「…チッ、遅かったか」

「そのようだね」


日が落ち薄暗くなり始めた頃合い、1人の男審神者―…愁月はその現状を薄い布面越しに見つめながら悪態を吐き捨てる。その横で声色は残念そうであるにも関わらずそのクールな表情を崩すことなく自身の主である愁月に返答を返すのは誰でもない、燭台切光忠だ。


「長谷部と薬研は」

「そろそろ戻ってくると思うよ」


自分たちの本丸ではない、どこかの本丸。そこに愁月たちは居た。本来であるならば審神者同士の承認なしに他本丸を行き来することなど到底できないハズなのだが、愁月とその刀剣たちは今まさに一方的にその場に存在していた。
というのもこの愁月という審神者。システムの穴という隙間に入り込み、上手く利用して本丸同士だけではなく、戦場も行き来できるほどの"腕前"なのだ。そう、彼にとってみれば造作もないこと。けれどこうして彼が他の本丸に転移するのには理由がある。


「来たか、大将」


スッと闇に紛れて目前に現れたのは、先に愁月がこの場に送り込んでいた薬研藤四郎だ。片膝をつき自身の主の前で静かに言葉を待つ。


「状況は」

「駄目だ。ほとんど燃えちまってるし、政府の連中があちこちに散らばってる。近づこうにも近づけたもんじゃない」


先に偵察に走り回っていた薬研の言葉に微かに苦笑が混じる。そりゃぁそうだ。この有様じゃ―…そう脳裏で吐き捨てながら、ほぼ焼け落ちようとしていたような風貌のその本丸を見て愁月は腕を組む。鎮火はしているようだが未だ焼け焦げた匂いと熱気が微かに残っている。
しかもこの本丸の広々とした庭に植えられた草木の陰から監察しているだけでもかなりの数の政府の人間…恐らくこの本丸がこのような有様なってしまった原因を調べているのだろう。否、連中はきっとこの原因を知っている。大方その原因を世間体にはどのようにして隠すか、でも考えているのだろう。


「主、」


そんなことを思いながら政府の成りをしているいくつもの影を見つめていると、不意に背後から影が近づく。スッと現れたそれに目を向ければ自身の近侍であるへし切長谷部が深く頭を下げながらそこにいた。手には何かを連れている。


「生き残りか」

「はっ、何振りかは本丸から逃げ出してきたようで」


布面の向こうで微かに目を細める。長谷部の連れてきていたのは酷い有様でありながら「いてぇ離せ」だのと喚いている獅子王だ。静かにしろと一言吐き捨てながら愁月が獅子王の前に立つと獅子王は少し怯えたように顔を引きつらせながらおどおどと口を開く。


「…な、なんだよアンタ等…俺は主を、主を探さねぇと…」

「お前の主なら今頃政府に保護されてるか強制送還で現世に居るだろ」


そんな状態になっても"主"かよ、なんて血も涙もないような冷ややかな視線を飛ばしつつも早口でそう言ってやるが愁月の言葉が上手く理解できなかったのか獅子王はポカンと口を開けたままこちらを見ている。


「君が消えてないんだ。きっと君の主も無事だよ」

「…そう、か…」


愁月の言葉を代弁するかのように静かな口調で燭台切が微笑みかければ、獅子王は納得したのか少し安堵の色を浮かべながらその場に座り込んだ。ようやく自分の体の状態を理解したらしい。すっかり大人しくなった獅子王から長谷部が静かに手を離した。


「…んで、何を見た?」

「…え、」

「言え。何を見た」


へたりと地面に座り込む獅子王に愁月が詰め寄る。尋問のように問い詰めるように、獅子王との距離を縮めて愁月が問いかける。自分の勘が当たっていれば、"アイツ"を―…アイツがココに居たことを証明できる。世間に知らせることが出来る。そう思った。
えっと、あれば―と口籠りながらポツリポツリと今日の出来事を話し始める獅子王。何事もなく1日を終え、遠征や夜間組以外のみなが就寝した時に事は起こった。ポツリポツリと話していた獅子王の顔色が徐々に変わっていく。


