「おや、随分と可愛いの付けてるね」

「…はぁ〜」


本日何度目かの同じお言葉。いい加減、聞き飽きた。誰かに合う度に同じ言葉を投げかけられるのだ。またかよ、とばかりに息を吐き出しながら傍にいた加州の懐に雪崩れ込む。何の悪気も無く声をかけてきた彼―…燭台切は「え?え?」と私の行動に対して頭に?を浮かべていた。


「皆に同じこと言われて嫌になってるんだって」

「ああ、そうなんだ」


そう、本日の私の頬には絆創膏が貼られている。というのも先の戦闘で斬られた(掠ってしまった)傷が塞がっていなかったのか帰還するなり乱が「貼ってあげる〜」なんて言いながらぺたりと貼ってくれた絆創膏。それも可愛らしい、花柄の、絆創膏だ。
帰還してそのまま過ごしていたのだが…。すれ違う刀たちの視線屋表情がやけに自分を見つめているように感じ、数刻前に鏡を見てようやく気づいた。恥ずかしさのあまり剥そうとした…のだが。


「だから此処に逃げ込んだのに…」

「ごめんごめん。知らなかったんだ」


もう立ち直れないとばかりに加州に抱きつけば、よしよしと頭を撫でてくれる。それを見た光忠が困り顔で謝るのに剥れてふいっとそっぽを向く。皆してそうやって笑いものにして…。


「そんなに嫌なら普通の絆創膏にすればいいのに」

「…光忠、今の今まで私がその考えに至らないと思ったか」

「それもそうだね。どうして変えないんだい?」


そうだ。花柄という何とも自分には似つかわしくない愛らしい絆創膏を剥そうとした…ところに、また運悪く兄貴が通りかかった。兄貴は私の顔を見るなり、豆鉄砲をくらった鳩のように目を丸くしてこちらを見つめること数秒…。そして、


「罰なんだってさ」

「罰?」

「ほら、またサツキったら勝手に他の本丸に行ったでしょ?だから主からの罰」

「…ああ…なるほど」


兄貴は笑いを堪えたように表情を歪ませながらそれを「一日付けてればお咎めなしにしてやる」なんて何の罰ゲームだよ…いや、嫌がらせかと反論を返す間もなく兄は去って行った。取り残された私はこっそり剥してやろうかと思ったが、いつどこで兄貴の近侍が監視しているかと思うと剥すに剥せないのだ。
お咎めはきっと遂行される。拳骨+正座+お説教コースか、一週間の瞑想か、本丸全体の掃除か、はたまた今度こそ外出できないようにバグを埋め込まれるかもしれない…。それを思えば楽なものかもしれないが、精神的には辛い。


「恥ずかしさで死にそう」

「いいじゃない。可愛いし。それでお咎めなしなら」


それ、皆「可愛い、可愛い」って…その言葉を聞くだけで鳥肌が立つ。何より噂を聞きつけ、ちらほら本当かどうか覗きにくる刀剣たちがピンクの花柄?!!とか可愛いの付けてる…!!!とかマジで驚いてる声が聞こえた時にはもう…。


「嗚呼もう…!!こんな恥ずかしい思いするぐらいならいっそ剥す!」

「駄目駄目!せっかく主の拳骨を受けなくていいんだから我慢だよ」


本当に自分はこういった類のものに縁が無いというか関わりたくも無いタイプの人間なので、兄貴のお咎めよりも精神的にキツくなってきた。刀剣はまだまだ居るし、これから帰ってくる部隊も居る。噂だってあっという間に本丸中に広がって、皆この絆創膏を付けた私を覗きに来ると思うともう…。と思い、光忠の制止の声も振り切って頬の絆創膏に指をのばしたその時、

スパンッ

と綺麗な音を立てて開け放たれる部屋の障子。兄貴の回し者に見つかったかと部屋に居た誰もがピタリと動きを止めてそちらを振り返る。


「同田貫、くん…」


しかし、そこに立っていたのは紛れもない同田貫正国。光忠の声にも何一つ反応を示さず、黒い影を伸ばしながら凄い形相のまま此方をジッと見つめて立っているのを見て、誰もがその無言の威圧感に何とも言えない空気が漂うのを感じていた。…動じていないのは私ぐらいだろうか。


