御庭番
 とある郊外の雑居ビル。

 照明が落ち非常灯だけの光源の中を、一つの影が音もなく駆ける。

 突然の暗闇に手近な武器を携え右往左往する屈強な男たち。すれ違いざまに鯉口を切り、彼らが持つ武器を全て無力化する。

 誰一人として影の存在に気付かない。

 そんな男たちの脇を潜り頭上を飛び越え壁を走り階段を下り、地下の突き当たりにある一つのドアの前に辿り着くと、また静かに鯉口を切った。

 *

 無力化した男女の手足を特殊な拘束具を使って拘束し、今し方入ってきたばかりの扉に向き直る。

「……こちら『御庭番』、標的の捕縛を完了。突入を許可する」

 一拍遅れて無線機から応答。

『……了解、作戦を開始する』

 その声の後、照明が復活する。

 一瞬眩んだ視界に数度瞬きをして。

 居合の構えのまま、呼吸を深く、深く。

 上階で男たちの騒ぐ声と物音、そして銃声。

 こちらへと向かってくる足音に意識を集中し、扉を開けた瞬間に、男の首筋に峰を当てる。

 昏倒した男を踏み台に廊下へ躍り出ると、通路に居た三人から一斉に銃口を向けられたが、残念なことに本来ある筈のその銃口の先は、滑らかな断面で途切れていた。

 その事にやっと気が付いた男たちの顔が引きつる。

 すらりと半透明の刀身を光に翳しながら、謳う様に言の葉を紡ぐ。

「……見られたからには、生かしてはおかぬ」

 男たちが悲鳴を上げる前に、意識を刈り取った。

 * *

「……なんだ、拍子抜けだったな」

 黒い狐面を顔の横にずらしながら、羽織り姿の『御庭番』が呆れた声を出す。

 瞳と同じ濡羽色の長着に、襦袢と帯は海碧色。袖を抜いた花紺青の羽織の裏地には菊と桜と彼岸花。狐面の下から現れたのは、目張りと唇を紅で彩った、どこか浮世離れした美しい(かんばせ)。長い黒髪はうなじで結われ、まるで尾の様にさらりと揺れる。腰の刀に左腕を預けた『御庭番』は、降谷に小首を傾げて見せた。

「拍子抜けって……お前が単騎先行してから五分もしないうちに突入許可された俺の気持ちも考えてくれ。しかも銃火器は全て無力化済み、俺たちが入り口付近制圧する頃には二十人中半数以上終わってるとかどうなってるんだ……」
「だめだったか? 打ち合わせ通り奥から狩ったんだが」
「駄目ではないが……実戦だと本当に圧倒的だな」
「当然だろう? 場数が違うからな」

 彼女にしては珍しく、にこりと笑った顔は、どこか狐面にも似て。

「それにしても、あの台詞は何だ? こわすぎるだろ。風見たちが真っ青になってたぞ」
「……『見られたからには、生かしてはおかぬ』?」
「そう、それだ。お前が言うと本気で洒落にならない。こわすぎるからやめろ」
「せっかくそれっぽいのを考えたのに」
「……それも後で考えるか」

 むくれて紅を引いた薄い唇を尖らせる『御庭番』は、どう見てもやっぱり未成年なんだよなぁ、と降谷は困惑する。

 出会った頃から全く変わらないその風貌は、まるで彼女だけ、時間が止まっているかの様で。

 少しだけ、胸が騒ぐ降谷だった。

 * * *

 臨場要請で向かった先で、私とミヤは揃ってチベスナしていた。

「うわぁぁあん!! 俺やってないッス! 無実ッス! 姐さぁぁあん!! 信じて欲しいッス〜〜!!」
「うるっせぇんだよクソ駄犬が!!」

 ロキのローキックがヘルメスのスネに綺麗にキマる。駄洒落ではない。断じて。

「月夜、わんころ、何故ここにいるんだ……」
「聞いてくださいよぉ!! 月夜が酷いんスよぉぉおお!!」
「うるっさ……おい、月夜。ポチ公の散歩は禁止っつってんだろ」
「知らねぇよ。勝手に着いて来たんだよ」
「嘘ッス!! 無理矢理連れてこられたんスよぉぉおお!!」
「うぅ鼓膜が……わんころ、ステイ」
「ウッス」

