
「んー?」
「せーの、で言え」
「……わかった」
「「……せーの!」」
「警視長」
「「…………は???」」

 二人が固まった。うん、びっくりするらしいね? 昨日風見さんとヒロも固まってた。五分くらい。

 なので私はお料理をいただく。

「俺日本酒頼んでいい?」
「好きにしたらいいんじゃないの」
「お前運転してくれんの? 代行嫌いなんだけど」
「やだ。ミヤの車デカイからこわい」
「お前確か重機の免許あるよな?」
「あれとはまた違う。常に道路走らないし」
「ジャンケン」
「ぽん!」
「くっそ! なんでお前にジャンケン挑んだ俺の馬鹿ー!!」

 ミヤがグーの手のまま机に突っ伏した。行儀が悪いぞ。

「……澪?」
「んー?」
「マジ、なわけ? 冗談ではなく?」
「うん。降谷より上になっちゃったから、例の部署に居られなくなった」
「「は???」」
「上層に『現場に出れないんだったら辞めてやる! このひとでなし!』って言ったら部署が作られたのであった。めでたしめでたし」
「「…………」」

 これは割とマジである。黒田さんありがとう。

「お前……お前らはホントにさぁ……何なんだよ……」
「陣平ちゃんと研二くんのお友達の雨音ですけれど? だめか?」
「うぅーっ、そういう事言う……」
「つか何すりゃそんな昇進すんの? 謎すぎるんだけど」
「あー……潜入捜査かなぁ……」
「なるほど〜って、警察内部でやんなくてよくない!? ねぇ!!」
「え? たまにあったよ?」
「マジかよ……」

 げんなりしながら二人はやっとお料理に手を付ける。ミヤは絶望から帰ってこない。

「……ミヤ、頼んでいいよ。何呑むの」
「……美稲」
「陣平ちゃんたちは? 同じのでいい?」
「同じの! ミヤの選ぶの間違いないもん!」
「あー、俺も!」
「おごりだから好きに頼んでいいよ」
「「「ごちっす!」」」

 例の会からドン引きするくらいもらってるし、そしかいボーナスでたし、割と有り余ってるんだよな、お金。島でも買うか。

 ちなみにスピリタスの分はお国にボッシュートしていただいた。当然だよねぇ。

「でもさぁ、そんなに昇進しちゃったら大変なんじゃないの? お見合いとかさぁ。前からすごい言われてたじゃん?」
「あーあ、おハギが地雷踏んだー」
「えっ!? うそごめん!!」
「……季月千影宛には来てないからな」
「雨音宛には来てるんだな。やっぱお偉いさん? 年寄からも来るってホント?」
「……一番の大物はアレだよな、首相の三男」
「やめなよミヤ!! ミヤだってハリウッドセレブからめっちゃラブコール来てんじゃん!!」
「クリスはしょうがなくない!?」
「クリスって……え、クリス・ヴィンヤード!?」
「くっそ……! これが勝ち組か……!!」

 二人が頽れた。

「そもそも私、結婚に向いてないだろ」
「自分で言うの悲しくない? 自己評価低すぎ」
「澪はいいお嫁さんになると思うけどなぁー? 料理上手だし、几帳面だし、気が効くし……あれ? 完璧じゃない?」
「逆に出来ないことって何だ? お前子供も好きだろ?」
「子供は好きだけど、そもそも初恋すらしたことないからな」
「「は??」」
「コイツの恋愛感情死んでんだよ。誰か助けてやれよ」
「失礼だな」

 別に一人で生きていけますしおすしうまい。

「……え、あれ? 降谷たちとは?」
「何が?」
「いや、どっちかとくっ付いてんのかと思って……」
「は??」
「お前割とカザミさんに優しいよな」
「風見さんはほら、降谷に無茶振りされてるから」
「あー、確かになぁ。よくブチ切れないよな」
「え、待って? 降谷とも諸伏とも、その風見さんとも何もないの?」
「何もない? 一緒に頑張って働いてたよ?」
「いや、だから、恋愛的な」
「そんな暇があったら仮眠するよね」

