「み、三日月さんなら―…」

「失礼だが、突然現れて置いて素性も明かさずに問いかけてくるヤツに応える義理はこっちには無いぜ」

「おお、仰る通りで」


驚く俺達の横で優しい五虎退が素直にその少女に応えようとするのを慌てて遮る。怪しすぎる相手に態々こちらに利益の無い情報を開示しても何も無い。相手が誰なのかさえ分からないし、何を考えているのかも分からない。つまり敵じゃないとは限らない。警戒して損は無いだろう。


「此処の薬研は随分と教育されてるみたいだ」

「だな〜」

「……ギュー」

「はいはい、分かってるって。苛々するなよ」


見た目的に至って普通の人間の少女。そして少女の傍らに立つ一本の槍…御手杵もごく普通の刀剣男士のように思えるが、何より不思議に感じるのはその少女と御手杵と一緒に居るその一匹の動物が異様な雰囲気を醸し出していた。


「突然の訪問で失礼。私はサツキという一応まぁ…審神者だ。そしてこの後ろのがウチ御手杵。…と」


自己紹介をする少女の傍らで「よいしょ」と地面の上に4足歩行の形で立っていたその動物をヒョイと持ち上げた御手杵。そして心なしが機嫌の悪そうな表情をしているその動物を手のひらで指し示す少女。


「狸だ」

「…ギュィー」

「まぁまぁ。落ち着けって」


…そう、あれは"狸"だ。何でこんな所に狸が?そもそも何だか会話しているようだが、一体どういうことなのだろう。狸を一緒に連れているこの異様な組み合わせに警戒しない方が可笑しい。
何しろ噂話の審神者と同じ目的を持つ審神者が現れたかと思えば、御手杵の腕に抱かれ不機嫌そうな顔の狸に何の違和感も抱かずに寧ろこれが自然だろうぐらいの雰囲気で淡々と話をしている2人に、此方は空いた口が塞がらない状態だった。


「…仮に三日月の旦那が顕現されていたとして、他の国の審神者様が一体何の用だ?」

「いや何、ただちょっと…レア刀の三日月がこの本丸でも顕現されているかどうかの確認だよ」


だからそれを確認してどうする。確かに世間一般的に三日月の旦那は見つかりにくいと、顕現されにくいと言われてはいるがそれがこの本丸に存在しようがしまいが正直他の本丸の審神者に関係ある話とは到底思えない。
主も三日月の旦那が本丸に来たときは泣いて喜んだが、世間的にみれば顕現されている本丸もかなりある筈だ。…もしかしてかなりの難民ってヤツか?あまりにも見つからないから他の本丸まで来てしまったってヤツなのか?…ありえない話じゃないのが余計に目の前の存在に不信感を募らせる。警戒を解かずに少女を見ていると、


「…アンタ、嘘下手だな」

「ちょ?!御手杵うるさい!」

「否、明らかに警戒されてるだろこれ」

「じゃぁ他になんて?!」

「…ギュ、ギュギュ、」

「正国は黙る!!」


胡散臭さ満載の少女に突っ込みを入れたのは俺たちではなく、彼女側に立つ御手杵だった。向こうからボロを出したというまさかの光景にまた俺たちは言葉を失う。あれ?今、あの不機嫌そうな狸に向かって"まさくに"と言わなかったか?


「何事だ」


後方から近づいてきたその声に振り返る。長谷部だ。あからさまに不機嫌そうな顔をしている。大将の留守に問題が起こるのを誰よりも嫌うウチの本丸の長谷部。これでこの状況の解決に向かうかもしれないとガラになく少し安心してしまった。
そしてフと周りを見れば、何だ何だと他の刀剣たちも縁側や部屋からこちらの様子を覗いているのが見える。どうやらこちらのやり取りがいつの間にか本丸中の騒ぎになってしまっていたらしい。


「あ、長谷部だ。やっぱりどこの本丸にも居るんだなぁ」

「さすが優秀な刀は違うね」

「…ギュ〜ギュ」

「まーさーくーにー?」

「ギッ!!ギギギッ」

「おい!こら、暴れんなって!!なっ?!痛てえ!!」

「こら!!御手杵を噛むな!!」


長谷部の登場にもこれと言って慌てた様子も無く、のんびりとした口調の少女。御手杵の腕に抱えられていた狸が不満そうに鳴くと、やはり少女は"正国"と狸を呼んだ。その名前に1振りの刀剣男士の姿が浮かぶ……否、自分の考えすぎかもしれないとその考えを振り払う。そして怒りの籠ったように聞こえる鳴き声と共に御手杵の腕の中で暴れ出し彼の手を噛む狸。


