Tableau
 黒の組織が壊滅したその日。




 怪物スピリタスは、望んだ通りの終わりを迎えた。




 * * *



 ──[ノイズ。炎の爆ぜる音]



「……ねぇ、バーボン」

「頼みが、あるよぉ」

「あのねぇ、ボク……もう、疲れちゃったんだよねぇ」

「だからさぁ、バーボン」

「ボクねぇ、ゆっくり寝たいんだぁ」

「それでさぁ……もし、次に目が覚めたらね」

「ボクは、普通の……人間で」

「怪物なんかじゃ、なくて」

「……そしたらさぁ、今度はバーボンたちと」

「ホントのお友達に、なれるかなぁ……?」



 ──[炎の爆ぜる音]



『……そう、ですね……その時は、是非』

『はじめましての挨拶をして』

『本当の名前を教え合って……握手をして』

『それから……お友達になりましょう』

『……必ず、仲良くなれますよ』

『アナタはきっと、我儘でしょうから』

『僕がちゃんと、叱ってあげますよ』

『喧嘩をして……仲直りをして』

『それでもずっと、一緒に居ましょう』



 ──[沈黙。やがて、甲が小さく笑う音]



「……ありがと。バーボン」

「だったらさぁ……はじめましての前に」

「さよなら、って言わなきゃねぇ」

「スコッチたちにも……伝えといて欲しいなぁ」



 ──[乙が息を飲む音]



「……さよなら、バーボン」

『……えぇ……良い夢を』



 ──[【削除済み】]



『どうか……どうかせめて、安らかに……おやすみなさい、スピリタス』




 ──[音声終了]──




 * * *



 取調室に居るのは、長かった銀色の髪をバッサリ切られた目つきの悪い男。

 その向かいに座る私と、その後ろに立つゼロ。

 マジックミラーの裏には黒田さんとヒロ、風見さん。それ以外は目も耳も一切なし。

「……取調を始めます」

 定型の口上を述べ、目の前の男の反応を伺う。

「……テメェもバーボンもスコッチも、公安の犬だったとはな」
「えぇ、日本の警察は優秀なので。それで、お話する気にはなりましたか?」
「……テメェらに話す事はねぇ」
「そうですか。でしたら……仕方ないですね」

 息を吐き、目蓋を伏せ、ゆっくりと開く。

「……な、ッ……!?」
「あっは。びっくりしたぁ? ねぇねぇ、ジン。今、どんな気持ち?」
「……スピリタス!? ……ッハ! そういう事か!」
「で? 自分で話すのとボクに思考読まれるの、どっちがいいのかなぁ?」
「ククッ……なるほどな……」
「あ、そうそう、ボク表向きは死んだことになってるから、ナイショだよぉ?」

 しー、と唇に人差し指を当てると、ジンは目を細めた。組織では決して見せることのなかったその表情に、いつか視た彼の過去を想う。

「……テメェを拾ったのが運の尽き、か」
「どうかなぁ、ジンはそう思う?」
「……どうだかな」
「ねぇ、ジン。昔ボクに言ったこと覚えてる?」
「…………」
「……忘れちゃったかな。まぁ、別にいいや。それで、さっきの返事、聞いてないんだけどなぁ?」
「……テメェになら」
「うん?」
「テメェになら、話す。それ以外は駄目だ」
「えー、めんどくさ……」
「ア゛ァ?」
「はーい、よろこんでぇ!」

 けたけた笑いながら、また目蓋を閉じる。

「……ご協力ありがとうございます。次回の聴取は私の方の都合がありますので、調整してお伝え致します」
「……オイ」
「何でしょうか」
「テメェの、生きる理由は見つかったのか」

 あぁ、ほら、やっぱり覚えてた。

「……死ぬまでには、見付ける心算です」


 *


 取調にひどく手古摺っていた組織の大幹部を、十分も経たない内に籠絡し終えた雨音が、深いため息をつく。

「あれぇ……? おっかしいな……ボク、確か死んだはずなんだけどなぁ……?」
「おい、中身(スピリタス)が漏れてるぞ。それに世間的にはちゃんと死んだことになってるから約束は果たした。問題ない」
「うーん? 何だかなぁ……て言うか、これからジンの取調、全部私がやるの? ウソでしょ? 正気か?」
「ご指名なんだから仕方ないだろ、諦めろ。ベルモットも俺とヒロとお前と隼雀以外の取調は黙秘するって言ってるしな」
「うへぇ。勘弁してよぉ……これからどんだけ書類に埋もれると思ってんの……? いつお家に帰れんの? もういっそここに住所移す?」
「あー、はは……ご愁傷様」
「……ヒロ、後で覚えてなよ?」
「そもそも、死んだはずの幹部をことごとく隠してたお前が悪い」
「えぇ……良かれと思ってやったのにぃ……よっしゃ、もっかい隠すか」
「「絶対にやめろ」」

