ザップたちと別れてからそう時間が経たない内に空間の歪む感覚と遠くに聞こえた悲鳴と何かが崩れる音が微かに聞こえた。2回目の解放が起きた事を悟る。あの方向は確か第45呪い橋の方向だ。


『…さて、何人細切れになったかな?』


小さくそんな事をぼやきながらシュタインは、足を止める事無く時刻を確認しながらコツコツとブーツの底の音を響かせてメインストリートを歩き、辿り着いた目的地の最上部を見上げた。そう、混沌の角塔(ケイオスホーンタワー)ビルの先端を見上げていた。
辺りには武装したヘリが飛び交い、野次馬もウジャウジャ居る。それもそうだ。何たってビルの先端にはあの暇人が放った半神が取りついているのだ。半狂乱になって街中を暴れ回っていた化け物がビルの先端に居ると知れば誰でも様子を伺いたくなるだろう。
半神は辺りを見回し、しきりに何かを探しているようだった。否、何を探しているかなんて分かりきっている。半神のもう半分…つまり、今チェインとザップとレオナルドが追って居る筈のあの音速猿(ゲート)を探しているのだ。


「くそ、早いトコもう半分を見つけないと…」

「おい!民間人を下がらせろ!無理なら警告だけでも流せ!!」

『はいはいはい、ちょっと通りますよー』

「な、」


焦る警備隊の間を縫うように難なく立ち入り禁止テープを超えてきた彼女に、警備隊は驚いた声を上げた。まるでこの緊急事態が分かっていないかと思うぐらい、彼女は冷静で何事も無いかのようにビルに近づいて行くのだ。かなりの重装備をしている筈の自分達もそう簡単に近づけない状態だというのに。


「ちょ、君!そっちは危な―…」

『アンタ等こそ下がってな。半分とは言え相手は神様。何が起こるか分かったもんじゃないよ』

「何を言っているんだ!さっさと戻って来―…」


そんな軽装で何を言っているのだろう。そう、彼女の服は至ってシンプル。そこらを歩いている一般人と何ら変わりなど無い。自分達のように外装を纏っている訳でも、何か武器を持っている様子も無い。そんな子供がどうしてそんなにも冷静で、何でそんなにも堂々とあの化け物に向かっていくのか、理解が出来なかった。
今は大人しくしている化け物を下手に刺激するわけにも行かず、ビルの方へと歩み寄って行く彼女を止めようと警備隊が手を伸ばした瞬間―…


『煩い』


一喝。次の瞬間、目の前にビッシリと並んだ文字の羅列で出来ているような壁が警備隊の目の前に立ち塞がった。触れた警備隊の手の外装がバチバチと音を立てて火花を散らす。害はないようだが、明らかに強力である事は確かだ。しかし、それよりも警備隊を驚かせたのは…


「じゅ、術式?!あんな子供が何故?!」


そう。明らかに子供に近い出で立ちの彼女がこの膨大な術式で出来た結界の壁を一瞬のうちに張った事だった。ビルを囲う様に…否、自分とその半身以外の者の接触を阻むように事細かに張られた術式の結界が張られていた。


『さてさてさて、出来る限りのことはしたけど…。問題は―…』


依然としてビルの上から辺りを頻りに見渡している半神を見上げながら吐息すると、フと何処かで風を切る音が聞こえた気がした。嗚呼、3度目の解放か。時間が経つのは早いな、と思いつつ指先に神経を集めるように集中させる。いつビルの上のヤツが動き出すか分からない。感覚と反射神経を研ぎ澄まさなければならない。
…と、そんな時。ポケットの中に入っていた携帯がプルルルルル…と音を鳴らしながらッ震える。画面を見て、相手を確認してからピッと通話のボタンを押す。


『もしもしもしもし?』

「長げえよ」

『そっちの状況は?』

「無視か」


携帯電話のスピーカー越しに聞こえてくるのは、紛れもないザップの声。確か彼はレオナルドと共にあの猿を追って行ったはずだ。化け物と化した半神のもう半分を追って行った彼らがこの一件の事の顛末を左右すると言っても過言では無い。