「何者だ」

「他の本丸から来た審神者と御手杵と狸だとさ」

「…他の本丸の審神者が何の用だ。演練でもあるまいし」

「何でも三日月さんに用があるらしくて」

「三日月に?」


余りの痛さに抱えていた狸を勢いよく振り払う御手杵に、ギャーギャーと何やら言い争っている少女と狸のその滑稽とも言える光景を見つめながら歩み寄ってきた長谷部に一応仕入れた情報を五虎退と共に素直に告げる。依然として長谷部の顔色は晴れない。寧ろ悪化したように見える。変な方向に行かなければいいが…と思いつつ前に踏み出した長谷部
の背中を見つめ、後は任せる事にした。


「…用件を聞こう」

「三日月宗近に会いたい」

「何故に」

「本人に会って、何も無ければすぐに帰る」

「理由を述べられないのであればヤツに会わす義理は無い」

「……参ったなぁ」


断固として通す気はないことを示す長谷部に対し、一歩も引く事無く言葉を紡ぐ少女も相当心が強いようだ。少しピリピリとした空気が漂う中、出来ればこのまま何事も無く引き下がって貰えると大いに助かるのだが。


「ギギュィッ」

「…俺も正国の意見に賛成」

「あらあら参った。唯一の味方が消えた」


狸の鳴き声に御手杵と少女が言葉を紡ぐ。この狸を交えた会話が成り立っているというその光景に長谷部の不機嫌度は更に跳ね上がる。


「ふざけているのならさっさと去れ」

「そんなふざけてるなんて滅相も無い。こちらはいつだって真面目だよ」


バッサリと何の配慮も無く斬り捨てる長谷部に対して、ニッコリと笑いながらヒラヒラと両手を振って否定する少女は何処か胡散臭さが抜けきらない。そんな少女も何か決心したのか一度御手杵と狸に視線を合わせると、フウッと一息吐いて困ったような笑顔を此方に向けた。


「…ごめん、さっきのは訂正する。私たちは普通の三日月宗近に用は無い」

「………はぁ?」


やはり何か特別な理由があってこの本丸を尋ねて来たのか。と白状した少女に一度は納得したものの新たな疑問が浮上する。"普通の"三日月宗近に用は無い、とは一体どういうことなのだろうか。と、深く考えるよりも前に疑問の答えはすぐに返ってきた。


「"黒い三日月宗近"を探しているんだ」


少女が平然と表情を崩す事無く吐いた言葉に、その場全体の時間がピタリと止まった気がした。え?今、なんて?


「黒い三日月…だと?」

「そんな刀剣、聞いた事―…」

「居る」


またこれも嘘か、はたまた冗談かとその少女の言葉を信じられないというように長谷部と共に返事を零すがそれをバッサリと斬り捨てるように少女のハッキリとした声が飛び込んできて思わず言葉を失う。


「この眼で見た」


先ほどまでの雰囲気は何処へ行ってしまったのかと思うほど少女の表情は真剣そのもので、その瞳は真っ直ぐに此方を射抜いていた。それは少女の傍らに立つ御手杵も、その傍に腰を下ろしている狸も同じだった。少なくとも薬研藤四郎は彼女が嘘をついてるとは思えなかった。


「そんな…根も葉もない話―…」

「信じるも信じないも好きにすればいい。でも、この眼で見たのは間違いじゃない。私だけじゃなく、私の後ろに居る二振りも……本丸の皆も―…しっかりとその姿を憶えている。…忘れる訳ない」


不意に微かに少女の瞳が細められたように見えた。哀しい事を思い出したような、憎いモノを思い出したような何とも言えない人間独特の不思議な表情だった。しかしそんな表情もたった一瞬の出来事で直ぐにニッコリとあの笑顔を浮かべる。


「だから、別に始めっからお前等に被害を加えようとかそんな―…」

「ギュイーン!!!」

「嗚呼!もうだから正国!」

「ギュギュギュッ!!!」

「正国ハウス!」

「ギキュイーーン!!」

「はは、犬みてぇ」

「ついでに御手杵も一緒にハウス!!」

「何で?!」


穏やかな雰囲気に持って行きたかったのだろうが、傍らに居た狸は明らかに納得していないような不機嫌そうな顔で鳴き声を上げるものだから少女もついに怒鳴り始めた。そんな傍から見れば思わず和んでしまいそうな喧嘩のやり取りに御手杵が思わず笑みを零すが、最終的に御手杵もその喧嘩の巻き添えになってしまったようだ。