「遡行軍……いや、違う…あれは、」


ゆらゆらと燃える炎。怒声と刃と刃がぶつかり合う音。バタバタと廊下を走りまわる音に慌てふためく声。敵襲かと慌てて飛び出した先、あちこちで色々な光景が飛び交う異様な空間で、獅子王は見た。


「三日月の、じっちゃん…」


揺らめく炎の向こうで悲しげに何かを呟きながら肩を落とすその姿はまさに天下五剣の三日月宗近その刀だった。しかし何かが異様で、獅子王は思わずその異様な三日月を見つめたまま呆然と立ち尽くしていると、不意にこちらをチラリと見たかと思えばスッと煙のように消えたという。


「本当か。間違いないか」

「嗚呼。俺、見た。何か騒がしくて目が覚めて、部屋から飛び出したら火の手が上がってて、慌てて主の部屋に皆で向かってたら…庭に居て…スグに消えちまったけど、あれは確かに―…」


そこまで言った獅子王の顔が"ブレた"。


「 !! 」


残像を微かに残した映像のようにノイズが走る獅子王の体。しまった、と思った時にはすでにもう手遅れである。チッと小さく舌打ちを打った愁月の前で、内心パニックになりつつあるのであろう獅子王が問いかけてくる。


「あ、れ?俺、どう、なっ、て…」


首を傾げ、獅子王は消えた。愁月たちの前から跡形もなく。今までそこに存在がなかったかのように、まっさらなまでに。グッと奥歯をかみしめる長谷部の手が自然と拳を握る。


「審神者の力が無くなったか…」

「いや、大方政府の連中が審神者の権利を剥奪したんだろうな」

「そんな…」

「証拠を残したくねえんだろ。…くそ。もう少し聞けりゃあ―…」

「何者だ!」


この世界に混乱を招いている将にその原因の元を目撃してしまったこの本丸を決して政府は見逃さないだろう。だからこそきっと生き延びた審神者から審神者の権限をはく奪し、この政界から永久に隔離した状態に持って行ったのだ。もちろん、その審神者が顕現したであろう刀剣の生き残りたち全ても今目の前で消えた獅子王のように存在を消されてしまっただろう。
証言を証拠として集めていけばいずれはアイツ本体に―…と思っていたのだが、現実はそんなに甘くないようだ。微かな草葉の擦れる音と共に光を向けられ、愁月の姿が闇の中で照らし出された。


「チッ」

「審神者だと?!」

「どうして他の本丸の審神者が?!バグか?!」

「いや、そんなはずは―!!」


数人の政府の人間がこちらを見て慌てふためいている。それはそうだ。本来、あってはならないことが目の前で起きているのだから。狼狽える政府の人間たちを横目に愁月はすでに動き出していた。


「と、とにかくデータ照合!急げ!」

「はいっ!!」


走り去ろうとする愁月を追って踏み出す政府の人間が何やら腕についた機械を操作し、そこから宙に浮かんだパネルに触れると、愁月の身元を探ろうといくつもの数字や記号の羅列が忙しなく動き始める。


「させるか!」

「でりゃぁ!!」

「!」

「何?!!」

「悪いね」


しかしその機械の処理は完了することなく終了した。傍に控えていた長谷部と薬研が器用にも宙に浮いたパネルごと機械を斬り壊し、微かにほほ笑んだ燭台切が大きく得物を振りかぶったところで政府の人間たちの意識が途切れる。
ドサリと倒れこむ政府の人間たちを後ろ手に、愁月は何やら宙にパネルを浮かび上がらせ手慣れた手つきでそれを操る。と、走る愁月たちの前に空間に裂け目が出来、その裂け目に愁月を筆頭に3振も流れるように入り込むとその裂け目は消え、あたりには元の静寂さが戻っていた。





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