 一週間耐久デスマーチする? 死ぬぞ? 生きてるけど。

「うーわぁ……さすが公安……人間辞めてるわぁ……」
「捜査一課来たら物足りねぇんじゃねぇの? 公安と比べたら仕事量違いすぎるんじゃねぇ?」
「まだ仕事来てないからなぁ。暇な時は書類整理でもやろうかなって」
「感覚直してからやんねーとお前それ多分三日で終んぞ。ちゃんとペース配分しろよ?」
「えー……うそだぁ。一週間くらいかかるよ?」
「待って? おかしいよ?」
「俺の仕事なんか秒で終わんじゃねぇの……?」

 それはやってみないとわからんな。

 段々お酒が入って来ると、みんなご機嫌になる。私は素面なので、三人の観察係。

「ねぇ、澪は誰がイケメンだとおもう? 俺?」
「ハァー? 萩原さんのお宅には鏡がないのかねぇ? 俺に決まってんだろ?」
「別に顔に興味ないんだよなぁ……」
「えー! なんで!?」
「生皮剥げば大体一緒だからな」
「相変わらずえげつねぇな……」

 ホントのことじゃん? 

 * * *

 私とミヤがそれぞれ自前のパソコンをガタガタしていると、捜査一課に臨場要請。伊達アニキが呼びに来てくれる。

「おい隼雀! 季月! 行くぞ!」
「了解です」
「ういっす」

 パトカーに乗っていざ出陣したのはとある 喫茶店。待って、私ここで事件に巻き込まれた事あるよ? 何度目の被害なの。やめたげてよ。

 今回の被害者はこの喫茶店のオーナー、レジと金庫、被害者の財布から現金が無くなっていることから、強盗殺人の線が濃厚。

 スタッフルームで脇腹にナイフが刺さったままのご遺体に手を合わせてから、捜査一課の方々の後ろの方でご遺体の状態を確認する。

「伊達刑事、容疑者の方に事情聴取してもいいですか」
「あー……俺も一緒でいいか、季月刑事」
「もちろん構いませんよ」

 容疑者の一人、この店の厨房で働く男性に話を聞くために、ホールの端にある席へと向かう。

「あ、あの……もしかして俺、疑われているんですか?」
「そのためにお話ししていただきたいのですが」
「は、はいっ! 話します、だからあの、早く帰りたいんです」
「わかりました。では手短に。……厨房に隠しカメラがあるのはご存知でしたか?」
「えっ!?」

 伊達アニキもびっくりしているが、長年の癖で自分周辺のそういう耳や目を把握するスキルが付いた。ヒロもゼロもミヤも出来るから、潜入調査官の必須スキルである。

 そこへ、その隠しカメラの映像を鑑識さんと一緒に見たであろうミヤがやって来た。

「伊達刑事、隠しカメラの映像に犯行の様子がばっちり映ってたよ」

 ミヤがとてもいい笑顔でそう告げると、伊達アニキは神妙な面持ちで頷いて、目の前の男に手錠をかけた。

 *

 例の特殊派遣係にやって来た、警視庁警視の妹と噂される地味な様相の妙齢の女性と、元マトリの美丈夫は、とある喫茶店で起こった事件を現着から三十分もしないうちに解決した。

 高木と佐藤が遺体の状態を調べている間に、その二人は厨房の天井を見上げながら何やら会話していたと思えば、季月の方が伊達と連れ立ってホールの方へ向かった。

 残された隼雀は、鑑識と一緒に脚立に上がり、天井を調べると、巧妙に隠されていた監視カメラを発見、映像の中に言い逃れできないほどしっかりと犯行の様子が映っていたものだから、他の刑事たちも閉口した。

