■ 狂愛 -犬の場合-

※一見ただの拷問っぽい




 ぴちゃん、とどこかで水が滴る音がした。
 うっすら目を開くと、目の前には黒々しい大きな人影。私はどうやら数瞬か数分か、意識を飛ばしていたらしかった。

「………意外と暇なのね、大将ってのも」

 喉から絞り出した声は掠れきっていて、半ば潰れてすらいるように聞こえる。それが弱っていることを示しているようで癪になり、せめてもと私は睨み付ける視線を投げた。
 逆光でよく見えない、その人影の主は三大将の一角、“赤犬”ことサカズキだ。
 海賊討伐の名の下に私の率いる海賊団を襲撃し、拿捕した張本人。そして私を今こうして痛め付けている奴でもある。
 天井から伸びた鎖の先に付けられた輪に、私の両手の親指は捕らえられている。爪先で立てるか立てないかくらいに調整された鎖のせいで、私の体は酷く不安定だ。体重を支えようにも膝は震えて、正面に機能を果たしてくれない。
 それなりに鍛えているつもりだったのだが、今や体力は根こそぎ奪われてしまっていた。体勢のせいばかりでなく、何度も断続的に振るわれた暴力も原因だろう。纏っていた服は無惨に破れ、所々剥き出しになった肌には鬱血痕や血が滲んでいる。
 私の強がりなど子犬の甘噛み程度にも感じないのだろう。サカズキが微かに喉を震わせる気配があった。

「強情な女じゃのォ。まだ殴られ足りんのか」
「…何をされたって私は何も喋らないわ」
「好きにせェ……貴様が話さなければ部下の女共が慰み者になるだけじゃア」

 無造作に告げられたその言葉に、ザァッと血の気が引く音がしたようだった。私は重たくてしょうがなく感じる頭を何とか持ち上げ、精一杯の声音で吠える。

「っ、な…っあの子達は関係ないでしょう?! 手を出さないで…!」
「己の立場がまだ分からんか」

 やれやれ、といった調子で溜め息が吐かれ、サカズキの手が側にあった鞭の柄を掴んだ。
 振り上げられ、振り下ろされる硬く編まれた革のそれ。空気を切り裂く鋭い音の一拍後、肌にその爪牙が刻まれる。

「! い゙ッ、あ……ぅ、ぐ…っ」

 容赦のない鞭打は私の体に新しい傷を残す。引き裂かれた痕からじわりと鮮血が滲み出し、ぼたぼたと足下へ滴り落ちていく。
 神経に直接響くような痛みが過ぎ去れば、今度は意識を責め苛む疼痛に変わるのだろう。

「長い航海で鬱憤が溜まっちょるのも多くてのォ。女をくれてやれば喜んで飛び付くじゃろうな」
「あんた……、仮にも正義を背負ってるんじゃないのっ。そんなことがあんたの正義には許されるって言うの!?」

 声を上げるのはもう殆ど意地だった。
 女に飢えた海兵の中に私の可愛い船員たちを放り込むなんて、そんなの看過出来る筈もない。しかもそれを脅しとして突き付けてくるのが正義を掲げる海軍の高級将校だなんて、世も末だ。
 もしも私が獣なら、低く激しい唸り声を発していただろう。満身創痍の体に殺気を纏い付かせた私を、サカズキは如何にもな蔑みの眼差して見下ろした。

「海のクズが何をほざきよる」
「あっ! う、ぁ…ッ……ぁ…くぅ…っ」

 バシッと音を立ててまた鞭が振り下ろされる。肩口に食い込んだそれに、私の体は不自然なくらいに跳ねた。
 鎖がガチャガチャと耳障りな音を立てて、床にどうにか触れている足先が不安定になる。全身の筋肉が悲鳴を上げて、ぎしぎしと軋むようだった。
 目深に被ったキャップ帽の下から、暗い赤の目が私を見据える。

「洗い浚い話すか小娘共を餓狼の群れに放り込むか、選ばせちゃる」
「…………っ、………わたし、は…、」

 言葉が喉に絡まる。
 なんて取引を持ち出すのだろう。いいや、こんなものは取引でも何でもない。ただ捕らえた獲物の前に選択肢じみたものをちらつかせて、遊んでいるだけだ。
 最初から私に自由意思などない。私がどちらを選ぶのかなんて知っていて、それでいて敢えて私自身に選ばせている。なんて醜悪で最低なやり口。
 それでも私は答えない訳には、いかないのだ。

「──…言うことは聞くわ。だからあの子達には手を出さないで…解放して」

 漸く押し出した声は屈辱に塗れて掠れていたと思う。怒りに頭が塗り潰されてくらくらした。

「ええじゃろう」

 低く、重々しい声が私の返答に応じた。
 その顔を見てゾッとする。それはもう、他の何を犠牲にしても自分を守るべきだったのではないかと思うくらいに、生理的に悍ましい表情だった。言葉でどう言い表していいのか、私には検討もつかないくらいの。

「その言葉──努々忘れるな」

 ほんの微量の笑声を含んだ声音は、私の背筋に氷塊を滑らせ凍り付かせるには十分過ぎた。







遭遇した時点で問答無用で殺されてない分この子大分愛されてる。

14.8.27


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