2016年冬お題 極光を欺く
2016/02/06 21:12
冬お題

空には一面の星空が広がっている。
星が降るとはよく言ったものだ。宇宙が丸ごと迫ってくるような圧迫感さえ感じる。
白い地平線と暗い空、闇から降り落ちてくる星の光。
風もなく穏やかな夜だが、その分気温はぐんぐん下がって行く。
大地を厚く覆う雪を掘って作った簡易な雪洞の中なので、外気よりは暖かいはずだが吐く息がそのまま凍りつきそうに思える。現に瞼が若干重く感じるのは、眠気ではなく細かな氷が睫毛についているせいだ。
「やっぱり戻ったほうがよかった?」
後悔を含んだ声でザックスが尋ねた。
「いや」
アンジールは即答して首を振る。
「俺が怪我してなければ戻れただろうけどな。土地勘が無いんだから、無闇に動くより朝を待ったほうがいい」
「でも寒くない?」
「防寒用のシートならもう一枚持ってた筈だから、右のポケットを探ってくれるか?重ねればもう少し暖かいはずだ」
「オッケー」

極地の集落にモンスターが出るということで、討伐命令を受けて二人は小さな集落に来ていた。
住民や家屋に被害が及ばぬよう、夕刻に襲撃してきたモンスターを引きつけて広い雪原に出たのだが、犬ぞりを走らせて家路についている子供達と正面からかち合ってしまい、混乱が起きた。
モンスターに怯えた犬が進路を変えようとし、犬ぞりの統率が乱れる。うまく向きを変えて走り去る子供もいたが、中には犬を御しきれずにそりから放り出された子供もいた。
アンジールは咄嗟にその子供を庇い、モンスターの一撃をまともに利き腕に食らった。
そしてザックスに庇った子供を引き渡し、少し離れた場所で立ちすくんでいる犬を集落まで送るよう言いつける。
こういう時のアンジールに逆らうザックスではない。見る間に真紅に染まる袖を一瞥したが、唇を引き結んで頷いた。

そしてザックスが戻って来た時既にモンスターは倒されていたが、アンジールもまた雪原に血だまりを作って膝をついていた。
救護用のキットで止血や添え木をしてから、ザックスはアンジールに肩を貸して集落に続く針葉樹の林近くまで移動した。そのまま集落まで戻るつもりだったが、極地の短い昼は夕方を惜しむ間も無くあっという間に夜になってしまう。
人家もなく、土地勘も無い。
夜目はきくが、怪我や骨折をおして集落まで歩くには危険と判断したアンジールはザックスに雪洞を作らせた。
濃い森の香りが全身を包んでいる。背の高い木々は地上に近い枝がなく、林の向こうが見通せる。
もし倒したモンスターの死骸を漁りに来た肉食獣や他のモンスターが来ても様子は察知できる。
雪洞が風をよけてくれる。防寒用のシートも敷いているし、携帯食もあるし、何よりお互いの体温もある。ソルジャーだから寒さで死ぬことはない。
ただ少しだけ、ザックスは自分が弱気になっているのを感じていた。
アンジールが負傷しているだけなのに、やけに心細く感じる。
そんなザックスの内心を知ってか知らずか、アンジールはいつもと変わらぬ口調で尋ねる。

「寒いか?」
「うーん、寒いかって言われりゃ寒いけど……あんたのがしんどいんじゃないかなって。骨折もしてるし、出血もかなりしてたし……」
「そんなにヤワじゃないから大丈夫だ」
「そりゃあんたが頑丈なのは知ってるけどさ。……つーか俺が戻ってくるまで少し時間稼いでくれてたら、そんなに派手にやられなくて済んだんじゃねえの?」
トゲのある口調でザックスは言う。
確かにザックスの戻りを待てば、利き腕の傷の他に足が折れることはなかったかもしれないとアンジールは考える。
だが動いてしまったのは、ザックスが戻ってくると思ったからでもあった。
秋に救護の資格を取ったザックスは、意外なほど前線で役に立っていた。
軽い怪我ならすぐに治療できるし、骨折しても処置が早いことでその後の経過もいい。
そのため、多少無理をしても大丈夫だと思うようになっていたのも事実だった。
「だいたい、骨折で熱出すことだってあるんだし」
「俺の熱が上がれば寒くなくて済むな」
「そーいうんじゃなくて!」
「……お前が治してくれるから俺は安心してるよ」
「え?」
「お前が居てくれれば、その場で治してもらえるから処置の遅れがない。折った骨もすぐくっつく。だから助かってるんだ」
アンジールの飾り気のない言葉に、ザックスは狼狽えたように目を瞬かせてから顔を伏せた。耳が赤くなっているのが暗い中でもわかる。
勢い良く顔を上げたザックスは目の端にうごめく光を捉え、二人は同時に空を見上げた。

きらびやかな星空を彩るように、ゆるやかに分断する緑や白に色を変える極光。
天空の巨大なカーテンはひと時も定まらず、形を変え色を変える。
「……すげえ」
「これは見事だな……」
不意に現れたオーロラを、アンジールとザックスは息を詰めて見つめた。
さざめくように、踊るように、光の帯が空を舞う。
緑が白にも紫にピンクにも見える。音もなく星空で繰り広げられる、鮮やかで神秘的な極光の揺らめき。
ザックスが盛大なくしゃみをしなかったら、目を離せなくなっていたかもしれなかった。
「……ごめん」
「いや、かえって良かった。ずっと見ていたら吸い込まれる気がした」
「吸い込まれる?」
「このあたりの伝説だとオーロラは死者の国とこの世界を繋ぐ橋と言われているせいかもな。俺は今手負いだから魅入られたのかもしれない」
ほんの冗談のつもりだったのだが、ザックスは表情を強張らせてアンジールの無事なほうの腕を取るとぎゅっと抱きしめた。
「じゃあもうオーロラ見るの禁止。寝るのもダメだけど、オーロラはもっと禁止」
まるで子供の駄々のようなことを真顔で言う様子がどうにも可笑しく、アンジールは苦笑する。
肩口にあるザックスの額にそっと唇を押し付けてから目を閉じ、頭を預けるように頬を寄せた。
「オーロラに盗られないように、捕まえておいてくれ」



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