気づけば、走り出していた。

感情は酷く歪んで渦巻いて気持ち悪ささえ感じるほどにぐちゃぐちゃで何もかもが分からなくなりそうだ。でも、それでも、行動に移さなければならないと思った。

飲み物を買い病室に戻ろうとしていた時、病院内のテレビから流れてきた1つのニュース。報道の一角で極短いその時間の中で中王区の研究施設が爆発したあの時の出来事が報じられていた。というよりも、あの爆発が何だったのかという中王区からの報告というような形で流れていた。その画面を見た瞬間、息が止まった。

”中王区第九番開発・実験施設施設長 玖藕女麗久”

あの女が画面の向こうで報告書を読み上げていた。自分は爆発から逃れたが数人が死傷したと少し涙ぐむ玖藕女の姿に違和感しかない。爆発は実験中の事故と処理され、詳しい原因は未だ調査中だという。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。
沸々と沸き起こる怒りにどうにかなってしまいそうだ。どうして私の大事な弟が死んで、事の発端であるあの女が生きているのか、虚偽の報告を淡々と説明していくその姿だけで酷く醜く見えてしまう。絶対に許さない、許さない、ゆるすものか―、


『現在死亡が確認されているのは、この施設で研究員として働いていた”御厨幸葉さん”――…』

「え、」


入社したばかりに撮ったのであろう顔写真と共に並ぶ自分の名前のテロップ。喉の奥から思わず漏れたその声は一瞬にして空気に飲まれて消えた。地面の感覚が無い。口が渇く。この瞬間、理解した。弟のみならず、私自身も中王区に殺されたのだ、と。
手に持っていたペットボトルが滑り落ちる。その様子に近くに居た患者や看護婦さんたちがこちらを見た。視線を向けられているはずなのに、此処に私はいない。この世に私という存在すら消えてしまった。消されてしまった。
その後も何事も無かったかのように次のニュースへと進んでいく番組に所詮あの私の人生を変えてしまった出来事は、世間的にはその程度の出来事なのだと言われているような気がした。落ちたペットボトルを拾うでもなく立ち尽くしている私を不審に思ったのか近くに居た人に「大丈夫ですか?」って声をかけられて、ようやく息を吹き返した瞬間気づいたら走りだしていた。

病室に飛び込み、適当な服を引っ張り出す。スマホと拉げたマイクを上着の裏に隠し靴を履き替える。持ち物なんてほとんどない。振り返ることなく病室を飛び出し、看護婦さんたちの目を掻い潜って目的地に向かって外へと飛び出す。

電車を乗り継ぎ、ひたすら走って辿り着いたのはヨコハマディビジョンの片隅。昔ながらの古びた1つのアパート。大家のお婆ちゃんも元気そうだった。久々に顔を覗かせてみたらあんたら元気だったかい?なんて声をかけられて泣きそうになった。事件の事も幸佑の事も知らないみたいで敢えてそのまま何も伝えることなくただ「鍵を無くしちゃって」なんて言って誤魔化して鍵を借りて一つの部屋の前に立つ。何一つ変わってない。

ギイイイ…と如何にも古びた音を響かせて開いたドアの先には、最後に出かけた時のままの部屋がそこにあった。そう、ここは中王区にも知らせてない、私とあの子の家。一緒にいるときはいつも此処でゲームしたり、料理したり、いっぱい話をした。大事な、大事な場所。
ずっと留守にしてたからか少しホコリ臭い。そう感じてしまうくらい長い時間ここには帰ってきてなかったんだなと改めて思う。散らかったままのテーブルの上を見て小さく吐息して、部屋に上がり込んで一つバッグを手に取ると必要なものを詰め込んでいく。

このまま中王区(ヤツら)に良いように消されて堪るか。私も、弟も、そんなそんな酷い終わり方して堪るか。アイツをどうにかして、私が、幸佑に、そして―…なんて、これからどうしようかなんて考えているようでその実、頭の中は酷くぐちゃぐちゃなままで、何かしら考えてないと気がどうかしてしまうと思ったのかもしれない。


「こ、すけは…死んで、ない…」


タンスの中からそれらしい服を引っ張り出す。少し大きいけど仕方ない。体系も隠れてちょうどいいかもしれない。幸い、電車で乗り継いだ際に利用していて気づいたが中王区には登録していなかった口座は凍結されていないようだし、差し押さえられてるわけではなさそうだ。少しだけど資金はある。動ける。部屋に放置していたPCからデータを漁りながら、あの子が面白半分で勝ったというガラクタをかき集めて組み立てて首に付けてみる。簡易的ではあるがまぁ何とかなるだろう。そんなこんなをしているうちにピコンとスマホの充電が完了した音が響く。
先に向かう場所がある。先生とは別に伝えなければならない人が居る。だが、接触するには少し遠回りした方が良いかもしれない。それに、流石にこのまま向かうのも酷い有様だ。行きがけにネットカフェでもよってシャワーを浴びよう。それから必要なものを揃えて―…。そんなことを考えながら徐に近くにあったハサミを手に取る。ホコリを被った鏡を適当に軽く拭いて、ボサボサの髪を一束に纏めて掴む。そしてにっこりと微笑んだ。


「    」


ザクリ、ザクリ。ざっくりと切り離された髪の毛の束を捨てる。軽く残った髪を払いながら立ち上がると、ふと落ちた視線の先にあったあの子が「オシャレだろ」って笑いながら持ってた伊達眼鏡を手に取った。最低限の荷物を詰め込んだバッグを拾ってそのまま外へ向かって歩き出す。ドアを開けるとそこに御厨幸葉はもう居ない。幸佑も、居ない。あの子には似ない。でも、確かに今の私は、コウスケなのだ。コウスケになったのだ。先生に言われた通り彼の分まで生きなければ。彼になりきって生きていくのだ。そう言い聞かせながら踏み出せばなんだか吹っ切れた気がした。

――…でなければ、2人ともこのまま消えてなくなってしまう。そう思った。






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