 私が言うと、ヘルメスはピタリと口を閉じる。

「お騒がせしてすみません、どうぞ捜査を続けてください……」

 ヘルメスのあまりの騒がしさとロキのあまりの口の悪さに、好奇の目を向けていた捜査一課の面々と野次馬の方々に頭を下げる。

「ハァ……で? ここで何してたんだ? ポチ公は喋るな」
「ッチ、別にオレがどこで何してたってテメェに関係ねぇだろ。クソ駄犬は喋るな」
「月夜、何があったか話してもらわないと困る。わんころはそのまま」

 しょん、と肩を落としたヘルメスを無視して、三人で会話する。違うんだ、いじめじゃないんだ、いつものことなんだ。

「……クソ駄犬がチョロチョロしやがって、通行人にぶつかったらブッ倒れて死んだ。クソ駄犬は黙ってろ」
「ぶつかった? なら心臓震盪(commotio cordis)でも起こしたか……ポチ公は黙ってろ」
「となると、救急搬送先での結果待ちになるか。わんころは静かに」

 ふむ、と三人で首を傾げていると、こちらの様子を見ていた伊達アニキがやってきた。待って、今話しかけちゃダメだ!

「なぁ、その兄ちゃんに詳しい話を聞きてぇんだが……落ち着いたか? 大丈夫か?」


 まずい、耳を塞ぐんだ!


「だぁいじょうぶなわけないッスよぉぉおお!!!」



 あーうるさい。本当にうるさい。さすがは90dB。

「こら! わんころ!! ステイ!!!」
「ウッス」

 やめてくれ伊達アニキ。そんな目で見ないでくれ。別にそういうプレイじゃないから。

「ったく! 一々喧しいんだよ! このクソ駄犬がぁぁああ!!」
「ぎゃぁぁああ!! 痛いッス!! 足が!! 折れるッス〜〜〜!!!」
「おおっと、嬢ちゃん気持ちはわかるが暴力はダメだ!」
「離せよ! それにオレは男だ!!」

 それを聞いた皆様が揃ってハァ!? って顔をした。伊達アニキもびっくりしてる。見た目だけは儚い美少女なんだが、残念なことにロキは男なんだよ。

「……季月の知り合いは変わった奴が多いな」
「あぁ……否定はしない」

 なんかごめんな。

 *

 ロキとミヤ、私とヘルメスで別れてパトカーの中で事情聴取。

「わんころ、次叫んだら本気でおこるぞ」
「ウッス」
「はっは、それで兄ちゃん、まず名前を教えてくれるか?」
「狗飼 大和ッス!」
「あぁ、だからわんこか……それで、ぶつかった時の状況を教えてくれるか?」
「歩いてたらぶつかったッス!」
「ごめん伊達アニキ、この子こういう子なんだ」
「あぁ……はは……」

 ほんとごめんな、ロキから聞いた方が早いと思うんだけど。うーん、まぁ、仕方ない。

「状況報告!」
「サー! 月夜と並行し歩道左側を歩行中、対向の五十代の男性と右肩が接触、男性は右舷二時の方向に一歩後退、のちにその場で仰向けに転倒いたしました!」

 突然の豹変ぶりに伊達アニキが驚いている。

「…………サバゲー仲間なんだよ」

 とても苦しい言い訳をすると、何かを察してくれた伊達アニキは「そうか……」と納得してくれた。さすがアニキ、懐が広い。

「それにしても肩がぶつかっただけならば、心臓震盪はなかなか考え辛いな」
「だろうな、あとは防犯カメラか……」
「あ、姐さん! オレわかったッス!」
「何か見たのか?」
「見てないッス!」
「……それで?」
「あのオッサン、なんかめちゃ急いでたッス! 呼吸も何か変だったッス! あと目が血走ってキモかったッス!」
「なるほど、わからん」

 するとちょうど、パトカーの窓をミヤがノックした。三人で外に出ると、ミヤが肩を竦めて見せた。

 ロキとヘルメスを高木刑事に預け、私とミヤと伊達アニキで今聴いたことを擦り合わせる。

「月夜から聞いた感じも、事件性はないと思うがなぁ」
「ミヤ、ブルガダ症候群などの可能性は?」
「健康診断とか心電図の履歴があれば速攻わかる」
「伊達刑事、病院に確認を頼んでも?」
「あぁ、わかった」

