「ねぇ、知ってる?本丸を持たない審神者の話」


とある本丸のとある昼下がりのことだった。いつものように本丸の庭の隅にある畑の当番をしていた1振り、乱藤四郎が徐に口を開く。その話に周りで作業をしていた他の短刀たちもフと手を止めて乱の方を振り返る。


「えぇ?本丸もって無い審神者なんていんのかよ」

「あ、主さまが前に他の審神者と話してたの僕、聞きました。思わずその話を聞こうとしたら風の噂だからって詳しく教えてもらえませんでしたけど」

「何だよ、ただの噂話かよ〜」

「噂話が嘘とは限らないじゃん」


パチン。赤く実ったトマトや瑞々しいナスを収穫する手を止め振り返る厚藤四郎に五虎退。ただの噂話だと聞くや否や厚藤四郎は呆れたように吐き捨てるが、乱藤四郎は少し拗ねたように頬を小さく膨らませてフンッと厚藤四郎から顔を背ける。


「で?その噂の本丸を持ってない審神者がどうしたって?」


そんな2人のやり取りにやれやれと小さく微笑みながら問いかけるのは薬研藤四郎。片手には立派に育った真っ赤なトマト。それを優しく収穫籠に入れる薬研藤四郎の言葉にぱあああっと顔を明るくした乱藤四郎が振り返る。どうやら話を聞いて欲しいだけだったようだ。


「それがね!此処最近、色んなトコの審神者の本丸を尋ね歩いてるらしいんだよ!」

「それもどうせ噂だろ?」

「もう厚は黙ってて!」


本丸が無い審神者。実は話のオチを唯一知っている事を隠している薬研藤四郎は小さく微笑む。確かに一度は耳に入った事はあるが、その話の真偽を確かめる手段も理由も無かった。ただの噂話、として今まで聞き流して来たのだ。しかし、乱はその話のオチを何処かで仕入れて来たのだろう、噂話大好きの乱が話したがるのも無理はない。
そして横から口を挟む厚藤四郎に、乱藤四郎が自棄になって言い合う。これもいつもの光景なのだろう、やれやれと肩を落とす薬研藤四郎とオドオドと乱藤四郎と厚藤四郎を交互に見ていた五虎退が微かに横目で流すようにしてアイコンタクトを交わす。


「そ、それで、その審神者殿は何を尋ねてるんです?」

「それがね〜」


今にも厚藤四郎と乱藤四郎の口喧嘩が始まりそうな勢いに慌てて話を持ちなおそうと五虎退が少し控えめながらも乱藤四郎の機嫌を伺うようにして問いかけると、乱はクルリと此方を振り返って満面の笑みで話の続きを話そうと口を開いた、その時だった。


「もし、」


チリンチリン。軽い鈴の音に乗ってはっきりとした声が飛んでくる。その飛んできた声に反射的に4振りの短刀が勢いよく振り返る。と、そこには見慣れぬ人影が立っていた。


「楽しいお話中に悪いね、短刀諸君」


見慣れない声に見慣れない姿の人間。見た感じでは、自分達の主とそう歳は変わらないであろうが、少女だ。ウチの主は男で、女性も審神者仲間でと時折本丸に遊びに来てくれる者だけだったのであんまり見慣れていないから妙な感じだ。
否、そもそもこの女性は何だ?審神者か?否、審神者だろうな。ニコリと笑う少女の傍らに立つ顕現された1本の槍を見れば明らかだ。だが、どうしてこの本丸に?詳しいことは良く分からないが、本来自分たちの本丸以外を行き来するのは互いの審神者が揃っていないと成り立たない筈…。自分達の主の姿は、無い。


「ちょっとお尋ねしたい事があるんだけれども」


他の3振りが首を傾げてその少女を見ている中、薬研藤四郎だけは焦っていた。ならば何で何でこの少女は此処に居る?否、何でこのタイミングで現れたんだ?何故だか今さっき話そうとしていた乱の噂話の続きをぼんやりと思い出す。この後の台詞が、何となくわかる。


「この本丸に"三日月宗近"は顕現されているかい?」


その噂の審神者は、大太刀の三日月宗近を探してあちこちの本丸に現れるんだそうだ。とどこかで聞いた、そんな話声が薬研藤四郎の脳裏を小さく木霊した。





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