「……"神々の義眼"保有者の子供を拾ったってのは本当なのかい?」

「…本当だ。事態は急を要した。報告が前後したことは謝る。」


コツン。コツン。テーブルの上に展開されているボードの上で幾つもの駒が移動する。一昔前のチェスに似ているそのボードゲームを繰り広げるのは向かいあう2人の男。ウチのボスであるクラウスと頬に傷がある男―…スティーブン・A・スターフェイズだ。


「報告とかは別にいいんだ。けど…大丈夫なのかい?そんなの入れて。どうやらそれで1回軽く世界が救われてるらしいけどもさ」


コツコツ、と盤上で駒が躍る音と2人の会話を聞きながらシュタインは傍のソファに腰かけ、分厚い古書を広げていた。如何にも古めかしい古文書のようなその本にはビッシリと文字の羅列が並び、見る者によっては読めない部分もある。しかし彼女は顔色一つ変えずに淡々とその紙に並ぶ文字を目で追って居た。が、目前で繰り広げられている2人の大人の会話でほぼ集中できていなかったのも事実だった。


「…何たってここはヘルサレムズ・ロット。現役の軍人でも軽々と命を落とす超常世界だ。ただの眼が良いだけの子供が裏街道をヒョイヒョイ歩く危険を想像できない君でも無いだろう。……可哀想なことにならなければいいけどね」

『はい、そこまで』


パタン。遂に集中が途切れる。というよりもこれ以上聞くに堪えられなかった、と言った方が正しいかもしれない。そんな事、言われなくたってこの街に住んでいれば嫌でも考える事だ。敢えてそれを口に出さないようにしていたのは、そんな事にならないように―させないように私たちが彼を護る事を密かに誓っているから。


『クラウスを不安にさせるような事しか言えない口は今すぐ縫いとめるよ?スティーブン』

「ハハ、済まない。そんなつもりじゃなかったんだけど」


閉じられた分厚い本から顔を上げ、目を細めながら真っ直ぐに彼女が見つめる先に居るスティーブンは眉尻を下げて困ったように笑う。シュタインが冗談で言っているのか、本気で言っているのかクラウスもスティーブンも正直分からなかったが、どちらにせよ彼女があまり良いものと思っていないのは感じ取れた。


「止さないか、シュタイン。私に軽率な部分があったのは事実だ。スティーブンの言葉に間違いはない」

「そんな固く考えるなよ、クラウス。僕も少し言い過ぎた」

『…じゃぁ、結局悪いのは全部スティーブンってことでこの話は終わり!』

「えー…」

『フフ、冗談だって』

「…参ったなぁ」


真剣に謝り始めるクラウスに、スティーブンが釣られて謝り返すのを見てシュタインが笑う。これ以上この話を引き延ばしても"オジ様"たちが可哀想か。と笑いながら会話に終止符を立てる。キッパリと言い切った彼女の笑顔にスティーブンも何も言えず、本当に困ったように後頭部を掻くような仕草をした。

さて、一笑いもしたしと時計に目をやる。そろそろ時間だ。よっこいしょとお気に入りのソファから足を下ろし、「ううーん」と思わず声を零しつつ伸びをしながら立ち上がるとスティーブンは頭に?を浮かべ小さく首を傾げたが、クラウスはシュタインと同じく時計を見てニコリと笑った。


「お出かけかい?」

『うん。丁度美味しいドーナツが焼ける時間だ』


今から向かえば丁度揚げたて作りたてのおいしいドーナツが出来上がる時間帯になる。毎回あそこは時間で揚げている部分があるから本当に美味しいのを食べたいのなら時間を見計らないと。
傍の上着掛けにかけていた黒いフード付きの上着を手に取り、サッと羽織る。美味しいおやつを楽しみにする子供のようなその笑顔に思わずクラウスの表情も綻んでいるのをスティーブンは見逃さなかった。


『クラウスの分も買ってくるよ。勿論、スティーブンの分も』

「おや、僕の分も買って来てくれるのかい?嬉しいね」

「ではシュタインが帰ってきたらとっておきの美味しい紅茶を淹れよう」

『分かった。帰ってきたらみんなでティータイムだ』


クラウスの紅茶と聞いてシュタインの表情が更に綻ぶ。ドーナツをお茶うけに午後はのんびりしようなんて笑う彼女は羽織ったコートの裾をヒラリと靡かせながらじゃぁ行ってくるとヒラヒラと手を振ってドアを開けて出て行く。
ガチャリ、と静かに閉まったドアを見つめていた2人の男の顔は綻んだまま、視線だけテーブルの上のボードゲームに戻す。


「…随分と変わったじゃないか。彼女」

「嗚呼、良い変化だ」


今までの彼女を思えば、かなりの変化だ。"外に出るようになってから"は本当に安心したものだ。彼女の成長を見守る自分達をまるで保護者だな。とスティーブンが笑った。





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