 目暮警部のところへ行った伊達アニキの背中を見ながら、小声でミヤに話し掛ける。

「診断では何かしらの心疾患が出ると思うけど、あれは呪具触った感じだな。よくよく見ればヘルメスの肩に残滓が少し残ってる」
「呪具か……姫御前の管轄だな。ロキに言っとくか、ってどうせ聞こえてんだろうけど」
「そうだな。全く……何でよりによってあの二人なんだ……」
「あの二人の組み合わせも中々の事件吸引体質だからなぁ。だからポチ公の散歩禁止だって言ってんのに」

 二人で肩を落としていると、向こうの方から「全部聞こえてんだよ!!」とロキが叫んだ。さすが地獄耳。

 * * *

 もう何度目になるかわからないが、とりあえず今日は某組織の元大幹部との面会の日だった。

「……元気そうだな?」

 アクリル板の向こうに座る、目つきの悪い銀髪の男に話し掛けると、ギロリと睨まれた。

「テメェ、前回すっぽかしやがって……バーボンとスコッチと話す事なんざねぇんだよ」
「ごめんて。ちょっと忙しかったんだよ」
「うるせぇ」

 これは随分とご機嫌斜めのご様子。

「それで、二人から説明は受けたのだな? その答えを聞きたいんだが」
「チッ……俺に首輪をつけて飼い慣らそうなんざ、百年早ぇんだよ」
「そうか。それは残念だ」

 そう言って席を立とうとすると、向こう側からアクリル板を殴る音。やめろ、怒られるぞ。

「……言いたい事があるなら手を出す前に口で言え。ちゃんと聞くから」
「………………」
「それで、どうするんだ?」
「………………」
「言ってくれないと、わからないんだが?」
「…………その取引を受けたとして」
「うん。受けたとして?」
「……テメェの損にはならねぇんだな?」
「そうだな、もしなるんだったらそもそも取引を持ち掛けない。わかっているだろう?」
「………チッ」
 
 うーん、この舌打ちの感じは了承の意。なんだけど……はぁ。

「あのな、キミがちゃんと喋ってくれないと、この後の手続きが出来ないんだよ」
「…………」
「そうか、よくわかった。この話は白紙にしよう。それではご機嫌よう」
「……待て」
「……はぁ。これで最後だからな?」

 椅子に座り直し、目の前の男の双眸を深く覗き込む。その両目に映った自分の赤と青を確かめたあと、口を開く。

「これは試運転に過ぎないんだよねぇ。これで特例が認められれば、ボクも今後動きやすくなる。その過程で、キミがボクたちの望んだ以上の結果を出せるなら、特例の特例も認められるかもね?」

 少しだけ言の葉に力を込めると、目の前の男はうっそりと深く笑みを刻んだ。

 ……はぁ。バーボンめ……結局まだ、ボクは完全には死ねないままなんだよなぁ。

 * * *

「風見さんが無断欠勤??」

 特派の部屋で電話を受けた私は、電話口でのヒロの言葉を思わず声に出して反芻する。

『電話しても出なくてなあ。ゼロが今自宅のマンションに安否確認に行ってるんだけど……何も聞いてないよな?』
「あぁ、何も。まさか過労で倒れてるとかじゃ無いよな……」
『俺もゼロもそう思ってさ、ゼロが慌てて飛んでったから、とりあえず俺は捜査室で待機してる』
「風見さんが帰ったのはいつ?」
『昨日の二十二時過ぎだったかなあ……多分、真っ直ぐ帰ったと思うんだけど』
「そうか……ゼロから連絡来たら教えてくれるか?」
『わかった。また連絡する』

 通話を切ると、それを聞いていたミヤが怪訝な顔で私を見ていた。

「カザミさん、激務に耐えかねて、とうとうブチ切れて家出したんじゃね?」
「こら、ミヤ。風見さんはそんな無責任な事しないぞ」
「生真面目が服着たような感じだもんなぁ。過労死って二階級特進すんの?」
「縁起でも無いこと言うな。失礼だろ」
「でもあの部署で働いてたらあり得るだろ。フルヤくんたちもだけど」