 そして、いつの間にか伊達刑事に手錠をかけられていた犯人を、季月が事情聴取していたと聞いて首を傾げる。

 何故、隠しカメラの映像も見ずに、複数人いた容疑者の中からピンポイントで犯人に疑いをかけたのか。

 何故、言われてもよくよく見ないとわからないほど巧妙に隠されていたカメラの位置が分かったのか。

 高木が二人にそれを問えば、揃って勘だと答える始末。そして部署に戻った二人は、伊達の作る捜査報告書を後ろから物珍しげに覗き込んでしばらく見たあと、自分の椅子に戻ってまたパソコンをガタガタさせるのであった。

 * * *

 勤務表通りに働けるってすごいな? 

 毎日家に帰って家事ができて湯船に入ってベッドで何時間も眠れるってすごくない? 

 毎日三食人間の食事が摂れるってすごくない? 

 分刻みのスケジュール立てなくていいのすごくない? 

 すっかり染み付いた社畜脳で考えながら、目の前の自作PCで少し特殊な調べ物をしていると、開けっぱなしのドアをコンコンとノックされた。

「よぉ、やってるか?」
「やっほー、遊びに来ちゃった」
「……居酒屋でもないし突然押しかけてくる彼女も居ないはずなんだけどな。とりあえずドア閉めてくれる? ここ防音だから」

 爆処組をソファーに座らせ、ポットでお茶を淹れて二人の前のテーブルに置く。ついでにブラインドを下げて、興味津々でこちらを伺う視線を遮る。

「はぇー、こんな立派な部屋まで用意してもらえるとは、澪どんだけ仕事したの」
「さぁ? どうだろう」
「そういや隼雀は?」
「ミヤは今日非番だよ。マトリの方の引継ぎしてくるって言ってたから休みなのかは不明」
「伊達から聞いたけど、あの部署と隼雀の間で何の協定が結ばれたんだ?」
「あー……それは言えないやつだな」
「知ってたけど、澪たち秘密多すぎ」
「ごめんて。私だって出来ることならみんなに隠し事したくないよ」
「そう言ってくれるのはありがてぇけどよ……だいぶお前らの噂、背びれ尾びれ付いて回って来てんぞ?」
「そーそー、無いこと無いことばっかりで、俺もじんぺーちゃんもキレそうになるんだけど!」
「計画通りだから気にしなくていいのに」
「そうなんだろうけどさぁ! 澪たちの良いところ知ってるから、そうじゃないって言いたくなるんだよ」
「……そう思ってくれてるだけで嬉しいよ? ありがと」

 微笑うと、二人はそっぽを向いた。ごめんて。

「爆処はどう? 相変わらず忙しい?」
「……去年までと比べてすごい静かなんだよなぁ。お前何か知ってるだろ」

 あ、墓穴掘りましたね。自分のばか! 

「………………さぁ?」
「誤魔化すの下手か。何か噂だと、去年国際犯罪シンジケートの一斉摘発があったとか? なかったとか?」
「………………へぇ」
「あーそれ俺も知ってる。FBIとかCIAとかと協力した大捕物だったらしいね? 日本の公安主導で? 大手柄だったっけ?」
「………………ふぅん」

 まぁあれだけ大規模になれば多少のそういう話が流れるのは当然だけど、これ誘導尋問だな? 

