「≪どうだい諸君?最近は。僕は全く退屈しているよ≫」


テレビ画面の向こうで椅子に深々と腰かけ、高慢な態度のまま話を続ける男―…堕落王フェムト。ヘルサレムズ・ロットを代表する稀代の怪人と言われている。…うん、分かる人には分かるかもしれないが最初に言っておこう。私はこの男が大嫌いだ。


「やっぱりこの男の仕業だったのね」

『また良からぬことでも考えてんだろー?この暇人』

「盛り上がってきたなー」

「一筋縄ではいかないということだ。気をつけろ」


大方変な事件はコイツが絡んでいると見ても間違いない。否、偏見かもしれないが少なくともシュタインは可笑しな事件があるとまず最初に思い浮かべる犯人はこのフェムトだ。第一に何をしでかすか予測不能な時点で常に世界のブラックリストから外れる訳がない。


「≪それもこれも皆、君たちのせいだぞ。口を開けて食べ物が落ちてくるのを待っている豚どもよ。この本当に下らなくて息苦しい世界を作っているのは君らだ≫」

『…知らんがな』

「≪だからね、だから僕はまた遊ぶことにしてしまったよ。ごめんね≫」

『………』


謝ってはいるが、まるで悪びれた様子は見られない。いつもそうだ。所詮この男にとって馬鹿げた大量殺人事件にもなりかねないこの事件は、ただの暇つぶしなのだ。単なる一般人の命も遊びに使う為のおもちゃでしかない。


「≪さて、今回のゲームのルールを説明しよう。君たちが今見ている邪神は僕の精巧な術式をもって"半分に割ったまま生かしてある"ものだ。まあ、半分でもご覧の通り。手を触れちゃダメだよ。まあ、その前にすっぱり両断されちゃうだろうけどね≫」

『え、何の術式を応用してるんだろ。あれとあの術式ならまぁ足ぐらいは動くけど半身を動かすとすると…うーむ、これとあれと…』

「ちょ、此処で術式広げんな!術式ヲタク!」


勝手にゲームと称して何かを始めようとしているフェムトの説明の中で、シュタインが術式に喰いついた。一瞬にして目の色を変えて両手を広げて小さく術式…つまり、先ほど床に広げて見せたような模様を幾つも空中に並べ始める。それはまるで複雑な数式のようにツラツラと連なり、幾つもの術式を引き寄せては掛け合わせている。
それを見て顔を青くしながら叫ぶのはザップである。複雑な術式ほど危険なものは無い。否、それを興味本位で弄りまわるシュタインの方が危ない。失敗する確率は低いにしてもいつ失敗しても可笑しくない。そしてその失敗した場合の衝撃は半端では済まない事を何度も経験していたからだ。


「≪で、気になるのは残りの半分な訳だが…当然今この街のどこかで絶賛召喚中だ≫」


仕方なく術式と呼ばれるその羅列をしまい、画面に視線を戻す。態々現れた瞬間辺りを恐怖に陥れた化け物を半身にして片割れずつ召喚するなんて、手の込んだことをするものだ。加えて彼は頭も切れるから余計に手が込んで困る。自分が楽しいだろうと思った事は徹底的にやる。すべては自分の暇つぶしの為、自分が楽しむため…そんな男だ。


「≪こいつがもう半身を得て合体したら…おお、おお考えただけでも恐ろしい。この街はおろか、それを包む結界すら切ってみせるだろう。それが何を意味するのか、賢明な諸君なら分かるよね≫」


結界を切るほどの化け物を半分にした時点でかなりヤバい男と言うのが分かるだろうが、明らかに楽しんでいる。恐怖に陥る街を見て楽しんでいる。自分の手の上で転がる、自分に翻弄されている世界を見て楽しんでいるのだ。
そして、彼がゲームとして定義したいのは半身の化け物を元の1体に戻さない事。半身の化け物が元に戻ってしまえば、そこに待っているのは絶望だけ。街は破壊され、大勢の死者が出て、倒すこと自体も困難になるという事。そうなる前に阻止、しなければ。