「あー…その何だ?レオナルドの言うことにゃぁ…割れてねぇんだとよ、あの猿」

『…はい?』

「だーからゲートの憑代ってのはゲートが開くとき憑代本体がパックリ真っ二つに割れんだろ?なのに割れてねぇんだとよ!」

『…どういう事?でもゲートは確かに猿の方から開いたって言ってたよね?』


確かに何かを召喚する時というのには色々な種類があるのは分かる。憑代が跡形も無く消滅する場合もあれば、憑代自身が召喚した物を使役するなんて場合もある。だが、今回の一件は確かテレビモニターに映っていた最初の憑代…あの強盗は体が真っ二つに割れてゲートとして成り立っていたはずだ。なのに猿が割れていないとなると―…。


「嗚呼。だからこっちも上手く手が出せ…」

『…あ』

「あ?」


増々どんな術式を使っているのか気になる。もしかして最初の憑代と猿の憑代で術式が違うのか…否、そもそも猿が憑代と言うのが果たして正しいのか…。そんな事を考えていると不意に周りがざわついているのに気付いて視線を上に戻し、見えた光景に思わず声を零した。


『今、よそ見してたらタワーの上に居た半神が移動始めた』

「ハア?!」

『多分そっち向かってる』

「ふざけんな!テメエ時間稼ぎにそっちに行ったんじゃねえのかよ!!」

『思ったよりも早く半神様の方がゲート見つけたみたいで』


通話と思考を巡らせている事に夢中になっている内に辺りに張っていた結界の上―…ビルからビルへと飛び移り移動を開始する半神の姿を捉える。ざわつく辺りに、慌てふためく警備隊。中には銃を一心不乱に撃ちまくっている連中も居る。阿呆か。


『ほら、私もすぐにそっち行くからさ』

「≪そう言う問題じゃねぇ!!≫」


踵を返し、半神が移動を始めた方向へと足を進める。ギャーギャーとスピーカー越しにザップが何か言っていたのを無視して、「じゃ、またあとで〜」なんて言って通話終了ボタンを押し、ポケットに携帯をしまう。と同時に自分の手中に意識を集中させる。


『鬼ごっこは嫌いなんだけどっ!』


逃がすかとばかりに手を翳し、大きく地面を蹴る。フワリと持ち上がった体を風に乗せそのまま建物の上に飛び乗るとそのまま屋根や屋上伝いに半神の背中を追う。ピンッと辺りに張った術式から伸ばした紅い糸を指先で器用に操るとそれを半神を囲う様に張り巡らせる、と。


『ふっ!』


グッと翳した手を握りつぶすかのようにして拳にすると、半神の周りを囲っていた紅い糸が一斉に半神の体に巻き付き、捕縛。そのままスパンッと綺麗に半神を切り刻んだ。辺りに舞う独特の色をした半神の体液。ベシャアとあちこちに散らばって行った半神の細かく刻まれた体と体液を見てその場に居た者達の悲鳴が上がる。が、その悲鳴はまた別のモノを見て絶句に変わる。


『…ハハ、やっぱ半分でも神様だねぇ…』


シュルルルル…とあちこちに散って行った体と体液がドンドンと一か所に集まって行く。それは段々と元の形を形成していく。やはり"再生"の術式を組み込まれているか…否、元々神様レベルの生き物だし、能力として持っていたとしても何ら不思議はない。徐々に形を取り戻していくその光景は、まさにあれだ。ビデオとかの逆再生を早送りで見ている感じだ。分かっては居ても思わず苦笑が零れてしまう。


『お早い再生で』


バラバラにされたというのに、全くこっちの事など気にも留めていないように形を取り戻した化け物は一直線にあの猿…つまりもう半身の元へと飛んでいく。時に辺りを一掃するように得物であろう鎌を振り回しながら駆けて行くその背を、シュタインは兎に角必死に追った。





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