「その頃からパッタリと見なくなった顔があるんだよな。自称探偵のガキと見た目詐欺のガキとその連れ、怪しい大学院生とポアロで働いてた店員二人」
「へぇ。不思議だな」
「そっか。やっぱ全員関係者なんだね……みんな無事なの?」

 ……これは……さすがに伝えておくべきだろうか。だってもう居ないのだ。

「……みんな元気にやってると思う。真朝以外は」
「は……? あの見た目詐欺、どうかしたのか」
「死んだ」
「えっ……? うそでしょ?」
「嘘じゃない。もう、居ないんだ」

 あの怪物は、組織と一緒に死んだ。

「……納得いかねぇが……わかった……」
「……信じられない……けど……」
「そうか……悼んでくれる人が居たのか」

 ありがと。でもボクは、もういないんだぁ。

 * * *

 本日は伊達アニキと一緒に聞き込み調査をしている。

 ただね、分かってたんだが、ミヤは外回り向いてないんだよな。

「ねぇ〜お兄さぁん、私も事情聴取してほしいなァ〜?」
「え〜ずるぅい! アタシもお兄さんと二人っきりで取調べされたぁ〜い!」

 キャバクラなう。私と伊達アニキはチベスナなう。ミヤは両腕にスタッフの女の子を装備してめんどくさそうな顔をしている。

「悪いんだけどさぁ、俺お仕事中は遊んであげらんないんだよね。だからとっとと聞き込みさせてくんない? そんで早くお仕事終わったらまたここ来れるかもしれないからさぁ」

 一応ミヤの名誉のために言っておくが、ミヤはこういう類のお店が嫌いだ。上司に頼まれても絶対来ないし、自分からは死んでも行かない。理由? 意外とミヤって他人にベタベタ触られるの嫌いなんだよな。そういう事。

「ごめん、伊達アニキ。ちゃんと行き先を聞いてから同行するべきだったな」
「分かってちゃいたが……収拾がつかねぇなぁ」

 ミヤを犠牲に聞き込みをしながら、ふと目が合った黒服から嫌な嗤いを返される。すぐに視線を外したが、まだ私を見ているようだ。

 携帯サイズの小型PCにここで聞いたことを打ち込んでいると、背後に気配。

「刑事のお姉さん」

 声を掛けられてしまったので仕方なく体を反転させ、黒服の男に向き直る。先程とは打って変わり愛想のいい笑顔を浮かべた若い男は、端末を持つ私の手に一瞬だけ視線を落とした。

「刑事さん、少し相談があるんですけど、僕、最近ストーカーされてて。何かあった時怖いから、刑事さんの連絡先もらえたら安心できるかなぁって」

 さて。コイツは厄介な性癖の持ち主にロックオンされてしまったな。私が地味な格好をしている時に声を掛けてくる男性は、大抵『そういう』目的がある。たまにいるんだよな、自分よりも社会的地位のある大人しそうな女性を一方的に嬲ることで快感を得るやつ。

「……そうですか。私で良ければご協力しますが」
「わぁ、うれしいなぁ。ところで、刑事さんって憧れなんです。今度一緒にお食事でもどうですか?」
「申し訳ありませんが、お食事はご一緒出来ませんね」
「えー、一回でいいんです。お願いします!」

 顔の前で両手を合わせた黒服に、何事かとこちらを見た伊達アニキとミヤに大丈夫だの視線を送る。ごめんな、何か変なの釣れたわ。

 * * *

「澪!!」

 ひと月ぶりに古巣へ戻ると、部屋に入るなりヒロから熱い抱擁を受けた。痛い痛い! 力加減してくれ! 苦しいんだけどな!! 

「うぅ、ヒロ……くるし……」
「あ! ごめん! 嬉しくてつい!」

 ぱっと解放され、肺に空気を送り込む。

「なあ、ここにはいつまで居れるんだ?」
「あぁ、今日一日だけ」
「えっ……もっとゆっくりして行けよ」
「そうだな……ここが公安の捜査室でさえなければ是非ともゆっくりしたいんだが」

 そっとヒロから視線を外すと、室内に量産された死屍累々を眺めた。ちなみにヒロも凶悪なクマさんを飼っている。何日デスマーチしたらこうなるの。

「ゼロと風見さんは?」
「今度一斉検挙する会社の下調べで外出てる。俺たちはその捜査資料と戦って背水の陣」
「動いてる武士もののふ、ヒロしか見当たらないんだがな?」
「今澪が来たから大丈夫だろ」
「まさかの頭数」

 えー、まぁ、手伝えるだけ手伝うけど、後でゼロに怒られるよ? 

