―――…


ふうと息を吐きながら話を終えると室内は案の定、静まり返っていた。目の前で鎮座しているこの本丸の三日月を始め、後方の障子戸の枠に寄り掛かっている大倶利伽羅も何も言わなかった。
ただ、気付けば御手杵とこの本丸の長谷部はいなくなっていた。御手杵はこの話を嫌うからいつものように縁側か何処かに行ったのだろうと思ったが、長谷部はきっと違う。こんな話を聞いてきっと気分を害したのだろう。それもそうだ。他の本丸とは言え自身や仲間の刀剣たちが折られていく話など、聞きたくない。想像しただけでもかなり辛いはず。…正直、話している私も辛いのだ。


「―…とまぁ、そんなことがあって今ここにお邪魔してるってワケ」


しかし、此処でしんみりしても何も変わらない。あの日が戻ってくるわけでも、あの子たちが戻ってくるわけでもない。ただ、その大きな出来事があったから私たちがこの本丸に現れた。そしてその出来事のお蔭で私は審神者ではなくなり、三日月を探し回っている。だた、それだけの話だ。


「…左様であったか。すまぬな、辛いことを聞いた」

「否、別にいいんだ。もしアイツが現れた時、私たちみたいな本丸が増えないように少しでも参考にしてもらえればそれで」


この話をしたことで、この本丸の皆が同じ思いをしなくて済むならそれでいい。もしも、黒い三日月がこの本丸に現れた時に同じ結末にならないようになればそれで。少しでもこの話を聞いていてよかったと思ってもらえればそれでいい。だから私はこの話をすることを恐れない。
そりゃあ話をする度にあの日を思い出して辛いし、私にもっと力があったら何か出来たんじゃないかとか何度も思う。でも、それはもう過去でしかない。その過去を否定したら、今の自分も否定してしまう気がして嫌だ。うん…なんだろう。自分が逃げない為に言い聞かせてるっていうか、罰というか…自己満足って言われたら何も言い返せないけれど、それでもいい気がした。


「しかし、そやつも悪い奴よの。よりにもよって我(オレ)の姿を使うとは」

「…はは、確かに」


困ったように笑いながら口を開いた三日月に私は一瞬キョトンとした表情を浮かべてしまったが、すぐに口元を緩めて笑い返す。流石三日月、己の姿を使われたことに疑問を抱いたらしい。確かにそれは私も引っかかっていた。姿かたちは三日月そのものではあったものの、中身は違う。あの時、そう感じたのだ。妙な違和感というか、まぁ色的にも黒くて普通の三日月と違うと言えばそうだが、そうではなくて無理に別の何かが三日月になり替わろうとして出来上がった姿ではないのだろうか。少なくとも対峙した私にはそう思えた。


「きっと欲かいたのが悪かったんだろうなぁ…。三日月〜三日月〜って毎日のように唸ってたから」

「ほう?そんなに求められていようとは知らなんだ。我ならお主のような愛い女子に呼ばれれば喜んで顕現したのだが」

「…自分の価値に気付いてない上にさらっと口説き文句みたいなこと言ってる天下五剣の古株怖ェ〜」

「はは、そう言ってくれるな。ただの爺の戯れよ」


口元を綺麗な指先で軽く押さえながら笑う三日月。当時の私の本丸に三日月は顕現していなかった。レア度もかなり高かったからか幾度となく鍛刀しても出陣しても現れなかった為に、本丸の皆に三日月三日月と呟いていた。きっと三日月難民は私だけではなかったはず。そんな物欲があの化け物を作ったのか、はたまたその欲に合わせて化け物が私に近づいてきたのか…真意は未だ謎のままだ。


「あ、居た居た」


ど、ど、ど、ど。と等間隔の足音が近づいてきたかと思えば、後方で障子戸に寄り掛かっていた大倶利伽羅の脇からひょっこりと隻眼が顔を覗かせた。兄貴の光忠だ。にっこりとした表情で室内を覗き込み、軽く三日月に会釈をした光忠の瞳がこっちに向いた。


「そろそろ御暇するよ、"お嬢"。主が呼んでる」

「ん。了解」


ほら、くりちゃんも。と腕を組んだまま寄り掛かっている大倶利伽羅にも声をかける光忠に、もうそんなに時間が経ってしまったかと思いつつゆっくりと腰を持ち上げた所でふと顔を上げると、ほほほと三日月が口元を隠しながら笑っていたので思わず首をかしげる。


