2015年夏お題AZ 夏硝子
2015/08/29 09:55
夕暮れ時。
暑い昼の間吹き込んでいた海からの風が止まり、今は穏やかに凪いでいる。
ゆっくりと東から紫紺の夜が広がってきているが、太陽が沈みゆく海辺には夢中で遊ぶ子供たちの影が長く伸びている。
湿った潮の匂い、波の音。
ミッドガルにほど近い海辺の工房。
ガラス細工を作る小さな個人経営の工房だ。
「どうもお世話になりました」
アンジールは工房の主人に頭を下げた。
今日は神羅の経営する孤児院の子供たち数人を連れて、一日ガラス吹きの体験をしたのだ。
秋には孤児院を卒院し、軍に入る子供たちだ。神羅との戦争で家族を亡くし、孤児として引き取られた彼らを軍に引き入れるのは些か気が引けたが、彼ら自身が選択した道でもある。
個人的な思いは伏せておかなくてはならない。
「なんの。またおいで」
工房の主人はにこやかに返答する。
ウータイ方面の生まれだという小柄な主人はアンジールの半分ほどの背丈しかないが、白髪と白い髭が相まってまるで仙人のような風貌をしている。
ミッドガルが建設される前からこの海辺に工房を構えて、ガラス細工を作り続けているという。
ここでガラス吹きをして、風鈴の絵付けをするのは夏の風物詩だ。毎年アンジールが引率できるわけではないが、数年に一度は顔を合わせている。

今年は暇そうにしていたザックスも連れてきた。
年が近いこともあって、子供たちとザックスはすぐ打ち解けた様子で、工房へ向かう車の中は歌やゲームでずいぶん騒がしかった。
到着した工房内の暑さに一行はまず驚いた。1000度を超える溶解炉の中で液体状に溶けるガラスを見たザックスと子供たちはしばらくは真剣な顔をしていたが、ザックスが盛大にガラス吹きに失敗し続けると笑い声が起きて、終始賑やかな体験になった。
「絵付けした風鈴、こちらに置いておきますね」
「ありがとうございます」
ザックスはここで初めて風鈴を知ったようで、成型は失敗したからせめてかっこいい絵を描く!と本気モードで絵付けをしていた。おかげで本人の満足いく出来栄えになったようだ。
……アンジールには何が描いてあるのかさっぱりわからなかったが。

日が沈むまでという約束で浜辺で遊ぶことを許可したものの、夏の日は思いのほか長かった。
水平線に太陽が隠れた時には、ザックスも子供たちも、汗をかいた身体が砂まみれになっていた。
海水浴用のシャワーで汗と砂を流すよう言って、念のために持参してきたタオルを各々に渡して車に乗せる。
窓をあけて走れば、ミッドガルに着く頃には服も乾くだろう。

走り出してすぐ、遠くにミッドガルの夜景が見えた。人家も少ない道路なので周囲は暗闇ばかりだ。
後部座席に並んで乗っている子供たちは、発車して間も無く思い思いの格好で眠り始めた。
ザックスは助手席で振り返り、子供たちの寝顔を見ながら言う。
「こいつら秋から軍に入るんだっけ?」
「その予定だ」
「体力あるしイケると思うよー」
ザックスの言葉に、バックミラーで後部座席の様子を確認したアンジールは少し声を潜めた。
「これはまだ内々定だからオフレコだが、お前の後輩候補だからな」
「え。ってことはソルジャー?」
「これから最終の適性試験があるから確定ではないけどな。他の応募者よりは体質が把握出来ているから、八割くらいは確実だろうという話だ」
「そっかー、後輩かー」
「気を抜くとすぐ追い抜かれるぞ」
「その前にあんたに追いつくって」
「言うようになったな」
「へへーん。あ、風鈴てもらってきた?」
「ああ、積んできた。帰りに持たせよう」
「うん」
「ところでお前なんの絵を描いてたんだ?」
「何って、アンジール知らない?ヘラクレスオオカブトムシ」
得意げな顔のザックスを横目で見て、アンジールは昼間見た風鈴を思い描く。
「……そうか」
「えっなにそのビミョーな顔!?」
「いや……お前らしい勢いのある元気な絵だとは思っていたんだが、気づかなかった」
ザックスはアレがヘラクレスに見えないとかどういう目してんだよ、とぷりぷり文句を言ったが、どう思い返してもカブトムシには見えず、アンジールはただ苦笑した。

アンジールたちがガラス工房から帰宅して数日後、ソルジャー試験が行われた。
近郊への任務があったので、アンジールは試験に関わらなかったが、任務から帰還すると合格内定者の一覧がメールで届いていた。
10名に足りないほどのリストだったが、孤児院の子供たち全員の名前がそこにはあった。
浜辺で無邪気に遊んでいたそれぞれの顔を思い出すと、戦場に送り出すことになるのはやはり胸が痛んだ。
だが彼らは軍に入隊することを望み、そしてソルジャーになることを望んだ。
その夢が叶ったのだ。今度会った時には祝福してやらなければならない。
簡単な報告書をまとめてラザードに送信してから、アンジールは帰宅した。

部屋の窓を開けると、蒸れた外気とともにチリンと澄んだ音が耳に届いた。
軒先に吊るされている風鈴は、ザックスが絵付けをしたものだ。
「記念に交換」と、アンジールが作ったものはザックスが持って帰った。
何度見てもヘラクレスオオカブトムシには見えない、緑と黒の模様。
だがその風鈴が風に揺れる姿は、ミッドガルに籠った蒸し暑い空気を新鮮な涼しい風にしようと懸命に努力しているようにも見える。
その様子はどこかザックスにも重なるものがあり、微笑ましい気持ちでアンジールは風鈴を見上げた。



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