幾つブロックを抜けただろう。幾つ通りを走り抜けただろう。霧がだんだん濃くなっていく。自分よりも先を走っている筈の半神の姿を必死に視界の内に捉えながら、半神の先に術式を何度も張るが上手く捕まってくれない。ついには半神が振るった鎌の影響で辺りの建物が一瞬にして崩れ去る。足場を崩し、とっさにアスファルトの地面に着地し辺りに目を凝らす。やはり今日は霧が濃い。辛うじてヤツの影が見える。そちらに足を進めようとした刹那―…


「…待っててください。必ず助けます」


不意に背後の方から聞こえてきたその声に振り返る。この霧の向こうに彼が居る。そう察した。「僕はまだ、約束した皿洗いしてませんからね」なんて軽い決意を含んだ様な声がして、思わず笑みを零す。すると、霧の向こうに居る半神の気配が動いた。その動きに合わせ、瞬時に地面を蹴った。
「え」というレオナルドの声と共に視界に飛び込んできた白色に並んで手を翳す。とっさに術式の壁を作って正面の守りを固めると白色の彼がレオナルドを庇うように立ち、半神の大きく振りかぶった一撃を受け止めたのが視えた。
ズサササ…と荒らされた地面を滑るようにしてブレーキをかけ、止まる白色とそれに庇われたレオナルドの無事を確認しながら、2人の前に立つと更に術式を組み替えて守りを固めて振り返る。


『よっ!久方ぶりだね、少年』

「シュタインさん!ザップさん!」


振り返った先には、困惑している様子のレオナルドとそんな彼を庇ったらしいザップの姿。どうやら2人とも無事だったらしい。


「てめえ何で戻って来た」

「 ?! 」

「…お前が逃げるに俺は20ドル賭けてたんだぞ」

「…!!」

『お前の賭け事事情なんぞ知るか、この最低男』


本当に最低だなこの男。抉れた地面を見つめつつ、よくもまぁそんな事言えるものだと思いつつ早く立てと急かす。そして濃い霧の向こうに見えるあの音速猿の姿を捉えた。


「…しかしまずいな。防戦一方で猿まで近付けねえ」


ザップの言う通り、問題の音速猿の前には半神が立ちはだかりまるで近づけそうにない。きっと次のゲート解放まで時間を稼ぐつもりだ。つまりは今度ゲートが開いた瞬間、あの半神が完全体になるという事。この世界が滅茶苦茶に破壊されるって事だ。
こうなればあとは時間の問題だ。猿に手出しできないとなれば、最早手段は一つ。半神と戦うしかない。戦って隙を作って猿に近づくほかないだろう。そう考えていると、不意にターンターンと銃撃音が鳴り、音の方を見れば、建物の上を走りながら発砲しているチェインの姿があった。


「…お前なあ!!もっと働けよ…!!」


その姿を見るや否や、全く銃撃が効いていないのもあってザップが不満げにチェインに向けて声を荒げる。と、建物の上のチェインが此方を何とも言えぬ顔を此方に向けてきた。


「………!!今の見たか?!野蛮な戦いはお前等の仕事でしょう。ゴミはゴミらしくとっとと突っ込んで内臓引きずり出された挙句泣きながらなるべく苦しみつつ後悔とともに死んで来たらどう?って顔しやがったぞおい」

「ああああ今のは僕もそう思いました!!怖え!あの人怖え!!」


どうやらザップとレオナルドにはそう見えたらしい。まぁ、確かに凄い顔をしていたが、チェインは此方を見るなり小さく微笑みながらヒラヒラと手を振っていたので此方もヒラヒラと手を振り返した。まぁ、彼女は元々こういった戦闘向きではないし、此方がどうにかしないといけないのは事実だし。


『…そういやゲートの本体はどうなったん?』

「まだだ」

『あらら。これは本当に厄介だねぇ』


ポケットに忍ばせていた懐中時計を見、残り時間を確認する。次の解放まで本当に時間が無い。世界の寿命が、タイムリミットがもう目の前まで迫っている。実感はないけれど、今日、世界が終わるかもしれない。本当、今日はあのお店の大好きなドーナツをクラウスと食べながら術式の解読をする予定だったのに…嗚呼、もう面倒な一日になったものだ。


「もうすぐ次の"解放"だ。その前に決めるぞ。俺達が足止めするからその隙にお前が懐に飛び込んで猿を何とかしろ」

「………」

「大丈夫だ…失敗してお前が死んだら次を考える」

「………」

『笑えない冗談だよ、ザップ』


さりげなく私を戦闘の頭数に入れて居るあたり、ザップもザップなりに確実性を考えているようだ。本当に笑えない冗談に何も言えないのかと思い、静かなままのレオナルドの顔を振り返ると、思わずフッと笑みを零してしまった。それはザップも同じだったらしく、彼も小さく笑ったように見えた。


