―――…



やはり本丸によって本丸の屋敷内の造りは違う。今まで幾つもの本丸に行った事はあるが、全く造りも内装も同じ本丸は出会ったことは無い。それが審神者の力量によって変わるものなのか、どの国に所属する事で変わるのか、政府の意向という名の独断と偏見なのかは知らないが、皆多種多様でいつも新鮮味があった。此度の本丸も今までの本丸とは造りが違う。何より、広い。


「何故こんな怪しい輩を本丸に―…」

「名乗った上に手入れ済みにもしたのに、まだ怪しい輩とは…随分と手厳しいねぇ」

「…これは失礼」

「おやおや随分と素直だな」


此処まで警戒を解かないとは、かなり優秀な刀だ。恐らく、この本丸の審神者が友人だと言って連れてきた他の本丸の審神者に対してもこの長谷部は警戒を解かないのだろう。周りに気付かれないよう、表面上では穏やかに過ごして内面ではかなり気を張っている筈だ。…なぜ分かるのかって?ウチの…兄貴の本丸の長谷部もそのタイプだからだ。
長い長い廊下をこの本丸の長谷部を先頭に私、御手杵、大倶利伽羅の順で進んでいく。兄貴はこの本丸の審神者と話があると言って光忠と狸…こと同田貫と庭に残っている。


「主が客人として扱えとおっしゃったのでな」

「ほほう。敵意は無くなったと」

「勘違いするな。危険と感じればいつでも斬る」

「………」

「………」

「ははは、怖ぇ〜」


負傷も何もなかった事にしたのに、此処まで恨まれていようとは。そういわれて見れば目の前を歩く長谷部はしっかりと帯刀しており、その左手は微かに鞘に添えられている。それは最早脅しではなく本気だ。隙を魅せれば本当に斬られる。言葉を失う私と、目を伏せたまま後を着いてくる大倶利伽羅は相変わらず何も言わないし、後方で笑う御手杵の呑気な声だけが響く。


「…ねぇ、くりちゃん」

「俺は知らんぞ。…その呼び方やめろ」

「…ねぇ、御手杵?」

「俺ァお前の兄貴に槍取られちまったからなんも出来ねえぞ」


もし危険と判断されて斬られかけたら助けてとばかりに後方の2人に声をかけるが2人とも全く期待できない。大倶利伽羅はとにかくとして、御手杵に関しては私と共に他の本丸に侵入した罰で兄貴に自分の本体である槍を取られている。お手上げだ。


「え、なにこれ私誰にも守ってもらえないの?」

「なんで守られる前提なんだ。自分で何とかしろ」

「大倶利伽羅さんは生身の人間相手に機動力抜群の長谷部さんと真っ向勝負しろと?」

「おいおい、勝ち目ないぞ?それ」

「分かってるわ」

「そもそも貴様らが何の問題を起こさなければ良いだけだろうが」


興味すらないと突き離す大倶利伽羅に、武器無しの人間対先鋭の刀の戦いなんて誰が見たいんだよとばかりに聞き返す。すると真面目な顔で何当たり前のことを言っているんだとばかりに答える御手杵。勝負の行く末なんて分かり切っている。分かっているからこそどうにかしてよ、と声を上げるがその光景と会話に耐えきれなくなったらしい長谷部が鋭い突っ込みを入れ、「そっか」と私と御手杵が納得し大倶利伽羅が深く溜め息を吐いた所でその会話は終止符を打った。

そんな感じでワイワイしながら本丸を進んでいく。時折この本丸の刀剣たちにすれ違ったり、不思議そうに此方を柱の陰から覗いている視線を感じたりしたが皆、良い刀たちばかりだ。見た目は勿論、本丸内に漂う気も澱んだ感じはない。と、不意に長谷部が「此処だ」と一つの部屋の前で立ち止まる。


「三日月、今いいか?」

「…おお、長谷部か。ん、良いぞ」


襖越しに返ってくるその声は、今までに尋ねたどの本丸でも聞いた変わらぬ声。襖越しには何も感じないが、自然と体が強張る。それを感じ取ってくれたのかは分からないが、私の両サイドに付くように御手杵と大倶利伽羅が自然に歩み寄ってくれたから、怖くなどなかった。心の準備とかしたかったけれど、そんな此方の心の事情など知らない長谷部の問いかけに対して飛んできた明るい声にススススス…と長谷部の手によって襖が開けられる。


「…はて?見慣れぬ顔よの」


それなりの広さの部屋の真ん中に置かれた肉厚の座布団の上にちょんっと正座しているその美しい刀こそ、三日月宗近本人である。手には湯呑みを持ったまま、会ったことも無い私の顔を見てキョトンとしたその表情は正に世間で慕われる三日月じいちゃんの愛称がぴったりな表情だった。


「お前に客人だ」

「ほぅ?この我(おれ)に客とな?ほっほ、客なんぞ何年ぶりか…の…」


あの時に感じた気は感じなかった。けれど、今目の前にいるこの三日月が奴ではないという確証はない。気付けばスッとその三日月の部屋に足を踏み入れ、彼の目の前までヅカヅカと歩み寄る。私の予想谷しなかったその動きに驚いた長谷部が「貴様、」と声を上げるより前にスッと御手杵が長谷部の目の前に手をかざす。