 そう。ピスコを始めアイリッシュやカルバドス、果てはイーサン・本堂までをもスピリタスは隠して保護していた。

「うへぇ。SAN値ごっそり削れた……ロールします……」
「……たまにその言葉聞くけど、それは何のゲームなんだ?」
「あーあ……今ヒロ、フラグ立てたからな? 知らんぞ」
「えっ!? うそだろ、何の!? こわっ!!」
「骨は拾ってやる」
「巻き込まれたら骨すら残らないけどな」
「ひえ」

 雨音が言うと……いや、やめておこう。

「……さっき、ジンが言ってた事……」
「……後で教えるよ」

 生きる理由。

 怪物スピリタスが、死んだ今。

 雨音の生きる理由の一つに、なれるだろうか。


 * * *



「次から次へと書類、書類、書類……なぁ、ヒロ。私もうお家に帰りたい……」
「そう言うな、澪が一番書類分類整理と事後処理報告書類作成の効率が良いんだ……お前が居なくなったら俺の心と脳味噌がしぬ……」
「何だこのデジャヴ……」

 げんなりしながらも二人の手は止まる事なくキーボードを叩き続けている。

 他国の捜査官たちが、信じられないものを見る目で視線を向けているのは当然、玄人の倍程の速さでタイピングをし、パラパラと素早く資料や報告書を流し読みしただけで隣のヒロへと手渡す作業を繰り返している雨音。

 おかげでここのプリンターは朝から晩まで印刷作業を繰り返す羽目になり、ヒートアップしてひどい音を立てている。そろそろ風見に言って交換しないと発火しそうなレベルだ。

 組織壊滅作戦は大団円を迎え。多少の被害は出たのは致し方ないと割り切る他なかったが、組織側もただ一人を除いて死者を出さないという、前代未聞の大捕物と相成った。

 ……但し、怪物スピリタスを除いて。

「……結局、スピリタスの死体は見つからなかった、か」
「何が言いたい、FBI」
「……いや、何も。ただ……」
「…………」
「……また、どこかで会えそうな気がするだけだ」
「……案外、タヒチにバカンスにでも行っているかもな」
「フッ……アイツらしい、自由奔放さだ」

 すぐそこでデスマーチしてるぞ、とは言わない。

 あの怪物は、表舞台を降りたのだから。



 * * *



 黒田さんに呼ばれて向かった応接室には、もう既にゼロの姿があった。

「……えっ、黒田さん、せめて降谷と別々にしません?」
「雨音……?」
「ちょうどいい機会だ。いい加減正直に教えたらどうだ? ……例の会の事もな」
「えぇ……いや、そういう話でしたけども」
「だったら問題ないだろう」

 そう言って、黒田さんは机の上に一枚目の書類を出す。それはおそらくゼロの分。

「降谷警視」
「はっ!」
「辞令だ。本日当時刻を以って、降谷零を警視正に任命する」
「はっ! 此の国の為に誠心誠意務めさせて頂く所存です!」

 手本のように美しい敬礼をしたゼロが、辞令を受け取る。

「雨音……いや、雨音警視正」
「……は!? えっ!?」
「……降谷警視正、静かに」
「……申し訳ありません」

 目を剥いたゼロが、私と黒田さんを二度見した。あー、うん。黙っててごめんな。

「……辞令だ、受けてくれるな? 雨音警視長」
「……はぁ、有り難く……」

 微妙な気持ちで辞令を受け取ると、黒田さんは苦笑いした。

「形だけでも、もう少し嬉しそうにしてくれんか」
「……すみません、興味がないもので」
「相変わらずだな。……私は席を外す。降谷、今のうちに聞きたい事があれば聞いておけ」

 放心状態のゼロと、チベスナになった私を置いて黒田さんは奥の執務室へと消える。

「…………」
「…………」
「…………澪」
「ハイ……」
「……どういう事だ……?」
「えぇ……どういう事って言われてもな……」

 こういう事なんだから仕方がないんだが。とは言えず。

「……とりあえず、『黄昏の会』の事から話そうか……?」
「……そうしてくれると助かる」
「……通称『黄昏の会』の正式名称は、防衛省情報局諜報課特異事象対策特殊派遣係の『ディオゲネス』と言う部隊だ」
「…………は???」
「ちなみに、私の軍での階級は大佐だ」
「……え? は? 大佐? 警視長で、大佐?」

