どれぐらいの時が経っただろうか。かなり時間を消費したように思えるが、その実、それほど時間は経っていないのかもしれない。傍でこちらの様子を心配そうに見つめる短刀たちの視線を感じながら隙を与えぬその刀の太刀筋をどうにか受け流す。
―速い。そう感じる程に、その動きは将に戦人(いくさびと)だ。機動力は俺の方が上の筈なのに、どうしてこうもこの実戦刀という刀は型外れな動きで刀を振るってくるのか。


「ハッ、どうした?その程度じゃねぇだろ」


ニヤリと口端を吊り上げながら言う目の前の黒い刀につい、息が漏れる。演練の状態にしたとか言われてはいるが、本当に傷が治るのか確信がない。何せそれを言った人間が胡散臭い上に、そんな演練の状態に普通の審神者が出来る訳が無い。目の前の刀もどうせ偽物だ。その生意気な口、切り落としてくれる。我が本丸に仇名すものは斬るだけだ。


「てりゃあああ!!」


大きく、そして乱暴に自身を振り下ろしてきた同田貫を振り払い、「っと」と小さく声を零しながら距離を取った同田貫の一瞬の隙をついて奴の懐に一気に駆け込む。そのまま大きく自身を振り上げ、奴の首を狙う。が、同田貫はヒラリと体を回転させてそれを交わす。フワリと奴の襟巻が視界を覆い、一瞬だけ視界が黒に奪われる。
マズイ。と思った時にはもう遅い、フワリと舞った襟巻の端が視界から退くとその先に居たのはギラリと目を光らせてこちらに狙いを定めた実戦刀の姿が見えた。自身の得物を構え、踏み込んでくる。明らかにこちらが奴の間合いに入ってしまったことを実感させた。


「貰ったァ!!」


その顔の嬉しそうなことと言ったら―…。短刀たちが息を飲む音が聞こえた気がして、嗚呼これで勝負ありなのだ、とどこか他人事のように思った。演練なんて嘘で、このまま破壊されるのだ。最悪だ、こんな、こんな、どこの馬の骨かわからん連中に壊されるなど―…。


………


演練の設定にしてあるから存分に戦えるとはいえ、毎度毎度やりすぎだとは思う。けれど、同田貫も久々の好敵手に刀を振るえて楽しそうだし、実際私自身も久々の戦闘に高揚していないといえば嘘になる。余程の事が無い限り、止めには入らない。それに私たちには目的がある。此処で勝てば平和的に終われるのだ。

傍らに立つ御手杵が小さく「お、」と声を零す。視線の先でヒュッと風を切る音と共に大きく同田貫が得物を振るった瞬間、最早勝負アリと思ったその矢先である。


双方そこまで!!


ギイン。鼓膜が破れそうなほどの低くて良く通る声が飛ぶと同時に鈍く金属同士がぶつかる音が響く。ブワリと黒い影が舞い、とっさに受け身を取ろうとしていた長谷部と大きく刀身を振り下ろした同田貫の間に割って入った一振りの刀剣の姿が見える。


「チッ」

「悪いね」


舌打ちを漏らす同田貫の刃を受け止め、そのまま鍔迫り合いをしたまま慣れたように笑顔で言い返す一振り…燭台切光忠の姿がそこにあった。「てめえ…」と苦虫を潰したような顔を浮かべる同田貫にサア…っと自分の血の気が引いていくのを感じた。


「長谷部!」

「あ、あるじ…?」


ギリギリと同田貫の振り下ろした刀身を受け止めた燭台切の背中を眺めていた長谷部の元にフと聞き覚えのある声が飛んでくる。そちらに視線を向ければこの本丸の審神者であろう少年が心配そうな表情のまま長谷部に駆け寄っていく。その光景の傍ら、恐らく私の顔は引き攣っていただろう。


「……やべ…。っ?!!のあァ?!」


逃げなければ。本能的にそう思った。が、ジリリと後退しかけた足が不意に地面から離れる。フワリと軽々持ち上げられる自分の体。揺れる視界の隅に写る綺麗な腰布を見て、嗚呼アイツが自分を担いでいるとすぐに分かった。


「倶利伽羅!このっ!!離せ!!」

「………」

「あーァ。見つかっちまったかァ」

「御手杵っ!!呑気に見てないで助け―っ!!」

「え〜…」


グッと締められる腰回り。コイツまた私を俵担ぎしてる。いや、そんな事はどうでもいい。私ひとりの力じゃ逃げられる訳が無い。すぐに御手杵に助けを求めてジタバタともがいてもビクともしないその逞しい腕の持ち主、大倶利伽羅は相変わらずの無表情のまま傍らで自身の槍を軽く担いだままの御手杵を振り返る。


「…やるなら受けて立つが?」

「いや、遠慮する。参った」

「おいこら」


即答かこの野郎。確かに"この"大倶利伽羅はお前よりも遥かにレベルも技術も違うが、せめて逃げるチャンスでも作ってくれればそれで良いというのに。それでもお前は三名槍の一本か!!と突っ込みを入れつつ、身を捩って暴れる。が、逃げられる訳も無く。


「"おいこら"はこっちの台詞だ、阿呆が」


更に止めを刺すように飛んできたその冷たい声にピタリと動きを止める。ギリギリと油の切れた機械人形のようにぎこちない動きで首を動かし、大倶利伽羅に担がれたままの状態で声の飛んできた方向へと振り返った。
そこに立っていた脅威は左手を腰に当て、再び術をかけたのか狸の状態でギャーギャーと鳴きながら暴れている同田貫の襟首を掴んだままその薄い布面の奥からこちらを睨みつけていた。明らかに機嫌が悪い。いや、怒っている。


