「…どういうことだ」


橙色の髪を揺らし、動揺を隠しきれない男―…Dr.ロマンこと、ロマニ・アーキマンは、ダンッとかなりの勢いで機材の並ぶモニター傍に手を付きながら自分の見間違いではないかとモニター画面に目を凝らす。…やはり、見間違いではない。


―レイシフトの誤作動。


ついさきほど、よろしく頼むよ。と手を振っていつものように1人のマスターとサーヴァントたちを次の特異点へと見送ったというのに、これではあんまりだ。はあ、と思わず項垂れる。
彼らが誤って送り込まれた地点へとたどり着き、通信が繋がる状態になるのを待つ。きっとまたマシュに怒られるか呆れられるのは目に見えている。ああ、しかし何故こうもまた…。
正直言ってレイシフトの誤作動というのは珍しいことではない。いや、あってはならない事だというのは重々承知なのだが案外起こりうる事態だというのは事実だ。

…で、此処までの流れであれば、”いつもと同じ”であったのだが今回は”違う”。冒頭の台詞と共に彼の脳内は疑問でいっぱいだった。

誤作動で彼らが送り込まれた場所。そこは以前、狂ったとされる歴史を無事に正した地点の1つ。もはや問題は無いはずだ。今まで起こった誤作動でも一度訪れた地点に送り込まれることなどなかったのに、何故、今回に限って…。
それに、問題はもう一つあった。モニターのパネルを幾つか叩いてみるが、その正体は分からない。モニターに映し出されるその大きな反応は、一体…。


「何が、起こって…」

「どうした?ロマニ」


内心焦っていたロマニの元に「また誤作動かい?」と冗談にもならない言葉を発しながら歩み寄ってきたのは他でもない、レオナルド・ダ・ヴィンチだ。モナ・リザを彷彿とさせるその美しい容姿の彼女はモニター前で固まっているロマニを見るなり、彼の手元を覗く。
瞬間、先ほどまでの笑顔はどこへやら、ダ・ヴィンチはロマニの横でムッと顔を曇らせる。察しのいい彼女の事だ、事態をすぐに理解したらしい。


「…見たことない反応だ。それにここは―…」


ダ・ヴィンチもその事態の奇妙さに唸る。恐らく、ロマニと同じ考えにまで彼女は至っている。どうしてあの時間軸のあの地点に再び扉が開いてしまったのか。そして、このモニターに映る反応の正体は一体何なのか。2人の間に走るのは最早不安と疑問でしかない。その時だった。


「≪ドクター!ドクター応答を!≫」


聞き覚えのある声の通信が飛び込んでくる。どうやら無事に地点に到着し、通信状態にも以上はなさそうだ。ロマニはモニター画面から目を逸らすことなく慌てて通信機器を繋ぎ、マイクに口を近づける。


「ああ!マシュくん!立香くんも無事かい?!」

「ええ、無事…ではありますが…」

「…ねえドクター、見覚えのある光景が見えるんだけど」


少し呆れ気味のマシュの声と同じく、俺の間違いじゃないよね?なんて呆れかえっているような立香くんの声も聞こえる。2人とも無事だし、やはりロマニが思っている光景のその場所に立っているようだ。


「嗚呼、そこは " 冬木 " だ」


僕らの終わりにして始まりの場所(特異点)―…冬木市。再びその地に2人は降り立った。レイシフトの誤作動という運命の悪戯か、はたまた単なる事故か…本来向かうべき場所から外れ、強制的にその地点に足を踏み入れたのだ。
そのロマニの静かな言葉に、通信機を挟んだ向こうの2人も驚いたようだ。少し息を飲むような音が聞こえた気がした。


