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8-1


突然決まった花見という名目の宴会が終わり、やっと自室に帰って一服しようとした有賀は、買い置きの煙草がすべて尽きていることにその時初めて気が付いた。

自他共に認めるヘビースモーカーの有賀は、煙草と酒がないと生きていけないかもしれないと思うほどで、それを切らすことはあまりない。後数本と思うと都度、切らさないように買い込んでいた。
無くなっていることに気が付かないのは、珍しい。
どうして気が付かなかったのか、と自問したが答えはすぐにわかった。酔っぱらいながら吸っていたということもあるが、サクラのことで舞いあがっていたのだ。それはもう、残りの煙草が何本か把握もできない程に。

「……青いねー、僕も」

初恋でもないのに、何をやっているんだか。
ひとしきり冷えた台所で赤面して反省した後、厚手のカーディガンを羽織ってコインケースをポケットにつっこんだ。

煙草がないから大人しく寝ようだなんて思わない。何より、寝起きに一本吸えないのは拷問だ。そんな絶望的な気分を味わうくらいなら、いくら寒かろうが深夜だろうが買いに行った方がマシだ。

若干ストーカーの事が頭をよぎりもしたが、コンビニはそう遠くは無い。深夜と言えどまだぎりぎり日付は変わっていない。民家と街灯の多い道を選べば、例えストーカーに鉢合わせしても死ぬことはないのではないか、と言い訳しながらアパートに鍵をかけた。
こういう観念で動いているからアゲハに小言を頂戴してしまうのだろう。反省しつつも、階段を降りてしまう。

できるだけ早く歩いて、早く帰ろう。
春の夜道はできればゆっくりと味わいたい静寂で満ちていたが、背に腹は代えられなかった。
今度、サクラと一緒に歩いてもらおう。男二人の深夜歩きなら、アゲハもため息くらいで許してくれるような気がした。

明るい街灯の下を速足で通り過ぎる。思ったよりも人通りは無く、一応周囲に警戒しながら十字路を曲がったところだった。

曲がった角のすぐ先の生け垣の下に、蹲る人影があった。

「…………っ!」

思わず、叫ぶところだった。
なにかあったら叫ぶ準備、と思っていたことも災いした。口元を覆わなければ深夜の住宅街に、無様な声を響かせていたかもしれない。というか、普通に怖い。有賀はあまり、ホラー的なものが得意ではない。
不審者というよりも、生きた人間だと思えずに一歩下がり、よくよく目をこらしてやっと、その服装に見覚えがあることに気が付くまでは心臓がとんでもない速さで動いていた。

「……サクラ、ちゃん、なにしてるの、こんなとこで」

やっと出た声は微妙に上ずっていて格好付かなかったが、ともかく壁に寄り掛かる様に蹲りうなだれるサクラと思しき人物に声をかけた。
手には携帯を持ったまま、ゆっくりと顔を上げる。その青ざめた様子に、具合でも悪くなったのかと駆けより覗きこんだ時にやっと、サクラが有賀に気が付いたように見えた。

「あ……。あー……すいません、ちょっと、休憩、っていうか。……眩暈がした、みたいな感じで」
「なんだか、大丈夫じゃなさそうなんだけど。立てない感じ?」
「立てます、うん、すいません。大丈夫なんで……」

乾いた笑いを貼りつかせるが、どう見ても大丈夫だとは思えない。先程笑って別れたばかりのサクラがどうしてこんな状態になったのかはわからないが、放っておけるわけもない。
立てると言ったサクラはよろりと立ち上がるが、相変わらず真っ青な顔色で、とても手を振って別れるような状態ではなかった。

「サクラちゃん、ちょっと歩くけど、とりあえず僕のうちまで帰ろうか。おぶって行ってもいいけど、そこまでじゃない?」
「え。いや、じぶんちかえります、ほんと、」
「ホントに? じゃあ気を付けてって、言うわけないでしょ」

そのままもごもごと口ごもるサクラの手を引いて、できるだけゆっくりと歩いてスワンハイツに戻ってきた。
煙草を買っている暇は無かったし、結局手ぶらで戻ってきてしまった。けれどなぜか道中で先程帰った筈のサクラを拾ってしまった。
煙草が無いのは手持無沙汰だったが、この際仕方がない。

ローテーブルの前に座らせて、少し考えてから、今日の料理の残りものでゆず蜂蜜湯を作った。自分用にも同じものを作り、ほんの少しブランデーを垂らす。
蜂蜜は少なめに、少しさっぱりと酸っぱい味に調えたゆず湯を一口飲み、サクラはうなだれた。

「で、どうしたの? 具合悪いっていうか、顔色が悪いけど、吐くとかじゃないんだよね? 帰り路で、何かあった?」
「体調は、平気なんですけど。……あの、有賀さん、ちょっとお願いがある、んだけど」
「うん。僕にできることなら善処するけど。何?」
「……ちょっと、愚痴というか話聞いてもらえたら嬉しいかな、と。あー……別に、有賀さんに関係のある話とかじゃ、全然、そういうんじゃないんですけど」
「うん? うん。いやそういうのは別に、勿論聞くけど。聞くだけでいいの?」
「……甘やかしていただけると尚嬉しい。できれば、身体以外で」

消え入りそうな声で、尚且つ非常に言いにくそうにぼそぼそと喋る。
今のところ有賀にとっては、何だそんな事かというような要望だったが、いつも以上に気まずそうな様子を見るとあまり楽しい話ではないのかもしれない。ただ、体調が悪いというような状態ではないらしく、それだけは安心だった。
この短時間に何があったのか、どうしてあんなところで蹲るような状態になったのか、それは逆にこちらも聞きたい。

「うん、了解。まあ、とりあえずそれ飲んで体あっためてね」

隣に座っても良いものか迷ったが、とりあえずテーブルを挟むように向かいに腰をおろして煙草を探してから、そういえば買い逃したことを思い出した。仕方なく物足りない口にはゆず蜂蜜湯を流しこんでおく。
宴会の喧騒はすっかり消え失せて、部屋の中も、外も緩やかな静寂に満ちていた。
本来ならこの静寂の中、まったりと二人で酒を飲んでいた筈だった。別に、宴会も悪いものでは無かったが、どちらかと言えば静かな方が有賀好みであることに変わりは無い。

半分ほど甘酸っぱい飲み物を飲み、口を開きにくそうなサクラを見やる。
顔色は少しは回復していたようだったが、今はこの場の居たたまれなさのようなものが彼を苛んでいるようにも見えた。勝手に連れてきたのは有賀なのだから、サクラが気に病む必要などない。

どれほど言いにくい事情があるのか、と、考えて思いあたることに気が付いた。

「違ったらアレなんだけど。もしかして、最初の日に言ってたハラワタ煮えくりかえる程理不尽にムカついたことと、同じ原因?」
「あー……言ったっけ、俺」

記憶を辿る様に、サクラは遠い目をした。
初めて鳥翅を訪れた時のサクラはすっかり酔っぱらっていて、けらけらと笑ってはいたが、確か普段はこんなに飲まないと零していたから今日はどうしたのと訊いた気がする。その答えが、嫌な事があったから、という言葉だったと記憶していた。

あれから一か月程しか経っていない。
有賀もストーカー問題を据え置きにしているし、サクラの方でも何か私生活に問題があるようだった。



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