「相変わらず綺麗な髪してるよねー」

「んー?そう?」

「全然自分じゃ手入れしてないみたいだけど」

「え?だって清光がやってくれんじゃんか」

「サツキがやらないからやってるんでしょ、もう…」


ススススス…と櫛で寝起きで乱れた私の髪を優しく梳きながら小さく膨れながら言うのは清光。穏やかな朝。ほぼ毎回、こうして私の寝起きの髪を整えてくれるのはいつだって清光だ。この兄の本丸の清光も、私の本丸に居た清光もいつもこうしてズボラな私の身形を口うるさく注意してくれた。
いつもの優しい清光の指先を感じながら未だ覚醒しきっていないポワワンとした思考の中でフとそんな事を思った。ああ、駄目だな。なんだか最近昔のことばかり思い出してしまう。


「お待たせ」


そんな朝から切ない気持ちを漂わせているサツキを断ち切るかのように開いた襖。その向こうから顔を覗かせたのは何とも爽やかな笑顔の光忠。その声に顔を上げれば、鼻先をなんとも美味しそうな香りが掠める。


「ごめんね、簡単なものしかできなくて」

「ううん全然。寧ろ私が変な時間に起きたのが悪いし、光忠の飯は何でも美味いから大丈夫」

「"飯"じゃなくて、"ご飯"。"美味い"じゃなくて"美味しい"」

「光忠のご飯は何でも美味しいから大丈夫です」

「そうそう」


光忠が態々お盆に乗せて運んできてくれたのは何とも遅い朝ごはん。行ってくれればこちらから広間に行ったのに、光忠はいつも私1人の食事のときはこうして態々1人分のご飯を作って持って来てくれる。自分でいうのもなんだが、結構過保護なのだろう。
どうしてこんな時間の朝ごはんになってしまったかと言えば、昨日この本丸に帰ってきて三日月に会ったその後疲れていたのかそのまま寝入ってしまい、つい先刻に目が覚め、先ほど湯あみを済ませたからだ。…正直言うといつもこの本丸に帰ってきたときはこのパターンが多い。
刀剣たちも刀剣たちで疲れているのだろう、とよっぽどの事が無い限り起こさない。今日なんて三日月の部屋で寝てたのに起きたら自室だ。聞けば夜の内に大倶利伽羅が部屋まで運んだと言うではないか。まったく気づかないほど寝入ってしまっていたらしい。
そんな生活繰り返してかなりの月日が経った。それでも未だにアイツは見つからないし情報も何一つ掴めていない。モグモグと美味しい光忠のおにぎりを頬張り、味噌汁を啜りながら太陽が天辺に昇りかけている日差しの差し込む本丸の庭を遠くに眺める。ああ、なんだかんだ言って今がとても平和に思えるのだから幸せなのだろうなと思う。そんなまったりとした時間がとても好きで―…、


カンカンカンッ!!カンカンカンッ!!ヴーッ!ヴーッ!ヴーッ!


突如鳴り響く鐘の音とサイレンのような音。サツキも清光も光忠もピタリと動きを止め、顔色を変えてバッと視線を上げる。


「何…?」

「これは…!」

「緊急信号…!」


緊急事態・非常事態を知らせる為の信号で、今までに1度も無かったわけではないが滅多に発動されない音だ。皆、先ほどの雰囲気はどこへやら。一気に真剣な顔つきに変わり、その音に反応した他の刀剣たちがあちこちでざわついているのも聞こえ始める。と、


「た、大変でございます〜!!」


ヴヴンと微かな電子音を立てながらその場に姿を現したのはこの本丸を担当している"こんのすけ"だ。慌てた様子でご報告します!と此方に駆け寄ってくる。


「今しがた遠征に出陣中の第2軍が夜戦にて検非違使と遭遇!しかも2組同時出現とのこと!」

「検非違使が2組同時?!」

「ちょ、なにそれ?!可笑しくない?!」


サツキが言葉を失い、目を丸くしている横で光忠と清光が身を乗り出す勢いで声を荒げる。それほどまでにこんのすけが報告した緊急事態の内容は信じられないものだった。ただ、そのエリアで検非違使が突如出現し、応援もしくは撤退命令が必要だというのならまだ話は分かる。だが違う。一度に検非違使が2組も出現するなんて聞いたことない…いや、ありえない話だ。
それにそのエリアはまだ制覇したばかりだったはずで検非違使が出現するには早すぎる…。可笑しい。いや、そんな事を考えている暇じゃない。


