■ 死にたがりのゴシック・ロリータ

「若様」

 鈴の音のような声が鼓膜を震わせる。振り向けば、小柄な女──まだ少女と呼んでもいい頃合いの華奢な姿があった。
 その小さな体を覆うのは黒のコルセットドレスで、その上には襟の高いジャケットが、足には色の濃いストッキングが、手には手袋まであって、その肌の露出を極限までなくしている。しかも綺麗にシニョンが作られた頭にはキャノティエが乗っていて、その上品なレースの波で顔の半分ほどを覆い隠す。そこに更に日傘まで手にしているので、その立ち姿は一種異様だった。
 特徴的“過ぎる”と言ってもいいその姿を見間違える訳も見落とす訳もない。

「※※※、どうした」

 ドフラミンゴはどこまでも普段通りの声で応えを返した。
 彼女には一つばかり仕事を任せてあって、今朝送り出したところだ。猫が欠伸を噛み殺す昼下がりに帰ってきたということは、何かトラブルでもあったのか。それとも──。

「また、死に損ねました」

 落ち込んだ声音で、少女が上品なレースの手袋に包まれた手を差し出してくる。その掌の上には目的のものが鎮座していた。
 手に取ると、それが間違いなく求めていたモノであると知れる。ドフラミンゴは数瞬だけ検分すると、それを無造作にポケットの中に放り込んだ。まるで手にさえ入れば後は構いはしないような扱いだった。
 少女の淡い碧の瞳が瞬かれる。長い睫毛が頬の上に陰影を作って、それはやたらと色っぽい仕種のようだ。
 少しだけ考えるかのような間、それから手が引かれる。その指先を、ドフラミンゴの武骨な手が捉えた。

「…若様、」
「そう性急に逃げ帰ろうとするな」
「そんなつもりでは…っ、……ぁ、」

 するりと手袋を引き抜くと、微かに咎めるような呼吸が漏らされる。
 晒された素の指先に触れようとしたドフラミンゴの手は、しかし彼女に接触することはなかった。少女が過剰なまでに飛び退り、細い指を長めの袖の中へと引っ込めてしまったからだ。

「…※※※」
「申し訳、ありませ…っでも、」

 ドフラミンゴが重みを乗せて言葉を発すると、少女は泣き出しそうな顔をする。隠された手は背後に回されて、触れられることを頑なに拒否している。
 それがどうしてなのか、少女が何を隠しているのかを、ドフラミンゴはよくよく知っている。だがそれが自分を拒否する程に値するものだとは、どうしても思えないのだ。だから事ある毎に手を伸ばす。その度に避けられているものの止められはしない。欲しいと思ったならどうあっても手に入れなくては収まりがつかない、ドフラミンゴはそういう男だ。

「※※※、逃げるな」
「あ、若様…っ」

 伸ばした能力──その糸で四肢と自由を絡め取り、ドフラミンゴは少女を己の元へと引き寄せた。その強引さに彼女は只ならぬ剣呑さを感じ取ったようだが、最早遅い。自身の眼前1メートル程のところに立たせたその痩身に向かって、ドフラミンゴは糸の刃を振り下ろす。
 空気を切り裂く糸、そして音もなく、少女の纏っていた衣服が地面へと滑り落ちた。

「……!」

 僅かに下着を残しただけの裸身を白日の下に晒されて、少女の表情は哀れな程に歪んだ。それはただの羞恥から来るものではなく、もっと深いところに根を下ろした原因に因るものだ。
 糸で操られていなければ、少女の体は地面に倒れ込んでしまっていたことだろう。ともすれば過呼吸になりそうな程に忙しない呼吸を繰り返す少女を見下ろし、ドフラミンゴはゆっくりと手を差し伸べる。彼女の肌を犯すのは禁忌だ。知っているが、それでもどうしても欲しかった。

「わ、かさ、ま…駄目、です…」
「煩ェよ」
「ぁ…っ、いや…ッ!」

 微かな少女の悲鳴が耳を打つ。それを気にも留めずに触れようとしたところで、屋内から人影が走り出してきた。

「若様、どうかそれ以上は…!」

 少女とドフラミンゴの間に割って入るようにして立ちはだかったのはベビー5だ。意外にも少女と仲のいい彼女は、見るに見兼ねて飛び出してきてしまったのだろう。
 今にも涙を零しそうだった少女の目から少しだけ緊張が抜ける。縋るようにベビー5へと向けられる視線。それを眺めているうちに色々と気が殺がれて、ドフラミンゴは糸の呪縛から少女を解放した。
 がくりと地面にへたり込む、項垂れた項の白さが目に痛い。どこもかしこも白い、その体を真っ黒な服に押し込めて、少女は自身を封じている。何一つ漏れてはしまわないように、それは痛々しいまでの自衛であり自虐だ。

「※※※」
「…は、い」
「次はないぞ」
「そんな、」

 いけません、と少女の唇が微かに震えた。

「私がどれだけ危険なのか知っていらっしゃるのに」
「あァ、だから欲しいんだ…隅から隅までなァ」

 悪食、とベビー5が吐き捨てる。それも耳に届かない様子で、少女はぎゅうと自身の体を掻き抱いた。






(猛毒を孕んだその体を幾重にも連なるギャザーの下に閉じ込めて)

死にたがりのゴシック・ロリータ

(未踏のその肌を侵す者は未だ──)





not能力者だけど毒持ちっ子

14.05.30

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