 ゼロの思考がファンブルしている。ごめんて。

「込み入った事情があってな、国の決定だ。察してくれ」
「……異能、か?」
「あぁ、そうだ。とは言っても椅子に座るつもりはないから、そこら辺は心配しないでくれ。私の場合はどうしても前線に居ないといけないからな。まぁ、私の扱いは今まで通りだと思ってくれていい」
「簡単に言ってくれる……はぁ、全く……澪にはいつも驚かされてばかりだ…」
「……ごめん」

 ごめんな。黙ってて。私が、普通じゃないせいで。ごめん。

 俯いた私の頭に、ゼロの大きな掌が乗せられる。

「謝らなくていい。ただ……驚いただけだ。教えてくれてありがとう」
「……今まで黙ってたこと、怒らないのか?」
「どう怒ればいいんだ? 事情があるなら仕方ないだろ。だったら……なぁ、その……たまには、俺のこと、渾名じゃなくて名前で呼ばないか? それでチャラにしよう」
「……えっ?」

 ぱち、ぱち、と数回瞬きをして。

「……ありがとう、レイ」

 ようやく、お互いに笑い合った。


 * * *


 一度『黄昏の会』へ戻り、ロキとちょっと揉めた後、ボスとラムから搾り取った情報を手土産に、会議室の扉を開く。

 てんやわんやだった組織壊滅直後から十日。会議室内はだいぶ落ち着きを見せているが、自席に堆く積み上げられた書類を見て思わず目が死んだ。

 気を取り直してゼロを探すが、居ない。風見さんもヒロも居ないと言うことは、また電波暗室で屍ごっこをしているのかも知れない。

 データ渡すの後でいいか、と結論付けて今にも崩れそうな紙束の山に囲まれたデスクへと向かう。どこから手を出したものか。これは新手のジェンガか? ちっともわくわくしない。

「はぁ……仕事しよ」

 ここでは異能が使えないのが悔やまれる。是非とも自動入力導入したい。あれさえあればすぐ終わるんだけどな。無理か。無理だな。知ってた。

 眺めていても終わらないのでひたすらに手を動かしていると、目の下にクマを拵えたヒロがさながらゾンビのように戻ってきた。

「おー、澪、帰ってたのか」
「さっき来たばかりだよ。大丈夫か? 仮眠してきたら?」
「はは……なあ、一課から公安預かりになった案件、聞いたか?」
「えっ、何それ初耳だな」
「結構ドギツイの来てたぞ……後でそっちも並行して処理だってさ……はは……」

 表情は一切笑ってないのに乾いた笑いを漏らすヒロは絶対大丈夫じゃない。仮眠室が来い。……これ、もしかしなくてもゼロと風見さんも同じ状態だな?


 * * *


 ミヤからAPTX4869の被害者へのケアが終わったと連絡が来たので、それをゼロに伝えて特殊通信端末の回線を切る。小さな探偵も、無事に高校生探偵へと戻ったらしい。ちょっと気まずいので特異点の解析は雨宮兄弟に頼んでおこうと思う。


 そして私が今居るのは、東都ではなく、東京。


 簡単に言うとエヴェレットの多世界解釈。面倒だけど管轄なのでしょうがない。世界軸移動は座標設定とかほんとにめんどくさいからやりたくないんだけど仕方がない。それが私の仕事だから。頼むから誰か代わってくれよ。


「やはりこっちは平和だな。東都の犯罪率が異常なのか。そうだった」


 東都と似ているようで違う街並みを歩きながら、目的地を目指す。

 誰も私を知らない世界で、もうすぐ必要になるであろう、次の怪物の名前を考えながら。




(おわり)










あとがき

支離滅裂な文章にお付き合いくださりありがとうございます。

『夜桜エヴェレット』はそしかいチャレンジ成功の運びとなりました。やったぜ。
スピリタスはちゃんとエタノールへと進化して気化できました。入れ物の中にちょっとだけ残りましたが。残留思念的な。

色々はしょりましたので、わけわかんねぇよボケな終わり方ですが、筆者は満足です。
足りない部分はお好きな解釈で脳内補完をお願いします。
宮野姉妹はどこ行ったんでしょうね?タヒチでしょうか。私も行きたい。

燃え尽き症候群が治まったら、続きとか過去の話とか、気が向いたらあげるかもです。
もしリクエストなどありましたらコメント欄にでも投げてくれると嬉しいです。

ありがとうございました。



 書いた人:℃(セルシウスど)



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