「ほほ、"お嬢"とは随分な名前だの」


すまんな。笑うようなことではないのだが、と続ける三日月に私はそういえばと気付く。普通に返事してしまった自分に恥ずかしさすら思えた。


「嗚呼、小さい時から見てるからね。主の妹って事で、ウチでは皆"お嬢"って呼んでるんだ」

「…もう子供じゃないから止めてって言ってんだけどな」

「ごめんごめん。つい癖で」


どういう訳だか兄貴の本丸では私の事をお嬢と呼ぶ習慣が昔からついてしまっている。兄貴、つまり主の妹という事で恐らく誰かが言いだしたのかそう呼んでいたのを真似て言っているのだろう。大方、打刀や太刀の連中がそう呼んでいるのが現状。
流石にこの歳でお嬢などと呼ばれると恥ずかしい。しかも金持ちとかそういった位の者なら分かるけど、私はまるでそういうものとはまったくの無縁の者だ。実家も有名でも何でもない、小さな神社だし。


「…話が済んだらさっさと帰るぞ、"お嬢"」

「っ!こら!倶利伽羅!!」


寄り掛かっていた体を起こし、動き出した大倶利伽羅がつい先ほど止めろと言ったばかりのその呼び方で言うとそのまま歩き出していく彼の背中をサツキは慌てて追いかけて部屋を飛び出して行った。


「はっはっは。随分と賑やかだの」

「騒がしくてごめんね。この辺で御暇させてもらうよ」

「うむ。また遊びに来てくれと伝えておいてくれぬか。賑やかなのは歓迎よ」

「オーケー。伝えとく」


そんな挨拶もしないで飛び出して行ったサツキと大倶利伽羅の姿を見つめていた三日月に対し、燭台切が2人の代わりと言わんばかりに丁寧に対応する。通常なら無礼すぎるとお叱りを受けそうなほどに突然現れ、暴れまわったと思えばさっと帰っていく。まるで嵐のようなサツキに三日月は、此処の本丸の刀たちは何も言わなかった。寧ろ、珍しいものを見せて貰ったとばかりに笑い飛ばすのだ。
サツキちゃんたちがお騒がせして主と共に尋ねた幾つかの本丸でもそうだった。他の本丸の審神者…否、審神者ですらない言ってしまえば人間の小娘の愚行に皆口をそろえて楽しかったと笑うのだろうか。…まぁ、恐らくはサツキちゃんのその纏っている気というか彼女の人柄が大きな要因なのだろうが。


「…あの娘、サツキと言ったか」

「ん?」


ポツリ、呟くように三日月がぼんやりと遠くを眺めながら言葉を放つ。その脳裏には先ほどまで目の前に居た彼女の姿が思い浮かんでいるのが丸分かりだった。踵を返し、自分も先に行ってしまった2人を追って御暇しようと歩み出そうとしていた燭台切が不意にその声に足を止める。


「お主らは、あの娘の刀たちの分までしっかり守ってやらねばならんぞ」


一度伏せられた三日月の瞳がゆっくりと開かれ、真っ直ぐに燭台切を射抜くように見つめる。微笑むその優しい表情とは対照的に、吸い込まれそうなほど真剣なその弧月の浮かぶ瞳に燭台切は思わず息を止めたがすぐにしっかりと小さく頷いた。


「言われなくても」


先ほどまでの柔らかな雰囲気を纏っていた燭台切とは打って変わり、その瞳は三日月に負けないほどに輝いていて真剣そのものだった。彼が吐いた言葉通り、言われるまでも無く自分達は彼女を守っていくつもりだよ、とでも言いたそうに見えたその瞳に三日月は酷く満足し「そうか」と聞こえないほど小さく声を零して目を伏せた。
それを見た燭台切は「じゃぁ、またいつか」とだけ言い残し、2人の後を追って戸の向こうに消えた。それとほぼ同刻に遠くの方からあの娘の声で御手杵を呼ぶ声が聞こえる。本当に元気な娘だ、と三日月は小さく笑う。


「あれ?もう帰られてしまったんですか?」

「お茶を持ってきたのですが」

「嗚呼。今しがた、出て行った」


そして客が去り、再び静まり返ろうとしていた三日月の部屋に顔を覗かせたのは客の噂を聞きつけてきた平野と前田だ。持ってきたお茶と茶菓子の乗ったお盆を見詰めながら少し残念そうに「そうですか」と肩を落とす2振。
そんな2振の姿にまぁまぁと三日月は我らで茶をいただくとしようと提案すれば、2振もそうですねと三日月の部屋に踏み入り、お盆の上に乗せていた茶と茶菓子をこれまたこじんまりとしたちゃぶ台に並べていく。その様子を横目に三日月はふうっと息を吐いて再び視線を自身の部屋の戸の向こうに向ける。


「…愛されておるようで、何より」


幸せそうに微笑む三日月に「何か言いましたか?三日月さん」と問う平野だが、当の三日月は何でもないと空気に溶けて消えて行ったその言葉を更にかき消すようにちゃぶ台の上に置かれた湯呑の1つを手に取り、静かにお茶を啜った。





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