「あー…じゃぁ、この本丸の審神者は居るか?」

「主は留守だ」

「…あらま」

「まぁ…そのなんだ。俺達だけじゃ他の審神者が大将の留守に直接本丸に来る事自体初めてだ。好き勝手本丸(ウチ)に上げても良いのか決めらんねぇし…出来れば、大将が居る時に出直してくれるとありがたいんだかな」

「あー…そうか。まぁそうだよなぁ…」


ポリポリと頭の後ろを掻いて少し困ったような仕草を見せる少女に、このままもしかしたら何事も無く引き下がってくれるような気がした。正直、そうであってくれと願った。主が不在の中でこの訳の分からない状況の揉め事は御免だ。何しろこんな信じていいのかも分からない少女が本丸に現れたという前例がない。
仮に主が居たとしても、審神者を名乗る少女が突然訪ねて来たらどんな対応をするだろう。大人しく三日月に会せるだろうか?否、会わせるだけで済めばいいが、問題が起きるかもしれない。主もきっと警戒するだろう。そんな相手を俺たちの独断で本丸に招き入れて問題でも起きればそれこそ恐ろしい…。
出来る限り柔らかい表情のままの薬研の言葉に、このまま引き下がってくれそうな雰囲気を少女が漂わせ始めた、と思ったその時である。


「なら、自力で探すしかない、かぁ…」


ゾワリ。背筋を駆け上がる何とも言えぬ感覚。人の形を手に入れてからそんな感覚を感じた事など有っただろうか、と思うようなその感情に五虎退も乱も少し後ずさった。言葉を吐きながらこちらを見た少女のその表情を何と表現すればいいのか。ただ、本能的にコイツは危険だ、そう感じた。
そんな危機感を傍に居た長谷部も感じ取ったのだろう。少女とは思えないその感覚にスッと自身の刃先を真っ直ぐに向け、今までどうにか隠していた敵意を晒す。戦場以外でそんな長谷部を見るのは初めてだった。


「これ以上我が本丸を踏み荒らすのであれば―、斬る」


真っ直ぐに向けられた切っ先。普通の人間であれば驚くなり、怯えたりするであろうその長谷部の殺気にも少女は動じることなく真っ直ぐに此方を見ていた。否、寧ろ口角を微かに持ち上げたように見えた、その瞬間。


「なっ!?」


ボフンという音と共に周りを包み込む白煙。視界が真っ白な煙に包まれ一瞬何も見えなくなる。切っ先を向けている先の少女の姿が見えなくなり、長谷部を含む藤四郎たちはとっさに口元を自身の手首や袖で覆う。まさか毒だろうか…とも思ったが、眠気もなければだるさや痺れも無い。なんだこれはと煙を振り払う。と、

キン。

長谷部の刃に微かにぶつかる同じ金属の音。微かに擦れたその音は確かに同類の類…刃だ。少女の立つ方向からその長谷部の切っ先を軽く逸らすように別の刃がぶつけられているのだ。少女の傍に居た御手杵だろうか…?否、これは槍と交えている感覚では無い。どちらかといえば自分と同じ刀と交えている感覚。そんな事を考えながらも、これから何が起こるのかと身構える長谷部。そんな彼の耳にフと飛び込んでくる声。


「…ハッ!いいねえ…そう来なくっちゃなぁ」

「……まぁ、シンプルでいいか」


徐々に晴れていく視界の中、聞こえてきた楽しそうなその聞き覚えのある声と少女の少し呆れたような声。そしてそう時間が掛からない内に白い煙が晴れる。途端、視界に飛び込んできた光景に長谷部も藤四郎たちも目を丸くした。


「なん、だ…これは…」

「あ〜!やっぱりこっちの体の方が不自由ねぇな!」

「そりゃぁ、狸の体に比べりゃあなぁ」


自分が切っ先を向けた筈の少女の前に堂々と立っていたのは、紛れもない同田貫正国。先ほどまでそこには居なかった刀剣がそこには立っていた。まさかウチの本丸の同田貫かと思ったがそうでは無いようだ。少女やその少女側の御手杵との接し方と言い、明らかに少女側の同田貫だ。だが、先ほどまで居なかった刀剣がどうして此処に…。


「これは、どういう…」

「呪術だよ」

「呪術?」


明らかに狼狽えている様子の長谷部に、自分を庇うように立っている同田貫の後ろ側から顔を覗かせる少女がニッコリ笑いながらサラリと言う。その言葉に思わず薬研が問い返すとこれまた少女が明るい表情のまま人差し指を立てながら説明を続ける。