「……は、はは…。久しぶり、愁兄…」

「何が久しぶりだ馬鹿野郎。…とりあえず、歯ァ喰いしばれ」


ごまかせる訳が無い。どうにか浮かべた苦笑も何の意味もなさずに、ジリジリと近づいてきたその脅威は大きく左手を振りかざすと、そのまま勢いよく振り下ろす。ゴンっと言う音とともに脳天に落ちる痛み。本当、相変わらず容赦がない。痛みに声も挙げられず、暴れる力も最早逃げる気力も失った。若干涙目になりながら大倶利伽羅に担がれたまま横目で脅威こと兄貴の方を見れば、「てめえも何してんだ」と御手杵にも私と同じ鉄槌を下していた。


―――…


改めて話そう。この透けた布面で顔を隠している男こそ、私の脅威…愁兄こと私の兄である。私と同じく審神者をしている。私の同田貫を狸にしてしまうバグを施したのもこの兄だ。私が少しシステムを弄れるのも兄貴の影響と言っても過言ではない。
私が言うのもなんだが、兄は結構な手練れでその界隈ではそれなりの有名人らしい。元々霊力やら技術やらがズバ抜けて良かった事からか色んな所に友人が多く、協力者も多い。まぁ、言えばかなり顔が広いのだ。だからこの本丸の審神者を見つけ、此処に繋げてもらうことが出来たのだろう。私のように世間体にはとても言えないような手段を使わなくても兄貴は難なく別の本丸に侵入できる。…嗚呼、この差は何なのであろうか。


「ご迷惑をおかけして真に申し訳ございませんでした」

「…んだ、その棒読みは。心を込めろ、心を。おら、もう一回」

「すみませんでした」

「何勝手に簡略化してんだ。また拳骨が欲しいか?あ?」

「あ、あの…もういいですから」


頭の痛みが未だ引かない中、襟首を掴まれたままこの本丸の審神者の前に突き出される。兎に角謝れとだけ言って兄貴は私の斜め後ろに立っていた。確かにこちらの都合で色々と迷惑かけたし、驚かせてしまったと素直に謝ったのに兄貴は私の態度が気に入らないのか、そもそも私が気に入らないのかキツい表情を崩してはくれない。そんな私たちのやり取りに、困った様子でこの本丸の審神者は控えめに声をかけてくれる。


「ほら、もういいって」

「お前なァ…なんで迷惑かけた身で迷惑かけられた方からのお優しいご厚意をすぐに受け取ってんだ阿呆。ちゃんと謝れ」

「…馬鹿兄」

「あァ?今なんつった?」

「まぁまぁ、主。落ち着いて」

「お前は黙ってろ」

「え〜」


本当にもう一発欲しいか、と拳を作りちらつかせる兄貴に優しい光忠が仲介に入ってくれるがそれすらも耳に入らない様子で私に暴力の象徴を振りかざしてくる。「お前らはコイツに甘すぎる!」と怒鳴り散らす兄貴を治めようと光忠が暴力は良くないよと宥めている。
傍らではその光景に呆れきった様子の大倶利伽羅が片手に「ギャーギャー」と鳴き声を上げながら凶暴なたぬきの襟首を掴んだまま捕獲している。嗚呼、やっぱり兄貴に獣の姿に戻されたか。その大倶利伽羅の横では困り顔で此方を見ている御手杵の姿。誰も頼れそうにない。


「いや、こうして手入れ部屋に行く必要もない状態ですし…。そ、それに、聞けば最初に刀を抜いたのはこちらなので…あの、本当にもういいですから離してあげてください」


私に向いていた怒りの矛先が仲裁に入った光忠に向き、いつの間にやら光忠が兄貴に胸倉をつかまれているという不思議な光景が出来上がっていた。その光景に先ほどよりもかなり困った表情を浮かべるこの本丸の審神者と、不機嫌そうな長谷部の視線が突き刺さる。その空気に耐えきれなくなったのか兄貴は大人しく光忠を解放した。


「駄目な奴で本当すまんな」

「いえ。大事に至らなくて何よりです。此処はお互い様という事で」


キッと兄貴とあちらの長谷部に睨まれた気がしたが気にしない。していたら埒が明かない。確かに少々手荒な事をしてしまったと思ってはいるが、これぐらいしないと奴は出てこない。あえて政府に見つかるかもしれない危険を冒してまで噂を流したままにするのは、全て奴を見つけるため。私が奴を探している事を知れば、きっと奴の方から何かしらの手掛かりを残していくか、上手くいけば向こうから現れるかもしれない。だから、兄貴や他の審神者に何と言われようとこの手段は手放せない。


「おら、帰んぞ。馬鹿」

「………まだ三日月に会ってない」

「…まだ、んなこと言ってんのか。もういい加減に―…」

「あ、あの…」


はぁ、と大きな呆れたため息を真正面から吐き出される。此処まで来てなんの収穫も無く帰れるものか。という最早私に残された最後の意地だった。反抗期かと思われるぐらい、兄貴と私の仲は良いものとは言えない。いつだって親代わりに色々教えてくれた兄貴には感謝しているけれど、この奴に関する事だけは譲れない。と、再びギスギスしそうな空気を察したかのように不意に長谷部の傍らに居た審神者の控えめな声が飛んでくる。


「折角ですし、会っていきませんか?」


その言葉に私も兄貴も、審神者の傍らに居た長谷部すら柔らかい表情を浮かべたこの本丸の審神者を見つめ、ピタリとその場で動きを止めて口を半開きにしたまま言葉を失っていた。





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