さよならの前に



 三日後に差し迫った世紀の大捕物を前に、緊張感漂う捜査会議室に足を踏み入れると、いつもとは違う格好をした私に視線が刺さる。

 それを無視して中央の会議テーブルへと真っ直ぐと歩みを進め、そこで最終調整の指揮を執っていたゼロの後ろで立ち止まると、隣に居た赤井秀一が先に私に気付き眉根を寄せて睨んできた。

「……降谷くん、確かここは部外者立ち入り禁止だったのではなかったか?」

 皮肉たっぷりに言われ、私に気付いたゼロが鼻で笑った。煽りよる。

「どうした? 雨音」
「話があるから時間をくれ。すぐ済む」
「わかった」

 私の名を呼んだゼロと、いつもの地味な格好ではない私を見比べ、信じられない、と顔に貼り付ける赤井秀一を始めとしたほかの捜査官を置いて、連れ立って例の電波暗室へと向かう。

「それで、どうなった?」
「ボスとラムは拘束した。今ロキとノアくんが二人のダミー人格作って工作中。絶対バレないから安心していい」
「……そうか。他の幹部は?」
「ジンとウォッカはベルモットと一緒に行動中。その他も今のところは普段通りだった」
「わかった。最終調整が終わり次第俺たちも行こう。あとは手筈通りに」
「了解した」

 二人で捜査会議室に戻り、ゼロは中央に、私は壁側の日本の捜査ブースへと向かう。ミヤとヒロは先に潜入しているので、次にここで会うのは組織壊滅の事後処理をする時だろう。

 完全勝利確定の出来レース。それを知るのは日本側の数人のみ。それ以外の人々の不安材料であるスピリタスの事は、不思議なことにこの会議では一切触れられなかった。

 理由は何故か。
 答えは簡単、軍部が動いていたから。
 しかし残念ながら既に解散済み。

 ちなみに軍部に圧力を掛けて解散させたのはもちろん『黄昏の会』である。徹底的に箝口令も敷いたので、解散の情報は作戦決行時まで知られる事は無いだろうが。

 これからの行動を頭の中でトレースしながら事後処理に必要になるであろう書類や資料のリストを打ち込んでいると、視界の端に赤井秀一を捉えた。おいおい、会議中だったろ、何しに来た。

「……先程は失礼した。まるで別人だったものでな。ところで、君も降谷くんと同行すると聞いたが、まさか潜入調査まで出来るとは…恐れ入ったよ」
「すみませんが、私は壁ではないので声を掛ける相手をお間違えなのでは?」
「手厳しいな。君は前線に出るんだ、少しくらいサポート役との親睦を深めた方が安心するんじゃないのか?」
「別に私を狙ってスナイプしてもいいんですよ?貴方に出来るならの話ですが」

 私の言葉をどう受け取ったのかは知らないが、隣のミヤがいた席の椅子を引き、こちらを向いて座った赤井秀一に思わず顔をしかめる。何故座ったし。

「面白い冗談だが、君が怪我をするのは降谷くん達の本意ではないだろう」
「お言葉ですが、私はこれまで潜入調査で一度も怪我をしたことが無いんですよ。残念ながら」
「ホゥ、それはそれは。腕がいいのか、運がいいのか、それともその両方か。まぁ、君に片手で捻りあげられた俺が言うことでは無いが」
「その通りなので持ち場に戻って頂けますか」
「まぁ、そう言うな。しばらく会えなくなるだろう?」
「別にあと一生会わなくても不自由はないです」
「フッ……嫌われたものだな」

 わかってるなら帰ってくれないかなぁ。おーいFBIの皆さん、お仲間がサボってますよー、はやく回収してください。

「しかし、そうなる様にわざと我々を誘導しただろう。君は本当に面白いな。表の指揮官に降谷くんを据え、裏では君が糸を引く。君の渾名も伊達ではないな」
「……そのような事は身に覚えがありませんし、次にその渾名の事を話題にしたら本気で怒りますよ」
「おや、お気に召さなかったのか?」
「生憎、私はそんな大仰な渾名を賜る立場ではないので」
「……君たち日本人は本当に生真面目だな」
「確か貴方にも半分その血が流れている筈なんですけれどね? どこに流れて行ったんでしょうね、お父様の方の血は」

