「あ〜!!サツキ!おかえりなさ〜い!」

「おや。やっと捕まったんですね」

「おっ!サツキが帰ってきたか!!」

「まったく、どこまで遊びに行っていたんだい?」


門を潜るや否やあちこちから飛んできた様々な声。今剣に宗三左門字、厚藤四郎に歌仙兼定。これはまた豪華な出迎えである。皆その先陣を切って声を上げた刀剣たちに続いてその場に居た他の刀剣たちも一斉にこちらに視線を向ける。嬉しそうに顔をほころばせる刀剣たちの中、ひときわ不機嫌そうに眉を顰めている一振りの刀…へし切長谷部だ。


「コラお前たち!まずは主の帰還を迎えるべきでだな―…」

「カッカッカッ!!して、此度はどこの山へ修行に行って居ったのだ?」

「え〜っと居なくなったのがあの日だから…ひぃ、ふぅ、みぃ…おっ!新記録じゃね?!」

「おかえりなさ〜い!」

「あとで、お土産話、聞かせて」

「あ、サツキさん!これから洗濯始めるんで着替えるなら早めに着替えて下さいね〜」


本来、この本丸の主である愁兄の帰還を出迎える筈なのに真っ先にサツキへと意識を向けた他の刀剣たちの反応が気にくわなかったのだろう、説教気味に口を開いた長谷部だったが、それも傍から飛び込んでくる色々な刀剣たちの声にかき消されてしまう。皆、本当のんびりしているというかキャラが濃いというか…。


「貴様ら話を聞け!」


嬉しげにこちらに歩み寄ってきた山伏国広に指を折りながら数える獅子王、愛らしい笑顔でヒラヒラと手を振る乱藤四郎に少し恥ずかしそうな小夜左門字。終いには洗濯籠いっぱいの洗濯物を抱えた堀川国広が通り過ぎていく。まるで聞く耳持たない刀剣たちに思わず声を荒げる長谷部。…ああ、平和だ。


「はは、僕らが帰ってきた事よりサツキちゃんが帰ってきた事のほうが嬉しいみたいだね」

「相変わらずサツキは人気者だなぁ」

「…ケッ」

「……どうでもいいな」


一緒に帰ってきた光忠も少々困り顔だ。まるで他人事のように呑気に零す御手杵に、本丸に帰還したことで術が解除され本来の人型に戻った正国が気にくわなそうに吐き捨て、興味無さそうにそそくさと本丸の中へと入っていく大倶利伽羅。こっちもこっちでマイペースだ。
ただいま〜と返すサツキの腕には既に小夜と今剣がべったり貼りついているし、他の刀剣たちもちらほら彼女の周りに集まっている。本来の主よりも主の妹に執心とは。他の本丸の審神者が見たらこの光景をどう思うだろう。呆れられるか…いや、笑われるかもしれない。


「あ〜、もういいもういい長谷部。ご苦労さん」


プルプルと微かに震え始めている長谷部に、はあと盛大な溜め息を布面の奥から吐き出しながら今にも爆発しそうな近侍を宥める。ポンポンと愁兄が長谷部の肩を叩けば長谷部は大人しくなった。


「ん。皆 ただいま」


にっこり笑ってその場に居る刀剣たち皆に帰ってきたという挨拶をしっかり零しながら、屋敷内に向かう。もちろん、腕にはまだ今剣と小夜がくっついたままだ。お話聞かせてくださーいとにっこにこの今剣に引っ張られながら玄関を潜ろうとしたとき、ぽんっと今剣の頭に愁兄の手が乗せられる。


「悪いな、話はまた今度にしてやってくれ」


静かな声で愁兄がそう零すと、今剣も小夜は「わかりました」「わかった」と素直に腕から離れて庭の方に駆けて行く。こう言うのも変かも知れないけれど正直、助かった。色々飛び回っていたこともあってもうヘロヘロだったから。


「とりあえず今日はもう風呂入って寝ろ。説教は明日だ」

「ん…」


それを愁兄は察してくれたのかなんなのか、駆けていく今剣たちに小さく手を振っていた私の頭をこつんと小突きながらボソボソと言い放ち、その場を離れていく。


「うへェ〜、説教あんのかよ〜」

「…ケッ。とっとと湯あみ行こうぜ」

「まずテメエらは手入れ部屋だ馬鹿もんが」



湯殿のある建物の方へと向かおうとする正国と御手杵をすかさず捉え、正国の片耳を掴んだまま引き連れていく愁兄。「いてェ!!」と声を荒げる正国の声なんぞ聞いちゃいないとズンズン歩いて行く愁兄の後を「へいへい」と大人しくついて行く御手杵が一瞬こっちを振り返ったから小さく手を振って「よろしく」と口を動かした。



