―あれから数時間。

この世界についての説明を受け、大方状況を飲み込むことが出来た。つまるところ、人類滅亡を防ぐために藤丸くんたちは過去に時間旅行(レイシフト)を行い、過去の事象に介入することで時空の特異点を探し出し解明、およびその原因の1つである聖杯を破壊している―…ということ。どうしてそんなことになったのかも色々と丁寧に細かいところまで説明を受けて1日で長い歴史を聞かされたような気分だ。
何より、技術が進んでいるように思える。なんだか私自身が感じている現代よりも遥かに技術も施設も進んでいるように感じてならない。…と言っても自分自身の記憶すらない人間にとってみれば何もかもが新鮮に見えているだけなのかもしれないが。

ざっくりとだけどわかってもらえたかな?なんて首を傾げるドクターに、十分すぎるほどわかりましたと頷けばそのままの流れで身体検査を受ける羽目になった。何でも健康状態や魔力回路の確認、そして私に関してわかることすべてをデータ化して置きたいとのことだった。
そのデータを追って君の正体を調べることもできるかもしれないからね。なんて言われれば断る理由もない。そう、今の私に残されているのは自分自身…と、黒い手帳と…青い髪の彼しかない。手掛かりになるものなら何でも差し出しておけば間違いないだろう。私が一体どこの誰で、何者なのかも案外あっさりと分かるかもしれない。

そんなこんなで色んな精密機械のようなもので身体検査を受けたあと、藤丸くんとマシュにざっくりとカルデア内を案内され、食事を取り、あっという間に1日が過ぎて行ってしまう。また明日と別れた藤丸くんとマシュを見送った後、とりあえずシャワーを浴びて与えられた自室に戻るや否や、私のベッドに腰かけている一つの陰に思わず足を止めた。


「おう、お疲れさん」


警戒する私の気配を感じ取ったのかベッドの上で寛いでいた彼は―…青い髪の彼はクルリとこちらを振り返って優しく笑った。


「なんだ、風呂入ってきたのか」

「…うん」


驚きに固まっている私に彼は何とも砕けた声色で何事もなかったかのように会話を続けている。こっちこいよ、なんて自分の傍らを示して立ち尽くす私を呼ぶ。いや、ちょっと待て。そもそもそこは私のベッドだろうに。そんな悪態を脳裏で零しながら大人しく彼の腰を下ろしている傍らにそっと腰かける。
と、徐に首に掛けていたタオルを取られてそのまま頭にかぶせられたかと思えばそのままじっとりとしている髪を拭かれる。部屋で乾かそうとまだ生乾きのまま出てきた髪を彼は慣れた手つきで優しく拭いてくれる。「ちゃんと乾かさねえと風邪ひくぞ嬢ちゃん」なんて笑いながら。


「びっくりした」

「んん?…嗚呼、すまんすまん。下手に歩き回ってるよりもここで大人しくしてたほうが良いと思ってよ」

「…そう」


下手に動き回って迷子になるよりマシとでも思ったのか、それとも私を探すのが面倒だったのかは分からないがいずれにせよ何だか待ち伏せされた気分だ。そう思いつつも髪を拭いてくれる彼に文句も言えず、その手慣れた手つきに違和感を覚えながらそっと口を開く。


「誰か知っている英霊(ヒト)に会えた?」

「嗚呼…知ってるも何も……あの野郎はどこに行っても居やがる」


このカルデアにはあの藤丸立香が召喚したサーヴァントたちが大勢居ると聞いた。実際、カルデアを案内してもらっている時も普通に廊下ですれ違ったりしたし、会話も交わした。歴史上の人物が目の前に居るということに本来であれば感動したり興奮したりするのだろうが、記憶が抜け落ちているのかイマイチ名前を聞いてもピンと来なかった英霊ばかりで、今頃きっと「反応が薄い奴だ」と思われているかもしれない。
それに比べて、彼は英霊そのもの。きっと知り合いもいるだろうし、下手をすれば血縁関係者だって居るかもしれない。ボソボソと何やら歯切れの悪い口調で呟く彼に私はそっと微笑む。


「楽しそうで何より」

「…あのな、知ってる連中っていうのは何も生前に関わりがあった訳じゃねぇ奴も大勢いるんだぜ?寧ろ聖杯戦争で殺し殺されの関係の奴らのほうが多いんだぞ?」

「………」

「正直複雑なんだわこれが」

「…そっか」


忘れていた。そうか、英霊と呼ばれる存在がそもそも現世に呼ばれた理由は殺し合いの為だ。人間の望みを叶えるという欲深い戦争に駆り出された―…言ってしまえばそういう存在。そんな彼らが顔を合わせるとすれば、"敵として"ばかりだっただろう。彼の言う通り、皆そんな記憶が朧気ながらにもあるならばとても複雑だ。軽率に聞いた私が馬鹿だった。どれほど平和ボケに浸っていたのだろうか。


「ま、此処に呼ばれた以上みんな同志だ。今までの聖杯戦争みてぇに殺し合いにゃあならねぇだろうよ」


ニシシと笑う彼の笑顔に一瞬胸が苦しくなる。以前の戦争で殺した相手も居れば、殺された相手も居るこの施設でそんな顔出来るのはやはり英霊だからなのか。そもそもの器の大きさが違うのか。私はそんな彼に上手く笑えているのか分からない複雑な笑みを返すしかできない。


「アンタの方はどうだったんだ?何か収穫あったか?」

「いや、これと言って特に…あの後、身体検査とカルデア内の案内されたぐらいだから」

「そうか」


実際、軽い身体検査とカルデアの中の簡単な案内だけだった。詳しいことは分かり次第教えるし、カルデアの細部も追々ねなんて笑った藤丸とロマニの顔を思い浮かべながら目を伏せた。短めの髪のお陰で大方乾いたのかタオルを頭から外し、肩に乗せてくる彼がこれまたニッコリと笑いながら私の顔を覗き込むようにして乗り出してくる。


「そう暗い顔しなさんな」

「む」

「記憶があろうが無かろうが嬢ちゃんはこの俺のマスターだぞ?」

「んぐ」

「何も心配いらねえ、ドーンと胸張っとけ」

「…ん」


グイっと両頬をその男らしい、ガッチリとした手で包みながら視線を合わせてくる彼に自然と安堵した。この英霊(ひと)なら心配いらない。この先に何があるのか、私自身の事も判明するかなんて分からないけれどこの英霊といれば、何故か本当に何も心配いらない気がしてくるから不思議だ。
その両頬を包んだ手の上にそっと手のひらを重ねて「ありがとう、少し楽になった」と言えば彼は「いいってことよ」って言って静かに手を離す。少しひんやりとした空気が頬を撫で、次の瞬間にはガシガシと乾いたばかりの頭をその大きな手のひらで撫でられる。早く寝ろよ、なんて言い残して彼は部屋を後にした。貴方は私の保護者か、と独り部屋の中で呟いた。





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