「……調べ物が終わったら手伝うよ。その前に重傷者を仮眠室にぶち込もうか」
「……そうだな」
「……ヒロ? 自分のことだからな?」
「うう……わかった」

 あまりにフラフラだったので、仕方なく手を引いて仮眠室まで連れて行く。

「ほら、上着脱いでネクタイ外して」
「……澪がやって」
「はい??」
「自分でやるのやだ。澪がやって」

 とうとう幼児退行し始めたヒロに、呆れながらスーツの上着を脱がせ、ネクタイに手を掛けると腕を引かれぎゅうと抱きしめられた。何事。

「ヒロー? 大丈夫かー?」
「大丈夫じゃない……澪が居ないのつらい……」
「ヒロならちゃんと出来てるよ」
「そういう意味じゃない……」

 私の首元に顔を埋めて唸るヒロ。余程お疲れなんだな、知ってる。トン、トン、と背中を優しく叩いていると、やがて寝息が聞こえた。

「おつかれさま。今はゆっくり休むといい」

 ベッドに横たえネクタイと首元を緩めて起き上がろうとしたの、だが。どう頑張ってもガッチリと背中に回された腕が解けない。ゼロも陣平ちゃんに散々ゴリラって言われてたけど、その幼馴染みも同類なんだよなぁ。

「えぇ……どうすりゃいいの……」
「……もうちょっと、このまま……」
「起きてたの? 狸寝入りか」
「俺は寝てる……」
「はいはい。五分経ったら戻るからな」

 さすがにこの押し倒したような体制では辛すぎるので、ヒロごと横向きになる。ヒロ頭どけてくれないかな? 重たいんだけど。

「いいにおいする……澪のにおい……」
「さすがに怒るよ?」
「なんでおこるんだよ……」
「当たり前だろ」

 うとうとしてるのか舌ったらずに言われる。さすがの私も嗅がれるのは少し遠慮したい。そう思っていると、私の顎のところに乗っていた頭がようやく離れた。重かった。

「……澪だ」
「そうだな、私だな」

 鼻先がくっつきそうな距離で、眠そうな瞳を半分開けて私を見たヒロが、当たり前のことを言う。そのまま早く目を閉じて寝るんだ。

「……澪」
「……なに?」
「…………澪は、さみしくないのか」
「何が?」
「おれとか、ゼロとかにあえなくても、さみしくないのか」
「うーん……? さみしくはないかな」
「……そう、か。おれはさみしい……」
「そうか。でも、生きてれば会えるだろ」
「……うん。そうだな……」

 そしてヒロは、やっと眠りに落ちた。

 *

 さあ帰るか、と腰を上げた瞬間、ドアを開けたゼロと目があった。

「……来てたのか」
「あぁ、うん。今帰るけど」

 私が答えると、途端にその整った顔の眉間にシワを刻んだ。なんだ、帰るなってか。

「……雨音、お前暇だよな?」
「まぁ、おかげさまで?」
「警視庁の合同訓練に参加しろ。来週の月曜だ。風見を迎えに行かせる」
「は??」
「わかったな? 絶対だからな?」
「いや……は? なんで??」
「理由はその時話す。返事は?」
「ハイ」

 あまりに鬼気迫るその形相に、思わず肯定してしまった私は悪くない。ないったらない。あと掴まれた両肩が地味に痛い。力加減考えような? 

