時間になり、轟くんが部屋に迎えに来てくれた。今日は皆で出久のお見舞いだそうで、出久の居る病室の階につけばA組のみんなが集まっていた。久し振り〜とか大丈夫?と近況報告を交わしながら出久の居る病室に到着すれば先頭を進んでいた上鳴くんが扉を開ける。


「あー緑谷!!目ぇ覚めてんじゃん」


その声を合図に皆がどんどん病室の中に入り込む。出久は意識は戻っていたもののベッドに寝たきりの状態で両腕にギブスをはめられ、頭には包帯、頬にはシップと見ているだけでも痛々しい姿に今までの戦闘訓練での怪我や試験の時の怪我とは比ではないことは明らかだった。


「テレビ見たか!?学校いまマスコミやべーぞ」

「春の時の比じゃねー」

「メロンあるぞ!皆で買ったんだ!」

「迷惑かけたな…緑谷」


ゾロゾロと全員が部屋に入り込み、上鳴くんと砂藤くんが学校の状況を報告する横で峰田くんが自慢げに持ってきたメロンを掲げ、常闇くんが例のダークシャドウの暴走の件を含め静かに謝罪する。


「ううん…僕の方こそ…A組皆で来てくれたの?」

「いや…耳郎くん葉隠くんは敵のガスによって未だ意識が戻っていない。そして八百万くんも頭をくやられここに入院している。昨日丁度意識が戻ったそうだ。だから来ているのはその3人を除いた………」

「……16人だよ」

「爆豪 いねえからな」

「ちょっ轟…」


いつになくか細い声で問いかける出久に飯田くんが淡々と説明し、私の横に立ったお茶子ちゃんが続ける。更に追い打ちをかけるように轟くんがズバッと言い切る。容赦ない一言に芦戸ちゃんが少し慌てていた。しかし隠しようがない事実だ。


「オールマイトがさ…言ってたんだ。手の届かない場所には救けに行けない…って。だから手の届く範囲には必ず救け出すんだ…」


ポツリ、ポツリと話す出久の瞳に涙が溜まっていくのが分かる。なんたって、目の前で。本当に自分たちの目と鼻の先で彼は闇に消えた。あと一歩踏み出していたならば届く距離に。あと数秒だけでも速ければ結果は違っていたかもしれない事実に悔しい訳がない。悲しいわけがない。


「僕は…手の届く場所にいた。必ず救けなきゃいけなかった…!僕の"個性は"…その為の"個性"…なんだ。相澤先生の言った通りになった…」


出久の個性は凄い。でも1人助けるのに全力を出してしまえば、2人目の救助は難しい。何度か見た彼の個性の特徴は何となく私でも分かった。でもきっと出久自身が自分の事を一番理解している。悔しさに歪む顔を見つめることしかできない。


「体……動かなかった…」

「じゃあ今度は救けよう」

へ!?


出久の涙が引っ込み、病室内の視線が一気に平然と言ってのける切島くんに集中する。一体どういうことなのだろうか。どうしてそんなスパンと言い切ることができるのだろうか。皆の注目を集める中、切島くんがゆっくりと口を開く。


「実は俺と…轟さ、昨日も来ててよぉ…オールマイトと警察が八百万と話してるとこ遭遇したんだ」


聞けば2人が病室に向かうと意識が戻っていた八百万ちゃんがあの混乱の中で敵(ヴィラン)の一人に発信機を取り付け、その発信機の信号を受信するデバイスをオールマイトに渡していた現場を目撃してしまったらしい。
あれだけ皆が混乱し、自分や身の回りに居た友達を守ることで精いっぱいだったであろう中でよく出来た判断だ。それにきっとこれは八百万ちゃんにしか出来なかっただろう。


「………つまりその受信デバイスを…八百万くんに創ってもらう…と?」


その先は切島くんの話を聞くまでもなかった。轟くんと切島くんの考えを代弁するかのように、いち早く2人の意見を察した飯田くんが口を開いた。轟くんも、切島くんもその問いに何も応えず沈黙した。この場での沈黙は肯定を意味しているのは容易に分かった。一瞬の内に過ぎったのはあの、"ヒーロー殺し"の時。


プロに任せるべき案件だ!生徒の出ていい舞台ではないんだ馬鹿者!!

んなもんわかってるよ!!


飯田くんは知っている。あの事件でどれだけの人たちに迷惑をかけたのかを。私も、轟くんも、出久も勿論知っている。だからこそ飯田くんは声を荒げたのだろう。それでも切島くんも飯田くんに負けないぐらい声を荒げて反論する。


「でもさァ!何っも出来なかったんだ!!ダチが狙われてるって聞いてさァ!!なんっっも出来なかった!!しなかった!!」


一緒に補習を受けていた切島くん。私は相澤先生の指示にも従わず、ブラド先生の制止も聞かずに飛び出して行ってしまったが、きっと彼は身動きできない状況下でずっと悔しい思いをしていたのだろう。勝己が友達が狙われていると知った時ですら、何も出来ないもどかしさは苦痛に近い。だから、


此処で動けなきゃ俺ァ ヒーローでも男でもなくなっちまうんだよ


切島くんはたった数パーセントでも救える選択肢があるのなら、誰に止められようがきっと諦めないし揺るがない。絶対に彼は退かない。そう確信した。


「切島 落ち着けよ。こだわりは良いけどよ 今回は…」

「飯田ちゃんが正しいわ」

飯田が皆が正しいよ でも!!なァ 緑谷!!眞壁!!