 ビシッ、と赤井秀一の顔が強張る。そして殺気の篭った眼差しで私を見据えた。

「君たちは……どこまで知っているんだ?」
「心配せずとも極一部の人たちしか知りませんよ。お母様の事も」
「……ッ! なぜ、それを……」
「解毒剤を作ったの、貴方が『こんな奴』と言った人だからですかね」

 手を止め、私も赤井秀一を睨み返す。ミヤは確かにあんな奴だけど、深く知りもしないでそんな事を言われるのは腹立たしい。ゼロからその話を聞いて根に持っていたのだ。

「そうか……彼が……」
「だから言ったでしょう、我々をあまり侮らないでいただきたい、と」
「そうだな、すまなかった。こちらの敗因は君たちを侮り過ぎた事か」
「相変わらずおかしな事を言いますね。確かに国益の為と有利に作戦を推し進める必要はあったでしょうが、別に勝負をする必要はないのでは?」
「フッ……変わった人だな、君は」
「よく言われます。が、貴方にはあまり言われたくないです」

 ツンとそっぽを向くと、また小さく笑われた。遺憾の意。

「……ひとつ、聞いてもいいか」
「ダメって言っても聞くんですよね、知ってます」
「あの事を話したら、『記憶をごっそり』消しに来るのか?」
「……はい?」



 えっ? もしかしてバレてる? なんで??

 いや待て、カマかけてるのかも?

 とりあえず、全力で誤魔化すんだ……!

「あの事とは……? 別に話されて困る様な事に心当たりが無いのですが」
「ホォー? 本当に?」
「……? …………たぶん? 貴方を捻り上げた以外の粗相は無かったと思うのですが」
「……ふむ、予想が外れたか。いや、俺の気のせいだった様だ。忘れてくれ」

 あっぶなー!! やっぱりカマかけてたのか!! ライこのやろー!!!

「はぁ。そろそろお戻りになっては? 先程からスターリング捜査官が熱い視線を送ってくるんですが」
「……そう、だな……いや、まだ大丈夫だ」
「何が大丈夫かは知らないですけど、とりあえず私も作業があるのでそろそろ退散していただきたいのですが」
「やれやれ……相変わらずつれない態度だ」
「もう何言われても無視しますからね」

 内心冷や汗をかきながら、絶対に表情に出さないよう言葉を返す。何がやれやれだよ!!

 そのあとすぐにゼロが来て、赤井秀一は会議テーブルへと引っ張られて行った。やれやれだよ!!

 何だかとても疲れた。だがやる事は山積みだ。黙々とキーボードを叩いていると、モニターの端からデフォルメされた男の子のキャラクターが顔を出す。ノアくんだ。

 【おわったよ!】と頭の上に吹き出しのアイコンを付けたノアくんが、画面の隅でぴょこぴょこ跳ねる。かわいい。ノアくんの足元の文字入力スペースに【ありがとう、お疲れさま。ロキに後で連絡するって伝えておいて】と入力すると、【わかった! またあとでね!】とノアくんは画面の外へと去って行った。

 さて。作業が終わったとなれば作戦決行までロキの手が空いたという事か。今のうちに別の案件でも振るか。でもその前に本部に回したヘルメスの報告聞かなきゃな。うん。

 黒の組織のツートップが手を出したのは、所謂『禁書』と呼ばれる代物で、全百巻ある。ナンバーが若いほど危険なものであり、今回ボスから回収したのは八十二巻『憧憬』。この話は割と長くなるので割愛。