 * *

 あの時安易に返事するんじゃなかった。

「お前は今から立て篭り犯だ」
「たてこもりはん」
「外には特殊警備隊を始めとした制圧部隊。一時間人質を取った後、裏山に逃亡する」
「とうぼうする」

 早朝にゼロからの鬼電で叩き起こされ、『雨音』の格好をして待っていろと言われ。寝惚けながらも言われた通り準備をし、玄関に正座して待っていたところ、迎えに来た風見さんにめちゃくちゃ驚かれた。

 連れてこられた先で、スーツからツナギに着替えるよう言われ、着替えて更衣室から出てみれば、仏頂面のゼロが待ち構えていて冒頭に戻る。

「……更に一時間逃げ切るか、追手を全て制圧したらお前の勝ちだ。わかったな? 返事は」
「わか……るわけないだろ!」

 長時間睡眠を取ると寝起きの悪くなる私は、ついにぷちーん! となった。

「……降谷零、何を焦っているのかは私の預かり知る所ではないが、一方的なその言い分に私を頷かせたいのならば、それなりの理由を用意しろ。そしてそれに納得出来たのならば、私は大人しく君の言う通りに従おう。理解出来たか? 返事は」
「ハイ」
「宜しい。ならば五分後に」

 バン! と更衣室の扉を閉める。えらく低い声を出してしまった。ゼロの後ろにいた風見さんとヒロが青褪めていたので少し申し訳なく思うが、それにしてもゼロは何を焦ってるんだ? らしくない。

 元来、彼の性分は柔軟であるが故に芯が硬い。

 一つの物事に夢中になると、了見が狭くなるのが難点だが、貫く信念は一朝一夕で得られ難い。

 それまで、この『国』に執着できるのは、とてもうらやましいし、ひどくかなしいことなのかもしれない。

(……何か言われたか、何かあったか)

 考えられるのは、今準備している一斉取締の案件で、特殊部隊や機動隊を使う必要があるが、相手方が立て篭る可能性があり、尚且つ私を使うということは、それなりに戦闘経験があるか。そんなところだろう。

 きっちり五分後に、更衣室の扉がノックされた。

「……雨音、事情を話すから出てきてくれ」

 若干気落ちした様子のゼロの声。

「最初からそうしてくれると良かったんだが」

 言いながら外に出ると、どこか気まずそうな三人の顔。

「それで、一体どうしたんだ?」
「今度の一切捜査の関係で調査を進めていたんだが……この前来た時に、概要は把握しているな?」
「あぁ、密輸専門の犯罪グループと取引してたんだろ?」
「そうだ。それで、取引専門の人間を調べたところ、どうやら中東で傭兵をしていた武闘派を雇っていた」
「傭兵上がりか……面倒だな」
「そこそこ腕が立つらしく、会社が結構な額を渡している。そしてもう一つ問題がある」

 腕組みをしていたゼロが、また険しい顔をした。

「……この傭兵たちが今回の黒幕だ。会社を裏から脅し、操っていた。何としてでも生け捕りにしたいが、どんな手を使って足掻くかわからない。できれば内密に、こちらだけで捕縛出来るのが一番なんだが」
「特殊部隊や機動隊を投入する場面が生じる可能性が濃厚、か。それで、私一人で犯人役の意味は?」
「……主犯の女が、他の傭兵たちとは比べ物にならないほどの戦闘能力があると調べがついた」
「へぇ……ん? 『人間にしてはバカ強な女傭兵』?」
「知ってるのか?」
「いや、前にロキがなんか言ってたな……顔に火傷の痕が無いか?」
「……ある」
「なるほど、それなら納得した」

 ロキの管轄の特性上、紛争関係に当たる事もあるので、その『人間にしてはバカ強な女傭兵』の話も聞いたことがある。

 戦闘狂、とでも言えばいいのか。とりあえず話を聞く限りトリガーハッピーなのは間違い無いが、罠や奇襲や白兵戦も得意らしく、ロキが久々に楽しかった、と言っていたが。

「……あれ、でもロキが片足使えないようにしといたって言ってたけどな?」
「…………は?」
「それで傭兵やめたのか。なるほど」
「……そんな情報は出てこなかったぞ?」
「まぁ、見た目で分からなくても後遺症は確実に残ってるだろうな。ロキのあの言い方だと多分、膝でも潰したんだろうし」
「こっわ……」

