「―…俺達が駆け付けた頃には既にアイツの本丸の刀剣どもは破壊されていた。結局、消えたあの野郎の行方も未だ掴めないまま、ってわけだ」


そう締め括られた話はあまりにも衝撃的だった。今までにそんな出来事がこの世界であっただろうか?いや、答えは否だ。これまでに審神者と刀剣たちとの間で神隠しが起きて居なくなった者がいたり、ブラック本丸とかいう酷い本丸があるという話は聞いたことがあるが、そんなまさか、黒い三日月宗近に本丸を壊滅させられる、だなんて。


「それで、妹さんは三日月を探して他の本丸を廻っていたんですね…」


ぽつり。ようやく口から出た言葉は何ともありきたりな言葉だった。自分の本丸を、家族ともいえる刀剣たちを壊した三日月を彼女は探していたのだ。本丸を失った審神者が三日月を探して他の本丸を訪ね回っている…まさに噂通り。差庭の間にいつの間にか広まったその根も葉もない噂は、事実だった。


「最初は荒れて大変だったんだが、今はやけに肝が据わっちまってな。何しでかすかわかったもんじゃねえ。結果今日はこの本丸に乗り込んじまったって訳よ」


先ほどの噂の彼女―…妹のサツキの兄というこの男…"愁月"と名乗ったその審神者は薄い布面の奥で呆れたような表情が微かに見えた。審神者同士の話の向こうで狸と化した同田貫を興味津々に観察するウチの短刀たちとそれを見守る愁月の燭台切がきゃっきゃっと騒いでいるのが微かに聞こえる。


「自分で審神者を名乗っちゃあいるが、自分の本丸が無い時点でその称号は無くなってる。ま、手入れとか刀装作るぐらいの力なら残ってるけどな」

「じゃぁ、あの同田貫もお兄さんの―…」

「いや、あれはアイツが再鍛刀した同田貫だ」

「え?」


その言葉に、思わずキシャーッと毛を逆立てて短刀たちを威嚇している狸…同田貫を振り返ってしまう。今、サツキさんは審神者の力をほとんど失ってるっていったばかりなのに。しかも、再鍛刀とはいったい、どういう…。


「本丸を無くしてしばらく、俺の本丸に籠ってたアイツが俺の留守にいきなり鍛刀しててな。俺が慌てて駆け付けるとあの狸の野郎が居たのよ。しかも、以前の記憶付きで」

「…ってことは、あの同田貫はその黒い三日月に破壊された同田貫ってことですか」

「そうだ」


俺のたぬきは随分前に壊れてそれっきりだ。なんて平然と言う愁月さんだが、此方は軽いパニックだ。これはもう、驚く以前の問題である。一度折れた刀は二度と復元されることは無い。例え同じ刀を鍛刀、戦場から連れ帰ったとしても、それはもう一度折れた刀剣ではない。姿かたち、声やしぐさも同じでも、決して"同じ刀剣"ではない。…人と、同じようなものだ。死んだら、終わりだ。


「どうやったのかは知らねえ。でも、あの狸はアイツを見るなりアイツの名前を呼んだんだ。サツキ、って」

「!!」

「その後問いただしてみれば、確かにアイツの本丸に居た狸しか知らない事や、俺達の事もズバリ言い当てたし、唯一生き残った御手杵もあの狸は本物だと認めてるからな。認めざるを得ねえのさ」

「…そんな事って」

「どうせ一種のバグだろう。同田貫もあの黒い三日月も。そう深く考えたって分からねえもんは分からねえし、政府は動かねえ」


なのに、以前の記憶がある刀剣男士が鍛刀されたなんて聞いたことが無い。寧ろそんな話があるなんて思いもしなかった。そんな、"システム障害"があるなんて、誰が思うだろう。例えそんな話があったとしても相当レアだ。そんなことが起こるなんて、無いに等しい確立だろう。
衝撃を受けている此方とは対照的に、愁月さんは腕を組んだままそう大したことじゃないとでも言うように息を深くついた。


「此処であったのも何かの縁だから教えといてやる」


ギャーギャーと騒いでいる狸と短刀たちのことを遠くに見つめていた愁月の視線が布面の向こうでゆっくりとこちらに向いた。薄っすらと見えるその表情は少し楽しそうに笑って見えるが、まっすぐにこちらを見つめている瞳はまるで真剣だった。


「ここ最近本丸自体が襲われる事態が多発してんだ。時間遡行軍か検非違使かははっきりしないが、幾つもの手練れの刀剣が破壊され、何人もの審神者がこの世界から離脱してる。事実だ」

「そ、そんな…なんでそんな重大な事…それほどの騒ぎならすぐに政府から連絡が…」

「来ねえよ」


戸惑う此方の声を跳ね除けるようにキッパリと愁月さんは言った。常に政府と審神者にはこんのすけの他にも通信手段はあるし、何か問題があればすぐに連絡が入る事になっている。メンテナンス時も前もってこまめに連絡をくれる。
それにこのご時世、審神者同士で幾らでも連絡を取れるし情報交換なんて瞬時にできる。噂だって、刀装の配合や刀の出現率の高い戦場とかの情報も。とにかく些細な事もすぐに世の中に広まる時代だ。なのに、本丸が襲われて、審神者が消えているなんてそんな話聞いたことも無い。


「ど、どうして」

「政府は何かを恐れてる。何か悪いことが起きている事を隠してんだ。俺達にバレたくない何かを」

「一体、何を」

「それが分かれば苦労しねえよ」


この世界で、何かが起きている。そう呟くように愁月さんは言った。もはや本丸でさえ安心できる場所ではないのだと理解すると、少し怖い。幾ら仮想現実といえども、自身の本丸が、家族同然の刀たちが襲撃されるのだ。いつもの日常が、壊される。信憑性に欠けることだとしても…もしもと考えただけでも恐ろしい。…そんな考えたくも無い出来事を、あの、サツキさんは経験したのだ。


「だが、用心したことに越したことはねえ。アンタもしっかり気ぃ張っとけよ」


不安に駆られる此方を気遣ってか、くしゃくしゃと頭を撫でられた。脅すみてェで悪いがこれは事実だ、と言い聞かせるように続ける愁月さんの布面が微かに風になびいて素顔が一瞬見える。その瞳は綺麗で、真っ直ぐにこちらを見つめていた。


「おい!光忠、そろそろ時間だ。アイツら呼んで来い」

「オーケー!すぐに呼んでくるよ!」

「ギュー」

「お前は行かんで良い!」

「ギュウウアアアアア!!」

「いってええええ!っこの獣が!!一生その姿が良いか?!あぁ?!」

「ギュッギュウ!!ギギギギ…!!」

「………」


徐に後方を振り返って燭台切にサツキさんを呼びに行かせる。その燭台切の後をついて行こうとする狸…同田貫を即座に捕まえる愁月さん。襟首を掴まれ、押さえつけられた狸姿の同田貫が愁月さんに噛み付き、愁月さんが切れる。…何も事情を知らない人がこの光景を見たら動物相手に本気になっているいい大人…と、見えなくもない。そんな光景を眺めるように見つめながら何故だか、少なくともこの人は嘘をついていないだろうな、と思った。





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