 ぐうの音も出ないとはこの事か。環境改善しようにも万年人手不足だからな……どうしたものか。

 そんな事を考えながら書類をめくっていると、今度はゼロから着信。

『雨音、今出てこれるか』
「どうした? 風見さんのところに行ったんじゃないのか?」
『いや、さっき着いたから中に入ったんだが……居ない。靴も鞄も携帯も置いたまま、風見本体だけ居ない』
「何だと? まさか、誘拐?」
『一応マンションの防犯カメラを見せてもらったんだが、昨日の二十三時に風見が部屋に入ってから、誰も出入りしていない』
「……わかった、すぐに行く」
『場所はわかるか?』
「あぁ。前に何度かお邪魔したから」
『は? 初耳なんだが?』
「えっ……それも報告義務あったのか?」
『いや……別に無いが……とりあえず、風見を見つけない事にはどうしようもないな』
「そうだな。今から向かう」

 通話を切って、鞄を引っ掛ける。

「ちょっと行ってくるから、ここは頼むよ」
「あいよ、いってらー」

 ひらひらと手を振るミヤを置いて、風見さんのマンションへと急いだ。

 * 

 風見の部屋へ入った途端、雨音が顔をしかめた。

「……雨音?」
「……エウレカ、エウレカ」
「なっ!? まさか!!」

 もしかしなくても例の会案件か!?

「何で風見さんが……すまないが、ちょっと連絡を入れていいか?」
「あぁ……わかった」

 靴を脱いで室内へ入った雨音が、左手で空中を捻る動作をする。

「私だ。姫御前に繋いでくれ」
《了解しました》

 合成音声のような声が、何もない空間から聞こえた。相変わらず謎すぎる。

『おや、狐巫女。何か用かえ?』
「姫御前、最近妖物の神域に出入りした人間は居るか」
『ふむ、斯様な者は居なかった筈じゃが。何ぞ、また神隠しかえ。面倒よな』
「本当にな。妖の気配があるんだが、こちらで処理していいか」
『好きにせい。こちは忙し』
「そうか、わかった」
『あぁ、狐巫女。その男はこちの好みじゃ。喰ろうて良いか』
「駄目だ」
『なぁに、贅沢は言わぬ。腕の一本で良い』
「駄目だ。髪の毛一本でも取ってみろ。その首を刎ねる」
『おぉ、怖や怖や。冗談じゃ。ぬしの加護者を喰ろう程愚かでは無いからに』
「わかっているなら最初から言うな。ではな」

 そう言うと、雨音はまた空中で左手を捻る動作をしたあと、俺の顔をまじまじと見る。

「……超絶面食いの姫御前が人間を気に入るのは珍しいな。ミヤも合わせて三人目か」
「待て、今の会話で食うとか言ってたのってまさか俺の事か」
「あぁ。でも大丈夫だから安心していい。それより……風見さんの事なんだが」

 寝室の隅の空っぽのベッドを眺めながら、雨音が眉を寄せて口を噤む。

「……さっき、妖がどうとか言ってたな。妖怪か何かなのか?」
「いや、まだわからないが……残った気配がな、風見さんではない人間の分と、妖のもの、両方なんだ。人間に取り憑いたか、肉体を奪ったか、恐らくどちらかだろう」

 雨音が目蓋を閉じ、開く。

 久しぶりに見る赤と青の双眸が、何かを追うようにゆっくりと虚空をなぞる。

「……何してるんだ?」
「あぁ、影を見ている。風見さんの。過去視と言った方が分かりやすいか」
「過去視……」
「帰ってきて、そのままベッドに直行したのか。フラフラだな、可哀想に」

 確かに、俺が来た時には玄関の靴も揃ってなかったし、鞄も部屋の入り口に投げ捨てられ、携帯はベッドの横に落ちていた。

 暫く無言になっていた雨音が、バッ! とリビングを振り返る。

「……『落果』?」

 フローリングの床を見て呟き、また視線を動かして……再びベッドの上へ。

「……まだ引き戻せるか」

 言うか早いか、ベッドへ飛び乗ると両手をマットレスの中に突っ込み……えっ? は??

「降谷! 手伝え!!」

 叫んだ雨音に引っ張られるように、風見が生えていた。マットレスから、風見が??

「ゼロ! 早く! 重い!!」
「あ、あぁ!!」

 弾かれるように俺も風見を引っ張ると、マットレスから引き摺り出された風見が床に転がる。

 呆ける俺を無視して、雨音が素早く意識のない風見の脈と呼吸を確認すると、両頬をペチペチと叩く。

「風見さん! 風見さん!! 起きて!」

 風見の反応はない。

「仕方ない……“境寿巫が呼ばわるは、風見裕也”!」

 雨音が一喝すると、風見の両眼がパチリと見開かれる。

 そしてそれを覗き込むように雨音が顔を近づけた。いや、いくら何でも近すぎないか?