「ウチの狸はオイタが過ぎてね。一つ、狸の姿になってしまう呪いをかけられた」

「呪い…ですか」

「まぁ、簡単に言ってしまうとバグだけどね」


厚藤四郎の影に隠れたままの五虎退の問いかけにも少女は優しく笑いながら説明してくれる。ばぐ?とやらは良く分からないが、そう言えば御手杵の傍に居た筈の狸の姿が見当たらない。まさか、あれが…本当に?今、目の前で長谷部と刃を交えている同田貫正国という実戦刀という立派な刀があの狸の姿に帰られていたというのだろうか。


「…で、その呪術を見事に長谷部くんが解いてくれちゃったって訳」

「俺が、呪いを解いた…だと?」

「呪を解く方法は3つ」


明らかに不本意で有る事を声に乗せ、眉間に皺を寄せる長谷部。刃を下ろす事無く、同田貫越しに説明している少女を睨み付ける。そんな長谷部が面白いのか少女はクスリと笑いを零しながら今度は3本の指を立てながら口を開く。


「1つ、呪をかけたものが許可を出した時と死んだとき。2つ、呪をかけたものの本丸に居る時3つ―…」


キン。少女の言葉に耳を傾けていると不意に鍔迫り合いしていた同田貫の刃が微かに押し込まれ、小さな音を立てた。まるで俺の存在を忘れるなという様に。その感覚に長谷部が少女に向けていた視線を目の前の同田貫に戻す。と、目の前にいる同田貫はニタリと笑って口を開いた。


「3つ、己の審神者に刃を向けられたとき、または危険が及んだと判断されたとき。だ」


それを聞いてようやく納得する。自分は彼の審神者…つまり守るべき主に刃先を向けた。呪術というのは何だか納得できないが、防衛するための術というヤツだろう。主を護れなくて何が刀だ。それは自分たち刀剣男士が嫌というほど分かっている。


「見事に3つ目をクリアしてくれたわけよ、そこの長谷部くんは」

「なん…」


ギリギリと微かに鍔迫り合いする同田貫の刃が重くなる。距離を、間合いを詰めて来ている。これは本気で斬りに来ている。だが、彼の表情を見てみるとそれは主を守るというよりも―…楽しんでいるように見える。戦闘がしたくて仕方ない顔だ。
そんな高揚したような顔を浮かべる同田貫の後方でやれやれと呆れ顔の御手杵。するとその横に立っていた少女が不意に片手を空中に向けて上げたかと思うとその少女の手先に薄っすらと何やら文字盤のようなものが浮かび上がる。少女は顔色一つ変えずピッピッと手慣れた手つきでその文字盤を押すように触れる動作をしているのが目に入る。


「貴様なにを」

「設定を戦闘から演練に切り替えた。これで怪我をしても試合が終わればすぐに手入れ済みになる」

「……は?」


何を言っている。そう言うよりも早く、自身の体に一瞬ではあるがどことなく変化を感じる。感じた事のある変化。そう、今少女が言った通り演練に挑む時と同じ感覚だ。しかし、それはあくまで演練の場に踏み入れた時だけに感じる感覚の筈だ。なのに、自身の本丸で、しかもどこの審神者とも知れない相手と刀剣と相対しただけで、そんな。


「ルールは簡単。私たちが勝ったらこの本丸の三日月宗近に会わせる。そちらが勝ったら私たちは大人しく帰る。もう二度と姿を見せないと約束しよう」

「な、」

「あ、あと、この演練での参加は1振りのみで一騎打ち形式だ」

「は?」


他の刀剣による加勢も刀装も無し本人たちだけの一騎打ち形式だと。急に始まった上に、そんな守り事をこんな状況で説明されてもこちらは成す術は無い。反抗しようにもあの少女によって何やら演練の状況にしまったようだし、こんなの横暴と言わず何というのか。


「さて、ウチの正国に勝てるかな?」


そうニヤリと笑った少女に合せるように同田貫がまず鍔迫り合いを終わらせる。一歩身を退いてすかさず己の刃を振るうその姿はやはり刀そのものだ。ニタリと笑う同田貫とそれを何とも楽しそうに見ている少女を見て、不意に長谷部は何故だか以前の持ち主を思い出した。嗚呼、いつだって人間は気まぐれで我儘で―…、どうしてこうも楽しそうに笑うんだろうか、と。





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