「あー…ちょっと席外そうか?」

「ん、悪いね加州」


何かを悟ったのか、徐に口を開いた加州に合わせ彼の腰に回していた腕を離して真っ直ぐに正国と向き合うように座り直す。それを横目に光忠を連れてそそくさと部屋を出ていく加州が静かに障子を閉めて行った。静寂に包まれる室内。


「…で?どうしてそんなに不機嫌?」

「………」

「戦に連れて行かなかったから?」

「………」


何も話さす事無く、彼は静かに腰を下ろした。ジッとこちらを見つめている彼の金色の綺麗な視線を感じながら、ふうと小さく息を吐く。随分とご立腹らしい。


「仕方ないだろ。お前らは手入れ部屋に入ってて―…」

「違ぇよ」

「ん?」


手入れ部屋に入っている刀剣を引っ張っていくのは無理だ。いや、引っ張り出せるとしても刀剣は傷ついたまま。回復はしない。そのまま戦場に無理やり連れて行くなんて、折られてこいと言っているようなものだ。それを彼が知らない訳が無い。なのにご立腹とは―…と口を開けば一掃される私の言葉。


「俺ァ別にお前が俺を置いて戦に行こうが、誰を相棒にしようが関係ねぇ。でもな、」


タン、と彼の本体が畳を軽く突いた音がしてグイッと近づく彼の顔。身を乗り出すようにして距離を縮めてきた彼の金色の瞳とバッチリ目が合う。スッと絆創膏の上を彼のごつごつした男らしい指先が優しく滑って行くのを感じた。


「俺が見てねぇとこで傷つくって来てんじゃねぇよ」


どうやらこの刀剣(男)、現代なら今にもカツアゲでもしそうな程の表情を浮かべながら何にご立腹かと思えば、私が自分の顔に傷を作ってきた事にご立腹だったらしい。その一言に思わずキョトンとした私だったが、すぐに「ぷ、」と小さく声が漏れてしまった。


「くくくくく…」

「笑いごとじゃねぇ」

「ごめ…くくっ、いや、うん。そうだね」

「…分かってねえだろ」


笑いを必死にこらえるようにしながら答えると彼はまた眉間の皺を増やしながら、私の顔に張られた絆創膏の上に滑らせてた指を優しく移動させて瞼の方へと滑らせた。私の左頬を彼の右手がすっぽりと包んでしまっているような触れ方だ。


「目、失くしちまうトコだったんだぞ」

「…うん」

「お前、時々自分が人間ってこと忘れてっからよ」

「……うん」

「この傷がいずれもっと深手になって、その次には更に深手になるかもしんねぇ」

「うん」

「無茶な戦い方しねぇように俺が見張ってねぇと、お前すぐ死んじまうから」

「大げさだなぁ」


どっちが無茶な戦い方してんだか、と呆れ声で小さく呟けば彼も小さな声で俺は良いんだよなんてぶっきらぼうに言うもんだから余計に可笑しくて。ごつごつと男らしいその右手の感覚が静かに離れて、今度は彼の額が「はぁ〜」と少し安堵したような吐息と共に私の右肩にとんっと乗る。


「……次は連れてけ」

「やっぱ連れて行かなかったこと怒ってんじゃん」

「あー…うるせえ」


顔は見えないけれど、多分呆れきった顔をしているのだろうなと思いつつ彼の方に回した手で背中をポンポンと叩いてやる。そうだね、少し心配させたねって笑って呟けば彼はぐりぐりと私の肩に更に額を押し付けてきた。が、次の瞬間彼の肩がピクリと震えた。―――と、

スパン


「サツキー!なんか可愛いの付けてるって聞いて…ってありゃ?」


これまた綺麗な音を立てて開け放たれた障子に瞬時に反応した正国が私から離れ、何事も無かったかのように片膝を着いたまま本体の刀を握りしめて座り直す。障子の向こうに立っていたのは何処かで噂を聞きつけたらしい御手杵だ。困り顔で固まる此方に、何かあったのか?とばかりに首をかしげる御手杵。
別に何もねえとそっぽを向いたままの正国と、困り顔の私に更に首をかしげる御手杵を見つめながらそっと自身の頬に貼られている絆創膏に触れた。


「…やっぱ剥そ」







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