「何だよ…何があったか知らねえが覚悟決まってるみたいじゃねえか。良い顔になってんぜ」

『へぇ〜珍しい。ザップが人を褒めるなんて』

「ウルセェ」


最初に会った時のレオナルドの顔と今の彼の顔がそう大きく変化したわけでは無い。ただ、何と言うか顔つきが変わったというか…纏っている雰囲気が変わっているというか。まぁ兎に角良い顔つきになったのは間違いない。腹を括ったような顔、といえばいいのだろうか。


「タイミング逃すなよ…いくぜ…」


カチャリ。静かに言い放つザップの手にはいつの間にか彼愛用のジッポが握られ、戦闘態勢に入ったのが分かる。さて、おふざけは此処までだ。シュタインも自身の指先と目の前の半神に集中させる。


「斗流血法 刃身ノ壱 焔丸(ほむらまる)」


ブツ、という微かな音と共に彼が手に持っていたジッポを握りしめた途端、彼の手中には大きな刀…血液で出来た太刀が握られていた。これこそ、彼の武器であり、戦闘スタイルなのだ。
途端、半神が此方に敵意があると感じ取ったのか大きく腕を振りかぶったのが視えた。瞬間、シュタインはとっさに目の前で起こっている出来事にあんぐりと口を開けたまま固まっているレオナルドの襟首を掴んで後ろに引っ張る。と、次の瞬間に飛んでくる斬撃と再び大きく抉れる地面。そしてガキインとその斬撃と渡り合った音がする。ザップの焔丸だ。


「…ぐへ…!!やっぱスゲエな!だがな!!何度も受けてるうちによ…見えてきちゃったんだわ…太刀筋……旦那に比べるとやっぱちょっとアンタ浅すぎだぜ!!神様!!」



ぎゃあああああ!と悲鳴を上げているレオナルドを余所に、ザップは少し笑みを零しながら声を張り上げた。これでもウチ(ライブラ)のメンバーだ。真面目にやればかなり戦力になるぐらいに強い筈なのだ。そう…いつも真面目にやっていれば、チェインからもあんな扱いされなくて済むのに。


―大蛇薙(おろちなぎ)


そしてザップが大きく太刀を振り回し暴れる半神をバラバラ切り刻んでみせる、とそれが合図となりザップは今だ!とレオナルドを振り返った。


「走れ!!クソ餓鬼!!」

「…はいッ!」


半ば放心状態になりかけていたレオナルドがザップの声に瞬時に反応し立ち上がり、一気に踵を返して音速猿に向かって駆け出す。その背後でズズズズ…と再び半神の体が逆再生の如く元に戻って行く。とてつもないスピードだ。普通の一般人ならきっと此処で諦めるだろう。再生が早すぎる。もう、このままでは間に合わない、と。それは必死に足を動かし続けているレオナルドも一緒だった。だが、


『止まるなよ、少年』

「…俺達を舐めてると承知しねぇぞ」


レオナルドは自分の背後で絶望が形を取り戻している空気を感じながらも、その前に…自分を守るように絶望の前に立ちはだかっている2つの存在の凛とした声に足を止める事は無かった。否、後ろを気にして止まる必要も無ければ、気にしなくても良いという安心感を心のどこかで憶えていた。
そんなレオナルドの背を見送りながらシュタインは自身の左の掌に右手の親指の爪を立て、ピッと真横に切るとツッと彼女の掌に赤い血液が走る。そしてその血液は一瞬にして彼女の指先に糸のように絡んだかと思えば、意志を持ったように動き出す。
シュルシュルと彼女の手から放たれたそれは将に紅い糸で、ほぼ再生が終わって再びその大鎌を振るおうとしている半神の体にグルグルと巻き付くと一瞬のうちに捕えた。それと合わせて動いたのはザップだった。


『断繍(だんしゅう)血闘術 術式ノ弐 縫縛(ほうばく)』


レオナルドを捕えようと伸ばしていたのであろうか、半神の手が一瞬にしてレオナルドから離れていく。フッと息を止め一気に空気を引っ張るように腕を引くと紅い糸でグルグル巻き状態になっている半神の体が宙を舞い、半壊した建物に叩きつけられる。そして、シュタインの手から伸びている紅い糸にザップがジッポの火を翳した。瞬間、


「――・七獄(しちごく)」


彼の言葉と共にジッポの炎が紅い糸に引火するとそのまま炎が紅い糸を伝って行き、半神が一瞬の内に燃え上がった。そう、それも跡形も無く。…否、半壊した建物に、半神の形に焼けた跡を残して消えた。一瞬だけ高く燃え上がった火柱を背に、シュタインとザップはレオナルドの元に足を進めた。そして、


―プチッ。


という、猿の体に寄生していた蚤からゲートが開こうとしているのをレオナルドがその忌々しいと恨んでいた義眼を使って見つけるや否や、蚤を潰した音が空気に溶けて消えた。何とも気の抜けたその小さな音と共に世界は救われたのだ。
一件が終わった事に安堵し、その場にヘタリ込むレオナルドに音速猿がすり寄る。どうやら自分を殺さずに救ってくれたレオナルドに感謝しているようだ。そんな光景をザップと共に眺めながら、今頃あの暇人が悔しがっているだろうなぁ…なんて思いながら空を仰ぐ。嗚呼、今日は妙に長い一日だったこと。





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