2015年秋お題 carnelian
2015/12/01 23:05

「お前が救護班の資格を持っているとは思わなかった」
アンジールの言葉に、俺は焼き林檎に突っ込んでいたフォークの動きを止めた。
誰にも言わないでおいたのに。
「なんで知ってんの?」
「部隊編成の時にIDを見るからな」
……身分証に記載されてたってわけか。
「そんな意外だった?」
「ああ」
「この前俺前線出た時にさ、脚の腱やられちゃって。世話になったんだよね、救護班の。それまではひたすら前に出て戦うことしか考えてなかったけど、こーゆー援護系も大事なんだなーって身に染みたって言うか、俺も資格持ってたら便利かなーって」
そう言いながら、俺はまた焼き林檎の柔らかい実をつついた。シナモンパウダーを乗せたバニラアイスが溶けて、林檎にあいた穴にとろりと落ちていく。

今日はアンジールと一緒だった演習が意外と早く終わった。終わった後に「ちょっと話がある」と言われた時は、なんかヘマをしたかなと俺は超高速で数日分の回想をした。
そして思い当たる節がありすぎた俺は内心ビクビクしながらアンジールの部屋に行った。
ドアを開けると正面にある窓からの夕陽が飛び込んで、俺は目を細めた。
赤みがかったオレンジ色の強い光。その夕陽に照らされた観葉植物は、まるで紅葉したみたいに見える。
乾いた夕風が窓から室内に流れて、林檎の焼けるいい匂いとシナモンの香りをまき散らしていた。ぐうっと腹が鳴りかけて、俺は慌てて腹を押さえる。
アップルパイかなと思ったけど、アンジールが持って出て来たのは大きな焼き林檎だった。バニラアイスも乗っている。
夕飯前で小腹が減っていた俺がテーブルについてそれを有難くつつき始めた途端、アンジールは俺がこっそり取った資格の話をし始めたのだ。

「救護特殊2級だと相当勉強が必要だったんじゃないか?」
アンジールがむいた林檎の皮を入れたアップルティーを淹れてくれる。焼き林檎とはまた違う、ほんわりした甘い香り。
「そーだけど。俺前線で戦いたいからさ。救護普通2級だとソルジャー処置できねーから自分の怪我も治しちゃいけないし、なんかバカバカしいじゃん?そーなると特殊2級しか無かった感じ」
焼き林檎をもぐもぐ噛みながら言うと、紅茶カップを持ち上げながらアンジールが頷いた。
「そういうことか」
「まあ連日寝不足だったから、試験前はあんたによく怒鳴られてたけど!」
「よく寝てたが、まさか勉強してるとは思わなかったからな」
「まさかってのひでーなぁ……でも勉強してます!頑張ってます!つって落ちたらカッコ悪いから黙ってたワケ」
「なるほど」
「……アンジール、なんか嬉しそうだね?」
「そりゃあな。うるさいだけの子犬が自分の頭で考えて勉強して実用的な資格取得したんだから、嬉しいに決まってる」
「ねえそれって俺の評価今までズタボロだったみたいに聞こえるんだけど?」
さらっと酷いこと言うんだから。
でも俺に返ってきたのは、どこか誇らしげなアンジールの笑顔と、「よく頑張ったな」という労いの言葉だった。

俺は面食らってしまい、「お、おう」とごにょごにょ返事をした。
もしアンジールが前線で怪我でもしたら、何食わぬ顔でささっと処置してびっくりさせようと思ってたのに。
こんなふうに面と向かって褒められるのは慣れてないから、なんだか調子が狂う。
『俺の眉間のシワが深いのは誰のせいだ』って良く言われるけど、アンジールがいつもあんなふうに穏やかに笑ってたらいいのに、って。

そう思ったら気恥ずかしくて、俺はアンジールの顔をなんとなく見られなくなった。夕焼け色だった室内は、だんだんと暗くなってきている。アンジールが手元のリモコンで室内の明かりをつけた。
窓から時折吹き込む風もだいぶ冷たくなってきたし、これでは顔が熱いのを夕焼けのせいにできそうにない。
うつむき加減で甘酸っぱい焼き林檎を黙々と頬張っていると、「腹減ってるのか?」と聞かれた。
そりゃ夕飯前だし確かに減ってるけど、単に照れ隠しだからほっといて欲しい。
俺は首を横に振って、ぬるくなった紅茶を飲んだ。

「夕飯前に後輩にトレーニング付き合ってって言われてたの、思い出したから」
「ああ、そうか。それなら早めに行ってやらないとな」
「うん。焼き林檎ごっそーさま」
「お疲れ」
「アンジールもね!」
逃げるように席を立って、部屋を出る。
ほんとはトレーニングなんか頼まれてないけど。
だけどなんだかソワソワして、体を動かしていないと落ち着きそうにない。
バニラアイスの甘さが残る口の中から、時折思い出したように鼻に抜ける、シナモンの癖のある香り。
俺は軽く屈伸すると、ランニングをしに夜の帳が下り始めた街へと出た。ひんやりと冷たい秋の風が、頬の熱を奪って逃げて行った。



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