2015 お花見AZ
2015/04/01 08:28
お花見

陽射しが強くなり、暖かさが増してくるとそわそわしてくるのはどうしてだろうかとザックスは思う。
年中夏みたいな気候の故郷では感じなかった感覚だ。
ミッドガルのように雪が降ったり氷が張るような寒い冬を経験すると、春の有り難みを感じるようになるのだろうか。
呑気にそわそわしているザックスの目に、忙しそうに立ち働いているアンジールの姿が映った。

年度末せわしないのは世の中の管理職である。
新規にソルジャーに入隊してくる者は季節に限らず居るが、年度末は特に多い。
訓練の日程や武器と備品の手配とチェック、座学講師を余分に依頼したりされたり、多岐にわたる仕事が通常業務に加えてのしかかる。
アンジールの姿を見送ったザックスは椅子の背の上に顎を乗せた。

春になっても、ミッドガルでは花は咲かない。
土地が痩せていておまけに日光不足なので、植物はほとんど育たないからだ。
だがこの時期になると、晴れた日を選んで郊外の公園や観光用の花畑などに花を見に出掛けるのがここ数年のブームになっていた。
始めたのは金持ちの道楽だったようだが、年々施設や花の数も増えていて、すっかり庶民にも手の届く娯楽になった。
シーズンの週末はミッドガルを出て郊外へ向かう車で道路が渋滞することもしばしばだ。
毎年その様子をテレビや雑誌で見ていたザックスは、「今度花見行こう?」とアンジールを誘った。
「落ち着いたらな」と書類から目を離さず即答され、少しふくれたのは先日の話だ。

だがあの様子では仕方ないのかとも思う。1、2週間会えないことはしばしばあるが、遠征に出たわけでもなく会えないのはひとえにアンジールが多忙だからだ。
かといってザックスが手伝える仕事は無い。ただひたすら待つことしか出来ないのが歯痒かった。

入隊式が過ぎて1週間、ずっと働きどおしだったアンジールはようやく休みを取ることが出来た。
頭を休日モードにした瞬間、ザックスに花見行こう?と言われたことを思い出す。
1ヶ月ほどまともに口をきいた記憶がない。
しかもミッドガル近郊の花見の盛りはもう10日ほど前に終わっていた。
罪悪感で胸が痛む。
きっとザックスはしょんぼりしていることだろう。耳と尻尾を丸めた子犬みたいな表情で。
ひとつため息をついてから、アンジールはどこかに電話をかけた。

仕事が終わった後、アンジールに呼び出されたザックスは軍の飛行場に来ていた。
動きやすければ私服でいいと言われたが、武器と防具は外して制服にジャケットだけ羽織った。さすがに夕方になると一枚ではまだ寒い。
夕暮れ時。
青からオレンジ、赤にグラデーションする空の色が美しい。東の空に、月が見える。もうじき満月らしく、ふっくらした丸みを帯びた月だ。
見上げた空から一台のヘリが降下してきた。数は少ないものの、夜間だろうが明け方だろうが関係なく離発着のある飛行場だから、夕暮れ時の着陸も珍しいことではない。
風が巻き起こり、プロペラの羽音で耳が塞がれた。
ゆっくりと着陸したヘリのドアが開く。
姿を現したのはアンジールで、ザックスはあんぐりと口を開けた。
「乗れ」
仕草と声で促されて、ザックスはヘリに向けて駆け出した。

「アンジールヘリ運転できんだ?」
「操縦」
「いーじゃんどっちでも。すげー意外」
「そうか?」
久々に隣に座るのがヘリの操縦席だとは思わなかった。
お互いヘッドホンをつけているからインカムで会話はできる。だがアンジールはいつも以上に無口だった。
でも嬉しい。
「んで、どこいくの?」
「花見」
「え」
「お前この前言ってただろう」
「覚えてないと思ってた……」
「いいなら帰るが」
「行く!行きたい、アンジールと花見!!」
「計器が壊れるから暴れるな。花見したい所を見つけたら言ってくれ」
「りょーかーい!!」

周囲は既に夜になっていた。
だがソルジャーは闇夜であっても色や形と距離は把握できる程度の視力はある。
月明かりがある夜なら、夜のネオン街を歩くのと変わらないほど周囲を見ることが出来た。
「アンジール、見て!すげえ!あそこ!あの山、花で白く浮かんでるみたい!!」
ザックスが興奮気味に声を上げる。
「降りるか?」
「いーの?降りる降りる!」
「着陸できそうな場所が離れてるから少し歩くと思うが」
「へーきへーき」
人家がない山並みの窪地に、アンジールはヘリをゆっくりと着陸させた。
ライトが消えると周囲は暗闇に包まれたが、目が慣れると月明かりもあるので山全体がぼんやりと白く輝くように花に包まれているのがわかった。
ドアを開けた途端流れ込む、花の香り。
強い香りではないが、呼吸するたび少しずつ細胞に染み込むような甘い香りだ。
「すげえ……」
「見事だな」
「近くまでいこ?」
「なんだ、登山か」
「少しだけ!」
ザックスはアンジールの手を掴んで走り出す。はしゃぐザックスに気づかれぬよう、アンジールは安堵の表情を見せた。
白く霞む花の向こうに、満ちて行く月が覗いていた。



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