「すまないが、邪魔しないでやってくれ」


長谷部は何も言わなかった。否、言えなかった。先ほどまで自身の槍を取り上げられて力になれないとか言っていたあの御手杵とは思えないほどに感じる殺気。翳した手の向こうで笑顔を浮かべる御手杵がとても恐ろしく見えた。その横で三日月を見つめたまま静かに自身の柄に手を掛けている大倶利伽羅よりも、だ。


「失礼」


片膝を着き、ジッと三日月の顔を覗き込むようにして近づく。その瞳はやはり綺麗で、深い青い夜空に弧を描いた三日月が浮かんでいるような瞳だった。キョトンとした表情のまま、私をジッと大人しく見つめているその綺麗な瞳に真剣な顔をした私が反射して見えた。


「…どうだ?」

「…ん、この三日月は本当の三日月。大丈夫」


あのおぞましい気を感じることも無ければ、敵意すら感じない。穏やかな感覚がそこにはあった。長谷部を抑えたままの御手杵の声に、息を吐きながら返事を返す。そして失礼しました、と三日月に近づけていた顔をそっと離す。ホッとしたように目を伏せた大倶利伽羅が柄から手を離し、御手杵も長谷部を制止していた手を静かに下ろす。


「はて?俺は俺だが…はは、中々に面白いことを言うな」

「ん。アンタはアンタ、問題ないってだけ」


キョトンとしていた表情から一変、口を開けて笑う三日月に対してニコリと笑いながらそう言い返しつつ立ち上がろうと畳についていた足を持ち上げた。


「確認もできたし、さっさと―…っと?」

「まぁまぁ、そう急くな」


グイッと袖を引っ張られる感覚に振り返りかけた視界が驚いた表情を浮かべる大倶利伽羅と呆然とする御手杵の顔がチラリと写り込んだ。そのまま態勢を立て直すこともできず、ボフンと背中から何かに落ちた感覚が走る。明らかに畳の上に尻餅をついた感覚ではない。


「久々の客人だ。何、この爺とちょっと話でもしていかぬか?」


ん?どうだ?と私を抱え込んだまま顔を覗き込んでくる微笑んだ三日月の逆さまの顔が視界に写り込む。爺の戯れに今度はこちらがキョトンとしてしまう。強張った体が隠し切れない。


「色々と事情を抱えているようだし…の。はっはっは、皆そう殺気立つでない」


そう言って笑う三日月の視線が倒れ込んだ私から外れる。その視線を追って微かに震えだす自身の体をどうにか抑え込みながら上体を軽く起こし、慌てて片手を翳して制する。自分は大丈夫、この三日月にも敵意はないと主張するように手を翳した向こうでは軽く抜刀しかけている大倶利伽羅とこちらに駆け寄らんと1歩を踏み出している御手杵の姿が見えた。
そんな2振りの行動に長谷部は息を飲んだままその場に固まり、はっはっと呑気に笑みを零す三日月。本当にこの天下五剣、今自分の命が危なかった事を分かっているのだろうか。否、確かめるために態と私に構ったのかもしれない。私たちの目的を探る為に。


「別にお前と話すことは―」

「態々我に会いに来て、確認したとは何やら気になる話ではないか」

「………」

「人生そう急いても仕方がなかろう。それに茶も入るようだしな…な?長谷部」

「な、」

「我にもたまには外の者の話を聞かせてはくれぬか」


茶など、世間話など口実に過ぎない。本当にあのか弱そうな審神者とは一転、この本丸に居る刀剣たちは相当な手練れである。どうしてこうも巧妙で、人の事を分かっているのか。…そりゃそうか、彼らの方が自分達なんかよりも長い歴史の中で色々な人間と身近に接してきている。心情も大凡の事は察してしまうのだろう。知らない事の方が幸せなときもあろうに。


「…はぁ…。ま、いっか」

「サツキ」

「警告がてら話してやるのさ」


静かに私を制する御手杵の声が聞こえてそちらを振り返る。不安そうな、哀しそうな顔をしていた。この話をすることを良く思わない彼の事だ、不満でいっぱいに違いない。辛いことを思い出すから。私がこの時の話を他人にする時に一体どんな顔をしているのかは分からないけれど、一度見ていられなかったと言われたことがある。そういえばあの時はいつの間にか御手杵が話の席から外れていたことを思い出す。もしかしたら私が見ていられないのではなく、本当は彼自身が聞きたくないのかもしれない。


「何故、私が三日月を探して他の本丸を渡り歩いているのか…教えてやるよ」


本来、話すとしても出会った審神者に話すだけで特別刀剣たちに直接することは無かった。仮にその話をした審神者からその本丸の刀剣たちに話しが回る事もある。別にそれはそれで構わないし、審神者だけが話の内容を心の奥にしまおうが忘れようがどうでもいい。ただ、話しておくことで何かの力になれば、と。それだけだった。
一緒に辛い思いをしてきた御手杵には本当に悪いとは思う。けれど、この話を他の審神者にすることで奴への手掛かりが何か見つかるかもしれない。それにその話を聞いた本丸への警告にもなる。被害を、最小限に抑えられるかもしれない。


…何より、私たちのような事にならずに済むかもしれないのだから。





×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -