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8-2




「嫌なことあって、忘れたいって言ってたかなぁ。ごめん、僕もあんまり詳しくは聞いてないから。まあ、端的に一文で言ってごらんよ。説明しがたいものは、どこから口にしたって難しいからね。できるだけ短く。端的に」
「端的……。あーっと」
「うん?」
「……友達の嫁からアンタがゲイなのは気持ち悪いから旦那と縁を切ってくれって、電話があった」
「………………」

なんと反応したらいいか。
考えている間に口から『わぁ』という感嘆だか憐れみだかわからない音が出た。

それはなんとも、とんでもない話だ。友人関係の話は、そもそも基本的に心が沈みやすい傾向にあると有賀は考えていた。他人から見たら『そんなことで?』と思うような揉め事も、本人からしたら大ダメージということもある。

サクラの口から出た言葉は、有賀が想像していたよりも重い事態に感じた。
誰だか知らない人間に付きまとわれ転居せざるを得なかった有賀だが、性的趣向を理由に理不尽な言いがかりをつけられているサクラの方が辛いのではないかと、他人事のように自分の事態を棚上げする。
それは確かに、深夜に道端で座り込んでしまうくらいには疲弊するかもしれない。有賀が通りかからなければ、サクラはきっと自力で立って、一人の部屋に帰って静かに思い悩んだのだろう。そう思うと、直性関係ない筈の有賀の胃も痛むような気がした。

「なんか、言葉にするとあんま破壊力ないっすね。結構、そんなことで感があるっつーか」
「いや、うん、破壊力は、あるんじゃないかな、それ。……電話って、今さっき?」
「そう、帰ってる最中に、道端で。最初は、有賀さんに初めて会った日に、居酒屋でおやっさんたちと飲んでて。急に。俺、友達連中にもカミングアウトはしてないから、心当たりもないし。そんでさっき、縁を切れと迫られた」

ふわりと酔った宴会の後で。たった一人で暗い路地に立ちつくすサクラを想像するのはたやすい。
その時の心情を考えると、自然と有賀の表情も硬くなる。

「サクラちゃんは、なんて答えたの? さっきの電話ってやつには」
「それは本人と俺が決めることですよねって言った、ような、気がするけど。怒りっていうか、もうすんげーしんどくなって、うまく取り繕えてたかわかんないし、もしかしたら相当嫌味な声で喧嘩うっちゃったかもしれない……と、今、思い出して、あーってなっているところ。……有賀さん、あの、顔、怖いんですけど」
「ん? んー……今、結構、頭にきてるから。気にしないで。サクラちゃんに怒ってるとかそういうんじゃないから。僕そういう理不尽な言いがかり、心底ムカつくと思うタイプです」

きっぱりと言い切った有賀に対し、サクラは『あー』と間延びした音を漏らす。

有賀は基本的に、理不尽な事を好まない。けれど悪気が無ければ、まあ、そっと距離を取るくらいの解決法を取る。それは対人術であるし、ただ正しいことをしていれば世界がうまく回るとも思っていない。
しかし、確実に悪意が向いていた場合。またはこちらが穏便に受け答えているというのに譲り合う精神を持たない連中には、我慢ならないと思う事もあった。

「ああ……有賀さんそうだよな……。でもぶっちゃけありがたいです。さっき声かけられたとき、うわやっべー有賀さんにみられたって思ったけど、本当は結構ありがたかったし。正しい割に他人に甘いから、有賀さんってずるいよなーと思うわ……」
「え、ちょっと好き?」
「怒るか笑うかどっちかにしてください、こえーから」

眉を寄せて苦笑するサクラの表情は先程よりも落ち着いていて、有賀は少しだけ安堵することができた。
有賀の周りの人間は周囲の事など気にせず勝手に世界を回しているようなもの達ばかりで、仕事以外で相談されたり頼られたりすることは、あまりない。慰めてと言われて安請け合いしたが、結局有賀の方が腹を立ててしまっていたし、話を聞くというのはこれで合っているのかと地味に不安になっていたところだった。

「その旦那さんの方に、連絡は?」
「最初に電話が合った時に、近状報告みたいなメール入れてみたけど、普通に返って来たなー……多分、嫁の暴走かなと思ったから、放っておいたんだけど、あったかくなってきて脳みそも一緒に煮えちゃったかなぁ嫁さん……流石に交友関係に口出されるのどうかと思うし、明日連絡取ろうかなーと思っている、けど、胃が痛い」
「そりゃあ、そうでしょう。カミングアウトするの?」

ずばりと訊いた有賀に対して、サクラは特に動揺することもなく淡々と言葉を繋げた。

「まあ、ゲイなのは本当だし。別に、そいつと寝たいとか一切ないし。大体好みじゃない。いや世の中好みの人間と必ずしも付き合えるシステムじゃないのは知ってるけどさ。俺なんかゲイの上にえり好みしてるから一人身長いの、知ってるけどさー……せめてあーもう抱きつきたい辛いって思うくらいじゃないと寝ないっての。節操ないみたいな言い方しやがってあの女。誰がテメーの旦那となんか寝るか。髭は好みじゃない。剃ったとしても好みじゃない。友人は恋愛対象外だっての、なんで通じないかな」
「ふーん。じゃあ、サクラちゃんの好みは?」
「え」
「ヒゲじゃない男がイイってことしかわからなかったけど。他には?」

話の途中で急に立ち上がった有賀に驚き、苛々と言葉を連ねていたサクラは我に返る。
愚痴のようなものを吐きだしているつもりで、うっかり好みの男の話に踏みこんでしまったことに今更ながら気が付いたようだった。

「……ちょっと、なんで隣に来るんすか」
「一度お眼鏡にかなった僕としては、ちょっと聞いておきたいなと、思ったもので。サクラちゃんって、僕の顔好き?」
「………………」

答えないサクラの顔が、みるみる苦くなり、有賀とは別の方向を向いてしまう。それでも押しのけられる事はなかったので、サクラの肩口にとん、と顎を乗せた。

「……近い。近いから、これ、有賀さん」
「うん、近いね。とてもどきどきします。いいね、恋って素晴らしい。それで、サクラちゃんの好みは、髭の有無以外教えてもらえないの」
「えー……有賀さんの好みと交換なら……」
「僕? あー、僕か。そうだな、今までは察しが良くてさっぱりした人間がいいかなと思っていたんだけど、最近は笑顔がかわいくて言葉遊びが気持ちいい電機工務店員さんが好きです」
「それ好みじゃなくて俺じゃん」
「間違ってないでしょ。さあ教えなよ。好きな子の好みくらい把握したいと思うのが恋でしょう」
「そういうのって影でそっと情報収集するのが恋なんじゃないっすかね……。とりあえず顔は好きですけど。あと身長あってムカつく」
「それ好みじゃなくて僕への感想だね。まあ、好きと言われたのでいいことにしようかな」

急な接近に、サクラの苛立ちはおさまったのか。絶望的に青ざめていた顔色は、普段の軽口をたたく時と同じくらいには戻っていた。それを確認し、有賀は少し表情を緩める。

「サクラちゃんは、なんか、いいよね」

顎を乗せたまま少し顔を傾げる。頬が肩に当たり、頭は首筋にことんと預けられた。

「なんすかそれ。俺、結構駄目でしょ」
「うーん、でも他人に迷惑をかけない。あと優しい。面倒見がいい。仕事真面目だし、呼べばすぐきてすぐ直してくれる、あれ、相当カッコイイな。変な女から変な電話かかってきてもその場でキレたりしない。きちんと考えて、友達にもカミングアウトして相談しようって決意できてるしさ」
「でも深夜に全然関係ない人に友人関連の愚痴垂れ流す三十一歳ゲイっすよ。道端で回収されたし」
「関係ない事ないでしょう。僕、サクラちゃんのこと好きだなって、本日めでたく自覚したわけだし。サクラちゃんちょっと、酔うと自虐的になるねぇ」
「あー……普段、あんまり言わない分、有賀さんには垂れ流してる、かもしれない。数時間の恋はさめた?」
「まさか。頼られて調子に乗っていますね」
「乗りすぎでしょ近いって」
「ゆず湯分の御褒美ちょうだいよ。おいしいでしょ、それ」
「……うまいけど。有賀さんの匂いがするからなんか、あーってなる」

自分の匂いとは何だろう。
そう考えて有賀は、料理の仕上げにゆずを大量に絞ったことを思い出した。柑橘の香りは肌にも服にも強く付く。今日、抱き込んだ時にでも香ったのかと思いあたり、有賀の方がおかしな声をあげてしまいそうになった。

実際、少し口から出ていたかもしれない。あー……と、情けない声を上げながらへなりと肩口に沈む有賀に対し、サクラは少し赤くなった首筋のままそっぽを向いていた。

「あのね、キミね、あー……そういうこと、言うから。僕がね、こう、我慢できなくなるんだよ。馬鹿」
「たまには仕返しさせてくれたっていいでしょ。俺、やられっぱなしだし。ていうか、拾ってもらった、お礼?」
「仕返しとお礼って、すごい抱き合わせだね。でもね、匂いがとか言われたら、もう、たまらないよ。そういうこと言ってるとね、抱きしめるだけじゃすまなくなるからね」
「…………しませんよ?」
「いたしませんよ。でもキスくらいくれたっていいんじゃないかと思いますよ。サクラちゃん拾ったら、煙草買うの忘れてさ。口寂しくてどうしようもない。お礼っていうなら、煙草の代わりなんかどうかなって思いますね」
「……まあ、そうっすね。有賀さんに喋ったら、すっきりしたし。一回くらいな、ちょ、早い早い心の準備!」
「気持ちが変わらないうちに。ほら目閉じてサクラちゃん。一回って口が離れるまでのカウントでしょ?」
「せめて三分以内に収めてくれないと死ぬから」
「検討します」

ささやかに笑ったまま、下唇を小さく舐めると、心得ているように口が開いてそのまま有賀の舌を誘った。

セックスは心でするものだという言葉が、有賀は結構好きだったが。
そういえば、キスも心でするものだった。そんな青臭い気持ちを思い出しながらも、出来るだけ官能的に聞こえるようにリップ音を残す有賀は、悪い男になったような気分だった。



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