「…その遠征組…強化中の短刀たちの班か」

「さ、左様です!」


確か兄貴がこの前、短刀組を強化したいと隊の編成も組んでいたのを知っていた。そのうち遠征に出すとかなんとか言っていた。マズい。かなりマズい。下手をすれば皆無事では済まない否、誰かが折れる可能性の方が高い。迅速な対応が必要だ。


「急いで呼び戻し鳩を!」

「主に緊急連絡しなきゃじゃん!!」


そんな時に限って兄貴は朝早く、近侍の長谷部を連れて何処かに出かけて行ったという最悪なタイミング。まるで狙ったかのようなこの事態に慌てだす光忠と清光。急いで部屋から出て行動しようと身を起こすが、その動作も不意に飛んだサツキの冷静な一言によって止まる。


「…間に合わないな」


顎に手を当て、スッと立ち上がったサツキは手に持っていたおにぎりの残りを口に放り込み、部屋を出て廊下に出ると歩みを止めることなく清光が整えてくれた髪をササッと手櫛で纏め、いつもの髪留めを手に取り纏め上げながら問う。


「…そういや、正国と御手杵は?」

「え、まだ手入れ部屋だけど…」

「そっか」


まだ流石に出てこられないか。と思いつつ廊下を進めば、清光と光忠も後に続く。本丸内部ではあっちでバタバタこっちでバタバタ。急いで主に連絡!あれはどこだ?繋がらない!など色んな声が飛び交い、兄貴の居ない本丸は半ばパニックだ。そうそう無い事態に、主不在の本丸は幾ら歴戦を生き残ってきた古株が揃っているにしろ、刀剣だけでは辛いものがある。何せ、システム上の問題で勝手に本丸から出たり入ったりが難しいのだ。主の指示が無ければ戦場にも出られない…。まぁ、サツキの件は除いて、だが。


「よっ!今剣!」

「あ!サツキ!!」


そんなバタバタしている本丸の中を何の迷いも無く突き進んでいたサツキがまるで目的を見つけたかのように笑顔で声をかけたのは、何をすればいいのか分からず縁側から慌てている刀剣たちを見つめていた様子の今剣だ。「起きたんですね」「ん、おはよ」と軽い朝の挨拶を交わすや否や、サツキはニッコリと微笑んだ。


「なぁ今剣。いま…暇か?」

「?」

「ちょっとばかし付き合ってほしんだが…」

「 !! 」


その言葉にパチパチと数回瞬きした今剣が徐々にその言葉の意味を理解したのかニパァと表情を明るくしていくのに対し、驚きから目を丸くする光忠と清光。サツキの性格といい、行動力といい、まさかと思うが…否、やりかねない。
2振りの脳裏に過ぎった考えを肯定するかのように黙々とサツキは縁側に出て、どこから取り出したのか靴を履いて庭に出る。それに続いて今剣も「わーい!」なんて嬉しそうに庭へと飛び出していく。


「ちょ、まさか、サツキちゃん」


光忠が驚いた表情のまま、まさか本当に?と問う暇も無くサツキはクルリと2振りの方へと振り返ってニッと笑う。


「出てくる」

「出てくる、って…!ちょ、待ってそんな無茶な!しかも今剣くんだけなんて―…」

「今剣と私が居れば十分。光忠は急いで兄貴に知らせて、遠征中の1軍をこっちに回すように言ってくれ。あと手入れ部屋の準備」


慌ててサツキを引き留めようとする光忠の声も空しく、サツキは笑顔を浮かべたままヒラヒラと片手を振りながら踵を返して歩き出す。兄貴が来るまで持つよと迷いも不安も無い声を零して、手を翳すとヴヴンと宙に姿を現した電子パネルをピッピッと手慣れた様子で叩く。
と、庭の先へと歩き出したサツキと今剣の前の景色がぐにゃりと歪んだかと思えば、ぽっかりと穴が開いた。その穴に怯える様子も無く、慣れたようにサツキと今剣は歩みを止めずに向かっていく。


「さてと、行こっか」

「はーい!いっざ、しゅっつじーん!」


今剣の元気な声を最後に、呆然を立ち尽くす光忠と清光の目の前でサツキと今剣はスウッと歪んだ景色の向こうへと消えて行った。





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