―――…



日が落ち始め、薄暗くなり始めた頃合いの為か、帰ってきた本丸はすっかり夕日に染まっていて、皆も外の作業で出払っている為に静かだった。そろそろ作業を終え、片づけと明日の準備に帰ってくるだろうが、それまでは静かだ。
足を進む先も落ち着いた雰囲気のまま、静かさを保っている。確か今日は朝に遠征から帰ってきて内番も演練も入っていなかったから部屋に居る筈だと思いつつ、1つの部屋に向けて足を進めた。
本丸の長い縁側やら通路を進んで目的の部屋の前に立てば、そこには相も変らぬ気配がそこにあるのが感じられた。一呼吸おいて、声をかけることなく静かに戸を開ける。と、何やら書物に視線を送っていたらしい彼が顔を上げてこちらを見た。


「…おお、帰ったか」

「ん、ただいま」


その優しい声と優しい表情に安堵するとともに、一気に疲労感が出てきて思わずその畳の間に踏み込むや否や彼の膝目がけて雪崩れ込むようにして膝を折る。すると彼は「おお、良く帰った良く帰った」と頭を撫でてくれる。本当の爺ちゃんみたいだ。


「此度はどこまで遠征してきたのだ?ん?」

「ん〜?結構遠くまで行ったよ。今回は4,5ぐらい本丸回ったかな」

「ほほ、上々だの」


コロコロと笑うその声色はいつもと何ら変わってなんかなくて、昔から兄に怒られた私をやさしく慰めてくれたそのままのものだ。いつだって彼は私の事を見守ってくれたし、顕現した時から私の事を気にかけてくれた存在。…だからこそ、怖いのだ。


「また、見つかんなかったよ」


"あれ"が、私の本丸を壊してから彼が怖くて仕方が無かった。けれど、こうして彼に頭を撫でられてしまうと、彼と会話してしまうとすっかり安堵してしまう。会おうとするたびに彼が変わっていたら?"あれ"になってしまっていたら?と考えると気が気ではない。だからこそ、私はこうして暇さえあれば彼の元へと足を運んでしまうのだ。実際に会って、彼が彼のまま変わってない事を確認して安堵を得るのだ。…酷いヤツだ、私は。


「なに、全ては巡り合わせで出来ておる。こればかりは仕方のないことよ」

「…レア刀見つけるより難しい」

「ほほ、言えているな」


私が彼自身を疑い、また安堵を得ていることをきっとこの"三日月宗近"という刀は知っているのだろう。それでいいと、笑って居るのだろう。それでいいのだ、と頭を撫でてくれるしこうしてあちこち飛び回った後には膝も貸してくれるのだろう。


「急いても何も変わらぬぞ、サツキよ」

「ん…」

「ほほ。これは随分お疲れの様子だの」


その声に、その感覚にどんどん微睡が襲ってくる。久々に長旅だったし、些かはしゃぎ過ぎた。睡眠をとらなかった訳ではないがこんなに心置きなく寝れる環境でも無かったし体の疲れも満足に取れないまま過ごしてきたのだ。体も心もすっかり疲れ切っていた。


「帰ってくる度に我(オレ)に会いに来ずとも良いのだぞ?」

「ううん…私がお前の顔見て…安心したいだけだから気にしない、で…」

「あい、分かった」


ほら、すぐそうやって優しく諭す。きっと自分に会う度に私が傷ついてるんじゃないかってあの日の出来事を思い出してるんじゃないかって心配してくれているんだろう。周りもあまり私と宗近を会わせるのはよくないような、遠慮しているような空気が漂っているのは頭のよくない私でも感じ取れるぐらい分かる。そんな気遣い要らないのに。


「しばし休んでいけ。我はどこにも行かぬ」

「ん…」


寧ろ彼には会わなければいけないのだ。彼が私の中の彼であることを確かめるために。安堵を得るために。だからこうして私はまた彼の優しい膝枕の上で微睡に誘われるようにして、かろうじて保っていた意識をゆっくりと手放していくのだ。





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