■ 恋に震えた金曜日
「あ、……ボルサリーノさん!」
長身の人影を見付けて駆け寄ると、周囲から毎度の視線を頂いた。痛い。そんなに見ないで欲しい。断じて援交とかじゃないから。
とは言え、人目を引くだろうことはまぁ、大概自覚している。私は一応地元じゃ屈指のお嬢様校の制服だし、方やボルサリーノさんは今日もビシッと決まったスーツにハット姿なのだ。ちょっと前に流行した“ちょいワルオヤジ”なんて言葉が正にぴったり。
私の姿を見留めて、ボルサリーノさんは相好を崩した。
「おォ〜、※※※ちゃん今日はまた一段と可愛いねェ〜」
「っ、やだ、お世辞言っても何も出ませんから…っ」
「お世辞なんか言わないよォ〜…ま、行こっかァ?」
「……はい、」
直球な言葉にかあっと頬が熱くなる。きっとこの人はお見通しなのだ。ボルサリーノさんに会う時はいつもよりちょっとだけ、気合いを入れて化粧をしているなんてことくらい。そして今日、これまでにないくらいに私がドキドキしていることだって。
待ち合わせ場所のすぐ側に停められていた車に乗り込む。黒塗りのマセラティの座席は馴れた固さと質感で私の体を受け止めてくれた。
ほんの数日前、私とボルサリーノさんが付き合い始めてから9ヶ月の日が訪れた。なんでそんな半端な、と思うかもしれないが、実は9ヶ月目というか「半年の記念日+3ヶ月」という認識の方が正しい。
3ヶ月前のデートの時、何かいい雰囲気になって、別に嫌じゃなかったし私はボルサリーノさんに身を委ねた。の、だけど。私が初めてなのとボルサリーノさんとの体格差とかの問題で、その時は結局最後まで辿り着かなかったのだ。
元々そんなつもりはなかったらしいボルサリーノさんは恥ずかしいやら申し訳ないやらで啜り泣く私を抱き締めながら、少しずつ慣れればいいと言ってくれた。どこまで優しくて紳士なんだろう。そのまま強引にすることだって出来たのに。
そして今に至るのである。
ボルサリーノさんから連絡をもらって金曜日である今日の夕方以降の予定を聞かれた時、私は思わず往来で声を上げそうになってしまった。だってつまり、そういうことなのだろうなって。匂わせるようなことは何も書いていなかったけど私は殆ど直感的にそう思って、ボルサリーノさんも多分それを感じ取っていると思う。
「※※※ちゃんさァ〜」
「っ、な、んですか…?」
「ん〜…ご飯、何食べたい〜?」
自分の思考に気を取られていて思わず返答が上擦った私にサングラスの向こう側からちらりと目を向けて、ボルサリーノさんが訊いてくる。何だか途中で言葉を変えられたような気がするのだけど、きっと私の思い違いだろう。
若干ドギマギしながら何が食べたいかなと考えていたら、膝の鞄の上に置いていた手に暖かい感触。見ればボルサリーノさんがハンドルから手を離して私の手に重ねていた。びっくりして一拍遅れて肩が跳ねる。いつもの私からすれば過剰な反応に、それでもボルサリーノさんは何も言わなかった。
それどころか微かに空いていた指の間をゆっくりと辿られて、ぞくりと首筋に震えが走る。怖い、からじゃない。これはそういうんじゃあ、ない。
そろりと視線を向けると、ボルサリーノさんは既に視線を前に戻していた。片手でもハンドル捌きは確かなもので、だから私は彼の手から逃れる口実が思い浮かばない。触れられていたらおかしくなってしまいそうなのに。
跳び跳ねる心臓の音がボルサリーノさんにまで伝わっていないことを、私はただただ祈るしかなかった。
仮に清く正しいお付き合いでも視覚的にどう考えても犯罪
14.06.23
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