声を荒げる切島くんに上鳴くんがシーっと口に指を当てて静かにというポーズをアピールするが気にもしない。梅雨ちゃんの言葉を肯定しながらこちらを振り返る。名前を呼ばれ、切島くんと視線が合う。


まだ手は届くんだよ!


ベッドから上体だけゆっくりと起こした出久と、切島くんの呼びかけに思わず目を丸くした私を交互に見る切島くんの眼はとても真っ直ぐで必死だった。


「ヤオモモから発信機のヤツもらって…それ辿って…自分らで爆豪の救出に行くってこと……!?」

「敵は俺らを殺害対象と言い爆豪は殺さず攫った。生かされてるだろうが殺されないとも言い切れねえ。俺と切島は行く」


芦戸ちゃんの言葉に轟くんが続けるがその内容には一瞬血の気が引いた。そうか。彼らは生きたまま攫ったがその後は正直どうなるか分からない。理由は何であれ、きっと勝己なら抵抗もするだろうし反撃のチャンスを伺う筈だ。頭は良いし、冷静になればきっと算段を打つはず。でもそれが成功するかは分からないし、敵の意図も分からない以上危険な状況であることは変わりない。そう思うと酷く心臓が煩く感じた。


ふっ――ふざけるのも大概にしたまえ!!

「待て 落ち着け」


飯田くんの怒りが頂点に達すると思われたその時、冷静に傍からやり取りを見ていた障子くんが静かに動いた。


「切島の"何も出来なかった"悔しさも、轟の"眼前で奪われた"悔しさも分かる。俺だって悔しい。だが、これは感情で動いていい話じゃない」


そう。衝動に任せて良い話じゃない。下手をすれば大きな被害も出るし、死人だって出るかもしれないし無事に戻って来れるとも限らない。事態が悪化するかもしれない。今までその経験を目の当たりにしてきたから分かる。分かる、けど。


「オールマイトに任せようよ…戦闘許可は解除されてるし」

「青山の言う通りだ…救けられてばかりだった俺には強く言えんが…」

「皆 爆豪ちゃんが攫われてショックなのよ。でも冷静になりましょう。どれ程 正当な感情であろうとまた戦闘を行うというのなら――ルールを破るというのなら "その行為は敵のそれと同じなのよ" 」


ドクリ。梅雨ちゃんの一言に皆が冷静になる。皆正しいのは分かっている。善も悪も無い。気持ちは一緒だ。でも、衝動的に動いて、人を危険に晒すと言うのは訳が違う。例えそれが予想外だったとしても、結果は纏わりついてくるし事実になる。逃げ道は無い。相当な覚悟が必要だし、判断も重要だ。感情だけで動ける訳がない。動いて良い訳が―…。


「お話し中ごめんね――緑谷くんの診察時間なんだが…」

「い…行こか。耳郎とか葉隠の方も気になっし…」


コンコンという控えめのノックの音と共に開きっぱなしの病室のドアから顔を覗かせたのはお医者さん。此処で感情的になって言い争いを続けても仕方ないし、この話に区切りを付けようとしたのか上鳴くんが徐に理由を交えながら皆を誘導する。轟くんが部屋戻るか?と聞いてきてくれたが、首をふるふると横に振ってありがとうとだけ伝えると彼はじゃあまた後でな、と皆に続いて出ていった。
ゾロゾロと皆が出ていく中、出久と顔を見合わせていると最後に残った切島くんが周りに聞こえるか聞こえないかぐらいの小声で耳打ちするように言う。


「八百万には昨日 話をした。行くなら即行…今晩だ」


時間は限られている。早ければ早い方が良いが、突然すぎて正直心臓がずっと煩い。助けられる。でもそれはルールを破ることになる。でも、でも勝己が…。葛藤が脳内でグルグルと入れ替わっていく。結論が上手く、出せない。


「重傷のおめーが動けるかは知らねえ。それでも誘ってんのはおめーが一番悔しいと思うからだ」


悔しい。悔しい。悔しい。悔しい。また、この手は大事なものを取り零してしまう。そんなのイヤ、イヤ、イヤ―…嫌だよ、母さん。そこまで考えて不意に、自分が母の事を思い出していることに気づく。脳裏にこちらを振り返って笑うかつての母の姿が見えた気がした。


「眞壁も」

「うん…。ありがとう、切島くん」

「今晩…病院前で待つ」


でも本当に無理はすんなよ。と怪我を労わりつつ切島くんが去ったのを見送り、出久を見る。まだ少し複雑な顔をしていたがお医者さんが動ける?と問いかけ、手招きするとゆっくりと頷いて起き上がった。


「帷ちゃん、」

「…出久。診察終わったら、少し付き合ってくれる?」


待ってるから。と小さく呟けば出久はそれ以上何も言わずに頷いてくれた。そのまま出久が出ていくのを見送り、深く息を吐く。皆が作ってくれたチャンス。優しい皆の気遣いも全て糧にして動かなければ。病院で、家で、ずっと不安な日を送るなんて私には出来そうにない。もうたくさんだ。きっと、やっと、覚悟を決めなければならない時が来たのだ。



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