「≪え、冬木って≫」

「≪一度訪れて問題も解決した筈じゃ―≫」

「んー…まあ、その筈なんだけどね…」


どう説明していいのやら。いや、誤作動なのは間違いない。けれどもう一つの問題の方はどう説明すればいいのか分からない。もしかしたらその反応が関係してるのかもしれないなんて根拠も無いのに、ロマニ自身、自分がその言葉を言っていいものかどうか。いや、伝えた方がいいんだろうな。うん。と1人で納得している間に、傍にいたダ・ヴィンチが通信機器に顔を近づける。


「よく聞け立香。こちらのモニター上、見たことも無い反応が映ってる」

「≪見たことも無い反応?≫」

「嗚呼、敵対生物なのかそもそも生物なのかも上手く捉えられないが、君たちがそこに飛ばされてしまった原因はその反応のせいかもしれない」


本来であればロマニが説明するべきことをダ・ヴィンチは全て簡潔に、そして正直に正体不明の反応の事も向こうにいる2人に伝えた。思わずポカンとしてしまうロマニだが「そう!そうなんだよ!」と言葉を紡ぐ。勿論、モニターからは眼を離すことなく。


「≪あの…よくおっしゃってる意味が…≫」


戸惑うマシュの声。戸惑わない訳が無い。今まで敵性生物やサーヴァント反応というものはあったものの、その反応とも違う…当てはまらない存在が自分達の身近にある、と。そしてその反応のせいで自分達が再び冬木の地に足を踏み入れる事になったかもしれないなんて、正直戸惑うしかない。


「と、とにかくこちらからもう一度レイシフトできるよう調整するから、その間反応を調べて貰いたいんだ」


再びレイシフトを行おうにも誤作動があったとなればもう一度調整し直さなければならないし、時間が掛かる。それに、


「そもそも、その反応の正体を掴まないと帰れないかも」

「…そういうこと」


付け加えるかのように言うダ・ヴィンチの言葉に肯定の声を零す。レイシフトが直ったとしても本来の原因が取り除かれない以上、帰れないという事態がありえなくもない。それも服も含めて考えれば、これは調べて貰った方が得策と思える。


「≪…まぁ飛ばされてきた以上、何か問題があったんだろうし調べてみるよ。もしも…ってことがあるかもしれないし≫」


ふう、と小さく息をついた立香の声は素直で理解が速い。流石色んな状況を駆け抜けてきただけの事はある。こちらの言葉を素直に受け取る彼はマスターになって間もないが、とても頼りになる。


「うんうん。流石立香くんだ。だが、見たことも無い未知反応である以上、警戒は怠らないように!こっちでも何か分かり次第随時連絡するようにするから」


単なるレーダーの不具合で大きな問題が無ければそれはそれで”何もなかった”という結果で良いだろうし、例え何かの”危険因子”であれば取り除けばいい。とにかくよろしく頼むよ、といつものように微笑みながら通信を切った。


「…さて、と」


2人との通信を切り、思わず肩の力が抜けてその場の椅子に腰を落とす。相変わらずモニター画面に反応に変化はない。広範囲に広がっているわけでも無い、ただ小さな一点を示す不思議な反応にロマニは再び「うーむ」と唸る。


「ロマニ、君はこれをどう見てる?」

「…分からない。……でも…」


唸るロマニの横で同じく顎に人差し指と親指を添えながら真剣な顔でモニターを見つめるダ・ヴィンチが静かに問う。小さく鼻から吐息したロマニは言葉を続ける。


「冬木は焼けた。前に訪れた時もこの時間軸の冬木は焼けている。そこにある反応なんて…本当にもしもの事態かもしれない」

「………」

「大丈夫、立香くんは強い。どんな事態になっても切り抜けてくれるさ」


頭を過ぎるのは嫌な光景。この旅が始まった時と同じ、あの残酷な光景が、アイツがあの不気味な笑みを浮かべながら立香くんたちへと迫る…そんな不安ばかりが募って仕方がない。
でも、その不安を抱えたままでは何もできやしない。今は立香くんに任せて、こちらはこちら出来る事をやるだけだ。そう言い聞かせながらロマニはパネルを叩いた。





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