「……生身で降ろしたのか。名が見えない。それにしてもだいぶ取られてるな……早く探さないと」

 ブツブツと何かを呟いたあと、雨音が顔を上げる。風見はまた両眼を閉じ、今度は寝息を立てて眠っているようだ。

「降谷、風見さんをベッドへ寝かせてくれるか。さすがに床は可哀想だ」
「あぁ、わかった」

 俺が風見をベッドへ持ち上げていると、雨音は部屋の四隅で両手を打ち合わせた。

「……何してるんだ?」
「ん? あぁ、柏手を打って結界を張ったんだ。これで暫くは悪いものは入ってこれない」
「結界……」

 そんな事まで……いや、もういい。
 
「それで、風見はどうしたんだ?」
「だいぶ魂を取られてるから、取り戻さないと起きない。探して来るから……あぁ、そうか。二呼(にこ)、居るか」
《《御前に》》

 赤と青、色違いの狐面の羽織り姿。まるで『御庭番』の様な格好の……なんだこいつら、どっから湧いた?

「……雨音、これはさすがに説明して欲しい」
「え、どこから?」
「最初からだな。状況理解が全く追いつかない」
「えぇ……時間が惜しいから、諫早」
《はっ》
「降谷に説明を。東雲は私と共に来い」
《《御意》》

 そうして、雨音は右手を弾いて消えた。

 * * *

 犯罪都市、東都。

 そう揶揄されるくらいには犯罪率がバグっているこの町は、本当に殺意が高すぎるんだよなぁ。

 みんな沸点低すぎな? 殺す前に関係改善を試みな? と、目の前の女に心の中でぼやく。

「あなたを殺して私も死ぬ」

 ここは米花町。時刻は昼を少し回った頃。

 白昼堂々こんな事を言われるのはあまり気分が良くないし、ここは割と人通りの多い往来のど真ん中。

「なぁ、今のって脅迫罪? 強要罪?」
「脅迫罪だな。今のに続けて交際の継続を迫ったりしたら強要罪になる」
「へぇ。そもそも交際してない場合は?」
「付き纏いが立証できるならストーカー規制法違反が適用になる可能性が出てくる」
「ふぅん。とりあえずめんどくさいから銃刀法違反で現行犯逮捕でいい?」
「あぁ。公務執行妨害でもいいけど」

 女の手を捻ってナイフを地面に落とし、腰の手錠ホルスターから手錠を取り出して、現時刻と罪状を述べてからそれを両手首にかける。

 女は項垂れたまま動かない。

 澪が所轄に連絡してくれたので、ここへすぐ着くらしい。

 人の目が多すぎたので、自分のスーツの上着を頭から女に被せて歩道の端に寄ると、女は蹲りグズグズと泣き始めた。

 色々言いたい事があるが、逆上されたら面倒なので、俺も澪も口を噤む。

 少し待つと、赤色灯だけを回したパトカーが到着した。

 ダテくんとタカギくんに女を引き渡す。

「同乗するか?」
「いや、まだ用事が終わってないんだよ。悪いけど頼むわ」
「そうか……それで、あの被疑者は隼雀の知り合いか?」
「顔も名前も知らない初対面の人間って知り合いに入んの?」
「わかった。後で詳しい状況聞かせてくれ」
「あいよ」

 パトカーを見送って、澪と並んで目的地へ向かう。

「なぁ、さっきの女どう思う?」
「少なくとも自分の意思ではないだろうな」
「だよなぁ。じゃあなんでお前狙われたの?」
「心当たりがあるとすれば……この前のキャバクラの黒服だろうな」
「あー……それで? 飯は行ったのか」
「いや、行ってない」
「それで痺れ切らして女けしかけたんじゃね?」
「かもな。今あの黒服の素性を調べてる途中なんだが……ちょっと公安の案件になりそうだ」
「うぇー、なんつーもん釣ってんだよ」
「釣ったつもりは無いんだよな……」

 眉根を寄せた澪が、心底うんざりしたように言った。

「次から次へとタスクばかり増えていく……自分で選んだ事と言え、さすがにこれは骨が折れる」

 そんな幼馴染みに、けらけらと笑いながら答える。

「いいんじゃねぇの。それが、人生ってモンだろ」
 
 適当に返した俺の言葉に、幼馴染みは真面目な顔で「そうかもな」と呟いた。




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