 とりあえず事後処理で必要になりそうなものリストを風見さんにも送信、パソコンをシャットダウンする。私も中央の会議テーブルへと向かうと、何やら揉めている様子だった。

 会話を拾うと、どうやらジンとスピリタスの事でゼロと赤井秀一が揉めている。なんでや。

「だから! その事はもう決まったと言ってるだろ! 今更蒸し返すな!」
「しかし、スピリタスがどう出るかわからない以上、ジンを追い込む駒は多い方がいいだろう!」

 えぇ……嘘だろ……その話何回したと思ってんの。愛しのジンに会いたいのわかるけど、あまりに収拾つかなくて私にお鉢が回ってきたの忘れたのか? やめてよぉ。

 ジト目で睨んでいると、私に気が付いた二人がこちらを向いた。

「雨音、お前からも撤退した奴の出る幕は無いと言ってやれ!」
「彼女は優秀かも知れないが、俺の方が彼らを知っている!」

 サラウンドで叫ばれた。なんでや。

「……赤井秀一捜査官。私と降谷はこれから死地に赴かなければならないのですが、何度も何度も議論され決定までしたその話題を今更蒸し返す理由はなんでしょうか」
「だから、ジンとスピリタスの行動を知っている人間が奴らを追い詰めた方がいいと言っているんだ」
「お言葉ですが、NOCがばれて偽装死までした貴方が現場に居ると混乱の元にしかなりません。それにジンは貴方を相当目の敵にしていたそうですね? そんな貴方が突然現れたら、どんな無茶な手を使うかわからないと思いませんか」
「それは……そうかも知れないが、しかし、見ず知らずの君が居ても不審に思われるのも同じだろう。変に勘繰られてこちらの作戦が露呈するのはもっとまずいんじゃ無いのか? それにもしスピリタスが居たらどうする、アイツは人の心が読めるんだぞ?」

 うーん、本当の事を隠してるからそう思うのも無理はないんだけど……だからって蒸し返すなよ。時間は有限なんだぞ。

「はぁ……降谷、もう言っていいよな? ジンがバーボンに依頼した事」
「あぁ、お前がいいなら構わないだろう」
「……何? どう言う事だ」
「前に一度バーでジンに声をかけられた。その後バーボンに私を探すように頼んだそうだ。だから私が今回バーボンと同行するのは不審には思われない」
「なっ……!? なぜそんなに大事な事を黙っていた!」
「ジンに会ったのは全くの偶然な上に完全に私のプライベートの時だ。降谷たちには話したから報告義務は果たしてあるし、そもそもこの決定事項を蒸し返さなければ話さなくて済んだ事柄だ」
「スピリタスの方は一番懐いている隼雀に任せてあるから問題ない。これでわかっただろう、赤井秀一。お前はサポートだ。勝手な真似は許さない」
「クッ……しかし、決行してからでも前線に赴くのは許されないのか」

 まだ言うか。頼むから引いてくれよ。

「許すと思いますか? そんなに潜入している人間を死の危険に晒したいですか? 自分一人の我儘で他の捜査官たちが連日連夜練り上げた作戦を台無しにしたいですか? どうなんですか、赤井秀一捜査官」
「俺は……そんなつもりでは……」
「貴方が言っているのはそう言う事です。何故現在進行形で潜り続けている人間の意見を聞かないんですか? この話題についてこれ以上の議論は不要です。降谷、あとどのくらい掛かる?そろそろ準備しないと」
「あぁ、もうすぐ終わるから待っててくれ」
「了解した」