 何かを想像したのかヒロと風見さんの顔色が悪くなった。

「さて、それで? 待たせている皆様はどうしたらいいんだ? 経験として私が参加するのはやぶさかでは無いが」
「…………そうだな。とりあえず、その女傭兵が取るであろう行動を真似ることは出来るか?」
「大体なら予想できるが……最終的に捕まればいいんだな?」
「いや、捕まらなくていい。ついでに『雨音』の本気も見たい」
「別に構わないが……顔バレしたくないから認知阻害くらいはさせてくれ」

 機動隊員の中に研二くんと陣平ちゃん居るんだよな。

「まぁ、それくらいなら大丈夫だ」
「わかった。じゃあ久々に全力出そうかな」

 もちろん『雨音』の全力だけど。

 * *

 喫煙所の扉を開けると、辛気臭い顔で項垂れている二人が出迎えた。

「ここが今日のお通夜会場か……」

 茶化しても反応なし。こりゃ相当キてんな。

 とりあえずタバコに火をつけて、二人を観察していると、おハギがバッ! と顔を上げた。

「どうした? 大丈夫か? 何かあったか? 話聞くぞ? 飯でも一緒に行くか? もちろん奢るぞ? とか言えよ!!」
「注文の多い料理店かよ」
「優しさ! 優しさと癒やしが欲しい!!」
「ねぇちょっとまっつぁん、お前の相方とうとう壊れたんだけど何とかしなよ」
「うるせぇ」
「誰一人まともな会話できねぇのかよ」

 カオスと化した喫煙所内。助けは来ない。

「ねぇミヤビ、折れたプライドは接骨院で治るの? ねぇー!!」
「人間を構成する骨格の名称にプライドは存在しねぇんだよなぁ。接骨院困らせんなよ」
「折れたならまず整形外科だろ」
「外科に来られても困るだろ。とりあえずお前ら脳外科か心療内科行け」

『プライドが折れたんです』って受付で言ってみろ。おもしろすぎる。

「ミヤビひどい! 急患なのに! お客様の中にお医者様はいらっしゃいませんかー!! お前の事だよ!!」
「あ、そういやそうだったな」
「お前らホントいい加減にしろよ」

 理由は知ってるが、ウザ絡みが過ぎる。

「それで? 訓練で一人だけの犯人役にボコボコにされた感想は?」
「やっぱ知ってんじゃん! お前もグルか!!」
「公安ってバケモノまで飼ってんのかよ」
「言っとくがそのバケモノ、微塵も本気出してないからな?」
「「は??」」

『タナトス』状態でファイトしたら、存在すらごっそり消されるからな? たぶんアイツはそんなことしないだろうけど。

「……どうなってんだよ。そんなのどう制圧すりゃいいんだよ……」
「遺書書き直すか……」
「お前ら訓練の時、何て説明受けたんだ?」
「……『想定できる事態の一つ』って」
「あー、なるほどな。それで制圧出来なかったとなりゃ、別の作戦になるだろうから気にすんなよ」
「そういう問題じゃないの! 一人だけしか居ないのに制圧出来ないとか!」
「あの狐面野郎……チョロチョロしやがって……あと少しで捕まえられたのに」

 澪は認知阻害した上で、狐面を被っていたらしい。ツナギを来た狐面。怪しすぎる。

「落ち込むなって。ちゃんと飼われてるだけマシだろ?」
「確かに……あんなの野放しになってたら怖すぎる」
「何の訓練したらあんな動きできるの……」

 そりゃまぁ、例の会でひたすら人外との戦闘訓練させられるからなぁ。能力なしでも人間相手にワンマンアーミーくらい出来なきゃ死ぬ。会の常識、人間の非常識。これはテストに出ません。




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