あの後。ブラドキング先生が通報していたみたいで、敵(ヴィラン)が去った15分後救急や消防が到着した。生徒40名の内敵のガスによって意識不明の重体15名。重・軽傷者12名。無傷で済んだのは13名だった。そして…

行方不明1名。

プロヒーローが6名のうち1名が頭を強く打たれ重体。1名が大量の血痕を残し行方不明となっていた。一方、敵側は3名の現行犯逮捕。彼らを残し、他の敵は跡形もなく姿を消した。


更に一方、私はというとあの後すぐに他の重・軽傷者と共に合宿所近くの病院に運ばれた。あの場は勢いで動いていたものの徐々に足を挫いていたことや軽く骨に罅がはいっていたこと(病院の検査で判明)から体中に痛みが襲ってきたため入院。最初は病院の先生が経過と状態を見ながら教えてくれた。そこにリカバリーガールがやってきて、無茶ばっかりして!と怒りながらも治療を施してくれた。


「(…皆は、大丈夫、だろうか)」


窓の外を呆然と眺めながら先生に言われた通り大人しくするしかない。先ほど訪ねてきた警察の人達から聞いた林間合宿の情報からきっと出久を含む重・軽傷者の他の生徒たちも此処に運ばれてきているのだろうが、イマイチ状況が分からない。皆無事に回復にむかっているのなら良いのだが。
ぼんやりとそんな事を思いながら病室の時計を見る。普通なら学校で授業している時間だ。何事も無ければ今日は何の授業だったのだろう、何を皆と話しただろう。目の前の席に座る彼が、どんな暴言を吐いてきただろう―…。そこまで考えていた思考が、突如鳴り響いた病室の扉をノックする音に停止する。


「起きてたのか」


ノックから間を開けずにガラガラとバリアフリーの大きな病室の扉がスライドして開く。扉の向こうにいた人物はこちらを見て一瞬固まって瞬きしたが、すぐにいつもの顔に戻って口を開く。


「悪い、返事聞く前に開けちまった。出直した方が良いか?」

「良いよ轟くん。大丈夫」


まだ私が寝ていると思っていたらしい彼、轟くんは相変わらずで少しホッとした。少し部屋に入りかけていた体を廊下に戻し、丁寧に扉を閉めようとした轟くんに待ったをかける。開けちゃったのにまたやり直そうとするのが彼らしくて思わず笑ってしまった。嗚呼、良かった。まだ私、笑えてる。


「調子はどうだ?」

「お医者さんとリカバリーガールのお陰で大分回復したよ」


もう少ししたら退院しても良いってお医者さんも言ってた。と言えば、彼は少し安堵したようにそうか、とだけ返してお見舞いだと可愛らしいパッケージのクッキーをベッドの横の簡易的なテーブルに置く轟くん。お礼を言えば気にしなくていいとやっぱりいつもの轟くんだ。


「ねぇ、轟くん、あの…さ、本当に勝己は…」


あまりにも轟くんがいつも通りで安心しまったから…本当は夢だったんじゃないかって、私の目の前で起きた出来事も全部夢で、混乱して見てしまった錯覚だったんじゃないかと思ってしまった。
敵(ヴィラン)達の襲撃にはあったけど、負傷者が出てしまったとしても皆無事で、皆で帰ってきてるんじゃないかと。彼も誰かに助けられてこの病院に入院してるんじゃないかって。だから、少し声を震わせながらも轟くんに問いかけてしまった。


「嗚呼。本当に攫われた。お前が見たのは夢でも幻でもねぇ」

「……そっか…夢じゃ、ないのか…」

「悪い」

「なんで轟くんが謝るのさ。轟くんは悪くないよ」

「………」


少し哀しそうな表情を浮かべて謝る轟くんにふるふると首を振る。だって、轟くんは何も悪くない。夢じゃなかったのは残念だし、悔しいし、悲しいし、苦しいけど決してそれは轟くんのせいじゃない。誰のせいでもない。誰の、せいでも…。

Prrrr…

不意に簡易テーブルに置いたままのスマホが着信を知らせる。画面を見れば、「お父さん」の文字。その画面を見た瞬間、私は凍り付いた。どうしてこのタイミングで、しかも向こうからの電話なんて恐怖でしかなかった。


「出ないのか?」

「…う、ん」


丁度簡易テーブルの傍に立っていた轟くんも画面を見てしまったのか、不思議そうに私とスマホを交互に見ながら口を開く。俺は気にしないから出ても良いという彼なりの気遣いだったのだろうが、私はすぐに動けなかった。


「親父さん、心配してるんじゃないのか?」


きっと病院か警察か学校が連絡を入れたんだ。そうに違いない。今の状況を知っているのなら、轟くんの言う通り心配して電話してくれたのかもしれない。何故だかいつもならそんなこと思うはずないのに、そんな考えが浮かんだのと父親なのに電話に出ないのを轟くんに不審がられるのも嫌だと思った。手短に自分の状況を話して切ればいい、そう思ってスマホを手に取った。