 会議室を出て行く赤井秀一の背中を横目で見ながら、私とゼロはため息をついた。


 * * *


 スピリタスな私は組織御用達のBARに向かっていた。手筈では先にバーボンと雨音に扮したロキが居るはずだが、撃たれてないか少し心配ではある。

「やっほー! って、あれ? 新入り?」

 元気よく扉を開け、小首を傾げると、バーボンが肩を竦める。

「ジンに頼まれていた子猫を連れてきただけですよ」
「ふーん? 飼うの? ジンってそんな趣味あったんだぁ……うへぇ」
「あるわけねぇだろ、殺すぞ」

 あからさまに嫌な顔をしたジンを無視して、カウンターに居たバーボンの隣に座る。

 壁に寄り掛かっていたベルモットがチラリと私を見た。彼女には事前に私がスピリタスである事を打ち明けてある。バーボンの掴んだ彼女の秘密で今回こちら側に引き込んだのだが、万一の保険として『おはなし』したところ、彼女にしては珍しく顔色を悪くしたのは記憶に新しい。

「ねぇバーボン、あのおねーさんどうすんの? ジンに食べられちゃうの?」
「さぁ? 僕は連れてこいと言われただけなので」
「ふーん? でもジンって甲斐性なさそうだよね」

 バーボンがむせた。ベルモットは口元に手を当ててクスクス笑っている。雨音ロキは終始チベスナ。ちなみにジンには撃たれた。

 振り向きながら左手で空薬莢を弾く。ロキはちゃんとびっくりした演技をしている。さて、作戦通りロキをジンから離さないと。

「ジン、ボクもそのおねーさんと遊びたいなぁ?」
「駄目だ」
「えー、なんで?」
「駄目だからだ」
「おねーさんは? ボクと遊びたいよねぇ?」
「……いや、私は誰とも遊ぶつもりはないし早く帰りたいんだが」
「おやぁ、フラれちゃったねぇ、ジン」

 けらけら笑うと、ジンからもう一発鉛玉をお見舞いされる。やめろっての。

「そんなことするからおねーさんに嫌われるんだよ? ほら、かわいそうに。びっくりしてるじゃん」
「……スピリタス、多分アナタが撃たれてるのにピンピンしてるのが驚きなんだと思いますよ」
「あー、そっちかぁ。え、そうなの?」
「……え、あ、どっちも……? というか、何故私がここにいるんだ? この事は誰にも何も言わないから帰っても?」
「駄目だ」

 まぁ、ですよねぇ。
 ゴーグルをずらして首に掛けると、ジンがギロリと睨んできたので、右手の指を二本立てて見せる。

「スピリタス、テメェ何する気だ」
「……二発」
「あ?」
「さっきジン、ボクに二発撃ち込んだよね?だからボク、おねーさんのこと二日隠すよ」
「なっ!?」

 パチン! と右手を弾く。そういえばこの能力は初めて見せたよねぇ、みんな驚いた顔をしている。

「……消え、た……?」
「スピリタス! テメェ!」
「だいじょーぶだよぉ、二日後に返すからぁ」
「ねぇ、スピリタス……彼女をどこへ消したの……?」
「八次元だよぉ。だいじょーぶ、身体に影響はないし、時間も止まってるから」
「……スピリタス、今すぐ戻せ」
「やだね。ボクに鉛玉撃ち込むのやめてって前から言ってるのにやめないからだよ」

 ぷいとそっぽを向くと、ジンが殺気立つ。

「次やったら、今度はジンのこと隠すから」

 そう言い残してBARを出て、元の姿に戻ったロキと合流すると一旦自分のセーフハウスへと向かう。

「何アイツ、ヤバすぎ。ホントにお前変態ホイホイだな」
「失礼だなぁ。で、首尾は?」
「上々。なかなかいい仕事したぜ?拘束した奴らは今本部で聴取中」
「聴取? あれ、姫御前戻ってないよね? 誰が?」
「オズ」
「うへぇ……かわいそ。ミヤとヘルメス先に着いてるはずだから、報告聞いたら降谷たちと合流する」
「了解」


 * * *



 組織壊滅作戦決行前夜。

 スピリタスは、東都タワーの天辺で、最後の時を待っていた。

「やっと終わりだ。長かった」

 これでようやく、約束が果たせる。

「次は、何をしようか」

 人間の時間は有限だ。

「さよなら、スピリタス」



 ……もうすぐ、怪物は舞台を降りる。




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