「≪そうなる前にゲートを発見し、破壊したまえ。制限時間は117分≫」

『…え、それだけ?』

「≪何だって?手がかりが少なくてゲームにならない?大丈夫。僕を誰だと思ってるんだい。ちゃあんとチャンスタイムを設けているよ≫」

『…流石暇人』


此方の声は聞こえていない筈なのに、まるで会話しているかのように返事を返してくれる画面の向こうの暇人に思わず目を細める。楽しみたいのに、此方にヒントもくれないなんて鬼畜の所業は彼のスタイルじゃない。恐らくヒントも貰えなければ、一瞬にして人類は終わってる。そんなの彼の楽しみには繋がらない。


「≪ゲートは13分に一度1ナノ秒だけ解放するようにプログラムした。半身の本体が出て来るには短いが触手刀周囲を斬撃するぐらいは容易なものだ。つまり、13分に一度街のどこかでまっぷたつパーティが起こるって寸法だ。君たちはそれを手がかりにすれば良いのだよ≫」


何てヒントだ…とは思うが無いよりはマシか。そう考えるしかない。そんなド派手なヒントがあちこちで何度も起きてしまえば大惨事は避けられない。出来る限り、出現回数が少ない内に、迅速にゲートの確保をしなければ。そして何より、半身同士が出会わない内に全てを終わりにしなければ。なら、善は急げだ。まず動いたのはクラウスだった。


「チェイン!!各員に連絡。階上にて反応検出に備えてくれ」

「了解」

「ザップ、シュタインは待機。いつでも出られる様にしておき給え」

「おーいす」

『やれやれ…了ー解』


的確に指示を出すクラウスの傍ら、通信を飛ばすチェイン。そしてその横では更にやる気無さそうなザップとシュタインの返事。まったく、今日はのんびりお気に入りのドーナツを食べながらクラウスとお茶した後ゆっくり魔術書の解読をしようと思っていたのに。とんだ厄介事を持ち込んできたモノだ、この世界(街)の堕落王は。


「≪…さあ、最初の解放がもうすぐだ≫」


3…と何ともゆっくりとしたカウントが始まる。今頃、連絡の回った街のあちこちに散らばっているライブラのメンバーが、半身の出現に備えてあちこち街中に目を光らせている事だろう。


「…フェムト(あのヤロウ)のことだ。えげつないほどデカいのが来るぜ。街のどこでも一発で分かる奴がな」


2…カウントは続く。ザップの言う通り、ヤツのやる事の規模はいつも計り知れない。そして何よりえげつない。例えば何処かで大きな爆発が起こるにしてもそこに大勢の一般人が居ても関係無い。子供だろうが、ゴロツキだろうが見境が無い。ヤツの起こす事の犠牲者は規模と同じように計り知れないのだ。そんな計り知れない事がそう何度あっても溜まったもんじゃない。出来れば犠牲者無くして捕えたいのだが―…。


『(問題は何処に開くか―…だ)』


場所によって直ぐに駆けつけられるか。自分達でなくても誰かがゲートの存在を捕えられる位置に居ればそれだけで今のところは収穫有だ。さっさと開いて欲しいという願いと、出来る限り被害の少ない場所に開いて欲しいという願い入り混じる。結果、問題は何処にゲートが開くのかという事になる。

1…

たったの3カウントなのに、異様に長く感じられた。その短くて長いカウントが静かに終わりを告げる瞬間、誰もが街中に目を凝らしその衝撃に備えた―刹那、


『―ッ?!!!』


スパン。


視界に物凄い速さで一瞬だけ映り込んだその姿の端っこ。ズレる室内。空間ごと切れるような感覚。グラリと揺れた足元に気をとられ、とっさに張った魔法陣が途切れる。嗚呼、マズいと思った次の瞬間にはグイッと後ろに引っ張られる感覚がして、いつの間にか視界には室内に居れば見える筈のない霧の掛かった濁ったヘルサレムズ・ロットの空が広がっていた。





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