「も、もしもし」

「≪やっと出たか!!≫」

「お父さ―…」

「≪お前、一体何してるんだ?≫」

「え、」


気遣って一旦病室から出ようとした轟くんの動きが止まったのを感じる暇もなく、スマホの向こうで声を荒げる父親の声に驚いて思わず零れた声が抑えきれない。


「≪最初は学校から。この前は警察、今回は警察と病院。なぁ?お前、何をやらかしてるんだ?」

「おと、う…さん…」

「≪父さんが忙しいのも、父さんの仕事も、お前分かってるだろ?≫」


やっぱり出るんじゃなかった。未だ轟くんが病室内にいるのは分かっているだから変に切るのも嫌だし、切ったところでまた電話が来るのが目に見えている。指が震えて通話も切れない。耳も離せない。分かっている分かっている。平常心を装おうとするけど余計に声が震えるし、せめて今の状況を説明しないとお父さんは分かってくれない。だから必死に声を出そうとするけど、声は出ないし父親の呆れたあの嫌な声は途切れない。
視界が歪んでいく。知ってる。お父さんがプロのヒーローで、海外であちこちヒーロー活動していることも。忙しいことも。私の事に時間を割いている暇なんてないって事も。嗚呼泣くな、泣くんじゃない。そう、分かっているけど胸が痛くて、痛くて、痛くて。だからスッと手に持っていたはずのスマホが取り上げられるまで目の前に戻ってきていた轟くんに気づかなかった。「…あ、」と声を零した時には、彼は通話のスピーカーボタンを押していた。


「≪中学では何の問題も起こさなかっただろう?どうしたんだ?雄英に入った途端に問題児か?学校だけじゃなく警察や病院からもってお前…可笑しいだろ≫」


返して、声が出ず口パクのまま必死に轟くんに手を伸ばすけど、彼はスマホを見つめたまま返す様子もなく少しだけ眉間に皺を寄せた。これ以上父親に話させる訳にはいかない。そう思い、なんとか喉から声を絞り出す。


「お父さん、お願い、聞いて―、」

「≪お前、雄英で何やってるんだ?≫」

「ねぇ、お父さん」

「≪そもそもお前がヒーロー科に入るなんて知ってたら…≫」

「お父さん、聞いて…聞いて、ねぇ」

「≪お前、やっぱりヒーローに向いてないんじゃないか?≫」


ボタリ、ボタリ。病院の白い布団の上に瞳から溢れてしまった涙が落ちる。何度名を呼んでも応えない父親の声。嗚呼、知ってる。あの日から、あの時から父は私に期待などしていないのだ。雄英に入れたのも偶然だろうし、すぐに辞めるだろうと思っていた人だ。私がヒーローになるだなんて夢見事と平然と言ってのける人だ。分かっていた。父親と話せばこうなることぐらい。知っていたのに。目の前に轟くんが居ると分かっていても涙が止まらなかった。涙を止めることも出来無いくせにそれでもスマホに向かって手を伸ばす私を横目に、轟くんはスマホに真っ直ぐに向き合っていた。


「アンタ…親の癖に眞壁の事、何も知らねえんだな」

「≪…誰だ?≫」


スピーカー機能のまま、轟くんがスマホの前でしっかりと口を開いた。それも私の父に向かって言い放ったような、吐き捨てたような兎に角投げたような声だった。


「俺が誰かなんて事は今はどうでもいい」

「止めて、轟くん。良いの…私、大丈夫だから!大丈夫だから、ねえ!」

「良くねえだろ」


スマホの向こうの父もいきなり聞こえてきた娘ではない轟くんの声に一瞬間を空けたものの反応していると言う事は聞こえていると言う事。いつになく真剣な眼差しで携帯を睨み付ける轟くんに制止をかけるが彼は私の声を払うように一掃した。


「≪…君が誰だかは問わない。だが、私は帷と話してるんだ。帷と代わりなさい≫」

「アンタ、今どんだけ眞壁が苦しい思いしてるか、どんだけ辛いことにあって来たか知らねぇだろ。…そんなヤツ、親父さんだろうが眞壁と話なんかさせるか」

「≪はぁ…君ねぇ、帷の友達か知らないけど君が帷の何を知ってるっていうんだ?≫」

「嗚呼、俺は眞壁を全部知ってる訳じゃねえ。…でも、眞壁がどれだけ皆を助けてるか。どれだけ大きな相手に立ち向かってるか、どれだけ常に最善を考えて動いてるか。どんなに叩きのめされようと諦めない凄いヤツで、自分よりも相手を優先する優しいヤツって事ぐらいは知ってる」


ハッとした。涙でグチャグチャになった顔を上げて轟くんを見れば、なんとも優しい顔でこっちを見ていた。微笑んだ彼の顔に自然と涙は止まって、胸の奥がスウっと軽くなった気がした。こちらからスマホへ視線を戻した轟くんがまた静かに落ち着いた声で言葉を続ける。


「眞壁がヒーローに向いてねぇとか、アンタこそ眞壁の何を知ってんだよ」

「≪……君、もしかして≫」

「失礼します」


父が何かを言おうとしたところで轟くんが通話の終了ボタンを押して通話を切った。静かにホーム画面に戻ったスマホを差し出してくれてそれを私はゆっくりと受け取ってギュッと手で抱み込んだ。


「悪い。少しカッとなっちまった。後でちゃんと親父さんに謝る」

「ううん。良い、良いの。ありがとう轟くん。ありがとう」


何処まで真面目なんだろう。思わず笑ってしまった。謝らなくていい。少なくとも轟くんが私の事をそう思ってくれていると知れただけでとても幸せだった。私が弱いのは知ってるし、期待もされてないのは自分自身が一番分かってる。それでも今まで私が頑張ってきたことがすべて無駄じゃなかったんだ、と思えたからずっと轟くんにありがとうと繰り返せば、良いからもう泣くなって言われた。


「(俺は常に嫌って程に期待されて見られていて苦しかったけど、お前は…常に見て貰えなかったんだな)」


ボロボロになっても、最後まで諦めずに立ち向かっていく彼女に闇があるなんて誰が思っただろう。常に光を振りまいているような彼女が、誰よりも皆を守ろうとする彼女が、誰にも守られていなかっただなんて誰が思うだろうか。



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